ひろえのキャズ便り

「ひろえのキャズ便り2017年07月21日号」


ひろえのキャズ便り2017年07月21日号です。

 キャズではこのたびが3回目のキュレーションとなる、長谷川新氏による展覧
会『やわらかな脊椎』。長谷川氏というと、なぜかキャズでは二人展ということ
になっていて、2013年の『ハルトシュラ』(Jimin Chun /川村元紀)をふ
りだしに、2015年の『躱(かわ)す』(椎原保/谷中佑輔)、そして、今回
の大寺俊紀/乙うたろう(前光太郎)と、いずれも、にわかには共通点を見出し
にくい二人が、それぞれに個展をするというスタイルが恒例になっている。長谷
川氏いわく、「今のところ(単独の)個展をするつもりはない」とのことで、作
家(あるいは作品)選択以上に、戦略としての二人展(?)といった意味合いが
あるのかもしれない。もっとも、さしあたって気になるのは「西洋の絵は脊椎動
物であるが、日本の洋画は軟体動物である。骨格がない」(外山卯三郎)を受け
ての本展のキーワード、「やわらかな脊椎」。というわけで、ともあれ、大寺/
乙うたろう両氏の作品をたどってみたいと思う。
 まずは、今年77歳、50年以上にわたり一貫して幾何学抽象画を制作し続け
てきた大寺氏の場合。彼が画業をはじめた1960年代というと、SFでしかな
かった宇宙開発が現実のものとなり、新幹線の開通、ジェット旅客機の誕生……
といった具合に、科学がまだバラ色の夢を見ることができたころ。大寺氏が最初
期から描いてきた無機的なモチーフの規則的な繰り返しは、そんな時代の空気そ
のものでもあるようだ。その後、新しさが次の新しさによって更新されていくと
いう、移り気なアートシーンの流行りすたりをものともせず、ひたすら幾何学抽
象に取り組み続けた大寺氏。そんな彼が、40歳代なかばで「聖書を読みなさい」
という神の声を聞いた途端に描けなくなったというのだから、神の啓示とは、と
きに雷でも落ちるような衝撃、あるいは徹底的な内省をうながすものらしい。もっ
とも、この神の一撃以上にすごいのは、「神さまはこの世に必要のないものをお
創りにはならない」という、大寺氏に訪れた思考の大転換かもしれない。そうし
ていったんは全否定した自身の画業を違う仕方で肯定するにいたり、ふたたび絵
筆をとってからは、「神さまに喜んでいただける作品を作り続けている」のだと
いう。そんな経緯のもと、かつての彼の幾何学抽象的な表現の上に、神による創
造の物語が描き込まれるようにもなり今日にいたっている。ちなみに、近年の彼
の作品には、いわば抽象と具象とが接続されたようなものもあり、たとえば、水
や植物の創造が描かれたものは、無機的なフィールドに有機物が現れたような、
植物工場に育つレタスといった印象を個人的には受けた。もっとも、このあたり
の近作については、信仰のあるなしで見え方が違ってくるはず。そういう意味で
は、もはや美術作品というカテゴリーにおさまり切れないところがあるのかもし
れないが、少なくとも、今日の宗教画の一スタイルであることはたしかだと思わ
れる。
 一方、1994年生まれ、昨年、美術系の大学を卒業したばかりという、乙う
たろう氏。いわゆる萌え系マンガ(風?)のキャラクターを、3次元に落とし込
むのではなく壺の表面に描き、2次元でも3次元でもない存在、「つぼ美」に仕
立てる作家である。壺の上で著しくバランスをそこなわれたキャラクターの顔が、
ある位置に立ってながめた途端、本来の形相でもって正しく見えはじめるという
独特の緊張感。われわれの視覚認識が、まずは二次元的であることを否応なく突
き付けてくるその作品体験のルーツは、彼自身が10代のころに早くも見舞われ
たという、底なし沼をのぞき込むような出来事にあるんだといい、しかもそれは、
ごく日常的な場面で不意に訪れたものだったという。いつだったか、なんだか気
持ちが通じない父親と歩いたその夜道の、あまりの手応えのなさがもたらした、
茫漠とした不安。そうして、いつしか妙に現実感のない気分におそわれた始めた
彼の目に、世界がいきなり薄っぺらい書割みたいに映りはじめたんだという。も
しかすると、目の前の風景の向こう側にはなにも存在せず、ただ無が広がってい
るのではなかろうかと……。そんな離人症を思わせる彼の個人的な体験が、あま
りにのめり込み過ぎた石膏デッサンの副作用(?)だったかどうかは知る由もな
いのだが、表も裏も側面もある物体を平面に落とし込む作業に没頭しているとき
の、自分がいつのまにか聖なるモノに仕えているような不思議な感覚もまた、彼
の制作の原点にあるとは乙うたろう氏自身の弁でもある。
 こうして、二人の作品、およびそれぞれの核の部分にあると思われるエピソー
ドをたどってみると、西洋美術史を貫く信仰や宗教と呼ばれるもの、外山が語っ
たように動物の脊椎にあたるものがないというよりは、脊椎そのものが別の仕方
で、つまり、長谷川氏がいうところの「やわらかな脊椎」として存在するケース
もあることを確かめたような、そんな気分になってくる。あるいは、牧師として
の大寺氏の実践を、神が語る理想(2次元的認識?)と、この世に有限な存在と
して生きる人間(3次元的存在?)との間に立つことだと捉えると、2次元と3
次元を行ったり来たりしながら制作する乙うたろう氏との類似性もみえてくるだ
ろうか。もっとも、そもそも現代美術には、失われた神と人間との間を取り持つ
ようなところがある、といってしまえばそれまでなのだが……。なにはともあれ、
新旧をともに取り上げることで、やわらかな脊椎の系譜みたいなものが浮かび上
がってきたのであれば、たかが二人展、されど二人展ということなのかもしれな
い。

___展覧会のご案内_______________________________________________________

大寺俊紀+乙うたろう「やわらかな脊椎」

キュレーション:長谷川新 (インディペンデントキュレーター)
協力:土方大(インストーラー)

http://cas.or.jp/2017/Sekitsui/index.html

■会期 2017年7月1日(土)~7月22日(土) 14:00-19:00 火・水休み

●クロージングトーク 黒嵜想(映像批評家)、長谷川新:7月22日(土) 16:00~ ¥500
________________________________________________________________________

特定非営利活動法人キャズ(CAS)
大阪市浪速区元町1丁目2番25号
A.I.R.1963 3階
TEL/FAX 06-6647-5088
Web http://cas.or.jp/
E-mail mailto:info@cas.or.jp
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