古代史探求レポート

最もその国の文化を示す飲み物


カテゴリー: 2017年08月22日
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古代史探求レポート 2017年8月23日号
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栗から始まった、古代の食物の探求も、果物そして五穀と一通り見てきたように思います。そこで、今回は、このシリーズの最後として日本人の飲み物について考えて見たいと思います。
酒については少し前に一度お話をさせていただきました。数ヶ月前に流行った映画「君の名は」では口噛み酒(くちかみざけ)が登場して話題になりました。鹿児島の大隅国の風土記の中には、口噛み酒のことが書かれていることから、奈良時代以前からこの形の酒を人々は味わっていたということがわかっています。最も原始的な酒造りの方法である口噛み酒のような作り方は、世界中の色々な場所で伝えられているのですが、古代の日本人が皆この方法で酒を造っていたわけではありません。
日本書紀には応神天皇の時、吉野の国樔(くず)が醴酒(こざけ)を献上したという記述があります。播磨風土記にも、干し飯が水に濡れてカビが生えたのでそれで酒を作って宴会したという記録が書かれています。人々は、カビを使って、酒を醸(かも)す技術を知っていたのだと思います。
日本書紀の中では、神話の世界に酒が登場します。須佐之男命は、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治するために八塩折之酒(やしおおりのさけ)という八度にわたって醸す非常に強い酒を用意させました。木花開耶媛(このはなさくや姫)は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)のために、狭名田(さなだ)の稲で天甜酒(あまのたむさけ)を造ったと記載されています。どちらも酒の醸造方法は記されていませんが、酒が古代から人々の重要な飲み物としてもてはやされていたことは間違いないことです。
崇神天皇は、大物主神から夢の中でお告げを受け、大田田根子(おおたたねこ)を祭主にして大物主神を祀り、酒を奉納しろと言われます。そこで、高橋活日命(たかはしいくひのみこと)が呼ばれ、一夜で酒造りを行い神酒を奉納したと記載されています。大神神社の摂社である活日神社には、この高橋活日命が祀られています。「うま酒三輪の山青丹よし奈良の山」と歌われる通り、三輪の枕詞は、うま酒です。大和の酒は、大神神社で醸造されていたのではないかと思います。
古代の話に共通するのは、非常に短時間で米を酒に変えてしまうことができることです。現代の酒造りでも、清酒を作るには仕込から始めて約一ヶ月かかります。私は、八塩折之酒に示されるように、非常に度数の高い酒を作っておきそれを種として水や米汁で割って飲む酒を作っていたのではないかとも考えるのです。ちょうど、沖縄の泡盛の古酒のような形で酒を溜めてあったのではないかと思うのです。あくまでも想像でしかないのですが。
では、酒以外には何を飲んでいたのでしょうか。
日本の飲み物といえば、緑茶ですがお茶はどうだったのでしょうか。
日本書紀の中には、驚くなかれ「茶」という言葉は、一切出てこないのです。古代日本では、茶は飲まれていなかった。存在していなかったのです。
チャノキの原産地はインドのアッサム地方だと言われていますが、飲み物としての茶の発祥地は、もちろん中国です。お茶には様々な種類があり、その土地土地で飲み方も異なりますが、どれもチャノキから作られる葉を使った飲み物を、世界中の人が飲んでいるのです。
西暦350年頃に中国の郭璞(かくはく)がまとめた「爾雅(じが)」という辞典には、お茶は、檟(か)・苦茶(くた)として紹介され、葉を湯で煮る飲み物と書かれています。つまり、日本で大和朝廷が生まれようとしている頃には、発酵した葉か、発酵していない葉かはわかりませんが、中国ではお茶が飲まれていたのです。
苦茶が示す通り、お茶は苦い飲み物だったようで、薬として飲まれていたのが始まりのようです。玉ねぎや、生姜、オレンジ、塩などを加えて飲んだという記述もあります。
中国の医療と農耕の神である神農(しんのう)の伝説によりますと、ある日神農が水を沸かして飲んでいると、風に飛ばれて数枚の葉が舞い落ちたのだそうです。それを飲むと、風味がよく体に力がみなぎってくるので、何の葉であるかを調べるとチャノキの葉だったとされています。それ以降、人々にチャノキの葉を煎じて飲むことを勧めたのだそうです。
中国の「チャ」はインドに伝わり、「チャイ」になり、その言葉のまま、アフガニスタンに伝わり、そしてペルシアからロシアに伝わり、その後、ロシアからトルコに伝わりました。このため、これらの国では呼び方が全て「チャイ」なのです。その後、トルコからアラビアに伝わり「シャイ」と呼ばれるようになりました。同じ呼び名が世界で、そのまま使われているのは非常に面白いと思うのです。
もう一つの言葉が「テイ」です。福建省のお茶の輸出港であったアモイで「テイ」と呼ばれていたものを、オランダ人が輸入するようになり「ティー」と呼ばれ、ヨーロッパでは「ティー」として広がりました。
茶の飲み方も各国様々です。いろんな国を訪れて、そこで、茶を注文すると茶の飲み方に、その国の文化が最もよく表れているのではないかと思うのです。中国人が小さいカップで飲むのは、薬であったことが起源であるからなのかもしれません。飲み方も、非常に熱いお茶を「すする」という表現が一番合っているように思います。逆にニューヨークに行くと、大きかカップに冷たい紅茶を入れてガブガブと飲みます。中国とアメリカはここでも正反対の文化なのです。
日本はその中間ですが、熱いお茶をすすることもあれば、冷たいペットボトルのお茶をガブ飲みすることもあります。ただ、日本はお茶を「茶の湯」という独自の文化に仕上げました。15世紀に村田珠光が築いた茶の作法を、16世紀になって千利休が精神文化として発展させ茶道というものに仕上げました。韓国も非常に似ており、やはり独自の作法を重んじ、全く別の形で茶道を大成させています。日本人と韓国人は、よく似ているのです。
日本では、茶は「たてる」という言い方をします。何を「たてる」のかというと、泡をたてるのだと思います。抹茶は、茶の葉を挽いて粉にして使います。こういう飲み方をするのは、本当に日本だけです。同じ茶の葉でも日本人は独特なものにしてしまうのです。面白いですよね。
紅茶にミルクを入れて飲むのは、イギリス人とインド人です。インドの場合は、ミルクを加えて葉を煮て作りますよね。やはり、別々の物を合わせるイギリス人は優雅です。ミルクでなく、レモンを入れて飲むレモンティはロシア人が考え出したものです。彼らは必ずレモンを入れます。チベットに行くと、バターを入れ栄養価の高い飲み物に変身させます。ここではお茶を飲む目的が変わってしまっています。
独特の風味を出すのは、アフガニスタンでカルダモンが入っています。アフリカに渡るとミントを入れて、こちらも爽やかな独特の風味を楽しみます。気候が違いを作っているんですね。所変われば品変わる。本当に豊かな文化を生み出す源になっていると思います。台湾では、お茶の中にタピオカを入れて食感を楽しむバブルティーなるものも存在していたのを思い出します。
お茶は、その発行の度合いによって、6種類ぐらいに分けられるようです。白、黄、緑、青、紅、黒とその色によって、名前がついています。まったく醗酵させないのが、日本人が一番愛飲する緑茶です。醗酵が強くなるほど、色は黒くなっていき、最も黒いのがプーアール茶なのかもしれません。黒茶と言われるものです。
子供の頃のお茶の色といえば、緑色だと思っていましたが、絵の具の茶色は緑とは程遠いブラウンでした。どうしてこれが、茶色なのかとても不思議に感じていました。ほうじ茶の色なのかとも思っていました。ブラウンは醗酵したお茶の色だったのです。そして、この色のお茶を飲んでいたから、茶色がブラウンなのです。
日本では、いつ頃からチャノキは栽培されていたのでしょうか。
日本にお茶をもたらしたのは、平安時代の僧で、天台宗の開祖である最澄だと言われています。彼が、中国からチャノキを持ち帰り、比叡山で植えたのが始まりなのだそうです。805年のことだそうです。現在も、比叡山に行くと日吉茶園として残っています。
また、一説によれば、鎌倉時代に臨済宗の開祖である栄西が、中国より持ち帰った種子を佐賀県脊振山(せぶりさん)に植えたのが始まりだとも言います。彼は「喫茶養生記」で製法や効用を解説しています。本格的に広く一般に知らしめるためという意味では栄西の方であったのかもしれません。僧にとって大切な飲み物と考えられていたようですから、私は最初に仏教を学んだ者が、きっと日本に持ち帰って植えていたのではないかと考えます。
815年(弘仁6年)には、嵯峨天皇が近江国(現在の滋賀県)に行幸した際に、僧永忠(えいちゅう)から茶を献じられたことが、日本後紀に記されています。さらに嵯峨天皇は、近江・丹波・播磨などに茶を植えさせ、毎年献上するよう命じました。これ以降、国内でも天皇をはじめ、貴族は茶を飲むようになり、畿内ではお茶の生産も始まったのではないかと思います。
国内産の茶が作られたのは、最澄か最初だったのかもしれませんが、茶葉はもっと前から輸入されていたようです。
茶葉を圧縮成形して固めたものを緊圧茶(きんあつちゃ)と言い、団茶・磚茶(だんちゃ)と呼びます。真っ黒な石のようなお茶の塊ですが、これを遣唐使として渡った僧侶が持ち帰っていたようです。醗酵させていますからカビも生じており、深い味ではあるのですが、渋すぎてカビ臭いという難点があったと言われています。
仏教にすがった聖武天皇は、しばしば多くの僧を集め読経させていました。平安時代に行われた宮中行事のひとつに季御読経(きのみどきょう)が行われていました。729年が最初とされますが、100人の僧が4日間夜通し読経をさせるというものでした。この行事の2日目に「引茶」という茶の接待が僧侶に対して行われました。整然と並ぶ僧侶に対して、まず煎茶を注ぎ、甘葛(甘づら)、厚朴(こうぼく)、生姜などの薬味を好みにより投じて供したのだそうです。
これは、カフェインを求めたのだということだと思います。この引茶によって、眠気を覚ますことで読経を続けることができたようです。カフェインは、眠気払いには最適なものであったのだと思います。このため、仏教の修行にはつきものとなり、日本では仏教とともに広まったものだと思われます。
インドの茶の伝説では、インド香志園の達磨(だるま)大師が禅の修業のため、少林寺にこもります。そこで、面壁9年の座禅修行に入った時のこと、3年目に入ると猛烈な睡魔に襲われて眠気がどうしてもさめなかったため、達磨大師は意を決して自らの瞼を切り取って捨て、 眠気を追放しようとしたのだそうです。その瞼を捨てたところから1本の木が生えて、みるみる大木に成長し青い葉が茂るようになりました。 
達磨大師は驚いてこの葉をちぎって食べてみると、たちまち眠気がさめたので、以後この葉を食べて眠気を払い、無事に修行を完成することができたというものです。それがチャノキであったということだそうです。仏教の世界では、お茶は修業に欠かせない神聖な飲み物だったようなのです。
一般の庶民が、今のようにお茶を飲むようになったのは、なんと、大正時代以降のことだと言われています。明治時代には、製造はされましたが輸出品であったのだそうです。茶懐石で、食事の後に飲むお茶の習慣が、食事の時のお茶の習慣になったようです。今では、ごく当たり前のお茶ですが、日本では庶民のお茶の習慣は驚くほど新しいものなのです。
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<<編集後記>>
現代の酒の醸造法は5世紀前後に中国から伝わった物です。この時、酒と一緒に伝わったのが酢の作り方でした。これを大坂の和泉で作りはじたのだそうです。645年の大化の改新の時に、造酒司(みきのつかさ)という部署が作られました。ここでは、酒を作っていたのですが、酒だけでなく、甘酒や酢も作っていたようです。
食べ物や飲み物、そして、調味料にも一つ一つ歴史があります。最初に食べた時の驚きはきっと大変なものであったのでしょうね。でも、考えてみれば、私たちも皆全員が一度はそれと同じ経験しているはずなんですけどね。食卓にあるものは記憶に残らないようです。

<発行者> 株式会社歴史探求社
<公式サイト> www.rekitan.co.jp
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<登録・解除> http://www.mag2.com/m/0001587982.html  

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