murmur records相田悠希のguide to experiment music.(GEM)

サンプル誌


RecurrenceからInterior Fieldへ。〜Richard Chartierに。


アーティスト、という言葉は今では何も珍しい肩書きではなくなったが、入り口として、音楽家とサウンドアーティストは必ず分けて考えなければならない。
全ての音は音楽的になり得る、または音楽そのものであるというケージ的結論へはまだ早い。

現代音楽が一般に受け入れられるものではなく、音楽的な素養を持った人にしかその楽しみ方が分からないというのは、音楽とは何か?への答えが身体的な快楽に依るのか、理知的な快楽に依るのかによって大きく変わってくる。
しかし、いずれも快楽である。

身体的な快楽には媚薬のような、時にはセックスのように爆発的に凶暴な、足の指先から頭のてっぺんまでを支配していく力がある。
しかし、これもある種のコードだ。
クラブで踊る人は、今鳴らされているリズムが数分先も続くだろうという不確定で一方的な約束によってステップを踏む。
文化的に西洋から離れた地域、例えばアフリカの民族はそれぞれ固有の時間軸で拍が動くので、西洋的な四つ打ちでは踊れないという事も当然あり得る。拍が均質でないのだ。

理知的な快楽というのは、あらゆる民族が背景とするリズムを外すところから現れてくる。それはつまりどの地域のどんな背景の民族にも踊らせない、という事だ。
和声の構造においてもそれは同様で、例えば現代音楽は和音の進行も過去に前例がない事を至上とする。多くの場合、和音の概念そのものすらない。

当たり前の話だが、前例がないという事は、誰も反応が出来ないという事で、であるが故にそこで初めて、音楽のエスペラントとでも言うべき、共通の音楽言語を形作る可能性が立ち現れる、かのように見える。

しかし、この言語は全く語る事ができない。それは、人間が持つ身体や、文化的な背景といった呪いなどではない。
構造、手法、全てを脱線し続ける喜びは、研究者の喜びだ。外す事の快楽と共有すべき理解を得ようとする欲求、両者を繋げる事は夢であるが不可能だ。
そこには喜びそのものの共有だけが可能であり、他のものにトレースされる事を拒み続けるのだから交通手段としての言語は生まれ得ない。私が言いたいのはそういった事だ。


音をアートの文脈で語るようになったのはいつからだろうか。
構造なんて分からないし、考えた事もない、という多くの一般的なリスナーこそ調律の取れた和声、身体的な快楽に従わざるを得ないものであるし、それこそ音楽的な構造に取憑かれていると言って過言ではない。誤解のないように付け加えるが、私はそれを否定しているわけではない。
私はそれほどあらゆる音楽を聴いてきたわけではないし、別にインテリを気取るつもりもないが、知識は無いよりあった方がいいし、見えるものも全く違う。知識が邪魔になる、というのはそれから悩めばいい話だ。


認知の最も初期の段階で、音楽には音がある、という事が絶対的な前提として機能し、後はその組み合わせの競争と支配が生まれる。支配、交雑、革命、支配の歴史。
そこに音がない、という前提を持ち込んだのがケージだとすれば、やはりサウンドアートはそこに萌芽があったと言わざるを得ないが、そこには、音がないということが下地となり、音楽はその自らの支配から逃れ、圧倒的な自由を獲得したかのように、半分は見えた。
分かりにくいかもしれないが、見えた、と言ったのは始め自由であって後に不自由になっていったとかそういう意味ではない。
無音は有音に寄り添うように、以前から、常にあった。無音と沈黙は同じ事のようで違う。
沈黙という発見・発明は「完全に音のない世界は存在しない」というケージの言葉の上で鮮やかになる。

音楽的な音がない、という事の建設的な理解というのは一方方向で、つまり音が一見ない状態に置かれたので、小さい音を愛でる、或は全ての音を平たく聴くという促しが生じる。


さて、シャルティエを聴こう。
2012年の彼の作品「Recurrence」。21分半と51分という2つのパートに分けられたこの作品は、この時点での彼の集大成、最高傑作と言って良い。

回帰、再発、循環と名付けられたこの作品は、France Jobin (a.k.a. i8u)のキュレーションで行われたモントリオールでのイベントの際に自身の過去の音源を再構築して制作され、そのあまりにデリケートな音楽は会場の空調やPAシステムに左右され過ぎるという理由で、それまでライブ演奏出来なかったというものである。
パート1では、通常の音量ではまず聴こえない超低周波が鈍いうねりを放ち、パート2ではフィールドレコーディングを素材にしていると思われる非常に繊細なノイズがドローンとして展開されていく。

聴いていると、と言うより再生していると、聴いている自分を確認する、という作業が延々行われている、という状況に気づかされる。
CDを再生しているのだから、音が聞こえるはずだ、だが聞こえない、プレイヤーのデジタルカウンターはどんどん回っていく、だがいつまで経ってもよく聞こえない。一体私は音を聞いているのだろうか、と音を聞こうと意識する自分だけが浮き彫りにされていく。
音楽内容そのもの、そのあり方でもって状況を指定する。これがシャルティエの作品の最大の強さだ。

これまで彼は非可聴域での構築により、「音がある、けれど聴こえない」という事態を作り出す事に成功していた。
この「けれど」という接続が重要であって、純粋な意味においては本来全く違う事柄である、音がある/ない、という事と、聴こえる/聴こえない、という事を
暴力的に接続詞で繋ぎ、現象と知覚の境目を照射していく。

それから2013年の作品「Interior Field」へ。
CDはステレオバージョンだが、ワシントンのCivilian Art Projectsでの公演ではマルチチャンネルが採用されたこの作品。
ここでシャルティエがテーマに挙げているのは空間性である。
パート1では各国の様々な場所で録音されたフィールドレコーディング、パート2では場所を絞って同じくワシントンのMcMillan Sand Filtration Siteでのバイノーラルマイクでの録音が使用されている。


この作品は明らかに今までのシャルティエ作品とは一線を画していると私は言いたい。
パート1の、一見開かれているように見える世界各地の録音素材を、タイトルの通り彼の内部空間に置き換える事によって、各地の音響的特性は一様に平らに回収されている。
ここでは切り取られた空間と、その再現、つまり録音の客観的事実が彼のテーマとなる。
「Recurrence」までの、聴取/非聴取、可聴/非可聴の境界での自己認知の問題から、今度は多空間を包括したメタ空間へ。
そして多重的な空間の特性を一堂に介した時に立ち現れるインテリア・フィールド。
これはまるっきりアンビエントミュージックではないか。

パート2はパート1への手法的なアンチテーゼを自ら行っていると見ていい。
パート1の地理的に複数の音響特性の接続は、パート2では単一の音響の時間的持続へと変容し、表裏一体とも言える2曲を対置して置く事によってアルバムとしての強度は更に高まっていく。
バイノーラルマイクで録音するというのは、実際にその場所で彼が聴いた音に限りなく近いわけで、外部を照射しながらもそれは内部へと向かっている。

繰り返しになるが、私はこの作品は一つの転機だと思わずにはいられない。
PINKCOURTESYPHONEをやり出した彼の事だから、次は何食わぬ顔でいつものシャルティエに戻っているかもしれないが。

相田悠希


<参考音源>
▼LINE_059 : RICHARD CHARTIER - Recurrence [CD]

http://murmurrec.cart.fc2.com/ca3/51/p-r3-s/

▼LINE_062 : RICHARD CHARTIER - Interior Field [CD]

http://murmurrec.cart.fc2.com/ca3/911/p-r-s/


発行者:murmur records 相田悠希
http://murmurrec.com

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