「短歌の純響社」公式メールマガジン

4月4日 短歌時評更新


カテゴリー: 2010年04月05日
お世話になります。
短歌の純響社です。

4月4日…短歌時評更新しました。

----------------------------------------------------------------------------
タイトル…評論に求めることって何ですか?
----------------------------------------------------------------------------


純響社さんの短歌時評、3回目になります。江田浩司氏より、真摯かつ丁寧なお言葉
(短歌の批評について考えてみませんか――川本千栄への問いかけ、補記。)
http://www.banraisha.co.jp/humi/eda/eda138.html
をいただき、感謝の念に堪えません。私は若輩で、至らぬ点も多々あるかと思います
が、よろしくお願いいたします。 

江田氏の連載評論を拝読し、江田氏の仰るように、短歌の批評は詩の批評より確実に
難解であると感じることは、私も多々あります。先日たまたま90年代に創刊された
「九」の北川透氏の創刊号(1996年9月.梓書院発行)のエッセイ(「三枚の木の葉と
葡萄」)を読んでいましたが、詩人の固有名詞は数多く登場するのに、肝心の詩その
ものがどこにも引用されていない。吉岡実、松浦寿輝といった固有名は多々存在し、
それに対する批判らしき隠喩は数多く施されているのに、肝心の詩そのものはどこに
も見あたらない。このような批評は、詩の世界に共通する特徴であろうということを、
私も先日、ある詩人の会合に出席して、確認したことがあります。 

その意味で、最近特集が組まれた「レ・パピエ・シアン2(機種依存文字のため、
正確な表記とは異なります※編集部注)」(2010年3月号)の「現代詩を読む」の特
集は、歌人というか、詩の批評を何も知らない読者にとって非常に親切なものでした。
キタダヒロヒコ氏が、葛原妙子氏の短歌から示唆を受けた小笠原鳥類氏の詩そのもの
を引用し、筆勢、筆圧といった批評用語を用いて読みの示唆を行う。
また、大辻隆弘氏は、三角みづ紀氏の詩をとりあげ、この詩のこの部分をこう感じた、
という原初的で素朴な読みを、詩に対して展開されていると感じられたからです。 

ちょっと議論を拡散させてしまいがちかな、という反省は、ここで私が「レ・パピエ・
シアン2」について言及する際もあります。これは江田氏への応答としては申し訳あ
りませんが、「時評」という文章の性質上、そうならざるを得ないという確信があっ
てのことです。私が江田氏の文章に対して、「フランス的」とあえて断言したのも、
そのような意図に基づく恣意的な「評」でありました。 

「時評」とは、文字通り時間に対する評です。つまり、短歌の世界の時間に対する
「評」ということになります。「ネット時評」の場合、印刷媒体での評と異なり、
その速時性とレスポンスの速さが最も大きな特徴です。 

不定期連載という性質も、私にとっては有利になると考えています。極めて即時的な
反応を、重大な問題が発生したと思われるときに瞬時に告知することができるからで
す。評に必要なものは、その「時」や、「テクスト」に対するクリエイティヴィティ
でありましょう。実際、青磁社の時評で松村由利子氏がこの問題に関連して私と江田
氏に対して一文を寄せていただいたこと、このような特性が、ネットという空間に対
する一つのクリエイティブな対話になっていると思い、私は非常に嬉しく感じました。 

私は「短歌時評」という言葉にあえてこだわり、極めて「時評」的な文章を、そして
インターネットを日々チェックする読者層に向けて発信しようと言う意図を持って、
この時評のご依頼を受けました。まず、そのことはご承知おき下さい。穂村弘氏や内
山晶太氏の批評用語の問題は、問題提起として有効でありましょうし、時評であるこ
とを念頭に置いた目配りであります。 

前置きが長くなりましたが、ここからが江田氏への応答になります。 

江田氏が私への疑問としていくつかの点を上げていただきました。 

>拙著を批判するのならばその方法と分析の結果を具体的に取り上げるべきであって、
「テクスト論」の一般的な見解を援用しても何ら批判にはならない。西巻の時評から
引用する。 

>これは日本でテクスト論が一般化する前段階の、初期のフランス系のテクスト論者
が述べていたような「表層との戯れ」と言い換えてもいいんでしょうか。 

>「表層との戯れ」という意味をもう一度確認して、拙著との関係性を明確にしても
らいたい。このままでは具体的な関係性が見えてこない。私は拙著から「表層との戯
れ」という言葉は導き出せないと思っているが、西巻真には確信があるのだろう。 

私に確信があるとすると、江田氏の今回の山中智恵子氏へのアプローチがやはり「私
にはつまらなかった」という一点になりましょう。具体的に、江田氏のアプローチを
検証していってみましょう。 

残念ながら短歌の一首の読みとは違い、評論の読みは膨大な労力を要するので、発端
となった川本千栄氏のこの文章から出発することにしましょう。 

「短歌が「私性」の文学である以上、一首の中の言葉としての一人称は特別な存在と
して特権的な位置を与えられている。一人称の「われ」を核とした言葉の階層化が、
一首の中で行われているのである。つまり、一人称を中心に求心的に言葉は構成され
る。一人称が短歌という詩型の中で言葉のヒエラルキーの頂点に立つとき、統一的な
安定したイメージを提供することができる。それは語彙の難解さや比喩の高踏さから
招来する「読み」の困難さとは、別次元の問題である。また、一人称が直接「他者」
を指すものであろうと、言葉のヒエラルキーは成立する。さらに、一人称そのものの
「像」にカオスを含んでいる場合にも、一定の「保留」は必要であるが、言葉の階層
化は行われているだろう。」((江田浩司:『私は言葉だつた』より。:以下、この
文献からの引用は「同文献」と略記する:p16) 

この文章は、この一文だけ取り出すと一見「難解な」ように見えますが、それほど難
解なことは言っていません。その1ページ前に、江田氏が岡井隆氏の『現代短歌入門』
を参照しながら「短歌における「私性」の問題は、どこまでも短歌創作の核としてつ
きまとってくる問題である」…(同文献:p15))と述べているように、「言葉のヒエ
ラルキー」とは、「短歌が私性を中心とした文学である」ということを、をかなり抽
象度の高い言葉で説明しなおしているということでしょう。つまり、短歌は「私」を
中心とした階層化の呪縛から逃れることは難しい、ということです。それが「私」以
外の誰かを中心とした一首があったとしても、私も大好きな長谷川真理子(現:ほし
の真尾)氏のこの一首のように、主体が誰なのかはっきりしない「=像にカオスを含
んでいる」場合にも。 

・鳥の正面衝突(音楽のやうに帽子を変へる)鳥の側面衝突(もつとも新しい記憶)(長谷川真理子) 

さて、問題は、第一章における江田氏の山中智恵子氏への分析の動機付けになってい
るこの言挙げが、実際の分析で、どれほど「面白く」分析されているか、という一点
になります。 

「山中の初期テクストの方法論を考える場合、一人称の問題は、「私性」へと集約さ
せるだけではなく、「他者性」を含む、総合的な観点から追究されなければならない
だろう。」(同文献:p17) 

おそらく紙幅と余力があまりないので、とりあえず第二章の具体的な分析に入ったとこ
ろから、話を始めさせていただきたいと思いますが、 

「洪水伝説」は、タイトルが示すように、『旧約聖書』「創世記」の洪水伝説、また、
ギルガメッシュ叙事詩の洪水伝説とに間テクスト性を持つ連作である。そのテクスト
は、山中の内的な詩的原風景や戦後のネガティヴな社会性が、洪水伝説の世界と融合
して構築されていると想像される」(同文献:p20) 

江田氏は前提として「間テクスト性」という概念を山中智恵子の短歌に対して用いら
れておられます。これはもちろん、江田氏もあとがきで述べておられるとおり、おそ
らく江田氏が影響を受けているであろうジュリア・クリスティヴァが提唱した「相互
テクスト性(intertextualite)=テクスト連関」(訳語は、ジュリア・クリスティ
ヴァ/原田邦夫訳 『記号の解体学セメイオチケ1』せりか書房1983年より、以下引
用も当該文献を使用する)を翻案したものであろうと解釈できるのですが、原典とな
るジュリア・クリスティヴァが、一体どういうコンテクストのなかでこの「相互テク
スト性」を提唱したのか、は確認しておいたほうがいいでしょう。 

「さまざまなジャンル(テクスト)における言葉の特有のあり方を、(文学的な)知
的操作のさまざまな様態を表わす単位〔能記〕として確立することによって、詩の分
析は、今日の「人文」諸科学の肝所(かんどころ)に、すなわち言語(思考の現実的
実践)と空間(さまざまな差異の接合によって意味作用がかたちをなす厚み)との交
錯点に据えられる。言葉のあり方を研究することとは、(意味素の複合態としての)
この言葉が文のなかの他の言葉とさまざまに結びつくその結びつき方を研究すること
であり、さらにいっそう大きなシークエンスという結合のレヴェルでも同じ機能(関
係)を見出すことである。言語における詩的機能を空間的に把握しようとするなら、
まずもって、意味素集合と詩的シークエンス言語のさまざまな操作が実現されてゆく
テクスト空間の三つの次元を明確にしなければならない。その三つの次元とは、書く
主体、その受け手、外部のテクスト(対話における三つの要素)である。したがって、
言葉のあり方は次のように定義される。(a)水平的に見れば、テクストにおける言葉
は、書く主体とその受け手との両方に属している。(b)垂直的に見れば、テクスト
における言葉は、それに先立つあるいは同時点の文学資料の全体へと向けられている。
しかし書物の言説の宇宙においては、受け手はもっぱら言説それ自体としてそこに含
まれている。したがって、受け手は、作家が自分自身のテクストを書くときに照合す
るあの別な言説(別な書物)と融合している。 
それゆえ、水平の軸(主体-受け手)と垂直の軸(テクスト-コンテクスト)は合致
しているのであって、その結果ひとつの重大なことが明らかになる。それは、言葉
(テクスト)はいくつもの言葉(テクスト)の交錯であり、そこには少なくとももう
ひとつの言葉(テクスト)が読み取れる、ということである。それにバフチーンはこ
の二つの軸を、それぞれ対話および対立するものの併存(anbivalence=両面価値性)
と呼ぶのであるが、明確には区別していない。しかし、この厳密さの欠如は、むしろ
バフチーンによって文学理論のなかにはじめて導入された発見を示している。すなわ
ち、どのようなテクストもさまざまな引用のモザイクとして形成され、テクストはす
べて、もうひとつの別なテクストの吸収と変形にほかならないという発見である。相
互主体性という考え方にかわって、相互テクスト性〔intertextualite=テクスト連関〕
という考え方が定着する。そして詩的言語は少なくとも二重のものとして読み取られ
る。) 
このように、テクストの最小単位としての言葉のあり方は、構造モデル〔テクスト〕を
文化的(歴史的)環境に結びつける媒介項であると同時に、通時態を共時態(文学構造)
に変換する調整項でもあることがわかる。このあり方という観念時態によって、言葉に
拡がりが生じる。(以下略)」

(ジュリア・クリスティヴァ『記号の解体学セメイオチケ1』p.59-61傍点、略注等は
インターネット上の表記の限界もあり、筆者判断で除外した) 

  さて、やや無理やりな形で該当部分を全て引用してしまいましたが、「どのような
テクストもさまざまな引用のモザイクとして形成され、テクストはすべて、もうひと
つの別なテクストの吸収と変形に他ならない」 という部分は重要でしょう。間テクス
ト性とは、本来、言葉(テクスト)を「様々な引用のモザイク」として見る見方であ
り、テクスト(織物)という概念から派生していくものを考えると、同時代の(横の)
テクスト(詩・小説・俳句などの他の文学作品や、山中氏のテクストの批判、受容な
ど)、そして、過去の(縦の)テクスト(過去の文学作品や、他ジャンルの言説の、
山中氏の受容)の引用のモザイクを考えていったほうが自由度が高いわけです。さら
にまた、バルト的な言い方をすれば、何も言表は文学だけにこだわらないわけで、テ
クストとは、同時代的なあらゆる現象「文化、ファッション、映画、新聞、言説など」
のモザイクである、という言い方ができます。そもそも、クリスティヴァの議論は、
短歌という詩形を前提にせずに、書物単位で詩をテクストとして認め、それと他のテ
クストとの相互テクスト性を考えるというより大きな議論に展開していったはずです。
(その後の「言葉と対話、カーニヴァル性」といった議論を参照)
  江田氏は短歌という詩形がそもそも歴史、文化的にどういう環境に結びつけられる
のか、といった議論も展開せず、いきなり一首をテクストと断言し、連作ごとのつな
がりの間に「間テクスト性」が認められる(同文献p20)というような前提で、議論を
展開されているようですが、これは危険な誤用かもしれません。 

もちろん、江田氏が、「洪水伝説」を読んで、旧訳聖書とに間テクスト性が指摘でき
る、あるいは、「靖国神社や戦後の英霊を想起させる」といった指摘は、「間テクス
ト性」の指摘としては一見何も問題はないかのように思える。少なくとも一つ以上の
テクストとの間に、「間テクスト性」が証明されていれば特に問題はない、と考えて
もいいのですから。その意味で、重要な指摘であることは間違いないでしょう。 

しかし、山中智恵子氏の短歌を一読して、なんとなく「間テクスト性」という言葉を
使わなくても、「この革命という語は同時代的には安保があったのかな」「戦争の影
響があったのかな」「洪水伝説は、聖書の影響を受けてそうだな」というくらいのこ
とは、印象批評でも十分言えてしまうレベルの指摘なのではないか、という疑義は私
のなかから逃れられないのです。 

間テクスト性という言葉を批評用語として使うのであれば、「この山中のテクストは
旧訳聖書を参照しているが、他にも同時代に山中のような間テクスト性を発現した文
学テクストはなかったのか」「あるいは、文学に限らず伝記的事実でもいいから、山
中氏が参照していた文学作品はどこにあったのか。他のジャンルでの連関性はどうか。」
 といった形で、より山中智恵子氏の「引用のモザイク」を実証的に、多様にしていく
作業が江田氏には課せられていたのではなかったのか、という指摘がどうしても私の
口から出てきてしまうのです。 

無論、分析方法は一義的ではありませんので、第2章の「空間格子」という初期テク
ストの分析に江田氏がかけた労力を一切否定するつもりはありませんし、この評論の
眼目は、むしろ後半のほうにあり、『言語にとって美とは何か』を引用しながら、言
葉の本質的な現前性を問う江田氏の姿勢を評価すべきだ、という声に、私は一定の賛
意を表するつもりです。 

しかし、その上で申し上げますが、江田氏の結論を一つ一つ見ていると、どうも江田
氏個人の山中智恵子氏に対する詩的感動が、何にも普遍化されずに「江田氏個人の難
解な語彙」のなかに収斂してしまっているのではないか、という点が、どうも私には
「つまらなく」感じられてしまうのです。 

以下、江田氏の評論のなかで、疑問に思った箇所をいくつか指摘して、今後の議論の
展開の端緒とさせていただきましょう。 

「そのような山中智恵子の初期の原型的な難解歌に、散文的、意味的な理解を超えて
感動する歌人は幾人もいる。その感動、あるいは衝撃は、かならずしも自分の短歌に
対する価値観と触れ合うことがない場合でさえ、絶対的な詩的体験として避けようも
なく訪れる。まさに、それこそ、山中の短歌の持つ「言葉(ロゴス)の力なのではな
いだろうか (同文献p67)」 

「山中智恵子の初期テクストは、表現のメタレベルにおける複数の「他者」との対話
によって、一首の内部に創造される言語世界であり、「音楽」を聴く場合のように外
部へと開かれていく。それゆえ、その言語世界からは読者個々の様々な資質に即応し
た快さが与えられる。 山中の初期テクストは、外部へのコミュニケーションが初めか
ら前提にされているものではない。そこで機能する「対話の重層性」は、「意味」を
伝達することを本質的に目的とするものではなく、「言葉(ロゴス)」そのものが露
出することを目的化する(同文献115p)」 

私が問題にしたいのは、結局、江田氏が後記で述べていた、「山中を詩的霊感に満ち
た巫女的な歌人」から開放するという目的が、結局、フランス系のテクスト論の言葉
に全部置き換わっただけで、ある種の「言葉(ロゴス)」の絶対性、たとえば、「絶
対的な詩的体験」のような非常にヒエラルキーに満ちた結論に到達してしまっている
のではないか、という点です。 

「言葉のヒエラルキー」=いわゆる短歌の私性から「山中智恵子」を開放する、とい
う目的は結構でしょう。 

しかし、それが難解な言語によって別の形のヒエラルキーに置き換わっただけではな
いか。「読者の絶対的な詩的体験」、それを言ってしまうと、どうも分析そのものが
神がかってしまうような気がするのですが、いかがでしょう。 

「フランス的な表層との戯れ」。これは私のほうが言い過ぎましたが、何か「短歌」
という言葉のヒエラルキーから開放しようとすると、今度は「言葉(ロゴス)」と
いう詩的体験のヒエラルキーという結論に達する。 

これは、山中のテクストの「霊性」の縮小再生産であり、少なくともヒエラルキーと
それからの開放、というようなきわめて素朴なマルクス主義の言語観で、ヴァレリー
や吉本隆明を引用してきているのではないか、という感触が拭えなかったので、私は
それを「皮相的」だと感じました。 

さて、江田さんへのこの議論は、完全に空中戦の模様を呈してきたのではないか、と
いう疑問を、これを書きながら憂慮しています。つまり、一首や連作の読みを離れて、
お互いの言語観に対する一方的な価値観のぶつけあいのような様相を呈してきてしま
うのではないか、ということです。 

私は次の時評ではこのような混戦状態から一時的に身を引き、江田氏が私に問うてき
た、もっとも重大な問題、 

>批評とは何か 

について、お答えしなければならないと思います。 

それでは、これをもって、江田氏への応答については、ひとまず休憩いたします。 

よろしくお願いいたします。 

----------------------------------------------------------------------------

執筆者…(西巻真  歌人。1978年生まれ 2007年度未来年間賞受賞  20
09年度未来賞受賞 加藤治郎に師事)

※本メールマガジンの発行を持って、弊社短歌時評は確定版となります。
 以後の改変、削除等は行いませんので、ご引用される場合は本メールマガジンをご
参照ください。


このメルマガは現在休刊中です

「短歌の純響社」公式メールマガジン

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2010/04/05
部数 0部

このメルマガは
現在休刊中です

ついでに読みたい

「短歌の純響社」公式メールマガジン

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2010/04/05
部数 0部

このメルマガは
現在休刊中です

今週のおすすめ!メルマガ3選

川島和正の日刊インターネットビジネスニュース
■読者数32万部超、日本一の個人メルマガ(まぐまぐ総合ランキング調べ) ■9年連続で年収1億円以上になり、70か国以上を旅行して、 190平方メートルの豪邸に住んで、スーパーカーに乗れるようになり、 さらに、著書は、日本を代表する超有名人2人に帯を書いてもらい、 累計50万部のベストセラーとなった、現在香港在住の川島和正が、 最新のビジネスノウハウ、自己啓発ノウハウ、健康ノウハウ、恋愛ノウハウ さらに「今チェックしておくべき情報リスト」などを配信中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

右肩下がりの時代だからこそ、人の裏行く考えを【平成進化論】
【読者数12万人超・日刊配信5,000日継続の超・定番&まぐまぐ殿堂入りメルマガ】 ベストセラー「仕事は、かけ算。」をはじめとするビジネス書の著者であり、複数の高収益企業を経営、ベンチャー企業23社への投資家としての顔も持つ鮒谷周史の、気楽に読めて、すぐに役立つビジネスエッセイ。 創刊以来14年間、一日も欠かさず日刊配信。大勢の読者さんから支持されてきた定番メルマガ。 経験に裏打ちされた、ビジネスで即、結果を出すためのコミュニケーション、営業、マーケティング、投資、起業、経営、キャリア論など、盛り沢山のコンテンツ。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

3連単3頭ボックスで超簡単に万馬券をゲットする競馬プロジェクト
◆読者7000人突破!まぐまぐ殿堂入り!! 圧倒的に少ない買い目で馬券を的中させます。 指定した《3頭》をボックスで買うだけで・・・ 昨年は9万馬券&7万馬券が当たりました。 一昨年にはなんと10万馬券も的中させています! 馬券は3頭をボックスで買うだけなので 誰がやっても買い目は同じ。 女性でもOK、競馬初心者でもOK 資金が少ない人でもOKです。 しかし、買い目が少ないので 当たればガツンと儲かります! こんな競馬予想は他にありません! ☆彡メルマガ広告主様大歓迎です☆彡
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

今週のおすすめ!メルマガ3選

日本株投資家「坂本彰」公式メールマガジン
サラリーマン時代に始めた株式投資から株で勝つための独自ルールを作り上げる。2009年10月、130万円だった株式資産は2017年に7000万円を突破。定期預金などを合わせた資産は1億2000万円に。 平成24年より投資助言・代理業を取得。現在、著者自身が実践してきた株で成功するための投資ノウハウや有望株情報を会員向けに提供しているかたわら、ブログやコラム等の執筆活動も行う。 2014年まぐまぐマネー大賞を受賞。読者数2万人。雑誌等のメディア掲載歴多数。 主な著書に『10万円から始める高配当株投資術』(あさ出版)『「小売お宝株」だけで1億円儲ける法』(日本実業出版社)
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

ダメおやじの全財産をかけた崖っぷちFX通信
【1日に数万人が熟読する人気FXブログのメルマガ版】 相場歴30年以上のダメおやじがFXノウハウを大公開! 毎朝配信!毎日の経済指標情報や攻略法を無料で解説しています。 ●損切りがうまくできない、利食いが浅い ●ポジポジ病(ポジションを不要に持ってしまう) ●コツコツドカーン(小さく勝っても大きく負ける) ●エントリータイミングわからない ●メンタル面が弱い このようなお悩みがあれば購読してみてください。 FX初心者から経験者まで、FXの悩みをこのメルマガで解消します。 期間限定でメルマガ内で数万円相当分のFX情報商材をプレゼント中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

3連単3頭ボックスで超簡単に万馬券をゲットする競馬プロジェクト
◆読者7300人突破!まぐまぐ殿堂入り!! 圧倒的に少ない買い目で馬券を的中させます。 指定した《3頭》をボックスで買うだけで・・・ 昨年は9万馬券&7万馬券が当たりました。 一昨年にはなんと10万馬券も的中させています! 馬券は3頭をボックスで買うだけなので 誰がやっても買い目は同じ。 女性でもOK、競馬初心者でもOK 資金が少ない人でもOKです。 しかし、買い目が少ないので 当たればガツンと儲かります! こんな競馬予想は他にありません! ☆彡メルマガ広告主様大歓迎です☆彡
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

アーカイブ

他のメルマガを読む

ウィークリーランキング