西行辞典

西行辞典 第352号(170826)


カテゴリー: 2017年08月26日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・352(不定期発行)
                   2017年08月26日号

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          今号のことば    

        1 「御」の言葉について 
        2 御跡
        3 御あれ・みあれ

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 【御】の言葉について

岩波文庫山家集には「御」のついた言葉がたくさんあります。
「御」は接頭語としての役割を持っています。それだけではなくて
「御」の言葉自体が丁寧語・尊敬語としての機能があります。

「御」には多くの読み方があります。
訓読みの場合。「お・み・おん・おおん」。
音読みの場合。「ご・ぎょ」。

「御」は平安時代当時も、この漢字の崩し字を用いていて読み方は
読む人当事者に任されていたものと思います。現在のようにルビは
ない時代であり、作者は読み方を指定していません。読者はそれ
ぞれの言葉の感覚で読み替えていたものでしょう。
多くの場合、一つの言葉に「お」も「み」もほぼ同義に使えます。
そのことは、必ず「お」「ご」「み」など特定の一つの言葉で読ま
なくなくてはならないという強い法則性はないことを表します。
どのような言葉で読むかは、山家集に携わった校訂者やそして読者で
ある私たち一人ひとりに委ねられているとも言えそうです。

とはいえ、人の場合で言うなら西行法師よりも若輩であったり身分の
高くない人については「み」よりも「お」や「ご」の言葉で読みます。
「み」や「ぎょ」は原則的に天皇及びその位階に準ずる場合、または
仏教関係にしか使いません。
これは「お」や「ご」より「み」や「ぎょ」の方が、丁寧さや尊敬を
より強く表す言葉であるためです。

そこで、ここでは和歌文学体系21・新潮日本古典集成・西行全家集
などを参考にして、山家集にある「御」を「み」と読む言葉の項目
化を進めて行きます。調べてみても判然としない場合は私の言葉の
感覚で進めます。

◎「御」の読み方について 

「お・おん・おほん・み」と読む言葉

御あたりの山(おんあたりのやま・おあたりのやま)
御跡(みあと・おあと)
御返し(おかえし)
御返りごと(おんかえりごと・おかえりごと) 
御神楽(おかぐら・みかぐら)
御ぐし(みぐし・おぐし)
御心(みこころ・おこころ)
御こと(おんこと・おこと)
御師(おんし・おし)
御袖(みそで・おそで)
御つとめ(おんつとめ・おつとめ)
御時(おんとき・おおんとき)
御とも(おんとも・おとも)
御墓(みはか・おはか)
御はて(おんはて・おはて・みはて)
御返事(ごへんじ・おへんじ)
御骨(みほね・おほね)
御まえ(おんまえ・おまえ)
御山(みやま・おやま)     

「ご」と読む言葉

御庵室(ごあんじつ)御所(ごしょ)御覽ぜよ(ごろうぜよ)  

「み」と読む言葉

御跡(みあと)御あれ(みあれ)御うち(みうち)御神樂(みかぐら)
御影(みかげ)御門(みかど)御ぐし(みぐし)御心(みこころ)
御袖(みそで)御嶽(みたけ)御手(みて)御名(みな)御法(みのり)
御墓(みはか)御はて(みはて)御佛(みほとけ)御骨(みほね)
御山(みやま)御幸(みゆき)御代(みよ)

「固有名詞」

御裳濯川(みもすそがわ)
御室(おむろ)

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       ◆ 御跡 ◆

【御跡=みあと】

「跡」の丁寧語です。
以前に何かが行われていたり起こったりした印のある場所のこと。
人が以前に関係のあった場所のこと。

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01 ながれいでて御跡たれますみづ垣は宮川よりのわたらひのしめ
      (岩波文庫山家集279P補遺・宮河歌合・夫木抄)

○ながれいでて

水が流れてきたということではなくて、伊勢神宮に祀られている
天照大神の来歴のことです。

○みづ垣

垣根のこと。「みづ」は美称で「瑞垣」と表記します。
玉垣の内側に設ける垣のことであり、神殿を囲んでいる木製の垣も
「瑞垣」と呼びならわされているようです。

○宮川

三重県の大台ケ原山に源流を発して東流し、伊勢市で伊勢湾に注いで
いる全長90キロメートルほどの川です。JR参宮線で言えば、宮川駅と
山田上口駅の間を流れています。伊勢両宮は山田上口駅よりは南に
なります。
尚、斎宮御所は宮川の北方に位置し、伊勢神宮外宮からでも10キロ
メートルは離れた斎宮駅の近くにあったことが確実です。

○わたらひのしめ

「度会の注連」です。
伊勢神宮のある所は度会郡でしたし、また渡会氏が伊勢神宮外宮の
代々の禰宜でした。
現在の伊勢市や伊勢山田市を含めた、旧の度会郡そのものを神域化
した表現です。

○注連・しめ

一般的には土地や建物の領有を表し、立ち入り禁止区域であること
を示すために縄などで張り巡らした印のこと。他の場所と隔てる
ための標識です。

特に神社などでは聖域・霊域を示し守るために俗界と区切って、
結界とする意味があります。注連縄の略ともいえます。

(01番歌の解釈)

「大日如来が、この地に本地垂迹として御跡をあらわされたこの
美しい神社の垣根は宮川からわたらい(外京より内京まで)に
かけわたしたしめなわなのである。」
       (渡部保氏著「西行山家集全注解」より抜粋)

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      御跡に三河内侍さぶらひけるに、
      九月十三夜人にかはりて

02 かくれにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ
     (西行歌)(岩波文庫山家集205P哀傷歌・新潮793番)
                     
03 我が君の光かくれし夕べよりやみにぞ迷ふ月はすめども
   (三河内侍歌)(岩波文庫山家集205P哀傷歌・新潮794番)

○九月十三夜

旧暦8月15日とともに月の美しく輝く日です。

○人にかはりて

誰に変わっての詠歌なのか、この詞書だけでは不明です。
三河内侍に同行していた女房の一人と思わせます。

○かくれにし君

「かくれにし」は二条天皇が崩御したということです。
二条天皇崩御は1165年7月のこと。享年23歳。西行48歳の年です。

○みかげ

生前の面影のこと。

○ねをやなくらむ

「音をや泣くらむ」で、あたりはばからず声を上げて泣く事です。
しかしこの言葉単独であれば意味不明ではないかとも思います。

○我が君

二上天皇のこと。三河内侍は二上天皇の女房でした。

○夕べより

ここでは昨日の夕方という意味ではなく、二条院が死亡した
7月28日の夕べという意味です。

(02番歌の解釈)

「あまりの月の美しさに、亡き天皇の面影が恋しくなって、月に
向かって声を上げて泣いていらっしゃるのでしょうか。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

「我が天皇が崩御されたその夕方から、私は光を失って、闇路に
迷っております。どんなに月が美しくても、天皇の光には及ぶ
べくもありません。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

【三河内侍】

常磐三寂の一人の藤原為業(寂念)の娘です。生没年未詳。西行とは
15歳から20歳ほどの年齢差があるようです。各歌合に出席しており、
千載集初出の勅撰歌人です。
三河内侍は後白河天皇の子である二条天皇に仕えていました。
上の歌は二条院が1165年7月28日に23歳で崩御したあと、50日の
忌明けの時の歌です。ひなちが若干ずれているようにも思います。

三河内侍の歌は千載集に3首あります。1首を紹介します。

◎ 衣手に落つる涙の色なくは露とも人にいはましものを
              (二条院内侍三河 千載集740番)

【二条天皇】

第78代天皇。後白河天皇の嫡男。即位は1158年、崩御は23歳で
1165年7月28日。二条院の子の六条天皇が第79代天皇として即位
しましたが、在位4年、わずかに13歳で崩御しています。

現在の西大路通りの西側、等持院の少し東にある香隆寺陵が、
二条天皇の陵墓と比定されています。
この葬儀の時に比叡山と興福寺が争ったことが平家物語「額打論」
に描かれています。

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      待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に、人々、
      又の年の御はてまでさぶらはれけるに、南おもての
      花ちりける頃、堀河の女房のもとへ申し送りける

04 尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を
 (西行歌)(岩波文庫山家集201P哀傷歌・新潮779番・西行上人集)

○又の年の御はて

待賢門院崩御は1145年8月22日ですから、「又の年の御はてまで」
とは、1146年8月に忌明けということです。この歌はまだ喪中の桜の
頃に堀川の局に送ったことになります。

○南おもて
 
三条高倉第の寝殿の南側にある庭のこと。
待賢門院は三条高倉第において崩御しました。

○きかじかし

聞くことはないでしょう…という意味。

(04番歌の解釈)

「尋ねても風の便りにも聞くことはないでしょう。花のように
はかなく散ってしまった女院の行方については。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      讚岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ
      御跡尋ねけれども、かたもなかりければ

05 松山の波に流れてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな
         (岩波文庫山家集110P羇旅歌・新潮1353番・
       西行上人集・山家心中集・宮河歌合・西行物語)

○讃岐

現在の四国、香川県のこと。崇徳院は讃岐の院と呼ばれていました。

○松山

現在の香川県坂出市林田町あたりを指します。白峯も松山村でした。

○院おはしけむ御跡

保元の乱に敗れた崇徳上皇が讃岐の国に配流されて、住んでいた
場所。香川県坂出市林田町の雲居御所跡のことだと言われます。
讃岐での崇徳院の行在所は、保元物語によれば松山(坂出市)から
直島(香川郡)、次いで志度(さぬき市)にと移転して、志度で崩御。
1164年8月26日。46歳。
坂出市の白峰稜に葬られました。
 
○かたもなかり

松山の行在所が跡形もなくなっているということ。

○波に流れてこし舟

讃岐の国の松山まで船に乗って渡ってきたこと。
自身の命、人生という小舟が、時代の波のうねりに翻弄されながら、
流されてたどりついたということ。

(05番歌の解釈)

「ここ松山の地に配流された崇徳上皇は、帰京の悲願も空しく
そのまま当地で崩御されてしまったのですね。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 御あれ・みあれ ◆

【御あれ・みあれ】

御生(みあれ)と表記します。

「人間をはじめ森羅万象すべてに生命が存在し、人間が呼吸して
いるように天地すべてが呼吸し、活動して相互に作用しあい、
作用しあうところから生命が誕生する。それを御生(みあれ)という。」
    (賀茂御祖神社社務所発行「賀茂御祖神社」より抜粋)

現在、5月15日に賀茂祭(葵祭)が行われますが、それに先駆けて、
5月12日に(御生神事)が行われています。 

上賀茂神社では神社北方の「神山」で執り行われ、下鴨神社では
「御蔭祭」として八瀬近くの御陰神社で行われています。

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      御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、さうじに
      はばかる戀といふことを、人々よみけるに

01 ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき
      (岩波文庫山家集145P恋歌・新潮614番・西行上人集)

○賀茂

京都にある地名及び神社名です。
左京区にある下鴨神社(賀茂御祖神社)と、北区にある上賀茂神社
(賀茂別雷神社)を総称して加茂社と呼びます。
古くからの由緒ある神社であり、5月15日に葵祭りが行われます。

○ことづくる

卯月には賀茂祭があり関係者は精進潔斎をします。
その潔斎を言い訳にして、かこつけて…という意味です。

○さうじにはばかる

(さうじ)は精進のこと。
一心に仏道修行を積むこと。心身を清めて行いを慎むこと。
(はばかる)で精進に悪影響があるということ。差しさわりが
あるということ。

○猶やう月の心

賀茂社の「御あれ」神事が終わった後でも卯月が明けないから、
なお心身を浄め続けるという気持のこと。
あるいは、五月は忌み月ですから御あれの精進潔斎の気持を、卯月
が明けて五月に入っても引き続き持ち続けているとも解釈できます。

(01番歌の解釈)

「賀茂祭のための精進潔斎を口実にして、あなたは逢おうとして
くれなかったが、御生を過ぎてもそのままなのは、まだ卯月だから
私に冷たい心のままだからだろうか。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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02 思ふことみあれのしめにひく鈴のかなはずばよしならじとぞ思ふ
        (岩波文庫山家集222P神祇歌・新潮1022番・
              西行上人集追而加書・夫木抄)

○みあれのしめ

賀茂祭の形態にもかなりの変遷があったようです。
「みあれ」そのものにも別の意味があります。賀茂祭は古くは
旧暦四月の中の酉の日に行われていましたが、その3日前の午の
日に御生(みあれ)神事が行われていました。
賀茂祭の酉の日の前夜に、賀茂社にある御生木(みあれぎ)に
神霊を移譲させて賀茂両社に迎えていたようです。
その御生木に注連縄を張って鈴をつけ、注連縄には鈴緒を結んで、
鈴緒を下に引いて鈴を鳴らすということのようです。

○ひく鈴

注連縄に付けられた鈴のこと。引くのは鈴を付けて下に垂らした
鈴緒という綱です。現在でも神社にあります。

○かなはずばよし

叶えられないならばそれも仕方ないということ。
「よし」は望みとは違っていても許容するしかない・・・という、
消極的な(あきらめ)の気持ちを表します。

(02番歌の解釈)

「御生(みあれ)の祭のしめ縄にかけた鈴を引いて、思いが叶えられ
るよう祈るが、叶えられないならば、よもや鈴も鳴るまいと思う。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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  (後記)

残暑お見舞い申し上げます。

今号はほぼ2か月ぶりの発行になります。この間、両眼の手術を終え
ました。以前は裸眼でも眼鏡をしても資料は読めない状況でしたが、
なんとか読めるような視力に戻りました。でも近眼は治るわけでは
ないので、飛躍的に視力が戻ったわけではありません。ともあれ、
このマガジンを再開できることを私なりに喜んでいます。
今後ともよろしくお願いします。

休んでいる間に、暦では秋になってしまいました。秋になっている
とはいえ、厳しい残暑の日々が続いています。
今年は祇園祭も送り火も見ないままに過ぎ越しましたが、なんとか
今後は充実した日々をと望んでいます。

先日「西行学」第8号が届きました。参考になる論考も多くあります。
皆様も興味がありましたら書店なりでお求めください。
笠間書院発行。4200円です。

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