奈良検定お勉強日記

奈良検定お勉強日記 Vol.485


カテゴリー: 2017年07月20日
HPを読む⇒http://www.nara.o-panda.com/ 
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◆奈良検定お勉強日記◆          2017.07.20   Vol.485
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奈良検定関係のおベンキョウをした内容をメルマガにしてお届けします。

過去問を中心としたお勉強が中心ですが、問題に関する雑談なども取り混ぜて
お送りしたいと思っていますので、既に合格された方にも読み物として読んで
いただけるとうれしいです。

発行人は
2010年(第4回)に2級、
2011年(第5回)には1級、そして
2012年(第6回)にはソムリエに合格をしました♪

■□■ 本日の内容 ■□■

<< 奈良まほろばソムリエ検定 2017年 1級 問26~問30 >>

問26 平成23年(2011)に桜井市の茅原大墓古墳から出土した人物埴輪はどういう特徴を具えていたか。
ア.大刀を振るう イ.靫を背負う ウ.盾を持つ エ.琴を弾く

問27 「おん祭り」で知られる、春日大社の若宮社に祀られている神はどれか。
ア.武甕槌命 イ.天児屋根命 ウ,経津主命 エ.天押雲根命

問28 新薬師寺の鎮守として創建されたという南都鏡神社に祀られているのは誰か。
ア.藤原冬嗣 イ.藤原広嗣 ウ.藤原不比等 エ.藤原永手

問29 奈良市の東部に鎮座し、「廻り明神」という珍しい行事に関わる神社はどれか。
ア.都祁水分神社 イ.天乃石立神社 ウ.夜支布山口神社 エ.雄神神社

問30 代々天皇の祭祀に用いる火きり木を献上したと伝えられ、
10月に火祭りが行われる神社はどれか。
ア.水越神社 イ.一言主神社 ウ.龍田大社 エ.往馬大社

==解答======================================================
 26-ウ 27-エ 28-イ 29-ウ 30-エ
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■さあ、では、お勉強しましょう♪■

★問26は、平成23年(2011)に桜井市の茅原大墓古墳から出土した人物埴輪は
どういう特徴を具えていたか、だから、盾を持つ、が正解。
(公式テキストP141に茅原大墓古墳はあるけど、盾持ち埴輪の記述はなし)

茅原大墓と盾持人埴輪は2012年1級の問25で既出。
Q.平成23年(2011)の発掘調査で盾持ちの人物埴輪が出土した
三輪山西麓の帆立貝式前方後円墳はどれか。
ア.ホケノ山古墳 イ.弁天社古墳 ウ.茅原大墓古墳 エ.狐塚古墳
(2012年10月27日発行、Vol.275)

2011年にニュースになって、2012年に出題されていますから、
タイムリー問題として出されたわけですね。

見た方が早い。
実物はこちら。
(→http://www.bell.jp/pancho/k_diary-5/2011_02_26.htm)

盾持ち人物埴輪といえば、
群馬県太田市藪塚町若水塚古墳出土のヒトとか、
(→http://www.keiko-cafe.com/mukashi/mukashi-haniwa1.html)

群馬県高崎市の保渡田古墳群出土のヒトとか、
(→http://blog.goo.ne.jp/gooyamachuu/e/35d68150ff3fd4191a442628d1e65e04)

浮かびますが。

この茅原大墓出土の盾持人も笑っているようにも見えます。
墓守りが笑うっておかしいか。

過去のおべんきょう貼って、復習しておきます。

>>>以下 加筆訂正の上 再掲

〇盾持ちの人物埴輪が出土した三輪山西麓の帆立貝式前方後円墳は、
茅原大墓古墳。
(公式テキストP141)

茅原大墓古墳は桜井市茅原にある古墳で、かたちは帆立貝式の前方後円墳。
帆立貝式の前方後円墳とは、よくある「鍵穴」タイプのかたちではなく、
帆立貝の貝殻のように、前方部が台形のように張り出してなくて、
どっちかっていうと円墳に短い張り出しがついたような形。
それを上空からみると「帆立の貝殻」に似ていることから、そう呼ばれるもの。
(→http://kofun.info/type/12)

古墳の規模は全長85m、後円部径70m、前方部長15m。
墳丘には円筒埴輪・家形埴輪が並べられ、葺石も存在した。
ご近所の毘沙門塚古墳とこの古墳はともに、前方部を北に向ける。
前方部を北に向けるのはこの二つの古墳以外には見あたらないということから、
珍しいんだそうな。

で。
盾持ち埴輪さんの話へと。

埴輪というと、人物像が盾をもってる勇ましい姿を想像するかもしれないけど、
その造形はきわめて単純に、四角い板の上に顔が乗っているってのが基本形。
機動隊の人がジュラルミンの盾を前に、顔だけ出している図がありますが、
あれを想像するとよろしいかと。

結構出土しています。
(→http://www.bell.jp/pancho/k_diary-5/2011_02_26.htm)
※下の方に写真があります。

盾持ち埴輪さんは胴体は盾そのもの。そこに顔や手がついている感じ。
いわば、不思議の国のアリスのトランプみたいなもんですかね。

埴輪には、盾の形だけの盾形埴輪や、
(→http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/center/relics/art/details/43.html)

靱(ゆき)形埴輪(矢を入れて背負うための入れ物)、
(→https://blogs.yahoo.co.jp/hopi519/65291305.html)

など「物」の埴輪と、「人の形の埴輪」がありますが、
盾持ち埴輪さんはどっちなんだろう?
一応、盾の上に顔が乗っている状態からみて、
人物埴輪としてもよいような気もするんだけどな。

”これまでに出土した最古の盾持ち人埴輪は、
古市古墳群にある5世紀前半の墓山古墳などのものとされていた。
今回の発掘で、数十年ほど製作時期が早まることになる。 ”
(→http://www.bell.jp/pancho/k_diary-5/2011_02_26.htm)

埴輪は一番古いものは3世紀に出現した単なる筒形の円筒埴輪が一番古く、
4世紀の中頃になると家形や、鶏形などの形の埴輪が作られるようになる。
その後、人間の持ち物で、盾や靱などの形の埴輪が新たに作られるようになり、
人間の形をした人物埴輪が出現するのは、5世紀に築造された
大阪府の大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)=仁徳天皇陵とされる。 

茅原大墓古墳は4世紀末の古墳とされているので、ここから出た埴輪は、
仁徳天皇陵の人物埴輪よりも早く作られた”人物埴輪”というわけ。
それゆえ「最古の人物埴輪か?!」で盛り上がっちゃったわけですね。

現説のレポートはこちらから。
(→http://inoues.net/ruins2/kayaohaka.html)

<<<再掲おわり

ここって、行ったことあるっけ?と思ったら、いやあるはず。
地図を見ると檜原神社から西へ下ってきたら左手に見えてくる古墳だから、ある、はず←弱気。
(→http://kofun.info/kofun/92)

いつの間にやら丸坊主になっていた古墳ですよね。
だったら、やっぱり行ったことある、はず。←それでも弱気。

たまには古墳巡りでもしてみたいなあ(言うのはタダ←ははは)

★問27は、春日大社の若宮社に祀られている神さまだから、天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)
(公式テキストP313)

春日大社の項目では若宮さんのことは記述がないけど、
春日若宮おん祭の項目では、ちゃんと書いてあります。

”春日大社は神護景雲二年(768)に鎮座したと伝えられ、その後二百三十数年後に
御子神として若宮神(五所王子・天押雲根命)が出現したとされ、さらに百三十年余り
経た保延元年(1135)に独立した社殿が設けられた。”
P313

ちゅうことで、若宮様は天押雲根命でした。

その他の選択肢は、本殿の方でお祀りされている神様。

ア.武甕槌命(たけみかづちのみこと)は第一殿にお祀りされている神様で、
もともとは鹿島神宮におられた神様。
1300年の昔、武甕槌命様は御蓋山(みかさやま)の山頂・浮雲峰(うきぐものみね)に降り、
それ以降奈良の見守ってこられました。

イ.天児屋根命(あめのこやねのみこと)は、生駒山を越えた枚岡神社から迎えられた神様で、
后の比売神様と共に第三殿・第四殿でお祀りされています。

ウ,経津主命(ふつのしのみこと)は香取神宮から招聘された神様。

ちゅうことで、春日大社のご祭神は
第一殿「タケ」
第二殿「フツ」
第三殿「アメ」
第四殿「ヒメ」

東西を表せば、正面向かって、
(西)「ひめ」←「あめ」←「ふつ」←「たけ」(東)

★問28は、新薬師寺の鎮守として創建されたという南都鏡神社に祀られているのは、藤原広嗣。

広嗣といえば、広嗣の乱のあの広嗣ですよね?
公式的テキストP38にはそれが起こったあたりの歴史背景は書かれてありますが。

時は天平。
藤原武智麻呂・房前・宇合・麻呂の藤原四兄弟が朝廷で権力をほしいままにしていた頃、
彼らの父である藤原不比等は娘の安宿媛(のちの光明子/光明皇后)を首皇子(のちの聖武天皇)に
嫁がせその力を盤石のものとしていました。

しかし不比等が没すると、四兄弟を抜いて、長屋王が政治の中心に座り、四兄弟は面白くない。
そのころ、首皇子と安宿媛との間に生まれた子が夭折し、その子を天皇にして自分たちの地位を
さらに高めようとしていた四兄弟は大打撃。しかし四兄弟はそれすらも利用して、
”首皇子の子が亡くなったのは長屋王が呪い殺させたのだ”という謀反の罪を長屋王に着せて自害に追い込み、
さらに妹の安宿姫を皇后とすることの成功。

しかし、よいことは長くは続かず。
四兄弟は相次いでこの頃大流行した天然痘でバタバタと死に、
あっという間に藤原家は大ピンチ。

そこで台頭してきたのが橘諸兄。この人、橘と名乗っているが、産みの母は藤原不比等の妻の縣犬養三千代。
元明天皇よりもらった「橘」の姓を名乗っている、正真正銘の光明子の同母兄。
この橘諸兄が重用したのが遣唐使あがりの吉備真備とゲンボーさん。

橘諸兄が中心に居座る政治状況を快く思わないのが藤原の広嗣。

藤原広嗣は藤原四兄弟の三男・宇合の息子。(仲麻呂のいとこでもありますね)
ゆえに、出世間違いなしのポジションではありますが、何やら素行が悪かったようで。
大宰府に飛ばされたようです。それが天平11年(739)。

天平12年(740)には飛ばされた先で、聖武天皇に上奏文を送ります。
「最近の災害の多さには原因があります。諸悪の根源は橘諸兄。
あれが吉備真備やゲンボーを重宝してからです。
よってこの二名を追放すれば、世の中は治まることでしょう。
(こんなことが言えちゃうオレサマすごい、えっへん)」

がっ。
その上奏は聞き届けられることなく、彼は「藤原広嗣の乱」の首謀者となりまして、
あっさり、ばっさり打ち取られました。
ちゃんちゃん。
(すごいはしょりすぎ)

まあ、それはいいとして。
問題は鏡神社でしたね(汗)

”社伝には遣唐使発遣の祈祷所であった当地に平城天皇即位の大同元年(806年)新薬師寺鎮守として
創祠されました。祭神は天照皇大神、藤原広嗣公、地主神で、本殿は奈良市指定文化財です。”
(→http://www1.kcn.ne.jp/~fujishrs/index.html)

なぜ広嗣公がご祭神となっているかといえば、
”現社地は広嗣公の邸宅跡との伝えもあるが天平時代後期に新薬師寺復興の際、
その鎮守神としてここに勧請された”
(→http://www1.kcn.ne.jp/~fujishrs/profile.html)

ふーん。
深追いしませんが(笑)

ということで、新薬師寺の鎮守として創建されたという南都鏡神社に祀られているのは、
藤原広嗣なのでした。

その他の選択肢は。
ア.藤原冬嗣(ふじわらのふゆつぐ)は藤原北家のひとで、父は藤原内麻呂。
(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%86%AC%E5%97%A3)

北家といえば四兄弟でいうところの、房前の血筋ですが、

房前
↓
眞楯
↓
内麿
↓
冬嗣
となるそうです。
(→http://episode.kingendaikeizu.net/10.htm)
※この北家の血筋がのちの「藤原道長」へと続いてくそうで…ふーん。

それはともかく、奈良検定的に見れば、
興福寺南円堂は冬嗣が父内麻呂の冥福を祈って建てたお堂、というのがあげられます。

”弘仁4年(813)藤原冬嗣(ふゆつぐ)が父 内麻呂(うちまろ)追善の為に建てた。”
(→http://www.saikoku33.gr.jp/place/9)

父の内麻呂は、
”興福寺のために不空羂索観音像と四天王像を作り、子息の冬嗣に納めさせた。”
(→http://www.kohfukuji.com/about/construction/nanendo.html)
らしいですが。

どこもかしこも藤原の寺なのだなあ>興福寺。

ウ.藤原不比等(ひじわらのふひと)は言わずと知れた、藤原鎌足の次男で、
藤原四兄弟の父。

政治的手腕はいうに及ばず(てか、そこは興味ないのでさくっと飛ばして>をい)
現在地での興福寺を建てたのがこの人。

エ.藤原永手(ふじわらのながて)は藤原四兄弟の房前の次男。
長男が夭折したため、実質法家の長となった。

あれれ、藤原冬嗣も房前の血筋でしたよね。
系図、系図…。

こちらを参考に、知りたいひとだけピックアップすると…。
(→http://www.geocities.jp/okugesan_com/hujiwara.htm)

       藤原北家・藤原房前(父)
       ↓   ↓     ↓
(子)鳥養(長男) 永手(次男) 真楯(三男)………(以下略)
                 ↓
(孫)             内麻呂(三男)
                 ↓     
(ひ孫)             冬嗣(次男)


ということで、藤原永手と冬嗣の関係は…なんだ?(笑)
冬嗣の曽祖父の子…って、自分のひい爺ちゃんの子ってのは、
爺ちゃんの兄弟だから、『大おじ』ってものですかね。

まあ、永手の政治的手腕はさておき(わたしがあんまり興味ないからです★)
永手といえば、春日大社の創建に関わった人っていうのが有名な事績。

”(前略)称徳天皇の勅命により左大臣藤原永手によって、中腹となる今の地に
壮麗な社殿を造営して香取神宮から経津主命様、また枚岡神社から天児屋根命様・
比売神様の尊い神々様をお招きし、あわせてお祀り申しあげたのが当社の始まりです。”
(→http://www.kasugataisha.or.jp/about/)

永手は春日大社を建て、
冬嗣は南円堂を建てたと。

★問29は、奈良市の東部に鎮座し、「廻り明神」という珍しい行事に関わる神社は、だから夜支布山口神社。
(公式テキストP54)

2009年1級、問47で既出。
Q.奈良市街地の東郊外に鎮座し、「廻り明神」という珍しい行事が残る神社はどれか。	
ア.都祁水分神社 イ.天乃石立神社 ウ.夜支布山口神社 エ.雄神神社
(2010年8月13日発行、Vol.120)

選択肢までおなじなので、昔のお勉強を貼っておさらいをしておきます。

>>>以下 加筆訂正の上再掲

〇問47は、奈良市街地の東郊外ってのがミソかと。
「廻り明神」という珍しい行事が残る神社は
夜支布山口神社(やしふ/やぎゅうやまぐちじんじゃ)。
(公式テキストP54とP310)

東郊外ってのがどの程度郊外なのかと思ったけど、柳生だそうです>場所。
どっちかっていうと「廻り明神」というよりも「大柳生の太鼓踊り」の方が
有名だし、判りやすいのではないかと…。

”この神社には、一年交代で集落の長老の家に神様の分霊をむかえる
「回り明神」という、珍しい行事が伝わっており、700年の伝統をもつ
大柳生の太鼓踊りが奉納される。
太鼓踊りは、背中にご幣木を飾り、胸に小鼓を吊り、白鉢巻きといういで立ち
で踊る勇壮な踊り。県の無形民俗文化財に指定されている。”
(→http://www.naranet.co.jp/calendar/2000/8-8.html)

”大柳生には素盞鳴命を祀る古社「夜支布山口神社」があり、氏子の上出垣内、
塔阪垣内、西垣内の3垣内で宮座をつくる。「廻り明神」と呼ばれるしきたりで、
年長者が宮座の座入り順に当屋となって、
一年交代で自宅に夜支布山口神社の分霊を丁重に祀る。 ”
(→http://www.e-suzaku.net/gyoji_event/08/005/index.html)
※リンク切れです。

「廻り明神」というのは一年交代で集落の長老の家に
神さまの分霊を迎えるという行事。
この時、柳生の太鼓踊りが奉納される。
ということらしいです。

太鼓踊りは毎年8月17日、この当屋さんの前庭で明神さんに
太鼓踊りを奉納するってのがもともとの行事だったけど、
近年は「廻り明神」とは別個に、別の場所で踊られるようになったとのこと。
 
太鼓踊りそのものは、毎年8月17日直前の土曜日の午後八時に行われる
ということなので、今年は8月14日(明日!)ってことですね。
しかし、奈良中心部から行こうとしても
その時刻にはすでにバスがありません…(笑)

太鼓踊りは、県の無形文化財指定。
県内で行われている太鼓踊りは、雨乞いやその願満の際に踊られ、
イサミ踊りやナモデ踊りとも呼ばれている。
(どっかで聞いたことありますねえ)

しかし大柳生の太鼓踊りは、戦役の凱旋に踊ったものであると伝えられる。
毎年踊られる県内唯一の太鼓踊りでもある。
(へー、そうなんだ。他は毎年じゃないんだ)

<<<再掲おわり

で。
で、ですね。

このお祭り、2012年を最後に休止されたようですが…。
(→http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/e537fee3bfbcbce6e9bafcb8c3626e70)

その後、復活したのかなあ?
調査不足で調べてませんけど。
ご存知の方がおられましたら教えて下さいませ。

★問30は、代々天皇の祭祀に用いる火きり木を献上したと伝えられ、
10月に火祭りが行われる神社だから、往馬大社。
(公式テキストP96)

往馬大社での出題としては「火祭り」と「火きり木」のツートップですが、
今回はそのどちらもヒントとして取り上げられた問題でありました。

「火きり木」についての出題では、2011年2級の問42で既出。
Q.往馬大社についての説明文のうち、正しいものはどれか。
ア.境内には日露戦争の戦利品として奉納された大砲がある。
イ.ニホンサクラソウの名所として知られる。
ウ.歴代天皇の大嘗祭に用いられる火燧木を献上してきた。
エ.7月に風鎮大祭が執り行われる。
(2012年7月20日発行、Vol.239)

この問題、2013年2級の問47でもまったく同じ問題が出てます。
(2013年11月17日発行、Vol.333)

この時の問題の答えは
「往馬大社は歴代天皇の大嘗祭に用いられる火燧木を献上してきた」が正解。

しかしこれに関しては、掲示板の方に寄せられたクエスチョンで、
いろいろ考えてみたことがあったので、それを再掲しておきますね。

>>>以下 掲示板に書かれた内容の再掲です

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火燧木(ひきりぎ)≠波々迦木か?  投稿者:ひろぴ。  投稿日:2013年10月11日(金)22時01分17秒

かるほさん、いつも楽しく読ませていただいております。
さて、一件調べても良く分からない件がありますので、お力を頂きたく質問させていただきます。
平成2年の今上天皇の大嘗祭の悠紀斎田・主基斎田を設定する際の
「火燧木(ひきりぎ)≒波々迦木と理解しています」を献上したのはどの神社か?
ということなんですが。
候補は(1)往馬大社:テキストP96で火燧木を献上したと言っている。
http://yamatotk.web.fc2.com/ikoma/ikoma.html
(2)天香神社:テキストにはない神社ですが、境内の掲示で波々迦木を献上と書いているようです。
飛鳥のガイドからもそんな話を聞きました。
http://www3.ocn.ne.jp/~tohara/nara-kaguyama.html 
(3)葛木坐火雷神社:ここはテキストp190にあるように、「献上されていた」と過去形なんで、
昔はやっていたが今は違うのだと思いますのでとりあえず除外かな・・。
それとも火燧木(ひきりぎ)≠波々迦木ということで往馬大社、
天香神社がそれぞれを納めたということでしょうか。
どこに聞けばいいのかも分からないもので。よろしくお願いいたします。
かるほさんの今までの解説のどこかに既にあったのであれば失礼ですが。

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宿題が増えてきた(笑)  投稿者:かるほ  投稿日:2013年10月13日(日)00時09分3秒 	返信・引用
みなさまが私を勉強させてくれています(ははははは)
感謝感謝。

ひろぴ。さん
メルマガの受信、ありがとうございます。

さて、ご質問の件。

>平成2年の今上天皇の大嘗祭の悠紀斎田・主基斎田を設定する際の
>「火燧木(ひきりぎ)≒波々迦木と理解しています」を献上したのはどの神社か?

ですが、順を追って見ていきたいと思います。


火燧木は『火をおこす際に用いられる木』で、
手で火を起こす(!)際に、錐もみされる先端に置く木だと思います。
(→http://ikomabito.at.webry.info/201107/article_4.html)
※火燧木(ヒキリギ)の写真中、左側にあるケタケタ状になっているもの。

そして、往馬大社より火燧木として献上されるのは、御神木の上溝桜だそうです。

”往馬大社は古くから「火の神」としても崇敬厚く、歴代天皇の大嘗祭に関わる火きり木を
当社より納めた歴史があり、昭和や平成の大嘗祭の「齎田點定の儀」にも
御神木の上溝桜が使用されました。”
(→http://travelog-jpn.blogspot.jp/2012/04/blog-post_25.html)

この、上溝桜(うわみずざくら)とは…。

”ウワミズザクラ(上溝桜、Padus grayana)は、バラ科ウワミズザクラ属の落葉高木。
和名は、古代の亀卜(亀甲占い)で溝を彫った板(波波迦)に使われた事に由来する。”
(→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AF%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%83%A9)

だそうですから、
上溝桜=ハハカノキ(波波迦の木/波々迦の木/波々架の木…)のようです。

何故、”上溝桜”なんていう名前なんだと思ったら、
”骨を焼くのがこの木で、予め彫られた骨の裏の溝を焼くことから
「裏溝」「卜溝」のウラミゾが変化してウワミゾになったと言われます。”
(→http://www.m-sugi.com/39/m-sugi_39_iwai.htm)

うらみぞ→うわみぞ→うわみず→UWAMIZU!!という変化だそうです。

なので、ご質問にあった、
>「火燧木(ひきりぎ)≒波々迦木と理解しています」
の部分は、火燧に使う木は、ハハカノキを用いるので、その意味では正しいかと思います。

火おこしはこんな風にするらしいです。
(→http://blogs.yahoo.co.jp/nekozero54/59032621.html)

そして一方、葛木坐火雷神社(笛吹神社)から献上されていた波々迦木は、
大嘗祭に先立ち、神様に捧げるお米を作る田んぼをどこにするかを占う、
『国郡卜定(こくぐんぼくじょう)の際に用いられる木』だそうです。
(→http://www.geocities.jp/engisiki/yamato/html/030702-01.html)

その占いのやりかたは…。
『波々迦木を焚いて』真男鹿の肩甲骨や、亀の甲羅を焼き、それによって生じた
割れ目で悠紀(由基=ゆき)、主基=すき、という二つの斎田の国郡を選定する、
という占い方だそうで。

ハハカノキを焚いて、そこに鹿の骨やら、亀の甲羅だのをくべて割れた目を占うのが
国郡卜定なので、ここでのハハカノキは薪の役目ということになろうかと思います。

余談ながら。

その占いによって選ばれた国は緊張しながら、大嘗祭用のコメを栽培します。
秋の収穫シーズンになると、抜穂使(ぬきほし)なるお役人さんが遣わされ、
決められた田んぼから米や粟を持ち帰り、儀式に用いる「黒酒」「白酒」
「御飯」「お粥」を作るんだとか。
(→http://b.okareki.net/wp-content/uploads/2012/08/inoue-PDF-246KB.pdf)

話を戻して…。

つまり、
・往馬大社から献上される上溝桜は、大嘗祭において火燧木(道具)として使用される。
・葛木坐火雷神社から献上された波々迦木は、国郡卜定の際に(薪として)用いられた。

同じ上溝桜(波々迦木)でも、献上する神社ごとに、用途が違ったってことなんでしょうかね。

そして、
>葛木坐火雷神社:ここはテキストp190にあるように、「献上されていた」と過去形なんで、
>昔はやっていたが今は違うのだと思います

は、そのとおりのようです。
江戸時代までは献上されていたそうです。
(→http://fuefukijinja.blog.eonet.jp/muraji/2012/04/post-1921.html)
※リンク切れでした(涙)

ゆえに、ここ数代の大嘗祭では、葛木坐火雷神社から波々迦木は献上されていないのでしょう。

ということで、最終的に一番調べたい質問の、

>平成2年の今上天皇の大嘗祭の悠紀斎田・主基斎田を設定する際の
>「火燧木(ひきりぎ)≒波々迦木と理解しています」を献上したのはどの神社か?
                          ~~~~~~~~~~~~
については、
”平成2年の大嘗祭関連の諸儀で、“斎田点定の儀”(大嘗祭で供される神饌を耕作する
悠紀国・主基国を定める儀式)での亀占に用いるため、ハハカを宮内庁のご下命により奉納しました」”
(→http://www3.ocn.ne.jp/~tohara/nara-kaguyama.html)
※◎波波迦(ハハカ)の木、の箇所参照
☆これについてもリンク切れだ…ネット上の情報って難しいのね。

とりあえず、おなじ記述があるサイトを見つけましたので参考にしてください。
(→http://blog.goo.ne.jp/goo3820/e/a64cab7d6d123b5900b68eff5ec0754b)

とあることから、天香山神社でいいのではないでしょうか?
神社さんが嘘いうとも思えないし。嘘の立て看板が出ているとも思えないし。

”境内にある「朱桜」(にわざくら)という古名で知られる「波々架の木」(ははかのき)は、
その昔、占いに用いられたと言われています。
「古事記」の天岩戸神話(あまのいわとしんわ)には、天香具山(あまのかぐやま)の
雄鹿の骨を抜きとって「朱桜」の木の皮で焼き、吉凶を占ったとあります。”
(→http://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_kankou/kankou/spot/amanokaguyama.html)

という記述がありますので、
天岩戸神話の頃からというのはウソとしても(をい)、
古事記がまとめられたような頃から、ここのハハカノキは占いに使われていたのやもしれません。

★ということで、結論★
平成2年の今上天皇の大嘗祭の悠紀斎田・主基斎田を設定する際の
波々迦木を献上したのは、天香山神社。
…ということになろうかと思います。

ちなみに、波々迦木と占いのことは、
2012年7月20日発行、Vol.239の
問42の選択肢の中でやっていますので、再掲しておきますね。

以下転載。
<<<<


◆奈良検定お勉強日記◆          2012.07.20 Vol.239

(中略)

大嘗祭ネタでこじつければ、葛木坐火雷神社は大嘗祭で用いられる
波々迦木(ははかのき)を古来より献上してきたとのこと。

ここから献上された波々迦木は、大嘗祭で神様に捧げるお米を作る田んぼを
どこにするかを占う、国郡卜定の際に用いられる木だそうで。

その占いのやりかたは…。
波々迦木を焚いて真男鹿の肩甲骨や、亀の甲羅を焼き、それによって生じた
割れ目で悠紀(由基=ゆき)、主基=すき、という二つの斎田の国郡を選定する。

その「悠紀」「主基」とはなんぞやというと、
日本の東西をそう表すことばらしい。
京都の以東を悠紀(東日本)、以西を主基(西日本)とし、
それぞれから一か所、大嘗祭に捧げる米を作る田んぼを選定する。

神様に捧げるお米を作るという栄誉をいただいた田んぼの耕作者は、
粗相のないように精進潔斎して田んぼに入り、(もちろん田んぼの
周囲には注連縄張って結界だ!)気を使いながら米を育てる。
やがて実った米は、大嘗祭に際して献上される。

大嘗祭は、普段の宮殿とは別に大嘗宮という建物を建てて執り行われ、
そこには「悠紀殿(ゆきでん)」「主基殿(すきでん)」なる
二棟の建物があり、回廊で結ばれていて、それぞれの殿で祭祀が
行われるとのこと。つまり悠紀斎田(ゆきさいでん)で作られた米は悠紀殿へ、
主基斎田(すきさいでん)で作られた米は主基殿へ、それぞれ奉られ、
儀式が行われることになるんだとか。
(すごく関係ないけど、NHKの天気予報に出てくる”斎田(さいた)さん”
という気象予報士の方がいらっしゃるのだけど。サイトウさんじゃなくて、
サイタさん?って思っていたが、こうしてみると由緒正しいお名前なんだわ)

なるほどなるほど。
以前どこかで波々迦木って見た(出題された?関連知識?)ことあるけど、
その時は覚えられなかった。今回はこれでバッチリ(謎)。
以上、雑学としてのマメ知識でした。

<<<<
以上、転載おわり。


ひろぴ。さん、こんな説明でご納得いただけますか?

なんか、間違っていたら、ご指摘ください>all 	

お返事でした。

---------------------------------------------------------------------------

有難うございます  投稿者:ひろぴ。  投稿日:2013年10月15日(火)00時12分18秒 	返信・引用
かるほさん
つまりは、往馬大社は「マッチ屋さん」
天香山神社(昔は葛木坐火雷神社であったが交代?)は「薪屋さん」として2社コラボして、
大嘗祭に火燧木、波々迦木を献上している。ということですね。
葛木坐火雷神社の2祭神の1つが天香山命(但しこの神はどちらかというと音楽がらみのようですが・・・)
というのも面白いですね。今度これらの神社に行って、人がいたら訊ねてみます。 

---------------------------------------------------------------------------	 

比喩で覚える  投稿者:かるほ  投稿日:2013年10月16日(水)21時07分3秒 	返信・引用
ひろぴ。さん

往馬大社は「マッチ屋さん」
天香山神社と葛木坐火雷神社は「薪屋さん」

いいですねー。
光景が目に浮かぶようです。
そうやって覚えると定着よさそうですよね。

天香山神社は行ったことがないので、一度行ってみねばです。

面白いお題をありがとうございました♪

---------------------------------------------------------------------------

>>>以上が掲示板での情報の再掲でした


その他の選択肢は。
ア.水越神社は柳生の神社でいいのかな?
(→http://blog.goo.ne.jp/familyplot1976/e/16e9e38277cca321715cc3b159c26f10)

社叢はシラカシ林で、奈良市の天然記念物。
中でも有名なのが本殿前にそびえる大杉。
2本のスギの癒着したものだそうですが、二本合わせた幹周は8mを超すらしいです。

イ.一言主神社は御所の神社でいいのかな?
”一言の願いであれば何ごとでもお聴き下さる神様として、里びとはもちろんのこと、
古く全国各地からの信仰を集めております。”
(→http://www.city.gose.nara.jp/kankou/0000001409.html)

ウ.龍田大社は三郷町の風の神様を祀る神社。
(→http://www.tatsutataisha.jp/)

七月の風鎮大祭では手筒花火が奉納されます。
(→http://www.tatsutataisha.jp/gallery.php#gallery03)

■編集後記■

なんだか気が付けば7月もなかば過ぎました。
梅雨明けもしました。すでに真夏です。
ひと月ほど、ちょーさぼっておりましたか。
記憶がまったくありません(あへへ)

先月はせっせと奈良へ通い。
それをブログに記録しなくちゃと自分にプレッシャーをかけ、
そのくせ、暑さにかまけてブログも奈良検定おべんきょう日記もうっちゃり、
ほけーっとしておりました。

今週末はまた関西なんだよなあ(学芸員同窓会@奈良大学)
一週間ずれればハルカスではじまる「西大寺展」とからめられたのになあ…。
まあ、単独でも行くんでしょうけど(ははは)

暑い時期は美術館・博物館めぐりに限ります。
室温22度、湿度55%は偉大だ~(笑)


★★ 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。★★


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