西行辞典

西行辞典 第308号(150210)


カテゴリー: 2015年02月10日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・308(不定期発行)
                   2015年02月10日号

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           今号のことば    

        1 藤原頼長(ふじわらよりなが)
        2 伏屋・ふせや
        3 ふたかみ山
        4 二葉の松・ただの松

     ふた川→第196号「瀬 (02)」参照
   ふたつありける鷹→第43号「いらご・伊良胡が崎」参照
     ふたて→第169号「しば・柴 (2)」参照

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       ◆ 藤原頼長(ふじわらよりなが) ◆

山家集に藤原頼長という個人名は出てきません。しかし、西行の
来歴を語る時に、「台記」という日記の著作者として必ず名前の
出てくる人物です。
「台記」の1142年3月15日条には以下のように書かれています。

「西行法師来云、依行一品経「中略」抑西行本、兵衛尉義清也、
左衛門太夫康清子、依重代勇士、仕法皇、自俗時入心於仏道、
家富年若心無欲、遂依遁世、人歎美之也」

以上の文言によって西行の大まかな人物像が浮かび上がります。
同時代人による記述であり、とても貴重なものです。

藤原頼長は1120年の出生ですから西行よりは二歳年下です。
藤原北家道長流の忠実の子ですが兄に忠通がいます。二人は御堂
関白家の公卿として順調に昇進しますが、やがて忠通と頼長は反目
することになります。父親の忠実・頼長対忠通という図式です。
頼長はさまざまな典籍に通じていて、藤原通憲(信西)と共に当時を
代表する知識人なのですが、人心掌握術などは乏しかったと言える
でしょう。癖のある人物とも言え、「悪左府」とも呼ばれました。
1156年、鳥羽法皇が54歳で逝去してから勃発した保元の乱で、頼長は
崇徳院側について敗れました。矢傷を負った状態で奈良にまで逃れ、
その地で死亡しています。享年37歳。頼長は崇徳院を推戴して武力で
忠通側と戦うしかない程に追い込まれていたもののようです。
保元の乱は崇徳院対後白河院という図式でもあるのですが、関白家の
忠通対頼長という面も合わせ持っています。

台記には頼長の男色関係も生々しく記述されていて、現在に生きる
私などの感覚からすれば驚くばかりです。当時の男色社会は私などの
尺度では計れないものがあります。

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       ◆ 伏屋・ふせや ◆

【伏屋・ふせや】

簡単な造りの小屋のこと。みすぼらしい小屋のこと。
休憩所として利用されたものです。
手持ちの中央公論社の歴史年表によると

「835年6月、大安寺僧忠一に、東海、東山二道の要港に渡舟を増し、
浮橋を造り、伏施屋を建てさせる。」とあります。
この「布施屋」は「伏屋」と解釈してよく、街道を旅する人たちの
利便のために、官製の施設を造ったということでしょう。

また、伝教大師最澄も東山道の難路のひとつである神坂峠の東西に
伏屋を作ったといわれています。場所は西側が美濃国の広斉院遺跡、
東側が信濃国の広拯院遺跡です。
東山道の美濃の国坂本駅と信濃の国阿智駅間は40キロほどあります。
道は山の上の尾根伝いの部分が多くて、この間は雨を避けたり、休む
ための施設はなかったようです。旅人の苦労は大変でしたから、伏屋
を作って旅人の利便に供したものです。

伏屋の歌もいくつかありますが「園原」もしくは「帚木」がともに
詠みこまれている場合は信濃の国の歌、単に「伏屋」だけの場合は
普通名詞と解釈するべきだと思います。西行の下の歌の中では01番歌は
信濃の国の歌とみてよく、他の二首は普通名詞としてのものでしょう。  

歌に詠む場合は、遠くからは見えているけど近づくと消えて見えなく
なるという「帚木伝承」に拠って詠まれています。
遠くからははっきりと見えるけれども近寄れば見えないということに
例えて、離れているうちは情愛が濃さそうに見えながら、いざと
なれば逢ってくれない冷たい女性のことを指しています。

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01 あはざらむことをば知らず帚木のふせやと聞きて尋ね行くかな
           (岩波文庫山家集143P恋歌・新潮578番)

02 悔しくもしづの伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける
           (岩波文庫山家集79P秋歌・新潮347番・
                   西行上人集・夫木抄)

03 夏の夜の月みることやなかるらむかやり火たつる賎の伏屋は
           (岩波文庫山家集53P夏歌・新潮241番)

○帚木

(帚木=ハハキギ・ホウキギ)はホウキグサのこと。箒にするために
栽培されていた高さ1メートル程度の一年草のこと。
庭箒にするために、かつては各家々に植えられていて、秋に枝が硬く
なる頃に根ごと引き抜いて葉を落とし乾燥させて箒にしていました。
現在は「コキア」という名で園芸店などでも販売されています。
美しい紅葉を愛でるために観賞用にも栽培されてもおり、小さな
果実は食用や薬用にもなります。

信濃の国の歌枕です。「帚木」は信濃国園原にある伝説に拠って
います。園原の伏屋に生えている帚木は、遠くから見ればあり、近く
に行くと無いということから、いざとなると逢ってくれない女性を
例えて言います。源氏物語にも以下の歌があります。

 帚木の心も知らで園原の道にあやなくまどひぬるかな 
                (紫式部「源氏物語」帚木)

 数ならぬ伏屋に生ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木
                (紫式部「源氏物語」帚木)

○しづの伏屋・賎の伏屋

身分の低い人達の住む、みすぼらしい棲家のこと。

○かやり火

蚊を追い払うために焚く火のこと。焼くというよりは、いぶして
煙を出して、蚊を追い払っていました。
夏の暑さ厳しい時でも屋内で火を焚いていたようです。

もともとは胸の中で燻っている思い、恋こがれる恋情を表すための
恋歌に使われる言葉でしたが、03番歌などはそのことからはずれて、
実景を歌った自然詠といえます。 

(01番歌の解釈)

「逢ってくれないとも知らず、噂を聞くだけであなたに恋い
焦がれて、とうとう帚木の伏屋まで訪ねて行くことになって
しまった。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

「悔やむべくは、私の山家を下賤の陋屋と蔑んで、月光が美しく
漏れ入る魅力に気付かずに住んでいたことだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

「夏は夜も月を見ることはないだろうな。山家には蚊遣火の煙が
もうもうと立ち上るから。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ ふたかみ山 ◆

【ふたかみ山】

奈良県葛城市と大阪府にまたがる二上山のことです。金剛山地の
北部に位置します。
雄岳(517M)と雌岳(474M)からなり、悲劇の皇子である大津皇子の
墓所が雄岳山頂にあります。
二上山南麓には古代国道一号線の「竹之内街道」が通じています。
竹之内街道は、ルートは現在の国道166号線とほぼ重なります。

この「二上山」とは別に、越中の国にも二上山があります。
下の家持の歌で有名になった二上山は、現在の富山県西北部にあり
ます。高岡市と氷見市にまたがる標高274Mの小高い山です。

「玉くしげ二上山に鳴く鳥の声の恋しき時は来にけり」
               (大伴家持 万葉集巻十七)

01番歌の「二上山」は、どの二上山であるか詞書や歌からは断定
できません。しかし釈教歌の中の一首でもあり仏典をモチーフと
した歌なのですから、信仰の山である葛城・金剛連山の一峰である
奈良県の二上山であろうと思います。
葛城には役行者伝説もあり、二上山にも古くから寺院がありました。

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01 雲おほふふたかみ山の月かげは心にすむや見るにはあるらむ
            (岩波文庫山家集245P聞書集141番)

(01番歌の解釈)

「雲が覆い隠す二上山の月の姿は、私の心の中に住むのがすなわち
見ることではあるのだろうか。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 二葉の松・ただの松 ◆

【二葉の松・ただの松】

五葉の松と違って二葉の松のこと。三葉の松もあります。
「二葉の松」の意味は分かりにくいのですが、詞書によって、生ま
れたばかりの子供の例えであることが分かります。
「二葉の松」は、幼いこと、若いこと、未来に富んでいること
などを表します。

03番歌の詞書に「ただの松」という言葉があります。これは二葉の
松と同義です。

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     うまごまうけて悦びける人のもとへ、いひつかはしける

01 千代ふべき二葉の松のおひさきを見る人いかに嬉しかるらむ
          (岩波文庫山家集141P賀歌・新潮1183番)

     五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを、子日に
     あたりける日、折櫃にひきそへて遣わすとて

02 君が為ごえふの子日しつるかなたびたび千代をふべきしるしに
          (岩波文庫山家集17P春歌・新潮1184番)

     ただの松ひきそへて、この松の思ふこと
     申すべくなむとて

03 子日する野邊の我こそぬしなるをごえふなしとて引く人のなき
          (岩波文庫山家集17P春歌・新潮1185番)

○うまご

孫のこと。もともとは「むまご」と表記していましたが、平安時代
には「うまご」と変化しました。

○まうけて

「設けて」のこと。子供が生まれたことを言います。

○千代

1000年のこと。千歳。歌では永遠性を言うために多くは賀歌で
用いられる言葉です。    

○おひさき

子供が成長していくその過程。行き先・将来のこと。

○五葉

五葉の松のことです。「ごえふ」と言います。
針のような葉っぱが五本ついている松のこと。普通は二本の葉っぱ
ですが、五本が一緒についている松を特に「五葉の松」といいます。

○子日

子(ね)、丑(うし)、寅(とら)と続く十二支の一番目に当たります。
年間を通してみれば「子日」はたくさんあるわけですが、特に
「子日」という行事の場合は正月初めの子の日を指しています。
中国の風習にならって聖武天皇が内裏で行ったのをはじめとして、
宇多天皇の時代には北野などの禁野で小松を引き、若菜を摘んだ
そうです。

○折櫃

「ヒノキなどの薄板を折り曲げて作った箱のこと。菓子、肴などを
盛る。形は四角や六角など、いろいろある。おりうず、ともいう。」
                   (広辞苑から抜粋)
○ごえふの子日

(ごえふ)は「五葉の松」のことです。新年になっての初めての子日
には小松を引くという風習がありました。
五葉の松は葉(針状のもの)が五本ずつまとまって付く松で、他の松
よりも縁起の良いものとされていました。

○しつるかな

(し)+(つる)+(かな)の接続した言葉です。
(し)は、ある動作などを表すサ行変格活用(す=為)の連用形です。
(つる)は助動詞(つ)の連体形。(かな)は文末に用いられる終助詞で
(~ものだ・~ことだ・~だなあ)という詠嘆を表します。
06番歌の歌意としては完了を表していて、(したことです)という
意味になります。

(01番歌の解釈)

「お孫さんはこれから千年の未来を生き抜く二葉の松とお見受け
しました。その栄えある将来をお見届けになられるのはさぞ
お幸せでしょう。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

「あなたのために五葉の松の二葉を引いて子日をしました。
幾千代の時を過ごされるその前兆として。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(03番歌の解釈)

「子日の遊びをする野辺に生えている自分こそ今日の主役なのに、
五葉の松の方がめでたいから、御用なしとばかり自分を引いて
くれる人はいないよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

【子日・初子】

子の日とは、子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、卯(う)、辰(たつ)と
続く十二支の第一番目に当たる日です。
年間を通してみれば「子の日」はたくさんあるわけですが、特に
「子の日」と言う場合は新年初めの子の日を言います。
新年初めの子の日は同時に「初子」になります。
ちなみに2015年の今年で言えば3月01日が旧暦の初子の日です。
3月01日は旧暦1月11日に当たります。
    
行事としては、その年の最初の月の最初の子の日にする祝いです。
中国の風習にならって聖武天皇が内裏で祝宴をしたのが始源の
ようです。
宇多天皇の時代には北野などの禁野で小松を引き、若菜を摘んだ
という記録もあります。北野とは内裏から見て北の方向に広がる
野の「洛北七野」の一つです。
子の日に小松をひくことは、長寿を祈願するという意味が込め
られているようです。ただし皇室や貴族の行事であり、庶民も子の
日の行事をしていたとは思えません。

手元の古語辞典では「子の日」とは、
「正月最初の子の日」「のちに正月七日の行事となる」とあります。

とするなら、子の日と七草の行事は重なってしまいます。現在では
子の日の行事は一般には浸透していませんから、時代の移り変わりと
ともに七草の行事に吸収されたものではないかとも思います。

整理すると「子の日」は十二支で言う日のことですが、一般的な行事
としての「子の日」は、十二支で言う「子の日」に関係なく、正月
七日の七草の行事と同化しているとも言えます。

     元日子日にて侍りけるに

 子日してたてたる松に植ゑそへむ千代かさぬべき年のしるしに
            (岩波文庫山家集16P春歌・新潮06番)

上の歌などでは「元日子日」であり、七草の行事とは明白に別なの
ですが、子の日と七草の日が重なったり近かったりした年は平安時代
においても「子の日」と「七草」の行事に明確な区別は無かったもの
とも考えられます。

ともあれ武士が台頭し武家政権が樹立され、相対的に皇室や貴族の
権威が失墜していくという歴史の流れの中で、子の日の行事は次第に
形骸化したものでしょう。七草の行事が現在の庶民にまで浸透して
いるのとは対照的であるとも言えそうです。
仮に、現在において子の日に庶民が手近の山に行って小松を引いたと
してもそれは犯罪なのですから、そういう行事は当然に一般社会には
浸透せず、廃れていくもののはずです。

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  (後記)

立春はすでに過ぎましたが、今頃がまさに一番寒さの厳しい季節
なのでしょう。起床して外に出てみると道路が凍り付いていることも
しばしばです。

今号の「藤原頼長」を以って藤原氏の項は終わります。それにしても
頼長という人物も面白い存在と言えるのかもしれません。藤原道長の
嫡流の家に生れたのですし毛並みの良さは隋一。ために順調に位階を
上り、1131年には従三位。数え歳で12歳の子供が従三位ですから、
当然に名前だけの位階でしょう。
頼長の悲劇の一端はこんな所からも醸成されたのではなかろうかと
想ったりします。幼少時から書物の読破に多くの時間を費やして、
交わるべき人物が少なく、人情の機微みたいなことには疎かったとも
想われます。時代の荒々しい潮流の中で頼長の悲劇は約束されていた
ようにも思います。彼が現在に生きていたら、ひとかどの人物に
なったのではなかろうか・・・などと勝手な空想を楽しみました。

これからどんどんと春めいて行くことが楽しみです。初天神の前日の
24日に北野天満宮に行きましたが、早咲きの梅も咲き始めていました。
これから春の花たちが一斉に開花します。楽しみです。

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