西行辞典

西行辞典 第353号(170910)


カテゴリー: 2017年09月10日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・353(不定期発行)
                   2017年09月10日号

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          今号のことば    

        1 御うち・みうち 
        2 みを
        3 みをつくし
        4 みがき…01
 
みおやがはら→第219号「ちどり・千鳥」参照
みがくれに→第346号「眞菰」参照
御門→第221号「勅・勅使」参照

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       ◆ 御うち・みうち ◆

【御うち・みうち】

建物の内部、内側のこと。
2首ある歌ではいずれも「斎院御所」の内側を題材にしています。
(御・み)は接頭語。敬意をも表します。

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     斎宮おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに、人のうちへ
     入りければ、ゆかしうおぼえて具して見まはりけるに、
     かくやありけんとあはれに覚えて、おりておはします所へ、
     せんじの局のもとへ申し遣しける

01 君すまぬ御うちは荒れてありす川いむ姿をもうつしつるかな
     (西行歌)(岩波文庫山家集223P神祇歌・新潮1224番・
             西行上人集・山家心中集・夫木抄)

02 思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちを聞かむものとは
    (宣旨局歌)(岩波文庫山家集223P神祇歌・新潮1225番・
                 西行上人集・山家心中集)

○斎宮

「斎宮」ではなくて「斎院」の誤りです。賀茂の場合は「斎院」
もしくは「斎王」と言います。
ただし西行時代には厳格な区別がなされていたのか疑問が残ります。

○おりさせ

「降りさせ」です。斎院が退下して俗界に戻ったということ。

○本院

紫野にあった斎院御所のことですが、どこにあったか確定していま
せん。場所は櫟谷七野(いちいだにしちの)神社あたりという説が
あります。船岡山の東南、大宮寺の内通り北側付近にあたります。

○具して見まはりける

誰かと一緒に斎院御所に入ったということですが、誰と一緒だった
のか個人名はわかりません。

○おりておはします所

斎院退下後の住居のこと。

○せんじの局

女房の個人名とするよりも職掌名と解したいと思います。
斎院に仕えた女官の官職のひとつです。現在風言葉でいうなら、
斎院の広報官とも言えます。

○君すまぬ

斎院不在のこと。
賀茂斎院が退下してから年数がたっていたことを思わせます。

○御うち(みうち)
    
紫野にあった斎院御所のことです。紫野とは北大路通り沿いの大徳寺
あたりを指しますが、斎院の場所は不明のままです。
「御うちは荒れて」とは、斎院の本院に皇女の斎院が住まなくなって、
手入れをしないから荒れ果てているということです。
  
斎院御所に住む皇女のことは「斎王」とも「斎院」ともいいますが、
斎王の住む建物自体も「斎院」といいます。
これとは別に、伊勢神宮に仕える皇女は「斎宮」といいます。
また、藤原氏は斎宮制度を真似て私的に西京区大原野にある大原野
神社に藤原氏の息女を入れていましたが、こちらは「斎女」と
言っていました。
             (平凡社「京都市の地名」を参考)

○ありす川

紫野の斎院御所の中、もしくはその側を流れていた川のことです。 

歌の有栖川は紫野ですが、現在は紫野に有栖川はありません。他に
賀茂と嵯峨にも有栖川があって、合計3箇所に有栖川があったよう
です。
現在、嵯峨を流れている有栖川は大覚寺の北、観空寺谷奥からの渓流と、
広沢池から流れ出る水源が合流、嵯峨野を南流して桂川に注いでいます。
野宮に入った賀茂斎院はこの有栖川で潔斎していたものと思います。
             (平凡社「京都市の地名」を参考)
 
○いむ姿

僧体を指します。自発的な出家であり、西行自身ではむしろ薄墨の
衣の姿は誇りだったでしょう。決して忌む立場、忌む姿ではない
はずですが、ここでは内親王に対して謙譲的に、自身を一段低い
ものとして表現しているのでしょう。
 
○いみこし人

(いみこし人)は西行自身を指します。
斎院という朝廷の制度において、僧形は斎院の神聖さを汚すものと
して受け止められていたようです。

○慣れし御うち

頌子内親王が斎院であった期間はわずか1か月半程度なので「慣れし」
という言葉にはかなりの違和感を覚えます。

○つてにして

言伝のこと。伝言、便り、お知らせ、などのこと。

(01番歌の解釈)

「斎院が今はお住みになっていない本院の内はすっかり荒れており、
かつて斎院が潔斎せられたお姿をうつした有栖川に、忌まれる
僧形のわが姿をうつしたことでありました。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)  

「思ってもみたことでしょうか。僧形ゆえ斎館に近づくのははば
かっておられましたあなたの言伝てによって、昔お仕えし馴れ
親しんだ斎館の様子をお聞きしょうとは。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

【頌子内親王(五辻斎院)】(のぶこ・しょうし)

鳥羽天皇を父とし、藤原実能の養女の春日局を母として1145年に
生まれた皇女です。1208年64歳にて崩御。異母姉の上西門院より
19歳、八条院より8歳若い内親王です。
第33代賀茂の斎院になったのは1171年。なんと27歳での斎院でしたが、
わずか一か月半ほどで退下しています。この年、西行54歳です。

頌子内親王は父の鳥羽上皇の菩提を弔うために、高野山に蓮華乗院を
建立したのですが、それに西行が協力して完成させています。
その時の書状が今に残っていて、「高野山宝簡集」にあるそれは、
西行60歳時の自筆書簡で「円位書状」と呼ばれています。

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03 いつか又いつきの宮のいつかれてしめのみうちに塵を拂はむ
    (岩波文庫山家集223P神祇歌・新潮1226番・夫木抄)

○いつきの宮

この歌の場合は伊勢斎王の居住する施設である(斎宮御所)の
ことです。

○いつかれて

 (斎かれて=いつかれて)であり、心身を清めて、敬虔な気持ちで
謹んで神に仕えることを指します。

○しめのみうち

注連縄の張られている、その内側のこと。斎宮御所内のこと。

【注連・しめ】

一般的には土地や建物の領有を表し、立ち入り禁止区域であること
を示すために縄などで張り巡らした印のこと。他の場所と隔てる
ための標識です。

特に神社などでは聖域・霊域を示し守るために俗界と区切って、
結界とする意味があります。注連縄の略ともいえます。

(03番歌の解釈)

「いつの日にかまた、斎宮が心身を清めて神に奉仕され、注連縄
の張られた聖域のなかの塵をはらうか、その日の一日も早く
来ることを願っている。」
       (渡部保氏著「西行山家集全注解」より抜粋) 

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       ◆ みを ◆

【みを】

水脈のことです。水の流れ、流れて行く水の道、水路のこと。
澪標(みおつくし)は船に航路を知らせるために設営した杭などの
目印を言います。歌では(みおつくし)の言葉から(身を尽くす)と
掛けて使われることも多くあります。
「涙」の言葉のある恋歌は女性の立場に立っての歌とも言えます。

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01 五月雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをに流れて
           (岩波文庫山家集49P夏歌・新潮欠番) 

○いささ小川

「いささ」は古語で接頭語として用いられます。小さい、少ない、
乏しいなどの意味です。

この歌は新潮版山家集にはありません。類題本にはありますが、
類題本の当該箇所は、「いさら」と読めます。和歌文学大系21では
「いさら」の言葉を用いています。「いささ」も「いさら」も同じ
意味です。

○みをに流れて

水脈(澪)のこと。水脈とは水路のこと。水路ができるほどに
川は氾濫して大きな流れとなって・・・という意味。

(01番歌の解釈)

「梅雨時には小さな川は橋もない。どこへ流れてゆくのか、
増水して水路ができたようだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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02 みをよどむ天の川岸波かけて月をば見るやさくさみの神
      (岩波文庫山家集82P秋歌・新潮968番・夫木抄)

○みをよどむ

文意的にみて「水脈淀む」しかありません。
水脈(みお)とは、一般的には船が航行できる水路のことを
言います。転じて水の流れをも指します。

○さくさみの神

不明です。伝本によって「さへさみ」「ささなみ」「さへさき」
などに別れています。
和歌文学大系21では「作神(さくがみ)、道祖神(さえのかみ)
の異称か」とあります。

(02番歌の解釈)

「天の川は満面水を湛えて、流れは淀み、波が岸を打つ。
どうやら「さくさみの神」が月見をしているようだ。
                (和歌文学大系21から抜粋)

「水脈の淀む天の川の岸では波も立たず、さへさみの神は水に
うつる月を見ているだろうか。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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03 涙川ふかく流るゝみをならばあさき人目につつまざらまし
          (岩波文庫山家集151P恋歌・新潮661番)

○涙川
   
固有名詞としての「涙川」は無いようですが、「五代集歌枕」も
「八雲御抄」も伊勢の国の歌枕としています。

ここでは歌枕とは関係なく、大量に流れ出る涙を川の水の流れに
例えています。
古来、「涙川」のある歌はとても多く詠まれてきました。

○あさき人目

難解な表現です。ここにある「あさき」は三句の「みをならば」に
かかるもののようです。
でもそれでは、どことなく疑問を覚えます。
ここでは他人の恋心にまで関心を持って注視する「あさましい」
おせっかいで軽薄な人目のことだと解釈したいと思います。
「ふかく」の言葉と照応しています。

○つつまざらまし

動詞「包む」の活用形に、打消の助動詞「ず」の未然形「ざら」
及び推量の助動詞「まし」が接続した言葉です。
「つつまざらまし」で、包まれなかったであろうに…という仮想
現実を表す言葉です。
包むは覆い隠すという意味がありますが、ここでは人目に付くと
いうこと、人に知られて人々の好奇の目に包まれる事はなかった
ということになります。
「ざらまし」の言葉のある歌は西行に7首があります。

(03番歌の解釈)

「あなた恋しさに流れた涙が川になる。その涙川もからだの奥深く
流れる水脈ならば、発覚しなかったでしょうに。水脈が浅くて私の
涙はすぐに人目についてしまいました。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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04 もの思へば袖にながるる涙川いかなるみをに逢ふ瀬ありなむ
          (岩波文庫山家集151P恋歌・新潮663番・
           西行上人集・山家心中集・新千載集)

○袖にながるる涙川

もちろん誇張表現であり、実際には衣の袖に涙の川が流れるわけ
ではありません。こういう表現を通して、恋愛における心情の
ありかや程度を表そうとしています。

(04番歌の解釈)

「恋しい人を思うと涙が袖に川のように流れるが、その川は
ついにはどんな水脈に逢う瀬となるのだろう…自分はいつ
恋人に逢えるのだろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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05 涙川さかまくみをの底ふかみみなぎりあへぬ我がこころかな
     (岩波文庫山家集154P恋歌・新潮692番・万代集)

○みなぎりあへぬ

「漲り敢へぬ」のことで、漲ることがないということ。
一杯に満たされることがないということ。

(05番歌の解釈)

「あなたを思うと涙があふれ出て、川面に波が逆巻く涙川のよう
ではあるが、水脈は川底深く流れているので、私の恋心は水が満ち
あふれるようには満たされないままである。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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06 捨てて後はまぎれしかたは覚えぬを心のみをば世にあらせける
          (岩波文庫山家集191P雑歌・新潮1508番)

○捨てて後

俗世を離れて出家してから後は・・・ということ。

○まぎれしかた

他のものと混ざり合って、元の形がわかりにくくなること。
西行本人のことであるとするなら、出家前の生活とを対比させた
上での言葉です。

○心のみを

自分の生き方みたいのこと、感じ方みたいなものの例え。
        
(06番歌の解釈)

「出家後は俗人の生活とはきっぱり縁を切ったと思っているが、
心だけはまだ俗世間を離れられないでいる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ みをつくし ◆

【みをつくし】

水路の串である「澪の串」が原意。
難波の港などでは浅瀬が多くて船の航行にも難渋するので、安全な
航路を示すために海中に串を立て、それを目印としました。
それが「みをつくし」です。
歌では「みをつくし」に「身を尽くす」という意味を載せて詠ま
れている歌が多くあります。

 わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思う
               (元良親王 百人一首20番)

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01 ひろせ河わたりの沖のみをつくしみかさそふらし五月雨のころ
          (岩波文庫山家集49P夏歌・新潮217番・
              西行上人集追而加書・夫木抄) 

新潮版では「みをつくし」は「みをじるし」となっています。

 広瀬河 渡りの沖の みをじるし 水嵩ぞ深き 五月雨のころ
              (新潮日本古典集成山家集217番)

○ひろせ河

川幅の広い川です。瀬も比較的浅くて水はゆったりと流れている
光景が想像できます。
「ひろせ河」は普通名詞のはずですが、固有名詞とするなら奈良県
北葛城郡河合町の各河川の合流するあたりを指すようです。
宮城県にも広瀬川があります。

○わたりの沖

「わたり」は「行くこと・来ること」の渡ることですが、往来する
こと以外に、渡し場・船着き場・海峡などの意味も持ちます。

○みかさそふらし

浅瀬である広瀬川にも五月雨のために水量が増して、澪標にも
水嵩が高くなっていることが分かるということ。
「そふらし」の「そふ」は増えるという意味があります。

(01番歌の解釈)

「五月雨の頃の広瀬川では、渡し場から遠い川の真中にある澪標を
見ると、いよいよ水かさのましたことが知られるよ。」
             (新潮日本古典集成山家集より抜粋)

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       ◆ みがき… 01◆

【みがき…01】

「みがき」の歌は4首を数えます。「みがき」は磨きであり、項目化
するほどのこともないのですが、「みがきいでて・みがきかえて」が
気になって、ここで記述することにします。

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1 いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし
          (岩波文庫山家集218P釈教歌・新潮883番)

○いさぎよき玉を

「いさぎよき=潔き」は、大層清らかである、汚れがない、すが
すがしい、という意味です。
玉は宝珠ということですが、宝珠とはここでは法華経そのものの
例えということです。法華経の真髄ということなのでしょう。

詞書に「提婆品」とありますが詳しくは「提婆達多品」といいます。
この経典からの歌は3首連作になっています。
龍王の娘の八歳で死亡した龍女が女身でありながら仏身となった
経緯が説かれています。成仏して後、龍女は男性に変化したと
いうことですから、経典自体も男尊女卑の思想が根本から強い
ものだった、ということかもしれません。
 
○みがき出でて

自分の中での仏教信仰の深化を意味しています。生活の中で不断に
信仰している姿勢を言います。

○いはけなき身

まだ年齢が幼くて分別がないこと。物心がつかないこと。
子供っぽいこと。

(01番歌の解釈)

「清らかな玉を心の中に磨き出して、龍女は幼い八歳の身で悟る
ことができたのだよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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  (後記)

季節は移り、夏のあの暑さはすでに遠いかなたのような気もします。
昨日に重陽の節句も過ぎました。これからは暑くもなく寒くもない
という、すばらしい日々が少しの期間続きます。

右目の術後9週間、左目術後7週間になろうとしています。これまでは
術後の経過を見ながらの活動を自粛してきた期間なのですが、今後は
できる範囲で活動したいものです。とはいえ高齢、思うことの半分と
できるものかどうか怪しいものです。制約のある中でも、いろいろと
楽しむことができるなら嬉しいことです。

しかしながら今の段階では計画らしいものは殆どないままです。
西行歌にある固有の場所にも多く行きましたが、行っていない所も
まだまだあります。二泊三日程度でも意を決しないと行けないのですが、
とりあえずはお盆のころに奈良県の二上山に登ろうと思案しています。
二上山の雄岳と雌岳の間に落ちる神秘的な夕日も見たいものです。

皆さんも良い秋を過ごされることをと願っています。

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  ◎ 「西行辞典」第353号 2017年09月10日発行 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
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