西行辞典

西行辞典 第334号(160915)


カテゴリー: 2016年09月15日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・334(不定期発行)
                   2016年09月15日号

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          今号のことば    

        1 まうで・まで 04
        2 まがき・籬 01

前斎院(さきのさいいん)→第143号「斎院・斎王・斎宮」参照

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       ◆ まうで・まで 04 ◆

【まで】

「詣で=まうで」の変化した用い方。「う」を省略した用法。

「つねにまでまほしうなりて…」(「枕草子三十三」から抜粋)

「詣で」は「参り」とほぼ同義ですが、「まゐり」「參り=古字」の
言葉のある詞書と歌も50首を数えます。岩波文庫山家集では「まうで」
とあっても、新潮古典集成山家集では「参り」とある記述もあり、
多少の異同があります。
同時に和歌文学大系21や新潮版山家集では「詣り」と記述して「まい」
のルビのある歌も散見できます。
それだけ混乱しているのですが、その第一の原因は当時の時代にあって
「参り」と「詣で」の言葉が峻別されていなくて両方の言葉の同義性に
求められるものと考えられます。

【まで】副助詞

漢字を当てるなら「・・・迄」です。副助詞と終助詞に分かれます。
しかし現在では終助詞としては使われないものと思います。

「まで」は前の文章を受けて「範囲・限度を表す」と「程度を表す」
の二つに大別されると思いますが、どこまで明確に分類できるのか
私ではわからないままです。

「馬に乗りて弓持たる末見えぬまで高く生ひ茂りて…」。
(「更科日記、竹芝の伝説」から抜粋)

この用法による「まで」歌についても触れてみるつもりでしたが、
岩波文庫山家集では50首ほどもありますので、記述は断念します。

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      醍醐に東安寺と申して、理性房の法眼の房にまかり
      たりけるに、にはかにれいならぬことありて、大事
      なりければ、同行に侍りける上人たちまで来あひ
      たりけるに、雪のふかく降りたりけるを見て、
      こころに思ふことありてよみける

20 たのもしな雪を見るにぞ知られぬるつもる思ひのふりにけりとは
         (西行歌)(岩波文庫山家集257P聞書集233番)

○醍醐

京都市伏見区にある地名です。山科盆地にありますから山科区かとも
錯覚しますが、行政区分としては伏見区です。
醍醐山(別名は笠取山、標高450メートル)の西麓に開けた門前町です。
醍醐寺の総門に面して奈良街道が南北に貫いていて、天智天皇の
大津京と明日香との往還にも用いられた重要な街道です。

○東安寺

醍醐寺の中にあったお寺ですが、焼失してから再建されていません。
応仁、文明と続く戦乱で1470年に焼亡したようです。
場所は現在の三宝院と理性院の中間にあったとのことです。

○理性房の法眼の房

賢覚法眼のこと。1080年~1156年在世。賢覚は下醍醐に理性院を
開き、真言密教小野六流の内の理性院流の祖となっています。
西住は賢覚法眼の弟子27人の内の一人です。
「房」とは賢覚法眼の住坊の東安寺のことです。

○にはかにれいならぬこと

突然に病気になり、重症になったことを言います。

○同行に侍りける上人=西住上人

俗名は源季政。生没年未詳です。醍醐寺理性院に属していた僧です。
西行とは出家前から親しい交流があり、出家してからもしばしば
一緒に各地に赴いています。西行よりは少し年長のようですが、
何歳年上なのかはわかりません。
没年は1175年までにはとみられています。
千載和歌集歌人で4首が撰入しています。
山家集の同行に侍りける上人とは、すべて西住上人を指しています。
没後、西住法師は伝説化されて晩年に石川県山中温泉に住んだとも
言われています。現在、加賀市山中温泉西住町があります。

○上人たちまで来あひ

ここにある「まで」は時間的、空間的にある一定の範囲を示す
ための言葉である「まで」ではありません。「詣で」の意味です。
病気見舞いに来て……ということ。

(20番歌の解釈)

「頼もしいな。雪を見るにつけて知られたよ。今までに
積もる煩悩が過去のものとなり、清らかな雪となって降って
しまったとは。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

『醍醐寺』

醍醐には醍醐寺があります。山上にある湧水の味が「醍醐味」という
ことから名付けられた寺名ということです。
聖宝(理源大師)が874年に山上に草庵を造ったのが醍醐寺のはじめと
言われています。

山頂の上醍醐と奈良街道沿いの下醍醐に分かれていて、創建当初は
上醍醐に伽藍が造営されましたが、後に平地の下醍醐にも造られる
ようになりました。真言宗の著名な寺院で、大峰入峰では「当山派」
と言われています。
952年供養の五重塔は高さ47メートル。奇跡的に兵火に遭わずに創建
当初の威容を見せています。塔内には両界曼荼羅図やたくさんの壁画
が描かれています。
1598年、豊臣秀吉が没する5か月前に敢行した「醍醐の花見」で有名
です。現在でも京都の桜の名所の一つです。

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      世をのがれて鞍馬の奧に侍りけるに、かけひの
      氷りて水までこざりけるに、春になるまではかく
      侍るなりと申しけるを聞きてよめる

21 わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる
       (岩波文庫山家集94P冬歌・新潮571番・西行物語)

○鞍馬の奥

鞍馬の奥とは具体的にはどこを指すのか不明です。
鞍馬よりは奥の花背なども想定できますが、鞍馬という、京域
よりは奥深い所という風にも解釈できます。

○水までこざリ

「まで」は新潮版では「まうで」とあり、水が流れてこないことを
言います。

○わりなしや

理屈に合わないこと。道理に合わないこと。普通ではないこと。

○思ひ捨ててし

「春」を「思い捨ててきたのに」という倒置法表現。
思い切って捨てた春だけど、ことさらに待ち遠しくなるという、
俗世に対しての未練の起きる心情を言っています。

○かけひ

水を流すための設備です。当時は生活用水も、竹などを割って
泉や池から水を導いていたものでしょう。
 
(21番歌の解釈)

「どうにもならないよ。筧の水が凍るものだから、出家して未練を
捨てたはずの俗世の春がこんなに待ち遠しくなるなんて。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「道理に合わないことだな。春の花のことも思い捨てて鞍馬の
奥に世を遁れたのに、筧の水が凍って流れて来ないため、春が
待たれるとは。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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22 あらたなる熊野詣のしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり
          (岩波文庫山家集225P神祇歌・新潮1530番)

○あらたなる

この場合は、新しいことという意味ではなくて(験)のことです。
(験)は(あらた)と読みます。
神仏の霊験、効能が現出することを指します。

○熊野詣でのしるし

熊野三山(本宮大社・速玉大社・那智大社)の霊力のこと。

○こほりの垢離

普通は聖地参拝は水垢離します。ここでは水も凍る厳寒の頃の
参拝であることを言っています。

「氷の垢離ー寒垢離をいう。神仏に参詣する際、心身を清めることを
垢離、水垢離というが、寒中に取る垢離をいう。熊野詣は何度も
垢離を掻きながら行われるので、特に厳冬期の参詣をいうか。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

○うべきなりけり

得るべきこと。
(得る)に(べき)(べく)が接合した言葉です。

(22番歌の解釈)

「いつ参詣しても、熊野詣の霊験はあらたかであるが、厳冬期に
氷の垢離を取れば、格別の霊験が得られるであろう。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       かくて静空・寂昭なんど侍りければ、もの語り申し
       つつ連歌しけり。秋のことにて肌寒かりければ、寂然
       まできてせなかをあはせてゐて、連歌にしけり

23-1 思ふにもうしろあはせになりにけり
       (前句、寂然?)(岩波文庫山家集264P残集14番)

   この連歌こと人つくべからずと申しければ

23-2 うらがへりつる人の心は
        (付句、西行)(岩波文庫山家集265P残集14番)

○静空

想空の誤記と思われます。

○寂昭

寂超の誤記と思われます。

○思ふにも

思い合っている男女の仲を指していると解釈できます。

○こと人つくべからず

「思ふにも…」の前句を詠んだ人が、付句には西行を指名して、
他の参加者は付けて詠んだらいけない、と指定したものでしょう。

(23-1番、作者不明の前句の解釈)

「思い合っている仲でも背中合わせになってしまったよ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(23-2番、西行付句の解釈)

「君が心変わりしてしまったからね。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       雨の降りければ、ひがさみのを着てまで来たりけるを、
       高欄にかけたりけるを見て

24-1 ひがさきるみのありさまぞ哀れなる  
       (前句、西住)(岩波文庫山家集265P残集16番)

      むごに人つけざりければ興なく覚えて

24-2 雨しづくともなきぬばかりに
       (付句、西行)(岩波文庫山家集265P残集16番)  

○ひがさみの

「檜笠」と「蓑」のこと。
「檜笠」は檜を薄く剥いで作った網代笠のこと。竹や杉なども
用います。
「蓑」は茅や菅などの茎や葉を編んで作った雨具です。「蓑」と
「身の」をかけています。

○高欄

建物の回りや廊下に設えた手すり、欄干のこと。

○むご

(無期)と書き、ここでは「いつまでたっても」という意味です。

(24-1番、西住前句の解釈)

 「檜笠をかぶる身の有様はあわれだなあ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(24-2番、西行付句の解釈) 

 「涙を雨の雫のようにぼたぼた落として泣いてしまうほど。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       いまだ世遁れざりけるそのかみ、西住具して法輪に
       まゐりたりけるに、空仁法師経おぼゆとて庵室に
       こもりたりけるに、ものがたり申して帰りけるに、
       舟のわたりのところへ、空仁まで来て名残惜しみ
       けるに、筏のくだりけるをみて 
                            
25-1 はやくいかだはここに来にけり 
      (前句、空仁)(岩波文庫山家集267P残集22番)

       薄らかなる柿の衣着て、かく申して立ちたりける。
       優に覚えけり

25-2 大井川かみに井堰やなかりつる
      (付句、西行)(岩波文庫山家集265P残集22番)

○空仁法師

生没年未詳。俗名は大中臣清長と言われます。
西行とはそれほどの年齢の隔たりはないものと思います。西行の
在俗時代、空仁は法輪寺の修行僧だったということが歌と詞書
からわかります。
空仁は藤原清輔家歌合(1160年)や、治承三十六人歌合(1179年)
の出詠者ですから、この頃までは生存していたものでしょう。
俊恵の歌林苑のメンバーでもあり、源頼政とも親交があったよう
ですから西行とも何度か顔を合わせている可能性はありますが、
空仁に関する記述は聞書残集に少しあるばかりです。
空仁の歌は千載集に4首入集しています。

かくばかり憂き身なれども捨てはてんと思ふになればかなしかりけり
             (空仁法師 千載和歌集1119番)

○柿の衣

渋柿の渋で染めた衣です。茶色っぽい色になります。僧服です。

○優に覚え

麗しく優れているように見える様子。

○井堰

原意的には(塞き)のことであり、ある一定の方向へと動くもの
を通路を狭めて防ぐ、という意味を持ちます。
水の流れをせきとめたり、制限したり、流路を変えたりするために
土や木材や石などで築いた施設を指します。現在のダムなども
井堰といえます。
今号の西行歌は、当時の大堰川で井堰の設備が施されていたこと
の証明となります。古くからこの辺りを管轄していた秦氏が井堰を
造ったそうです。当時の井堰が現在も渡月橋上流にもあります。

尚、平安時代には「法輪寺橋」がありました。法輪寺の僧の「道昌」
が架けたものです。現在の渡月橋や一の井堰の上流にありました。
「法輪寺橋」と言われていたその橋を「渡月橋」と名付けたのは
亀山天皇(1249-1305)です。
渡月橋が現在地に移されたのは、保津川を開削した角倉了以によって
です。現在の渡月橋は昭和9年に架橋。何度か改修しています。
洪水被害で何度も橋は流されていて、西行が橋を渡らずに「筏」で
渡ったということは橋が流されていた頃なのでしょう。

(25-1番詞書と歌の解釈)

「まだ出家をしなかった昔、私は西住を連れて法輪寺に参詣した
時に、空仁法師がお経を覚えるのだと言って庵室に籠っていたが
その空仁法師と物語をしてかえったが、舟の渡し場まで空仁が
送って来て、名残りを惜しんだ時に筏の下って来たのを見て一首」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋) 
 
(前句、空仁)
「おやまあ、もう筏はここにやって来たよ。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(25-2番詞書と歌の解釈)

「薄い柿色の衣を着て、このように連歌の下の句を申して立って
いるその姿はなかなか優におもわれた。」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋) 

(付句、西行)
「大堰川の川上にこの筏を堰く井堰はなかったのかね。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ まがき・籬 01 ◆

【まがき・籬】

竹や柴をあらく編んで作った垣根。「ませ」ともいう。
             (大修館書店「古語林」から抜粋)

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01 籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野邊とはなりけるものを
           (岩波文庫山家集61P秋歌・新潮275番)

○籬あれて

垣が荒れているということ。
垣は土地の占有範囲などを示すための境界の仕切りです。
籬は特に目が荒いとでもいうか、空間を広く開けて作った垣で、
柴の木や竹で作られるようです。

○かるかや

イネ科の多年草。刈る萱の意味で、屋根を葺く材料にもなります。
メガルカヤ、オガルカヤ、メリケンカルカヤがあります。

(01番歌の解釈)

「籬が荒れて、古歌にいう薄ではないが、苅萱も茂って
(しげき野辺)になってしまったよ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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02 春あさみ篠(すず)のまがきに風さえてまだ雪消えぬしがらきの里
          (岩波文庫山家集15P春歌・新潮967番・
            西行上人集・山家心中集・夫木抄)  

○篠(すず)のまがき

篠竹(すずたけ・しのたけ)を用いて作られた垣のこと。        

○風さえて

風がすごく冷たいこと。
 
○しがらきの里

近江国の地名。歌枕。滋賀県甲賀郡信楽町のこと。タヌキの焼き物
の町として有名です。
聖武天皇の「紫香楽の宮」がありました。春の訪れが遅い、冬は
厳しく寂しい場所というイメージで歌に詠まれています。

(02番歌の解釈)

「(都はもうすっかり春なのに)ここ信楽の里は春の気配がまだ
浅いので、庵を囲う篠竹の籬に冷たい風が吹き付け、雪もまだ
消えない。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

すでに重陽の節句も過ぎて今日は十五夜。仲秋の中日。秋も半分が
過ぎて間もなく晩秋。一日ごとに秋色がその度合いを強めつつある
日常です。
今日はあちこちの寺社で名月会や観月会などと名称は違っても、
月見の宴が開催されます。

 かぞへねど今宵の月のけしきにて 秋の半を空にしるかな
     (岩波文庫山家集71P秋歌・新潮330番・西行上人集
             山家心中集・宮河歌合・玄玉集)
      
9月15日午後20時10分。今の時刻に月は空に輝いています。明るい
月ですが、「月に村雲」で、夜目にも雲の多さがわかります。
冴えわたる月には少し及ばず、ちょつと残念な気もしています。
今日の月は十五夜ですが月齢は十三夜。明後日の17日に満月と
なります。
17日には広沢の池あたりに行って月を見て、私なりに風流の真似事
でもしてみようかと目論んでいます。

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  ◎ 「西行辞典」第334号 2016年09月15日発行 

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     利用させていただいています。
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