西行辞典

西行辞典 第310号(150408)


カテゴリー: 2015年04月08日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・310(不定期発行)
                   2015年04月08日号

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           今号のことば    

                1 舟岡・船岡
           2 舟渡り

       舟橋→第152号「佐野の舟橋」参照
      ふねよする→第20号「天の川」参照
       ふべき→220号「千代」参照
     ふままうき→第167号「信夫・しのぶの里」参照
     踏みわけまうき→第158号「志賀の山越・志賀の山道」参照

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       ◆ 舟岡・船岡 ◆

【舟岡・船岡】

京都市北区紫野にある船岡山を中心とする一帯のことです。船岡山は
山の形が船に似ているから船岡山と名付けられたそうです。
標高は112メートル。
 
船岡山は平安時代には遊宴の地であり、刑場の地であり、葬送の地
でした。戦国時代には戦場にもなっています。古くは985年に円融
上皇の催した子の日の遊行が記録されています。
保元の乱で敗れた源為義はここで斬首され、院の二位の局もここで
葬送が行われました。二条天皇も一説にはここで葬送されました。
応仁の乱では西軍が船岡山に城砦を築いて籠もり、戦場となりました。
近くにある「西陣」という地名は西軍が陣を置いたということから
来ている地名です。

「都の中におほき人、死なざる日はあるべからず。1日に一人、二人
のみならむや。鳥部野・舟岡、さらぬ野山にも、送る数多かる日は
あれど、送らぬ日はなし」
                  (徒然草137段から抜粋)

現在も船岡山の西麓には荼毘に付したと思える所に小さな石仏が置か
れており、数基で固まったそれらが場所を点々と替えて、たくさん
あります。

現在、東麓に織田信長を祀る「建勲神社」が建立されています。

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01 波高き世をこぎこぎて人はみな舟岡山をとまりにぞする
          (岩波文庫山家集212P哀傷歌・新潮849番)

02 船岡のすそ野の塚の数そへて昔の人に君をなしつる
         (岩波文庫山家集208P哀傷歌・新潮820番・
         西行上人集・山家心中集・玉葉集・夫木抄)

      七月十五日月あかかりけるに、舟岡と申す所にて

03 いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人を照らさむ
           (岩波文庫山家集191P雑歌・新潮774番・
      西行上人集追而加書・新千載集・万代・西行物語) 

○波高き世

「舟岡」の「舟」の縁語として、人の一生という人生航路を
(波高き世)という言葉で表しています。

○こぎこぎて

人生を舟に例えています。自分の人生は自分で漕いで世を渡って
行かなくてはならないということ。「舟」の縁語。

○とまりにぞする

人生の最終地点を指します。人の死をもって一代限りの終焉であり、
行先はもうないということ。人生の行き止まりであり永遠の宿泊
場所であるという意味。墓所のこと。

○すそ野の塚

船岡山の裾野にある塚のこと。荼毘にふした場所のこと。現在も
小さな石の地蔵が点々と祀られていますが、それは塚の跡だろうと
思います。いつの時代のものかはわかりません。

○数そへて

船岡山で葬送された人々のうちに加わるということ。

○昔の人

亡くなってしまったので、すでに過去の人になったということ。

○七月十五日月あかかりけるに

旧暦では15日はほぼ満月です。だから煌々とした月がかかっていた
ことでしょう。

○しでの山路

人が死亡してすぐにたどるべき険しい山の道。冥途の山。
「死出の山」歌は西行に12首あります。

(01番歌の解釈)

「いろいろつらいことの多く波瀾に富む世を、人は一生懸命に漕いで
わたり、最後には船岡山を泊りとして、皆そこに葬られることだよ。」
            (新潮日本古典集成山家集より抜粋)

(02番歌の解釈)

「船岡山の裾野の墓地に新しい墓を一つ加えて、故人の列にあなたを
入れることになってしまった。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

「何とかして自分は今宵の月の光を身にそえて、死出の山路を
越えゆく人を照らしたいものだ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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       ◆ 船わたり・舟のわたり ◆

【船わたり・舟のわたり】

陸地と陸地の間の海を舟で渡っていくこと。
「舟のわたり」は舟で渡ることの他に、渡りをする舟の発着場所
をも指しています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

01 水無瀬河をちのかよひぢ水みちて船わたりする五月雨の頃
      (岩波文庫山家集49P夏歌・新潮216番・夫木抄)

      下野武藏のさかひ川に、舟わたりをしけるに、
      霧深かりければ

02 霧ふかき古河のわたりのわたし守岸の船つき思ひさだめよ
          (岩波文庫山家集70P秋歌・新潮欠番・
                  西行上人集・万代集)

      いまだ世遁れざりけるそのかみ、西住具して法輪にまゐ
      りたりけるに、空仁法師経おぼゆとて庵室にこもりたり
      けるに、ものがたり申して帰りけるに、舟のわたりのと
      ころへ、空仁まで来て名残惜しみけるに、筏のくだりけ
      るをみて
                             
03-1   はやくいかだはここに来にけり 
     (前句、空仁法師)(岩波文庫山家集267P残集22番)

       薄らかなる柿の衣着て、かく申して立ちたりける。優に
       覚えけり

03-2    大井川かみに井堰やなかりつる
       (付句、西行)(岩波文庫山家集265P残集22番)

○水無瀬河

本来は地中を水が流れてはいても、地表部分には水が流れていな
くて、涸れている川を指します。
一見、川ではあるけれども水の流れていない、もしくは水量の乏しい
川のことです。
そこから、表面には決して出さないけれども心の奥深くにある思いを
表すために「水無瀬川」の名詞を用いて歌が詠まれました。
それが普通名詞としての「水無瀬川」の普遍的な意味です。

固有名詞として大阪府高槻市と大阪府三島郡島本町を流れて淀川に
流入する「水無瀬川」を指すようにもなりました。
「水無瀬川」の歌は万葉集から詠まれていますが、明白に大阪府の
水無瀬川と特定できるのは鎌倉時代になってからの後鳥羽院の下の
歌によってであるという意見もあります。
            (片桐洋一氏著「歌枕・歌ことば」参考)

 「見渡せば山もと霞む水無瀬川ゆふへは秋となに思ひけむ」
                (後鳥羽院 新古今集36番)

三島郡島本町には後鳥羽院の「水無瀬離宮」がありました。
西行の「水無瀬河」歌は、普通名詞として詠まれていると解釈して
よいものと思います。

○をちのかよひぢ

(をち)は「彼方・遠方」の意味です。
(をちのかよひぢ)で、遠方へとたどる道筋のことになります。

○五月雨

現在でいう「梅雨」のこと。

○武蔵

武蔵の国とは現在の東京都と埼玉県及び神奈川県の一部を合わせた
広大な地域でした。武蔵の国の国府は東京都府中市にありました。

○さかひ川

場所と場所を隔てる境界となる川のことです。
この歌では利根川のことであり、詳しくは利根川の支流の
渡良瀬川の事だとみられます。

利根川は西行時代は荒川などと合流して江戸湾に流入していま
した。江戸期の大改修によって下総の銚子から太平洋に流れ込む
ように流路が変わりました。改修以降は下流では武蔵と下総の境、
上流では武蔵と下野及び下総の境となります。

○古河のわたり

「古河(こが)」は歌では(けふ)と読みます。
場所は現在の茨城県古河市のことと見られています。
古河市は下野の国ではなくて下総の国です。
だから「古河の渡り」は正確には下野と武蔵の境ではなくて、
下総と武蔵の国の境ということになります。
一字違いですし、書写した人のミスの可能性もあります。
とはいえ、「古河の渡り」のある利根川の上流は下野と武蔵の
境になりますから、詞書を必ず「下総武蔵のさかひ川」としな
ければならないほどのミスでもなかろうと思います。

○空仁法師

生没年未詳。俗名は大中臣清長と言われます。
西行とはそれほどの年齢の隔たりはないものと思います。西行の
在俗時代、空仁は法輪寺の修行僧だったということが歌と詞書
からわかります。
空仁は藤原清輔家歌合(1160年)や、治承三十六人歌合(1179年)
の出詠者ですから、この頃までは生存していたものでしょう。
俊恵の歌林苑のメンバーでもあり、源頼政とも親交があったよう
ですから西行とも何度か顔を合わせている可能性はありますが、
空仁に関する記述は聞書残集に少しあるばかりです。
空仁の歌は千載集に4首入集しています。

かくばかり憂き身なれども捨てはてんと思ふになればかなしかりけり
             (空仁法師 千載和歌集1119番)

○柿の衣

渋柿の渋で染めた衣です。茶色っぽい色になります。僧服です。

○優に覚え

麗しく優れているように見える様子。

○井堰

原意的には(塞き)のことであり、ある一定の方向へと動くもの
を通路を狭めて防ぐ、という意味を持ちます。
水の流れをせきとめたり、制限したり、流路を変えたりするために
土や木材や石などで築いた施設を指します。現在のダムなども
井堰といえます。
今号の西行歌は、当時の大堰川で井堰の設備が施されていたこと
の証明となります。古くからこの辺りを管轄していた秦氏が井堰を
造ったそうです。当時の井堰が現在も渡月橋上流にもあります。

尚、平安時代には「法輪寺橋」がありました。法輪寺の僧の「道昌」
が架けたものです。現在の渡月橋や一の井堰の上流にありました。
「法輪寺橋」と言われていたその橋を「渡月橋」と名付けたのは
亀山天皇です。
渡月橋が現在地に移されたのは、保津川を開削した角倉了以によって
です。現在の渡月橋は昭和9年に架橋。何度か改修しています。
洪水被害で何度も橋は流されていて、西行が橋を渡らずに「筏」で
渡ったということは橋が流されていた頃なのでしょう。

(01番歌の解釈)

「普段は水のない水無瀬川だが、梅雨時は西国街道を冠水させる
ほどに増水して、渡し船が出る始末である。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

「霧が深く立ちこめる今日のこの渡りの渡し守よ。対岸の船着き
場に舟をうまく着けるよう決意しておくれ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03-1番詞書と歌の解釈)

「まだ出家をしなかった昔、私は西住を連れて法輪寺に参詣した
時に、空仁法師がお経を覚えるのだと言って庵室に籠っていたが
その空仁法師と物語をしてかえったが、舟の渡し場まで空仁が
送って来て、名残りを惜しんだ時に筏の下って来たのを見て一首」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋) 
 
(前句、空仁)
(おやまあ、もう筏はここにやって来たよ。)
               (和歌文学大系21から抜粋)

(03-2番詞書と歌の解釈)

「薄い柿色の衣を着て、このように連歌の下の句を申して立って
いるその姿はなかなか優におもわれた。」
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋) 

(付句、西行)
(大堰川の川上にこの筏を堰く井堰はなかったのかね。)
               (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

四月の十日にもならないというのに今年の桜のシーズンはほぼ終って
しまいました。今年の桜はことに咲き急ぎ、散り急ぎした感じです。
ために、咲いているうちに行きたいと目論んでいた所の半分と行け
ないままに今年の桜の季節は過ぎ去りました。
花の命はあまりにも短くて、勝持寺や西光院の西行桜も今年は見ない
ままでした。不完全燃焼の極みです。
天候の悪い日も多く、また、主に病院通いなどの用事もありして、
思うに任せないままにこの春も終わってしまったこと、残念ですが
仕方ありません。
来年の春があるものと希望して、また次の年の春に少しでも楽しめ
ればと今から思っています。

今号発行は遅れに遅れてしまいました。いくつかの事情があるにしても、
私の怠慢です。反省しています。
異例の短さなのですが、これで発行いたします。

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  ◎ 「西行辞典」第310号 2015年04月08日発行 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
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