西行辞典

西行辞典 第290号(140129)


カテゴリー: 2014年01月29日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・290(不定期発行)
                   2014年01月29日号

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           今号のことば    
            
               1 百首の歌 (02)
               2 兵衛の局 (01)

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       ◆ 百首の歌 (01) ◆

【百首の歌】

一人の歌人が百首の歌を詠むこと。または百首の作品の名称のこと。
現存する百首歌は中古三十六歌仙の一人である曽丹好忠の「好忠百首」
が一番古いと言われます。
曾丹好忠は生没年不詳ですが920年代の出生とみられています。

堀川天皇(1079~1107)の時に「堀川百首」ができました。これは
各歌人が百種の題で1首ずつ詠み一人で合計百首を納めています。
伝本によって歌人数は14名から16名と異同があります。
崇徳院主催の「久安百首」も、千載集の重要な資料となりました。
久安百首撰進の時に久安百首歌人の一人である藤原公能が自らの
歌原稿を西行に見せていることが山家集からも分かります。

山家集にある百首歌は、花・郭公・月・雪・恋・雑・述懐・無常・
釈教・神祇の10部に10首ずつ、合計百首があります。
ただし岩波文庫の述懐歌は9首しかありません。これは岩波文庫
山家集の底本である「山家集類題」でも欠落していますから、
岩波文庫山家集校訂者の佐佐木信綱博士のミスではありません。
欠落している述懐歌の1首は以下です。

 深き山は苔むす岩をたたみ上げて ふりにし方を納めたるかな
            (岩波文庫山家集欠落・新潮1511番)
            
山家集にある「恋百十首」も百首歌とみなして良いでしょう。
夫木抄には「恋百首」とあります。
それとは別に寂蓮の勧進に応じて詠んだ百首歌、自ら勧進した
「御裳濯百首」・「二見浦百首」があります。御裳濯百首は慈円、
二見浦百首は定家の歌が現存していますが、西行の三つの百首歌の
すべてが散逸しています。

この稿では百首歌各10首のうち一番初めの歌のみを紹介します。

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      百首の歌の中、述懷十首一首不足

07 いざさらば盛おもふも程もあらじはこやが嶺の春にむつれて
          (岩波文庫山家集190P雑歌・新潮1503番)

      百首の歌の中に無常十首

08 はかなしな千とせと思ひし昔をも夢のうちにて過ぎにけるには
         (岩波文庫山家集213P哀傷歌・新潮1513番)

○一首不足

先述したように「山家集類題」でも一首欠落しています。
「一首不足」の言葉は類題本にもあります。

○盛おもふ

西行の俗世における華やかな時代を言います。出家を決意していた
ことが分かりますが、在俗時代に詠んだ歌であるのか、あるいは
出家してから在俗時代を偲んで詠った歌であるのかはわかりません。

○程もあらじ

程が無いこと。間が無いこと。残り時間に余裕がないこと。

○はこやが嶺

中国で仙人が住むという想像上の霊山のこと。
ここでは鳥羽上皇の住む仙洞御所を指しています。

○千とせと思ひし

千年のこと。長いことの例えです。自分の前途が洋々と広がって、
長く続いていると思っていたということ。

○夢のうちにて

ふり返って眺めたら歩いてきた人生も一炊の夢のようにあっけなく、
瞬時のこととして感じられるということ。

(07番歌の解釈)

「さあ別れの時が来た。仙洞御所の花に馴れ親しんだあの花盛りの
頃を、そして自分の盛りを思うのも、あと僅かである。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(08番歌の解釈)

「まことにはかないことだ。千年も生きながらえたいと思っていた
昔をも、いつか夢の中のようにはかなく過ぎてしまった世は。」
            (新潮日本古典集成山家集より抜粋) 

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      百首の歌の中釈教十首
      きりきわうの夢のうちに三首

09 まどひてし心を誰も忘れつつひかへらるなることのうきかな
         (岩波文庫山家集221P釈教歌・新潮1533番) 

      百首の歌の中、神祇二首

10 めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影
        (岩波文庫山家集224P神祇歌・新潮1523番)

○きりきわうの夢

訖栗枳王(きりきおう)は釈迦の弟子の迦葉(かしょう)の
父親とのことです。

訖栗枳王の夢ー倶舎論にいう「訖栗枳王十夢」を指す。その
第一「大象」を詠む。大象の小窓からの脱出を出家に喩え、
身体は出て尾がつかえるのを父母妻子は捨てられても名利は
捨てきれなかった寓意とする。
                (和歌文学大系21から抜粋) 

○ひかへらるなる

象の尾が窓につかえるように煩悩によって俗世に引き留められる。
                (和歌文学大系21から抜粋)
衣を引っ張られたという意味。

○あさくら山

九州筑前の国の歌枕。現在の福岡県朝倉市を指すようです。
朝が暗いという意味で朝倉山の名詞が使われています。

歌に詠まれる朝倉山とは九州にある地を指す場合と、神楽歌の
「朝倉」を指す場合とがあります。この歌にある詞書は「神楽歌
二首」ですので、神楽歌の「朝倉」を念頭に詠われています。
神楽歌には別に「明星」もあり、この西行歌は「朝倉」よりも
「明星」に拠っていると言えるでしょう。「明星」は夕方から
始まる神楽が次第に進行して、実際の明星が出る頃に奏される
とのことですから、歌意と合致します。
下は「朝倉」の地名を詠った歌です。

 朝倉や木のまろ殿にわがをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ
               (天智天皇 新古今集1687番)

朝倉には661年、斉明天皇や中大兄皇子が百済救援軍を率いて九州に
下向した時の行宮である「朝倉宮」がありました。斉明天皇が崩御
されたのも、この朝倉宮です。

○あか星

明けの明星を言い、金星のことです。

(09番歌の解釈)

「父母妻子を捨てて出家した時のことは誰もが忘れてしまって、
名利を思う心によって結局大象が小窓に引き留められてしまう
ように、完全な出家を遂げられないのはつらい。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「釈迦の教えを聞くまでは惑っていた心を誰もが忘れてしまい、
その入滅後、異議をたて互いに衣を引かれて争ったということ
の憂くつらいことよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(10番歌の解釈)

「珍しいな。朝倉山の雲の辺りから神楽歌を慕うように明けの
明星が出てきた。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       百首歌の中に恋のこころをよめる

11 たのめぬに君くやと待つ宵のまの更けゆかで唯あけなましかば
         (岩波文庫山家集277P補遺・西行上人集・
       御裳濯河歌合・新古今集・月詣集・西行物語)

○君くやと

夜になって男性が女性を訪ねて行くという当時の恋愛事情に拠って
いる言葉です。
「君来るやと」のことで、「る」を省略した用法なのでしょう。
「あなたが来てくれるのではないだろうか?」という、かすかな
願望の言葉です。
岩波文庫山家集にもう一例の用例があります。

 雪深くうづめてけりな君くやと紅葉の錦しきし山路を
          (岩波文庫山家集101P冬歌・新潮531番)

○あけなましかば

(あけ)は「明く」に(まし)の未然形の「ましか」が接続した用法。
(ましか)は平安時代から使われだした言葉で、接続助詞の(ば)が
必ず付きます。
「もし…そうだったら」の意味です。
ここでは(夜があけてしまったらーー)ということです。

(11番歌の解釈)

「必ず訪ねると約束をして、たのみにさせていないのに、それでも、
もしかすると君が来るのではないかと、待っているこの宵が更けて
行かないで(更けて今来るか来るかと待つ苦しみがなくて)このまま
で、希望を持ったままで夜が明けたらよいのに。(約束をせぬ人を
待つ方が約束をした人を待つよりも、解放された朗らかさがある
からであろう。女の気持をよんだ歌。)」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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       新院百首の歌召しけるに、奉るとて、右大将
       きんよしのもとより見せに遣したりける、
       返し申すとて

12 家の風吹きつたへけるかひありてちることの葉のめづらしきかな
 (西行歌)(岩波文庫山家集179P雑歌・新潮933番・西行上人集)

  家の風吹きつたふとも和歌の浦にかひあることの葉にてこそしれ
    (藤原公能歌)(岩波文庫山家集179P雑歌・新潮934番)

○新院

崇徳院のことです。

○百首の歌

崇徳院が題を出して、14名の歌人に詠ませた久安百首歌のこと。
藤原公能も作者の一人に選ばれています。

○右大将きんよし

藤原実能の嫡男の藤原公能のこと。1115年生。1161年、47歳で没。
第76代近衛天皇と第78代二条天皇の二代の皇后となった藤原多子の父。
最終官位は右大臣正二位。西行より三歳年長です。

久安百首が成立したのは久安6年(1150年)であり、この時には
公能はまだ右大将ではなく公能の右大将任官は1156年のこと。
書写した人のミスではないかと思いますが、必ずしもミスとは言え
ないようです。
公能との贈答歌は岩波文庫203ページにもあります。

○家の風

徳大寺家の歌の特質的なことを言います。
ただし徳大寺家は公能の父の実能が興したものですから、家の風と
いうほどの歴史は無いと思います。実能以前にさかのぼって言って
いると解釈したほうが良いのかもしれません。
しかし家租である実能は金葉和歌集歌人、実能の父である公実は
後拾遺和歌集歌人でしたから、「家の風」でも良いのでしょう。

(12番歌の解釈)

「さすがに徳大寺の家風をよくお伝えになっていて、素晴らしい
歌をお詠みになられますね。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、
      いなびて、熊野に詣でける道にて、夢に、何事も
      衰へゆけど、この道こそ、世の末にかはらぬものは
      あなれ、猶この歌よむべきよし、別当湛快三位、
      俊成に申すと見侍りて、おどろきながら此歌をいそぎ
      よみ出だして、遣しける奧に、書き付け侍りける

13 末の世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし
      (岩波文庫山家集187P雑歌・新潮欠番・新古今集)

○寂蓮

生年は未詳、没年は1202年。60数歳で没。父は藤原俊成の兄の
醍醐寺の僧侶俊海。俊成の猶子となります。30歳頃に出家。
数々の歌合に参加し、また百首歌も多く詠んでいます。御子左家
の一員として立派な活動をした歌人といえるでしょう。
新古今集の撰者でしたが完成するまでに没しています。家集に
寂蓮法師集があります。

○いなびて

拒絶、否定を表すことば。
(いな)は否。(び)は接尾語。(て)は助詞。

○あなれ

(ありーなり)が変化して(あんーなり)となったもの。(あん)
は(有り=あり)の音便形。(なれ)は(なり)の活用形。
(あなれ)は(あんなれ)の(ん)を表記しない形です。
意味は「有る=ある」「あるだろう」と同義に考えていいと思います。
「あなれ」という言葉は源氏物語をはじめ、徒然草などにも用例が
多数あります。

○別当湛快三位、俊成に

岩波文庫山家集にたくさんあるミスのひとつです。
西行の時代は句読点はありませんでした。別当湛快は三位では
なく俊成が三位ですから、ここは「別当湛快、三位俊成に」と
なっていなくてはなりません。
 
○別当

官職の一つで、たくさんの別当職があります。さまざまな職掌に
おける長官が別当です。
寺社で言えば、東大寺、興福寺、法隆寺、祇園社、石清水八幡宮
などの最高責任者を別当といいます。醍醐寺や延暦寺は別当の
変わりに「座主」という言葉を用いていました。
熊野別当は熊野三山(三社)を管轄していました。

○別当湛快(べっとうたんかい)

第18代熊野別当。1099年から1174年まで存命と見られています。
1159年の平治の乱では、熊野参詣途上の平清盛に助勢しており、
平治の乱で清盛が勝利した原因の一つでもありました。
21代熊野別当となる湛快の子の湛増は、初めは平氏の味方でした
が、後に源氏側について熊野水軍を率いて平氏追討に活躍して
います。
西行は熊野修行などを通じて湛快、湛増父子とは面識ができた
ものと思われます。西行高野山時代に湛増も住坊を持っていた
とのことですので、湛増とは親しくしていた可能性もあります。

○末の世・末の代

末法の支配する世のこと。

「仏教の歴史観。釈迦入滅後、正法、像法に次ぐ末法の時期には
仏教がすたれ、教えのみあって行ずる人・悟りを得る人がないと
する思想。日本では永承七年(1052)がその始まりであるとして、
当時の社会不安と相まって平安末から鎌倉時代に流行し、浄土教
などの鎌倉新仏教の出現につながった。」
            (講談社「日本語大辞典」より引用)

1052年の天皇は後冷泉天皇、関白は藤原頼道です。
藤原頼道が宇治の別荘を平等院としたのもこの年の事です。
末法の時代に入ったということは当時は良く知られていて、
平等院の鳳凰堂は死後の極楽浄土を祈念して阿弥陀如来が本尊と
なっています。

(13番歌の解釈)

「衰えて行く末の世でも、この風流の道のみは変わらないと見た
夢がなかったならば、この百首のこともよそ事に聞き流して
しまったであろう。」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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      恋百十首

14 思ひあまりいひ出でてこそ池水の深き心のほどは知られめ
           (岩波文庫山家集156P恋歌・新潮1241番)

○いひ出でて

気持、感情を言葉にして伝えること。 

○池水

関係ないような言葉ですが、「深き」を導き出すための言葉として
使われています。

(14番歌の解釈)

「こらえきれなくなって伝えて初めて、あなたにもわかるのでしょう。
私がどんなに深い思いをあなたに抱いているのかが。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 兵衛の局 ◆

【兵衛の局】

生没年不詳、待賢門院兵衛、上西門院兵衛のこと。
源顕仲の娘で堀川の局の妹。待賢門院の没後、娘の上西門院の女房と
なりました。
上西門院は1189年の死亡ですが、兵衛はそれより数年早く亡くなった
ようで1184年頃に没したと見られています。没したときには80歳を
越えていたものと思われます。
西行とはもっとも親しい女性歌人といえます。
自選家集があったとのことですが、現存していません。

 かぎりあらむ道こそあらめ此の世にて別るべしとは思はざりしを
            (上西門院兵衛 千載和歌集484番)

誰とははっきり知られないけど、兵衛の局の可能性がある贈答歌も
取り上げておきます。

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      待賢門院の中納言の局、世をそむきて小倉の麓に
      住み侍りける頃、まかりたりけるに、ことがら
      まことに優にあはれなりけり。風のけしきさへ
      ことにかなしかりければ、かきつけける

01 山おろす嵐の音のはげしきをいつならひける君がすみかぞ
     (西行歌)(岩波文庫山家集135P羈旅歌・新潮746番・
           西行上人集・山家心中集・西行物語)
 
     哀なるすみかをとひにまかりたりけるに、此歌を
     みてかきつけける

02 うき世をばあらしの風にさそはれて家を出でぬる栖とぞ見る
    (兵衛局歌)(岩波文庫山家集135P羈旅歌・新潮747番・
           西行上人集・山家心中集・西行物語)

○中納言の局

待賢門院の落飾(1142年)とともに出家、待賢門院卒(1145年)
の翌年に門院の服喪を終えた中納言の局は小倉に隠棲したとみな
されています。
西行が初度の陸奥行脚を終えて高野山に住み始めた31歳か32歳頃
には、中納言の局も天野に移住していたということになります。
待賢門院没後5年ほどの年数が経っているのに、西行は待賢門院の
女房達とは変わらぬ親交があったという証明にもなるでしよう。

中納言の局は215Pの観音寺入道生光(世尊寺藤原定信、1088年生)
の兄弟説があります。それが事実だとしたら西行よりも20歳から
30歳ほどは年配だったのではないかと思います。金葉集歌人です。

○世をそむきて

出家することです。在俗ではなくなったということ。
待賢門院は1142年に落飾していますが、それに殉じて堀川の局と
中納言の局は落飾して尼となり、待賢門院没後一年間は三条高倉第
で喪に服してから、その後に中納言の局は小倉山の麓に隠棲した
ものでしょう。

○小倉の麓

京都市右京区小倉山の麓のこと。

○まかりたり

尋ねて行くことです。

○優にあはれなり
 
痛ましいほどに哀感を誘い情趣が深いということ。

○嵐の音

強く吹く風の音。嵐山の嵐に掛けています。

(01番歌の解釈)

「小倉山から吹きおろす嵐の音の激しさに堪え、いつの間に住み
慣れるようになったあなたのお住居なのでしょうか。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02番歌の解釈)
 
「憂きこの世には「あらじ」と、嵐の風の吹くままに誘われて
出家し、ここ嵐山の麓に結んだ庵と見ることです。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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  (後記)

今年もすでに一か月ほどが過ぎ行きました。
明後日の31日は旧暦の元旦です。2月4日が立春ですから、今年は
旧暦の年が明けてからの立春になります。新年立春です。
もともと年内立春と新年立春の確率はほぼ半々程度ですから、年内
立春も2年に一度ほどの割合であります。
それにしても、年があけないうちに春になるとは面妖な…という、
おかしな感覚に捉われます。そのおかしな感覚を在原元方は
下の歌にしています。

年のうちに春は来にけり ひととせをこぞとやいわん ことしとやいわん
                    (在原元方 古今集01番)

風邪を引いて数日臥せっていました。風邪に対して警戒はしていた
のですが、この数年は罹患しなかったために、どこかで安易に考えて
いたのかもしれません。もともと呼吸器系は弱く、肺炎で2か月の
入院経験もあります。罹患しないように心したいものです。

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