西行辞典

西行辞典 第304号(141018)


カテゴリー: 2014年10月18日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・304(不定期発行)
                   2014年10月18日号

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           今号のことば    

      1 藤原俊成(ふじわらとしなり)(1)

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       ◆ 藤原俊成(ふじわらとしなり) ◆

【藤原俊成】=「顕廣・五條三位入道・左京大夫俊成・釈阿」

藤原道長六男長家流、従三位藤原俊忠の三男。1114年生、1204年に
91歳で没。1123年に父の俊忠が死亡してから葉室顕頼の養子となり、
「顕廣」と名乗ります。
1127年に従五位下となり美作守、次いで加賀守・遠江守・三河守・
丹後守・左京太夫などを歴任後1167年に正三位。
この年に本流の藤原氏に復して「俊成」と改名しました。
1172年に皇太后宮太夫。1176年9月、病気のため出家。法名は「阿覚」
「釈阿」など。五条京極に邸宅があったため、通称は「五條三位」。
歌道の御子左家の人です。藤原定家の父。俊成女の祖父。

1183年2月、後白河院の命により千載集の撰進作業を進め、一応
の完成を見たのが1187年9月、最終的には翌年の完成になります。
千載集に西行歌は十八首入集しています。
90歳の賀では後鳥羽院からもらった袈裟に、建礼門院右京太夫の
局が紫の糸で歌を縫いつけて贈っています。そのことは「建礼門院
右京太夫集」に記述されています。
西行とは出家前の佐藤義清の時代に、藤原為忠の常盤グループの
歌会を通じて知り合ったと考えてよく、以後、生涯を通じての
親交があったといえるでしょう。

家集に「長秋詠藻」、歌学書に「古来風躰抄」「古今問答」「万葉集
時代考」などの作品があります。

(御子左家=みこひだりけ)

藤原道長の六男、長家を祖とする家系のこと。御子左家の名称は
長家が醍醐天皇の子である兼明親王の邸宅である「御子左第」を
伝領したことに拠っています。
長家→忠家→俊忠→俊成→定家→為家と続く和歌の家柄です。特に
平安時代末期から鎌倉時代にかけて俊成、定家が当時の歌壇の指導的
な役割を果たしたために歌道家の「御子左家」が確立しました。
この御子左家も為家の後は為家の子である為氏が二条家、為教は
京極家、為相は冷泉家を起こして分立しました。

(西行と俊成)

1119年生の西行は俊成より5歳の年少ですが、まだ出家をしていない
義清時代から藤原為忠の家を通しての親交があったものと思います。
窪田章一郎氏は「西行の研究」の中で、211ページに「顕広と西行
との交友は、為忠の家の歌会を通して、二〇代の初頭からの久しい
ものであった。」と記述しています。

西行が伊勢神宮内宮に奉納した自歌合の「御裳濯河歌合」は俊成に
判を懇請しました。その序文に俊成は以下のように書き記しています。

【「前略」上人円位壮年のむかしより、たがひにおのれをしれるに
よりて、二世の契をむすび終りにき、各老にのぞみて後の離居は
山河を隔つといへども、むかしの芳契は旦暮に忘るることなし。
「後略」】

以上の文章により俊成と西行の格別の関係性が理解できます。
1190年の2月に西行が死亡した折り、俊成は「長秋詠藻」の中で
以下のようにしたためています。

【「略」2月16日になむ隠れ侍りける。かの上人、先年に桜の歌
多くよみける中に

 願はくは花の下にて春死なむその如月の望月の頃

かく詠みたりしを、をかしく見給へしほどに、つひに如月16日望の
日終り遂げけること、いとあはれにありがたく覚えて、物に書き
付け侍る

 願ひ置きし花の下にて終りけり蓮の上もたがはざるらむ 】
                 (藤原俊成「長秋詠藻」)

 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
                (藤原俊成 百人一首83番)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて

01 花ならぬことの葉なれどおのづから色もやあると君拾はなむ
     (西行歌)(岩波文庫山家集180P雑歌・新潮1239番・
      西行上人集・山家心中集・続拾遺集・長秋詠藻)  

02 世を捨てて入りにし道の言の葉ぞあはれも深き色は見えける
   (藤原俊成歌)(岩波文庫山家集180P雑歌・新潮1240番・
      西行上人集・山家心中集・続拾遺集・長秋詠藻)  

○左京大夫俊成

藤原俊成のこと。俊成が左京太夫であった期間は1161年から
1166年までです。
俊成は右京太夫も歴任していて、右京太夫の期間は1168年から
1175年までです。
西行と俊成のこの贈答歌は1178年成立の俊成の「長秋詠藻」以前
の歌であるという確実な資料があります。
俊成は「打聞(うちぎき)、私撰集とほぼ同義」というのに右京
太夫の頃から取り掛かっていて、そのための歌を集めていたと
言われています。この「打聞」が千載集の前身でもあるようです。
従ってこの贈答歌が交わされたのは俊成の右京太夫の期間である
1168年から1175年頃までのことです。詞書にある「左京太夫」は
「右京太夫」の誤りということになります。
尚、俊成は1170年皇后宮太夫、1172年皇太后宮太夫も兼任して
います。

○歌あつめらるる

後白河院の院宣による「千載集」の撰進のための歌稿を集めると
いうことと解釈されますが、俊成私撰集の「打聞」用のために
歌を集めているということになります。
この贈答歌は俊成の「長秋詠藻」にも収められていて詞書が添え
られています。記述します。

「西行法師、高野に籠りゐて侍りしが、撰集の様なるものすなりと
聞きて、歌書き集めたる物送りて、包紙に書きたりし。」

以上によって西行は高野山に住んでいた頃のことと理解できます。
この頃には山家集の前身である自選歌集が成立していたものと
思われます。

○世を捨てて

西行の出家を言います。

(01番歌の解釈)

「花のように美しい歌などありませんが、まれにはそれなりにいい
歌が混じることもあろうかと、お読みいただいて、撰集に取り
上げて下さればと思います。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(02番歌の解釈)

「仏道修行して和歌にも精進なさったあなたの歌ですから、豊かな
情感が深々と感じられます。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いな
    びて、熊野に詣でける道にて、夢に、何事も衰へゆけど、
    この道こそ、世の末にかはらぬものはあなれ、猶この歌
    よむべきよし、別当湛快三位、俊成に申すと見侍りて、
    おどろきながら此歌をいそぎよみ出だして、遣しける
    奧に、書き付け侍りける

03 末の世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし
      (岩波文庫山家集187P雑歌・新潮欠番・新古今集)

○寂蓮

生年は未詳、没年は1202年。60数歳で没。父は藤原俊成の兄の
醍醐寺の僧侶俊海。俊成の猶子となります。30歳頃に出家。
数々の歌合に参加し、また百首歌も多く詠んでいます。御子左家
の一員として立派な活動をした歌人といえるでしょう。
新古今集の撰者でしたが完成するまでに没しています。家集に
寂蓮法師集があります。

○いなびて

拒絶、否定を表すことば。
(いな)は否。(び)は接尾語。(て)は助詞。

○別当湛快三位、俊成に

岩波文庫山家集にたくさんあるミスのひとつです。
西行の時代は句読点はありませんでした。別当湛快は三位では
なく俊成が三位ですから、ここは「別当湛快、三位俊成に」と
なっていなくてはなりません。
 
○別当

官職の一つで、たくさんの別当職があります。さまざまな職掌に
おける長官が別当です。
寺社で言えば、東大寺、興福寺、法隆寺、祇園社、石清水八幡宮
などの最高責任者を別当といいます。醍醐寺や延暦寺は別当の
変わりに「座主」という言葉を用いていました。
熊野別当は熊野三山(三社)を管轄していました。

○別当湛快(べっとうたんかい)

第18代熊野別当。1099年から1174年まで存命と見られています。
1159年の平治の乱では、熊野参詣途上の平清盛に助勢しており、
平治の乱で清盛が勝利した原因の一つでもありました。
21代熊野別当となる湛快の子の湛増は、初めは平氏の味方でした
が、後に源氏側について熊野水軍を率いて平氏追討に活躍して
います。
西行は熊野修行などを通じて湛快、湛増父子とは面識ができた
ものと思われます。西行高野山時代に湛増も住坊を持っていた
とのことですので、湛増とは親しくしていた可能性もあります。

○末の世


末法の支配する世のこと。

「仏教の歴史観。釈迦入滅後、正法、像法に次ぐ末法の時期には
仏教がすたれ、教えのみあって行ずる人・悟りを得る人がないと
する思想。日本では永承七年(1052)がその始まりであるとして、
当時の社会不安と相まって平安末から鎌倉時代に流行し、浄土教
などの鎌倉新仏教の出現につながった。」
            (講談社「日本語大辞典」より引用)

1052年の天皇は後冷泉天皇、関白は藤原頼道です。
藤原頼道が宇治の別荘を平等院としたのもこの年の事です。
末法の時代に入ったということは当時は良く知られていて、
平等院の鳳凰堂は死後の極楽浄土を祈念して阿弥陀如来が本尊と
なっています。

(03番歌の解釈)

「衰えて行く末の世でも、この風流の道のみは変わらないと見た
夢がなかったならば、この百首のこともよそ事に聞き流して
しまったであろう。」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     五條三位入道のもとへ、伊勢より濱木綿遣しけるに

04 はまゆふに君がちとせの重なればよに絶ゆまじき和歌の浦波
         (西行歌)(岩波文庫山家集239P聞書集103番)
     
05 濱木綿にかさなる年ぞあはれなるわかの浦波よにたえずとも
       (藤原俊成歌)(岩波文庫山家集239P聞書集104番)

○五條三位入道

藤原俊成のこと。俊成は1176年に出家して釈阿と号します。
五條は五条東京極に住んでいたため、三位は最終の官位を指して
います。

○濱木綿

ヒガンバナ科のハマオモトのことです。俳句では夏の季語です。
海浜の植物で、花が神社などで用いる木綿に似ているので、この
名前が付いたようです。
万葉集には柿本人麻呂の歌があり、下の歌を本歌として「重なる」と
いう言葉を詠みこんだ歌が多くあります。

 「み熊野の浦の浜木綿百重なす心は思へど直に逢はぬかも」
             (柿本人麻呂 万葉集巻四 496番)

○三位

(さんみ)と読み、平安時代の朝廷の位階の一つです。
正一位、従一位、正二位、従二位、正三位、従三位の順となります。
位階によって官職がほぼ決まります。太政大臣は一位、大臣は
二位、大納言や中納言は三位の人がなります。

○ちとせの重なれば

浜木綿の花は夏に開花します。白い六弁の花で笠状に重なって咲く
ところから人麻呂の歌にもある「百重なす」のように、継続すると
言う意味の「重なる」という言葉が用いられたものです。

○和歌の浦波

「和歌の浦」は紀伊国の歌枕です。玉津島神社のある片男波の入江
付近を言います。
「和歌の浦」の地名から、和歌そのものや和歌の道、和歌の家、
そして歌を詠むこと自体をも表すようになりました。
「和歌の浦波」で歴史における和歌の役割や和歌運動としての在り方
などを思わせます。

(04番歌の解釈)

「浜木綿にあなたの千年の寿命が重なるので、世に絶えない
であろう和歌の道よ。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

(05番歌の解釈)

「この浜木綿に重なる私の老いを重ねた歳があわれだよ。
和歌の道が世に絶えないといっても。」
                (和歌文学大系21から抜粋)  

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  (後記)

本日は10月18日。空は青く晴れ上がった穏やかな秋の一日です。

このマガジンを二か月近く発行しないままに、季節はいつの間にか
晩秋。冬も間近に迫っていて、北の方からは雪便りも聞えてきます。
今年の旧暦は9月が二度あります。閏月です。旧暦では9月は晩秋
ですが、10月24日からの二度目の9月は晩秋の内の晩秋とも言えます。
日々寒さに向かいますが、この年の晩秋を楽しみたいものです。

今年4月からの半年間にわたる闘病。9月に入院手術を経て、ほぼ完治
しました。この間、マガジン発行は無論のこと、多くの事々に制約が
あり、思うに任せない状況でもありました。
今後も無理をせず、しかし、休まずに急がずにマガジン発行を続けて
行きたいものと思います。

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