西行辞典

西行辞典 第345号(170311)


カテゴリー: 2017年03月11日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・345(不定期発行)
                   2017年03月11日号

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          今号のことば    

       1 まかり・まかる 11
       2 まき・杉 01      
       
    まくず→第118号「葛の葉・葛まき・まくず」参照
    まくにがおく→第134号「苔」参照
    まくり葉→第258号「蓮・はちす(1)」参照

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       ◆ まかり・まかる 11 ◆

【まかり】

動詞「まかる」の連用形です。出る、行くという言葉の謙譲語・
丁寧語として使われます。

西行歌にはたくさんの「まかり」が使われています。ほぼ同じ行為を
表す「行く」「参る」「詣でる」「まかる」を使い分けているのは、
それなりの必然があったからでしょう。
西行本人の歌に対しての感覚や言語センスに基づきながら、人物や
事象との距離感がいくつかの言葉を使い分けた原因ではないかと
思います。
また、歌の韻律になじみにくいと思われる「まかる」の用法は、ほぼ
詞書に用いられています。それも西行の見識の一つでもあったのでは
ないでしょうか。

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      伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所にて、
      海邊の春の暮といふことを、神主どもよみけるに

61 過ぐる春潮のみつより船出して波の花をやさきにたつらむ
           (岩波文庫山家集41P春歌・新潮170番) 

○みつと申す所

地名です。三重県伊勢市二見町内の西側にある「三津」のことです。
五十鈴川の分流である五十鈴川派川に面しています。

○過ぐる春

春が過ぎて行くその過程のこと。現在進行形の春です。
この歌は「春」が主語。

○潮のみつ

「潮が満ちる」ということと、地名の「三津」とを掛け合わせて
います。三津の港は三重県伊勢市二見町にありますが、海ではなくて
五十鈴川派川に面しています。五十鈴川派川は五十鈴川(御裳濯川)
と朝熊町で分かれて、二見町の西側を流れて伊勢湾に注いでいます。
ですから五十鈴川派川を舟で少し下って伊勢湾に出たということ
です。海に近いために、満潮の時には三津の港の水位も上昇する
ものと思います。

○波の花

波の満ち引きの運動によって生じる白い泡や波しぶきを指す名詞。
白い花、特に桜の花に見立てての言葉。

(61番歌の解釈)

「春は花に先導されて過ぎ去って行くものですが、伊勢の春は、
潮が満ちてくる三津の港から船出して、花が咲いたように白く
立つ波の飛沫に先導されて旅立ってゆくのですね。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃
      都思ひ出でられてよみける

62 都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ
        (岩波文庫山家集125P羈旅歌・新潮1094番) 

○伊勢にまかり

出家後の旅ですが、いつ頃のことか不明です。

○月の頃

満月かそれに近い月齢の頃。

○都思ひ出でられて

西行自身の懐旧の歌ですが、「出でられて」は「出でて」で良いと
思います。あるいは書写ミスかもしれません。

○旅なる月

一定の周期での月の運行を言います。同時に旅先で見る月という意味
をも掛け合わせています。

○おなじ雲井

同じ空のこと。

○見るらめ

「らめ」は基本となる推量の助動詞「らむ=らん」の已然形です。
「らむ」活用形は終止形と連体形の二つです。
已然形とは、「事態がすでにそうなっている」ことを表します。

(62番歌の解釈)

「旅先の伊勢において空を旅行く月を自分が今仰いでいるように、
都でも同じ雲井の月をながめていることであろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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      かく申しつつさし離れてかへりけるに、「いつまで籠り
      たるべきぞ」と申しければ、「思ひ定めたる事も侍らず、
      ほかへまかることもや」と申しける、あはれにおぼえて

63 いつか又めぐり逢ふべき法の輪の嵐の山を君しいでなば
          (岩波文庫山家集268P残集25番・夫木抄)

○かく申しつつ

この歌の前に空仁と話し合ったことが記述されています。

○さし離れて

桂川を筏で渡ったので空仁と距離的に離れたこと。

○法の輪

京都市右京区にある「法輪寺」を指しています。
仏道を歩み、極めようとする人達の連帯感、仲間意識のような近しい
関係性を(法の輪)から感じ取ることができます。

仏教用語としの「法輪」は衆生の一切の煩悩や社会の悪を打ち砕き、
衆生を助けて正しい道に導く教えのことだと言われます。
「転法輪」は、仏が説法をすることを言います。
仏が説く法の輪を世界に転じて、人々の迷いを取り去り、悟りの
世界に導くことだそうです。

○嵐の山

京都の名勝地の嵐山のこと。法輪寺は嵐山のすぐ近くにあります。

○君し

空仁法師のこと。生没年未詳。俗名は大中臣清長と言われます。
西行とはそれほどの年齢の隔たりはないものと思います。西行の
在俗時代、空仁は法輪寺の若い修行僧だったということが歌と詞書
からわかります。
空仁は藤原清輔家歌合(1160年)や、治承三十六人歌合(1179年)
の出詠者ですから、1180年頃までは生存していたものでしょう。
俊恵の歌林苑のメンバーでもあり、源頼政とも親交があったよう
ですから西行とも何度か顔を合わせている可能性はありますが、
空仁に関する記述は聞書残集に少しあるばかりです。
空仁の歌は千載集に4首入集しています。

 かくばかり憂き身なれども捨てはてんと思ふになればかなしかりけり
                (空仁法師 千載集1119番)

「君し」の「し」は語調を整え「君」を強調する役割を持ちます。

(63番歌の解釈)

「今度いつまた、法輪が転ずるように、あなたとめぐり逢う
ことができるでしょうか。ここ嵐山の法輪寺をあなたが
お出になったならば。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ まき・杉 01 ◆

【まき・杉】

「真木・槙」という漢字を当てて、スギやヒノキなどのスギ科の
植物を言います。
「まき」とは杉の木も言いますが、これとは別に「杉」の樹の歌も
6首あります。従ってここにある「まき」は杉以外のヒノキ科の樹
なのかもしれません。歌では「杉」と「真木」の厳密な区別が
なされて詠まれているのかどうかわかりません。
古語辞典によると「真木」とはスギやヒノキ以外に建築用材として
用いられている樹も指すようです。

6首ある「杉」も項目化していませんから、ここで記述します。

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01 杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものは霰なりけり
          (岩波文庫山家集96P冬歌・新潮545番・
              西行上人集追而加書・夫木抄) 

○杣人

山を生業とする人々のこと。樵や木地師などを言います。

○まきのかり屋

檜や杉などで作った仮の小屋の意味ですが、仮小屋というには
用材が立派すぎる気がします。本格的な住居ではないということ。

○下ぶし

新潮版山家集では「あだ臥し」となっています。「あだ臥し」は
一人で寂しく寝るという意味があります。

○音するもの

霰も激しければ大きい音がします。「音するものはあられなりけり」
の用例歌は和歌にいくつかあり、「音するもの」は「訪れるもの」
を連想させてくれます。

(01番歌の解釈)

「山人が真木の小屋でひとり仮寝をしていても、霰が音を立てる
他は訪れるものとてない。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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02 山ふかみまきの葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり
      (岩波文庫山家集138P羈旅歌・新潮1199番・玄玉集)

○山ふかみ

この歌は京都の大原に住む寂然との贈答歌10首の内の1首です。
その時、西行は高野山にいましたから「山」とは高野山のことだと
解釈できます。

○まきの葉わくる

和歌文学大系21では「わくる」は「渡る」としています。「渡る」
でも「分くる」でも針葉樹の「まきの葉」には合わないという思い
もします。

○はげしきもの

現象の強烈さを言います。考えられないほどに印象深い月影のこと。

○すごきなり

荒涼としていて、異次元的な孤絶感を感じさせる言葉。

(02番歌の解釈)

「高野山は山が深いので、真木の葉を渡るように流れゆく
月光は、強烈な印象を受けるものであるが、ぞっとするほど
寂しくも感じられる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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03 河合やまきのすそ山石たてる杣人いかに凉しかるらむ
          (岩波文庫山家集166P雑歌・新潮974番・
          西行上人集追而加書・万代集・夫木抄)    

○河合

川と川の合流点。

○まきのすそ山

(まき)は真木と表記して、杉、ヒノキ、松などの建築用材。
そういう植物が生えている山裾のことです。

○石たてる

歌からは何故に石を立てるのか不明のままです。石を立てたからと
言って、涼しくなるとはどういうことなのか理解できないままです。
ここは石を立てたことと、涼しいということとはつながらず、別の
ことを意味するものではないかという疑念も起こります。

「筏を流すために石を置いて川の流れを調整していたか…」と
和歌文学大系にはあります。樵は木を切断し筏にして流します。

○杣人

前述参照。

(03番歌の解釈)

「川も二つが交わった。真木立つ山も裾が開けている。そんな
立派な自然の庭に杣人は石を立てている。その涼しそうなこと。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「河の合流点、そこは真木の立つ山裾の所だが、そこに石を
立てて休み、木樵はどんなに涼しいことであろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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【杉】
 
01 聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉の村立
     (岩波文庫山家集46P夏歌、263P残集・御裳濯河歌合・
              新古今集・御裳濯集・西行物語)

○せにせむ

「瀬にせむ」と書き「瀬」は、拠って立つ場所を表します。
「立つ瀬がない」という場合の「瀬」と同義です。
「せむ」の(せ)はサ行変格活用「す」の未然形、(む)は助動詞
(む)の終止形。「せむ」で(しよう・したい)という希望なり意志
なりを表します。
「せにせむ」で(場所としよう)(ここにしたい)という意味になります
 
○山田の原

伊勢神宮外宮のある一帯の地名。外宮の神域。古代から山田の町の
人たちと外宮は密接に結びついてきました。

○杉の村立

杉の木が林立している状態のこと。

(01番歌の解釈)

「たとえ鳴く声をきかなくても、ここを時鳥を待つ場所にしよう。
山田の原の杉の群立っているこの場所を。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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02 初雪は冬のしるしにふりにけり秋しの山の杉のこずゑに
             (岩波文庫山家集247P聞書集161番)

○秋しの山(秋篠山)

奈良市秋篠町。秋篠寺があり、その付近の山を指します。
ですが現在では固有名詞かどうか分かりません。過去に秋篠寺と
西大寺の間で秋篠山を巡っての争論があったようですが、現在では
それがどの山のことか特定することはできないようです。

秋篠の歌はもう1首あります。

 秋しのや外山の里や時雨るらむ生駒のたけに雲のかかれる
            (岩波文庫山家集90P冬歌・宮河歌合・
                新古今集・玄玉集・西行物語)

(02番歌の解釈)

「初雪は冬の来た目印として降ったのだなあ。秋篠山の杉の梢に。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

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03 千木たかく神ろぎの宮ふきてけり杉のもと木をいけはぎにして
              (岩波文庫山家集261P聞書集261番)
       
○千木

神社建築に見られる、屋根の上の両端の屋根から突き出た形で
交差している二本の木のことです。祀られている神が男神か女神に
よって千木の先端の形が変わります。

○神ろぎの宮

祝詞の中の言葉とのことです。「神ろぎ」と「神ろみ」の言葉があり、
「イザナギ」は男神、「イザナミ」は女神のように、「カムロギ」は
男神、「カムロミ」は女神を指すようです。
ただしこの歌の場合は女神ではあるけれども主祭神としての天照
大神を指していて、天照大神の居る宮ということになります。
 
○杉のもと木

杉の原木の表皮を剥いだままの意味のようです。しかし神宮の正殿の
屋根は萱や檜皮で葺いているようです。檜の皮を使う以上は、杉の
皮で葺いても不思議はないように思います。

○いけはぎに

杉の木を切り倒して、しばらく乾燥させてから剥いだ皮ではなくて、
乾燥させないままの生の皮を剥ぐということです。
(いけはぎ)は大祓えの儀式における祝詞の文言にあるようです。

(03番歌の解釈)

「千木を高く構え、大神の神殿の屋根を葺いたよ。杉の原木の
皮をはいで。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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04 杜鵑さつきの雨をわづらひて尾上のくきの杉に鳴くなり
               (岩波文庫山家集263P残集8番)

○杜鵑

杜鵑(とけん)と表記してホトトギスと読みます。岩波文庫山家集に
「杜鵑」表記は他に2首あります。

      隣をあらそひて杜鵑を聞くといふことを
 
 誰がかたに心ざすらむ杜鵑さかひの松のうれに啼くなり
   (岩波文庫山家集263P残集4番・西行上人集追而加書・夫木抄)

      杜鵑によせて思ひをのべけるに
  
 待つやどに来つつかたらへ杜鵑身をうのはなの垣根きらはで
               (岩波文庫山家集263P残集5番)

○さつきの雨

五月雨のこと。梅雨のこと。

○尾上のくき

山の上のこと。山の高い所。山頂のこと。
「尾上の塚」は山の高いところにあるお墓。
「尾上のくき」は山の上のほうにある洞窟など。

(04番歌の解釈)

「ほととぎすは毎日降りつづく雨をいやがって、山の頂にある
洞穴のように入りこんだ窪地にある杉の木にこもって鳴いているよ。」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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05 朝日さすかしまの杉にゆふかけてくもらず照らせ世をうみの宮
         (岩波文庫山家集279P補遺・新潮欠番・夫木抄)

○かしまの杉

不詳です。佐佐木信綱博士が夫木抄から補遺として補入した「題しらず」
の4首のうちの一首です。他の3首は伊勢神宮の歌ですから、この歌も
伊勢神宮の歌と断定しても良いかと思います。
常陸の国の鹿島神宮の歌の可能性はないでしょう。

○ゆふかけて

ゆふ「木綿」は植物の楮(こうぞ)の皮を剥いで、その繊維を
蒸したり水にさらしたりして白くして、それを細かく裂いて糸
状にしたものです。

同じ字を用いても(もめん)は綿の木の種子から取る繊維を
言います。

○世をうみの宮
            
現在、伊勢神宮内宮と外宮には別宮、摂社、末社を合計すると
合わせて合計125社があります。
「世をうみの宮」はそれらのうちの一社ではなくして、伊勢神宮
そのものを指しているように思います。
 
(05番歌の解釈)

「朝日のさしているかしまの杉(かしま未詳)に木綿(斎麻の転)
をかけて、おまつりをして、曇らずに照らして下さいよ。この世を
うみの宮の神様よ。(題詞によれば、うみの宮は伊勢にある
神社か。)」
         (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)
                
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  (後記)

長く続けてきた「まかり・まかる」の項目も今号で終わります。

これまでには名詞でも項目化していないのがいくつかあります。
必要もないと考えて意図的に排したもの、さらには気が付かずに
記述漏れのあるもの。それらについては今はまだ精査する状況に
ありません。「西行辞典」が一応の完了を見てから、考えてみます。

視力も衰え、文庫の山家集や資料の書物を読むのも虫眼鏡が必要に
なっています。この先、きちんと発行できるのか心もとないもの
ですが、ある程度間が開いたとしても発行できる状況にある限りは
発行します。頑張りたいと自身を鼓舞しつつ…。

本日の11日は東日本大震災から6年目に当たります。大震災当日、
同時刻、私は大原野にある正法寺で梅の花を見ていました。夕方、
帰宅後に未曽有の大惨事をテレビ報道で知りました。息を飲むしか
ない、言葉を出すのもためらわれる圧倒的な状況に、ただただテレビ
画面を見入るばかりでした。
すでに6年が経過したこと、その速さに改めて驚きます。
大震災が原因で亡くなられた、たくさんの方々のご冥福を私なりに
お祈りします。

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  ◎ 「西行辞典」第345号 2017年03月11日発行 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
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  ◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
     利用させていただいています。
   『まぐまぐ』 URL: http://www.mag2.com/

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最新号 2017/03/11
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