海外ミステリ通信

『海外ミステリ通信』2017年3月号


カテゴリー: 2017年03月15日
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              月刊 海外ミステリ通信
          第121号 2017年3月号(隔月15日配信)
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★今月号の内容★

〈特集〉       ミステリで知る米国――カリフォルニア州 
〈邦訳新刊レビュー〉 『聖エセルドレダ女学院の殺人』
〈レポート〉     ジョー・ネスボ氏トークショーに参加して

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 ■特集 ── ミステリで知る米国――カリフォルニア州
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 トランプ米国大統領の就任以来、世界中がその発言に注目している。オバマ前大統
領とは大きく異なる姿勢に驚きを隠せないが、米国内での支持率が意外に高く、それ
にも当惑している。海外ミステリファンの読者なら米国への関心も高いはず。これま
で本、テレビドラマ、映画などから米国を知っているつもりになっていたが、わたし
たちの描いていた米国という国への認識は正しかったのだろうか。
『海外ミステリ通信』では今月から不定期の企画として、米国を舞台にしたミステリ
を州ごとに読んで米国を更に深く知り、その本質を見いだしていきたいと思っている。
第1弾は米国内でも日系移民が1番多く住んでいるカリフォルニア州が舞台のミステ
リだ。

『カリフォルニア・ガール』 "CALIFORNIA GIRL"
 T・ジェファーソン・パーカー/七搦理美子訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫/2008.03.15発行 952円(税別)
 ISBN: 9784151758546

《ジャニルとベッカー兄弟を結びつけていたもの》

「あたしはジャニル・ヴォンで、あのひとたちはあたしのお兄ちゃんなの」
 これは、1954年に5歳だったジャニルが、10代のディヴィッド、ニック、アンディ
たちベッカー兄弟に初めて会ったときに好奇心にみちたまなざしを浮かべながら言っ
たことばだ。そのとき、ベッカー兄弟は、ジャニルの兄たちと果し合いをして勝った
ところだった。だが、その直後にベッカー兄弟がジャニルの姿を再び目にしたとき、
ジャニルの目は腫れてまわりが黒ずんでいた。ベッカー兄弟に負けた腹いせに兄たち
から殴られた痕だった。
 1963年、牧師となっていたディヴィッドの教会に現れた14歳のジャニルは兄たちか
ら性的暴行を受け、すでに麻薬と酒におぼれていた。警官となっていたニックがその
兄たちを逮捕し、新聞記者となっていたアンディがその記事を報じ、ディヴィッドは
ジャニルを医者に通わせ、悪癖から立ち直らせて学校に復学させた。
 1968年、カリフォルニア州オレンジ郡という名の示す通り、かつてはたくさんあっ
たオレンジ畑は宅地造成のために大部分がなくなり、使われなくなったオレンジの出
荷工場は放置されたままになっていた。その工場の中で、頭部を切断されたジャニル
の遺体が見つかった。そのとき、ジャニルは19歳だった。
 偶然にも、捜査を担当することになったニックにとって、この事件は殺人課の刑事
になって初めて指揮する事件となった。捜査が進むと、思いもよらないジャニルの秘
密が数多く出てきた。高級住宅に住み、多額の預金があるのは、なぜなのか? 学校
に復学して麻薬をやめていたはずなのに、マリファナを常用していたらしい形跡があ
るのはなぜなのか? 当時は、証拠品から血液型は特定できたが、DNA鑑定はまだ
行われていなかった。そして、指紋照合も目視で行っていた。それでも、さまざまな
証拠から犯人を突き止めて逮捕した、はずだった。
 だが、36年たった「現在」、66歳の元警官ニックは弟で62歳の元新聞記者アンディ
から、ジャニル殺害の真犯人は別にいると聞かされる。
 それでは、いったい、ニックたちの捜査は何をまちがえたのか? 何がきっかけで、
アンディは真犯人を見つけることができたのか? そして、真犯人はだれで、なぜ、
ジャニルはあのような無残な形で殺害されたのか? 
 本書はジャニル殺害の真相を追う物語であると同時に、ジョン・F・ケネディ暗殺
やベトナム戦争、副大統領をつとめ、カリフォルニア州知事選に出馬し敗れたころの
ニクソンのこと、多用される薬物、同性愛、ジョン・バーチ協会など、さまざまな時
代背景を織り交ぜながら、ニックたちベッカー兄弟の人生を深く語る物語でもある。
 600ページを超える大著でありながら、飽きることなく読み進められるのは、決し
て聖人君子ではない登場人物たちの人間味あふれる性格のためかもしれない。
 初めて会った時に、ベッカー兄弟がジャニルを見て受けた印象と、小さかったジャ
ニルがベッカー兄弟に抱いた思いはとても強烈なものだった。それが一生涯彼らの心
の中に存在しつづけて彼らを結びつけていたから、ジャニル殺害の真犯人を見つけ出
すことができたのかもしれない。
                                (石田浩子)

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『州知事戦線異状あり!』 "THE ONE MINUTE ASSASSIN"
 トロイ・クック/高澤真弓訳
 創元推理文庫/2009.09.30発行
 ISBN: 9784488115039

《州知事選挙に出馬した姉が命を狙われた! 私立探偵ジョンが取った行動とは?》

 ジョン・ブラックはロサンゼルスの私立探偵だ。ブラック王国をしのぐのはケネデ
ィ一族だけとまでいわれるブラック家の御曹司で、母のバーバラは上院議員、姉のエ
レオノールはロサンゼルス市長である。ジョンも政治家になるように期待されて育て
られたが、政治家の汚職やごまかしを見てきたせいで政治が大嫌いになり、相棒のハ
ーリーとともに探偵稼業にいそしんでいる。
 そんなある日、エレオノールの娘ヒラリーから電話がかかってくる。その朝、誰か
がエレオノールを暗殺しようとしたというのだ。姉はカリフォルニア州知事選挙に出
馬し、有力候補と見られている。投票日まであと半月。誰が姉の命を狙ったのか。ジ
ョンは目立たぬように姉の身辺を見張り始めるが、エレオノールは再び狙われて意識
不明になり、ヒラリーも狙われる。政界とは一線を画してきたジョンだが、敬愛する
姉の命を危険にさらし、大切な十代の姪を怯えさせ、めったなことでは動じない母を
心配させた真犯人をつきとめるべく、政治家やロビイストの実態に迫っていく。そし
て、誰も予想しなかった奇策を取る。
 エレオノールを襲う実行犯と黒幕は誰なのか、犯行の動機は何なのか、読者には初
めから明かされている。そのため、犯行の謎を解くのに頭をひねることはないが、登
場人物がみな強烈な個性の持ち主なので、個々の言動に笑ったり、呆れたり、声援を
送ったりしながら、最後まで楽しめる。
 登場人物の個性も様々だが、彼らの暮らしも様々だ。ロサンゼルスの超高級住宅地
ベル・エアーの中でも最上の部類に入るエレオノールの邸宅、ロサンゼルス郊外の自
然豊かな丘陵地帯に立つ小さくても居心地のよいジョンの家、実行犯が暮らす下町の
雑然とした部屋。それぞれの描写からは、同じカリフォルニア州でも、住宅や自然の
環境が大きく異なることが察せられる。
 また、エレオノールを含む現職の政治家以外に、テレビの人気俳優、プロレスラー、
ラッパーなどもあわせると百名を超える候補者が出馬した州知事選挙について、「カ
リフォルニアは有名であれば誰であろうが喜んで選ぶところ」と書いてある点は、か
つての州知事を念頭に置いて、州民の特徴を端的に表しているようにも思える。
 最後にジョンの取る奇策は、カリフォルニアの選挙の歴史や条例に由来している。
作者が本書の舞台をカリフォルニアにした最大の理由はそこにあるのかもしれないと
想像し、抱腹絶倒の物語の終盤で示される伏線に感心した。
                               (杉山まどか)
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『ロサンゼルス・ミステリー』"MURDER IN LOS ANGELES"
 ビル・アドラー編/小菅正夫訳
 新潮文庫/1988.01.15発行 
  
《ロサンゼルスを舞台に、そこに住む人たちが呼びよせる犯罪が8件》

 カリフォルニア州最大の都市、ロサンゼルス。そこには人も多く集まり、さまざま
な人がいればそれぞれの思いが錯綜し、殺人に発展してしまうこともあるだろう。本
短編集には、ロサンゼルスを舞台にした殺人事件が8編、収められている。
 ジョン・L・ブリーンの「スター狂」では、ハリウッド大通りの“名声の歩道”で
死んでいた男のポケットから、レーチェルの名刺が見つかったことで、彼女も事件に
関わることになる。被害者は彼女の経営する古書や稀覯本を扱う書店を訪れ、ある映
画監督の自伝を探していた。レーチェルはそこに手がかりがあるかもしれないと考え、
友人で刑事のホームズに協力する。事件の背景には、1950年代のアメリカで、映画界
にも暗い影を落としたある出来事があった。
 W・C・ゴールドの「キルマン絨毯殺人事件」では、元ボクサーでいまは探偵をし
ているピェールが、自宅からキルマン絨毯を盗まれたので探してほしいとの依頼を受
ける。依頼主のホイットニーは、ビヴァリーヒルズ・ハイスクールに通う娘ジャニス
が盗んだのではないかと疑っていた。娘といっても養女だというが、ホイットニーは
彼女のことを“うそつき”呼ばわりしており、いまは家出中だという。まもなく、彼
女がサンタ・モニカの海辺で目撃されたとの情報を得るが、その後すぐに、依頼主の
ホイットニーは死体で発見される。絨毯の盗難と殺人事件に関係はあるのだろうか? 
娘はなぜ、母親からうそつき呼ばわりされていたのか? 事件が結末を迎えたとき、
ピェールは仕事の記録を焼き捨てる。そうせざるを得なかったピェールの気持ちも理
解できるほど、母と娘の置かれていた状況はつらいものだった。
 M・R・アンダーソンの「ドリーム・ハウス」では、マーラという女性を探すニッ
クが人違いでべつの女性を殺し、その死体をアンが発見するところから話がはじまる。
アンはハリウッド・ヒルズのど真ん中に理想の家を買い、適度にプライヴァシーが保
たれているここでの生活に満足していたが、この出来事をきっかけに、悪夢のなかを
さまようことになる。
 映画の都であるハリウッドを抱えるところだけに、何かしら映画に関わるエピソー
ドが盛り込まれた作品ばかりだが、先に紹介した「キルマン絨毯殺人事件」とともに
やや毛色のちがうものが、ウィリアム・F・ノランの「海賊入江の月」だ。ロサンゼ
ルス郡保安官事務所の顧問を務める超能力者が、猟奇的な殺人事件の解決に協力する
という、一風変わった設定の1作で、カリフォルニア州だけでなくアメリカという国
は、様々な習慣や伝統を持つ多種多様な人々で構成されていることがよくわかる。
 30年ほどまえの短編集なので、やや古さを感じさせるところもあるが、殺人事件の
解決は楽しめるし、同時に、ちょっとした観光気分も味わえ、読み応えのある1冊だ。
                               (吉野山早苗)
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 ■ 邦訳新刊レビュー
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『聖エセルドレダ女学院の殺人』"THE SCANDALOUS SISTERHOOD OF PRICKWILLOW 
PLACE"
 ジュリー・ベリー/神林美和訳
 創元推理文庫/2017.01.13発行 1,100円(税別)
  ISBN: 9784488268046

《寄宿学校の少女たちは死体を隠し、おとなたちを相手に大芝居を打つ》

 1890年のイングランド。ケンブリッジ州イーリーにある寄宿学校の聖エセルドレダ
女学院には、7人の少女が在籍している。そこでは毎週日曜日に、プラケット女校長
と彼女の弟ミスター・ゴッディングとともに、生徒たちが料理をしたディナーをとも
にするのが習わしになっていた。しかし5月のある日曜日、ディナーのさいちゅうに
校長とミスター・ゴッディングが相次いで倒れる。少女たちは冷静に、ふたりは殺さ
れたと判断するが、警察には知らせずに死体を野菜畑に埋め、何事もなかったように
学校生活をつづけることにする。彼女たちには、家に帰りたくない事があったのだ。
 少女たちがこの学校に入れられたのは、親の都合で体よく“厄介払い”されたから
だった。事件が公になったら学校は閉鎖され、家に送り返されることになるだろう。
家に帰るなんて論外だし、いまや7人はお互いを、家族以上の存在と思っている。そ
こで彼女たちは、策を講じる。インドに住む校長の甥がマラリアにかかったとの連絡
があり、校長はショックで寝込んだことにし、ゴッディング氏はその甥のもとに駆け
つけようと船上の人になったと、周囲に言いつくろったのだ。ただし校長は何かと人
と会う機会も多いため、少女のひとりが変装をして校長になりすまし、この状況を乗
り切ろうとする。一方で、校長とその弟はどうして殺されることになったのかも探る。
そんなとき、思いがけない人物の登場で7人は窮地に立たされる。
 ディナーの席で死んだふたりを畑に埋める少女たち。まちがいなくぞっとする状況
だ。それなのに陰惨な感じはまったくなく、それどころか淡々とすすむストーリーに
は、くすりと笑わせられるところがそこここに出てくる。しかし、本書は単なるユー
モアあふれる少女探偵ものに留まっていない。校長が死んだあと、「わたしたちはみ
んな、なりたい自分になれる」と、少女のひとり、アリスは宣言する。“学校”とは
いえ、1890年という時代では女子は学問よりも、世間が望む理想の女性になるための
モラルや礼儀作法を教え込まれるのが常だった。そんななかにあって、7人の少女た
ちは自分たちの生きたいように生きていきたいと願っていた。家からも学校からも抑
圧されている少女たちのそんな強い思いが、この作品の最初から最後まで貫かれてい
て、読み応えをいっそう増している。
 本書は2014年にアメリカで発表され、ウォール・ストリート・ジャーナルによる最
優秀児童図書に選出されたり、オーディオブック版がアメリカ図書館協会からはオデ
ッセイ賞のオナー賞(次点)を授与されたりと、高く評価された。ドイツ、イギリス、
ブラジルでも出版されている。
                               (吉野山早苗)
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 ■ ジョー・ネスボ氏トークショーに参加して
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《著者の作品を悶絶しながら読んでいる日本の読者に、著者自らが語った1時間》

 2月26日、晴天の土曜日、八重洲ブックセンター本店で開催されたジョー・ネスボ
氏のトークショーに参加した。前日の25日にはノルウェー大使館で堂場瞬一氏とのト
ークセッションを行ったネスボ氏は、笑顔で登場。聴き手の三橋曉氏と参加者からの
質問に、ネスボ氏が英語の通訳を介して回答する形で進んだ。
 ノルウェーではミステリ小説はどのくらい読まれているのかという質問に対して、
自著の売れ行きから推測すると、人口の2割程度が犯罪小説を読んでいて、そのうち
8割は女性ではないか、女性のほうが本を読むのは世界的な傾向ではないかと答えた
のち、北欧では犯罪小説は伝統のあるジャンルとして確立されていると言葉を継いだ。
犯罪小説がそのような評価を受けているのは、スウェーデンのマイ・シューヴァルと
ペール・ヴァールー(〈マルティン・ベック〉シリーズの共著者)の貢献が大きいと
の発言に、大きく頷く参加者の姿が少なからずあった。
 ミステリのほかに児童小説も書いているが、どんな子どもだったのかという質問に
は、サッカー選手になりたかったごく普通の子どもで、「森の中での素敵な出来事に
ついて自由に書きなさい」という課題が出されると「みんなで森に行きました。誰も
生きては帰ってきませんでした」といった作文を書いて、先生から心配されるような
子どもだったというエピソードが披露され、会場のあちこちから笑い声が漏れた。親
戚の大人たちが皆、物語好きで、特に父(読書家で本の収集家)は巧みなストーリー
テラーで、母は図書館の司書だった、大人たちの語ってくれる物語で分からないこと
があると質問する子どもだったとのこと。また、5、6才の頃、父の本棚から本を選
んで父に読んでもらっていたが、ある日、豚の生首が表紙に描いてあり、飛行機があ
る島に墜落して、その飛行機に乗っていた子どもたちが島で暮らし始めるという粗筋
が裏表紙に書いてある本を選んだ。父に、この本でいいのかと聞かれて、読んでもら
ってから、どう思ったかと聞かれたので「ペースがゆるい。でも2作目はもっといい
物語になるだろうね」と答えたという。その本はのちにノーベル文学賞を受賞したウ
ィリアム・ゴールディングの『蠅の王』だった、もっともこの話は父からの伝聞なの
だがというエピソードも続き、作家になるべくしてなった人なのだろうと感心した。
 作家以外に、この先なってみたい職業はとの問いには、作家が天職だと思っている
とのこと。三橋氏から、作家になる以前にほかの仕事をされているので、この先、別
の仕事を始めて小説を書かなくなるのでは?と心配していたが安心したとのコメント
があると、ブルース・スプリングスティーンは、好きなことをしてお金をもらえて幸
せだと歌っているが、自分の場合は、毎朝起きると、好きに物語を書いてお金がもら
えて幸せだと思う、と言ってネスボ氏は満面の笑みを浮かべた。
 影響を受けた作家はトウェイン、ブコウスキー、ケルアックなど。父の影響で米国
の小説をよく読んだが、手近にある本や友人が勧める本を何でも読んだ。ミステリ作
家なのでミステリの古典を読んでいるのでは? 米国ならチャンドラーでは? と聞
かれることがあるが、実はそれほど好きではなく、数冊読んでジム・トンプスンのほ
うがずっと面白いと思った。ジム・トンプスンは大好きだが、犯罪小説はあまり読ま
ない。フランク・ミラーも好きで、90年代はバットマンやシン・シティのシリーズな
どグラフィックノベルをよく読んでいたが、とにかく何でも読むとの答えに、広く読
まれるということですねと三橋氏が感想を述べると、そうだと答えていた。
 デビュー作(警官〈ハリー・ホーレ〉シリーズ第1作『ザ・バット 神話の殺人』)
の舞台がオーストラリアで、北欧の作家なのに驚いたという言葉を受けて、オースト
ラリアで第1作を執筆した経緯が語られた。作家になる前、株式仲買人の仕事をして
いたが、夜は趣味でバンドをやっていた。そのバンドが売れてしまって、会社の仕事
と兼業で楽しかったはずが、ストレスになり、嫌になった。バンドから離れ、会社か
ら半年の休暇をもらって、友人とオーストラリアに出かけた。彼が半月で帰国したの
ち、持参していたパソコンで物語を書き始めた。学生時代の友人が編集者になってい
て、あなたがバンドで書いていた歌詞がよかったから何かまとまったものを書いたら
送ってみてと言われていたので、試作品のつもりで送ったのが『ザ・バット 神話の
殺人』。ところがそれを出版すると言われてしまい、手を入れたいから戻してほしい
と頼んだが、返してもらえず、そのまま出版されたとのこと。
 ネスボ氏のウェブサイトを見ると、彼はサッカー選手を目指したが怪我でプロにな
るのを諦めたのち、軍隊を経て、名門ノルウェー経済大学に進学した経歴をもつ。会
社勤めをしながら、兼業のバンドも成功し、息抜きのつもりでとった休暇中に書いた
小説が、北欧の優れたミステリ小説に授与されるガラスの鍵賞を受賞。その後、刊行
される著書はいずれもノルウェーのみならず各国でベストセラーになり……と成功を
絵にかいたような半生だが、そのバイタリティーの源は何なのか、と目の前で終始微
笑んでいるネスボ氏を見ながら改めてぼんやり考えていたところ、ハリー・ホーレと
ネスボ氏について次のような質問があった。警官ホーレはある意味ステレオタイプに
思える。アルコール依存症で、仕事中毒で、女性にもてて、とっつきにくい人物で、
ネスボ氏にそういう面があるのではといった内容だった。なかなか答えにくい問いな
のではないかと思ったが、それまで同様、よどみなく答えが返ってきた。いわく、1
作目はシドニー、2作目(未訳)はバンコクが舞台で、3作目(『コマドリの賭け』)
以降オスロが舞台になる。2作目まではカメラの後ろから他の人の動きを見ていたホ
ーレが、3作目からカメラの前に出てきたように感じる。彼は日頃、自分のことを警
察ではアウトサイダーだと思っていて、実際そうなのだが、それでも社会の構成員で
はある。事件を解決しても満たされず、心情としては追いかけている犯罪者に近い。
だがこういう思いを持っている人々は多いのではないか。それなのに、なぜ懸命に仕
事をしたり、何かに打ち込んだりするのか。それは「あなたにしかできない」と期待
されるからだろう。「あなたにしかできない」と言われて「自分にしかできない」と
思ったら、何でもやってしまうのではないか。そうして何かを達成しつつ、それでも
受け入れてもらえない限界を感じたりするのではないか。ネスボ氏はどの質問にも真
摯に答えていて好印象だったが、作中の人物の造型から踏み込んで、多くの人に共通
すると思われる心理に言及したこの回答に、とりわけ胸を打たれた。
〈ハリー・ホーレ〉シリーズの『スノーマン』(シリーズ第7作)がマーティン・
スコセッシの制作で映画化され、マイケル・ファスベンダーがホーレを演じるそうだ
が、著者からみてホーレ役にふさわしい俳優とはとの質問には、まず、長いこと断っ
てきたシリーズの映画化を承諾したのは、スコセッシだからだという答えがあった。
映画はとても強力なメディアで、人物の声も姿も固定されてしまうので、この俳優な
ら絶対によいということはないのではないか、ファスベンダーもよいと思うという話
だった。ニック・ノルティならと思ったこともあるが、原作者なので、他の観客のよ
うには映画化作品を観られないし(シリーズ外の作品『ヘッドハンターズ』は『へッ
ドハンター』として映画化されている)、映画化されたら、作家の手を離れた別物だ
と思うとのことだった。
〈ハリー・ホーレ〉シリーズがなかなか翻訳されないので(原書は第10作まで刊行
されているが、翻訳されているのは第1、3、4、5、7作の計5作)、日本の読者
は悶絶しながらあなたの作品を読んでいるが、今後の刊行予定はとの質問には、ホー
レの新作より先に、シェークスピアの『マクベス』を現代風にした物語を来年刊行す
る予定であるとの回答があった。ペンギンランダムハウスが、作家を選んでシェーク
スピアの戯曲のどれか1作を元にした新作の小説を書かせるという企画を立ち上げて、
『マクベス』なら書きますと答えたら了承され、執筆中とのこと。プロジェクトの特
設サイトはあるが、70年代の雨ばかり降っているところが舞台で、どんどん殺人事件
が起こるという筋書きを著者から直接聞くと、シェークスピアの四大悲劇の1つで映
画化もされている戯曲がどのような物語になるのか興味津々になった。
 北欧ミステリでお勧めの作品はとの問いには、犯罪小説をあまり読まないので参考
にならないかもしれないが、北欧を代表するミステリ作家はヘニング・マンケルだろ
う、売り上げではスティーグ・ラーソンだが、北欧ミステリが世界に通じるドアを開
けたのはマンケルだと思う、ヨハン・テオリンもよいとのこと。
 また、児童小説とミステリとの書き分けはとの問いに対して、自分はストーリーテ
ラーだと思っていて、どんなアイデアに基づいて書くかによってジャンルが異なって
くるだけであると答えていた。その言葉には、子どもの頃から様々な文学を幅広く読
んできたという経緯や矜持が表れているように感じた。
 最後に、複雑な筋書きの物語は結末や伏線を構築してからでなければ書けないと思
うがという問いには、梗概を百ページ書いてから物語を書き始める、書き始めるとき
には、素晴らしい作品になると思って書いている。読者にトリックを仕掛け、予想を
裏切るように書く。今の読者は訓練を受けているかのように先を読めてしまうという
答えだった。ロッククライミングに凝っているというネスボ氏は心身ともに快調そう
だった。読者の予想を裏切って展開する物語を今後も創作し続けてくれるに違いない。
 2月には〈ハリー・ホーレ〉シリーズ第5作『悪魔の星』(『コマドリの賭け』、
『ネメシス 復讐の女神』に続くオスロ三部作の最終作)が刊行された。会場ではシ
リーズ第6作が遠からず翻訳されるといううれしいニュースも聞いた。ネスボ版『マ
クベス』も、〈ハリー・ホーレ〉シリーズやシリーズ外の作品も、児童文学も、ぜひ
翻訳してほしい。
                               (杉山まどか)
★〈ハリー・ホーレ〉シリーズ
『コマドリの賭け(上)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270102713/whodunithonny-22/ref=nosim
『コマドリの賭け(下)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270102721/whodunithonny-22/ref=nosim
『スノーマン(上)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087606740/wodunithonny-22/ref=nosim
『スノーマン(下)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087606759/wodunithonny-22/ref=nosim
『ザ・バット 神話の殺人』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087606880/wodunithonny-22/ref=nosim
『ネメシス 復讐の女神(上)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087607089/wodunithonny-22/ref=nosim
『ネメシス 復讐の女神(下)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087607097/wodunithonny-22/ref=nosim
『悪魔の星(上)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087607313/wodunithonny-22/ref=nosim
『悪魔の星(下)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087607321/wodunithonny-22/ref=nosim
★〈ハリー・ホーレ〉シリーズ以外の作品
『ヘッドハンターズ』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/406277657X/wodunithonny-22/ref=nosim
『ザ・サン 罪の息子(上)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087607240/wodunithonny-22/ref=nosim
『ザ・サン 罪の息子(下)』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087607259/wodunithonny-22/ref=nosim
『その雪と血を』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150019126/wodunithonny-22/ref=nosim
◇ジョー・ネスボのサイト
http://jonesbo.com/
◇シェークスピアの戯曲を現代的な物語に創作するプロジェクトのサイト
http://hogarthshakespeare.com/
◇本メールマガジン
〈100号記念特集 第3弾〉こんな「北欧ミステリ」もございます
http://archives.mag2.com/0000075213/20131115030000000.html?l=cav0ebca8c

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 翻訳ミステリー大賞シンジケート後援による翻訳ミステリーの読書会が、日本各地
で行われております。
 開催地、開催日等は下記(↓)でお確かめ下さい。
 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/archive?word=%2A%5B%A1%DA%BF%EF%BB%FE%B9%B9%BF%B7%A1%DB%C6%C9%BD%F1%B2%F1%A5%CB%A5%E5%A1%BC%A5%B9%5D
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■編集後記■
 FOXテレビで放送中のドラマ『レギオン』にはまっています。     (清)
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 海外ミステリ通信 第121号 2017年3月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂(フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:清野 泉
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