西行辞典

西行辞典 第293号(140228)


カテゴリー: 2014年02月28日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・293(不定期発行)
                   2014年02月28日号

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           今号のことば    

           1 比良(02)
           2 ひろ澤・廣澤
                3  ひわ
           4 ふかみどり
           5 吹上

       深草→第58号「鶉・うづら」参照
        普賢菩薩→第184号「紫蘭」参照

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       ◆ 比良(02) ◆

【比良】

滋賀県滋賀郡にある地名。近江の国の歌枕。JR湖西線に比良駅が
あります。
駅は比叡山の北東の湖岸に位置し、比良の山は琵琶湖の西、比叡山の
北側に連なる連山を指します。比良山という独立峰はありません。

歌では「風」「山風」などの言葉が詠みこまれ、雪、霰、凍る、
冴えるなどの寒さの際立つ冬の情景を詠ったものが多くあります。
西行と寂然の贈答の歌で、04番歌は京都市左京区大原から比良の
山を見て詠ったものです。

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      寂然入道大原に住みけるに遣しける

03 大原は比良の高嶺の近ければ雪ふるほどを思ひこそやれ
      (西行歌)(岩波文庫山家集101P冬歌・新潮1155番・
       西行上人集追而加書・御裳濯河歌合・新勅撰集・
               玄玉集・唯心房集・西行物語)

04 思へただ都にてだに袖さえしひらの高嶺の雪のけしきは
   (寂然法師歌)(岩波文庫山家集101P冬歌・新潮1156番
                      ・唯心房集)

○寂然入道

俗名は「藤原頼業」。藤原為忠の子です。生没年は未詳。
左近将監、壱岐の守などを経て1155年頃までには出家。
西行とほぼ同年代だと思われます。1182年頃に没したとみられます。
1172年「広田社歌合」、1175年「右大臣家(兼実)歌合」、1178年
「別雷社歌合」に出席していますので、歌人としての活動は終生
続けていたのかもしれません。

西行とは最も親しい歌人と言えます。贈答の歌がたくさんあります。
兄の寂念(為業)・寂超(為経)とともに「大原三寂」や「常盤三寂」
と呼ばれます。出家順は寂超、寂然、寂念の順です。
1156年7月、保元の乱が起こり崇徳院は讃岐に配流になりました。
讃岐の崇徳院は1164年8月崩御。崇徳院がまだ在世中に寂然は讃岐の
崇徳院を訪ねています。
家集に「寂然法師集」「唯心房集」「法文百首」があります。

○大原

京都市左京区にある地名です。西京区の大原野と混同しないために
「小原」とも呼ばれていました。
比叡山の北西麓にあたり、延暦寺の影響下にありました。炭の
生産地として、また貴顕の隠棲地としても著名です。

○袖さえし

墨染めの衣の袖さえも凍りつくほどの寒さのこと。(冴えし)は
厳しい寒さを言います。光や音などが澄んでいることも言います。 

(03番歌の解釈)

「あなたの住む大原は、比良の高嶺が近いのですから、雪の降る
頃はどんなに大変かお察しいたします。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(04番歌の解釈)

「想像してみて下さい。都にいてさえ袖が凍ったのですよ。
比良の高嶺の雪がどんなに厳しい寒さなのか、大原の冬は
本当につらいです。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ ひろ澤・廣澤 ◆

【ひろ澤・廣澤】

京都市右京区にある広沢の池のこと。大覚寺の西、遍照寺山の麓に
ある人造池です。
鯉や鮒などを養殖していて、正月前に池の水を抜きますが、それは
京都の冬の風物詩となっています。

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     同じこころを遍昭寺にて人々よみけるに

01 やどしもつ月の光の大澤はいかにいづこもひろ澤の池
           (岩波文庫山家集72P秋歌・新潮321番)

02 廣澤のみぎはにさけるかきつばたいく昔をかへだて来つらむ
            (岩波文庫山家集273P補遺・夫木抄)

新潮日本古典集成山家集では「大澤」ではなくて「おおしさ」と
なっています。月に「おおしさ」はふさわしい形容とは言えない
ので、「大澤」が正しいものと思います。

 宿しもつ 月の光の ををしさは いかにいへども 広沢の池
             (新潮日本古典集成山家集321番)

○遍照寺

遍照寺は仁和寺の子院として広沢の池の北西側、遍照寺山の麓に
ある大寺でした。989年、寛朝僧正による開創です。
百人一首歌人であり三十六歌仙の一人でもある遍昭僧正は816年から
890年の在世ですから、遍照寺とは関係ありません。
遍照寺山の麓、広沢池の北西にあった遍照寺は荒廃したため、江戸
時代初期には広沢池の南にあった小庵を遍照寺としました。それが
現在の遍照寺です。

○人々よみけるに

遍照寺で歌会があったということですが、人々とは誰々なのか
参加した個人名までは分かりません。
西行の時代の遍照寺は遍照寺山の麓にありました。

○やどしもつ

月が水面に映っているということ。水に月が宿っている光景。

○大澤

京都市右京区にある大覚寺の大沢の池のことです。広沢の池と
同様に月の名所と言われています。月見の日には龍頭船を
浮かべたりのイベントが行われています。
池の北方に「名古曽の滝」址があります。

○かきつばた

植物名。アヤメ科の多年草。杜若、燕子花とも書きます。
5月から6月頃にかけて、水際や湿原を埋め尽くすようにして 
咲きます。
アヤメ科の中では最も古くから親しまれてきた花で、万葉集には
七首の歌が詠まれています。

(01番歌の解釈) 

「月光を宿す池は大沢池など他にいくらもあるが、どんなに
美しく月が出ても池面に映る大きさでは、広々とした広沢池に
まさるものはない。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「水の面に宿している月の光りの雄大さは、何といっても広々と
した広沢池なればこそだなあ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈) 

「広沢の池の水際に咲いているかきつばたよ、おまえはいく程
の昔を終て咲き続けて来たのであろうか。」
         (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)

「昔を終て」は「昔を経て」の校正ミスの可能性があります。

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       ◆ ひわ ◆

【ひわ】

アトリ科の小鳥の総称とのことです。翼長10センチ未満で、マヒワ・
カワラヒワ・ベニヒワの三種があるそうです。
渡り鳥で、冬に日本に渡来するようです。
京都で枯木に留まっていたカワラヒワを目撃したことがあります。

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01 聲せずと色こくなると思はまし柳の芽はむひわのむら鳥
          (岩波文庫山家集167P雑歌・新潮1399番)

○思はまし

「思は+まし」で 「思ふ」の未然形+反実仮想の助動詞「まし」
の終止形の接続した言葉。
「おもうだろう」というほどの意味です。

○芽はむ

(はむ)は「食む」と表記して食べること。芽を食べること。

○むら鳥

群鳥のこと。ヒワの群のこと。

(01番歌の解釈) 

「鳴き声が聞こえなくても羽の色が濃くなったと思うだろう。
鶸の群は柳の芽を食べているが、その芽が春も深まり緑濃く
なってきたので。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ ふかみどり ◆

【ふかみどり】

西行の時代には、すでに色彩の名称である「深緑」が用いられて
いたことに驚き、項目化しました。
深緑は極めて濃い青緑色を言います。

「緑の色名は翡翠(カワセミ)の古語ソニドリにちなみ、そして、
中国の色名の緑(りょく)の字があてられます。緑は古代の服制には
現れていますが、一般には色名として慣用されることは少なく、青や
萌葱の色名で呼ばれます。(中略)
深緑は「延喜式」では藍を濃く染めた上に刈安をかけます。」(後略)
             (平凡社「京の色辞典330」から抜粋)

染色では深緑・中緑・次緑・浅緑・青緑・青浅緑・黄浅緑に分類
されています。
西行よりも早くに「深緑」を詠んだ歌がありますから紹介します。

 深緑常盤の松の影にいてうつろう花をよそにこそ見れ 
               (坂上是則 後撰和歌集42番)

坂上是則は百人一首歌人でもありますが生没年は不詳です。三十六
歌仙の一人で、古今集時代の人です。

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01 ふかみどり人にしられぬあしひきの山たちばなにしげるわが恋
             (岩波文庫山家集242P聞書集116番)

○あしひき

「山」という名詞を出すための枕詞。「あしひき」の解釈は諸説
あり、本居宣長の説を引くと、「あしひき」は「足引城」といい
ます。「足は山の脚の意味、引は長く引き延べたること、城は
山の一構えを指し一構えの中の平らな所」を指すようです。
本居宣長の説では分かりにくく説得力に欠けるような気がします。

○山たちばな

山や野に自然に生えている橘のこと。ミカン科の樹木です。
花を「花橘」として詠まれます。実は三センチほどで熟すと黄色く
なります。生食には適しません。京都御所紫宸殿の「右近の橘」も
よく知られています。西行にも橘、花橘の歌は13首あります。

別の意味としてヤブコウジ科のヤブコウジを指します。ヤブコウジの
古名は「山橘」。万葉集にも山橘の歌があり、下の家持の歌にある
歌からもミカン科の「橘」ではなくて、ヤブコウジ科のヤブコウジと
解釈できます。
ヤブコウジは冬に8ミリほどの赤い実を付けます。十両とも呼ばれて
います。
よって西行歌の「山たちばな」もヤブコウジと解釈できます。

消残りの雪にあへ照るあしひきの山橘をつとに摘み来な
               (大伴家持 万葉集巻二十4471番)

(01番歌の解釈) 

「人に知られない山の中の山橘の葉のように、人知れず深緑に
繁りゆく私の恋よ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 吹上 ◆

【吹上】

紀伊国の地名です。紀ノ川河口の港から雑賀崎にかけての浜を
「吹上の浜」として、たくさんの歌に詠みこまれた紀伊の歌枕
ですが、今では和歌山市の県庁前に「吹上」の地名を残すのみの
ようです。
天野から吹上までは単純計算でも30キロ以上あるのではないかと
思いますので、どこかで一泊した旅に西行は随行したものだろう
と思われます。

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     小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。
     おなじ院の帥の局、都の外の栖とひ申さではいかがとて、
     分けおはしたりける、ありがたくなむ。帰るさに粉河へ
     まゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべ
     せよとありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける、
     かかるついでは今はあるまじきことなり、吹上みんと
     いふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へ
     おはしけり。道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。
     さりとてはとて、吹上に行きつきたりけれども、見所
     なきやうにて、社にこしかきすゑて、思ふにも似ざり
     けり。能因が苗代水にせきくだせとよみていひ伝へ
     られたるものをと思ひて、社にかきつけける

01 あまくだる名を吹上の神ならば雲晴れのきて光あらはせ
         (岩波文庫山家集136P羈旅歌・新潮748番)

02 苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし

     かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、
     忽ちに雲はれて、うらうらと日なりにけり。末の代
     なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなる
     ことを人々申しつつ、信おこして、吹上若の浦、
     おもふやうに見て帰られにけり。
         (岩波文庫山家集136P羇旅歌・新潮749番)
 
03 なみかくる吹上の濱の簾貝風もぞおろす磯にひろはむ
         (岩波文庫山家集171P雑歌・新潮1193番・
              西行上人集追而加書・夫木抄)

03番歌は新潮番では下のようになっています。

 波かくる 吹上の浜の 簾貝 風もぞおろす いそぎ拾はむ
         (文庫新潮日本古典集成山家集1193番)

○小倉をすてて

小倉は京都市右京区の小倉山のことです。二尊院などがあります。
小倉山に待賢門院中納言の局が隠棲していたのですが、そこから
紀州高野山の麓の天野に住家を変えたいうことです。

○天野と申す山

和歌山県伊都郡かつらぎ町にある地名。丹生都比売神社があります。
高野山の麓に位置し、高野山は女人禁制のため、天野別所に高野山
の僧のゆかりの女性が住んでいたといいます。丹生都比売神社に
隣り合って、西行墓、西行堂、西行妻女墓などがあるとのことです。
                 (和歌文学大系21を参考)

「新潮日本古典集成山家集」など、いくつかの資料は金剛寺の
ある河内長野市天野と混同しています。山家集にある「天野」は
河内ではなくて紀伊の国(和歌山県)の天野です。白州正子氏の
「西行」でも(町石道を往く)で、このことを指摘されています。

○おなじ院

ここは後白河院ではなくて待賢門院のことです。

○御山

高野山のこと。この歌のころには西行はすでに高野山に生活
の場を移していたということになります。

○ぐし申して

「具し」で、共に、一緒にという意味。

○粉川

地名。紀州の粉川(こかわ)のこと。紀ノ川沿いにあり、粉川寺
の門前町として発達しました。
粉川寺は770年創建という古刹。西国三十三所第三番札所です。

○能因

中古三十六歌仙の一人です。生年は988年。没年不詳。俗名は
橘永やす(たちばなのながやす)。
若くして(26歳頃か)出家し、摂津の昆陽(伊丹市)や古曾部
(高槻市)に住んだと伝えられます。古曾部入道とも自称して
いたようです。
「数奇」を目指して諸国を行脚する漂白の歌人として、西行にも
多くの影響を与えました。
家集に「玄玄集」歌学書に「能因歌枕」があります。

「永やす」の(やす)は文字化けするため使用できません。
 
○あまくだる名

天界から降臨した神ということ。

天の川苗代水に堰き下せ天降ります神ならば神
                            (能因法師 金葉集雑下)

能因法師が伊予の国でこの歌を詠んだところ、雨が降ったという
故事を踏まえての歌です。

瀬戸内海、大三島の「大山祇神社」には、能因が雨乞いをした折に
幣帛を掛けたという楠の老樹があります。残念ながらほぼ枯れて
います。

○末の代

末法の時代ということ。
日本では1052年からだと言われています。時の天皇は第70代
後冷泉天皇、関白は藤原頼道の時代です。

○志いたりぬる

和歌を通して神仏への信仰、崇敬が最大に極まっていること。

○しるしあらたなる

神仏の霊験がはっきりしたこと。御利益のことです。

○若の浦

紀伊の国の歌枕。和歌山市の紀の川河口の和歌の浦のこと。
片男波の砂嘴に囲まれた一帯を指します。
和歌の神と言われる「玉津島明神」が和歌の浦にあります。
和歌に関しての歌で、よく詠まれる歌枕です。

○簾貝

簾貝(すだれがい)は浅海の海底の砂地部分に生息する二枚貝。
殻は大きいのは10センチ近くもあり、食用になります。
殻は簾状に段々になっていて、それが貝名の由来です。
吹上の浜では「拾える」ということですが、波打ち際の浜や
磯などで拾える貝ではなさそうですから、貝名を間違えた
可能性もありそうです。
あるいは平安時代の簾貝と現在の簾貝は違う種類の貝
なのかもしれません。

(01番歌の解釈) 

「天くだってここに鎮まります神ではあっても、名を吹上の神と
申しあげるならば、雨雲を吹きはらい、日の光をあらわし給え。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)

「このように書きつけたところが、すぐに風は西の風に吹き
かわって、たちまち雲はれ、雨やんで、うららかなよい日よりに
なった。今の世は末法の世で正しい法が行われぬ時であるが、
一生懸命になったことには神の霊験もあらたであったことに
対して人々も信心の心をおこして、吹上の浜、和歌の浦を思う
ように見てかえって行かれた。」
         (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

(03番歌の解釈)

「吹上の浜の簾貝は、簾を掛けるように波もかかれば、風も吹き
上げたり吹き下ろしたりするので、急いで拾うことにしよう。
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

今月中旬、愛媛県の生地での法事を済ませてから、フェリーで九州に
渡りました。佐賀関で下船してから由布院温泉。なんと雪が積もって
いて大分駅からの電車も30分の遅延。由布院は寒い所でした。
一泊して次の日に由布院の街を観光。由布岳山頂は吹雪いていました。
夕方から博多に向かって移動。由布院を少しはずれたら積雪はなく
暖かな日差しが降り注いでいて驚きました。
博多で一泊して、早朝から西鉄、地下鉄、徒歩で博多観光。
まずは大宰府天満宮。紅梅白梅共に早咲きのものはほぼ満開でした。
菅公を慕って飛んで来たという伝説のある「飛梅」も白い花を一杯に
付けていました。次いで香椎宮・筥崎宮・大濠公園・福岡城址・
櫛田神社に行きました。櫛田神社では河津桜も咲いていました。
どこもそれなりに由緒のある所で、歴史好きの私としてはまずまず
満足できる旅でした。

画像はブログに出しています。興味のある方はどうぞ。

http://blog.goo.ne.jp/rinkanzu

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  ◎ 「西行辞典」第293号 2014年02月28日発行 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
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     利用させていただいています。
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