歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第456号


カテゴリー: 2017年09月21日
*******************平成29年9月21日発行****
      ◎ 
                          ◎  
    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第456号
            連動ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/ 
             ◎  
       ◎ 
***********************************

こんにちは、吉之助です。

本号でお届けするのは、先月(8月)歌舞伎座・納涼歌舞伎で上演された
野田秀樹の「野田版・桜の森の満開の下」は面白く見ましたが、これは
その観劇随想の、その第1回目です。巷の「桜の森の満開の下」論とはま
ったく違う、吉之助ならではの切り口をお楽しみください。なお本稿はサ
イトで連載中ですが、まだ完結しておらず、今後の展開は吉之助にも分か
りません。この先が気になる方は、サイトの方をチェックしてください。

「時代錯誤桜幻影」というタイトルは、お分かりの通り、これは本年
1~3月に初演された野田MAPの「時代錯誤冬幽霊」をもじったもの
です。この作品は、野田が亡くなった十八代目勘三郎へのオマージュ」
と語った作品でした。


ーーー<お知らせ>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○お知らせ:神奈川大学 生涯学習・エクステンション講座で
吉之助が「源氏物語」と歌舞伎についてお話をいたします。

『源氏物語』と日本の伝統文化 2回講座

2017年10月11日(水)(第1回)
     10月25日(水)(第2回)
     それぞれ13:00~14:30

場所:神奈川大学 KUポートスクエア(みなとみらい線みなとみらい駅)

詳細については神奈川大学の募集要項をご覧いただきまして
お申し込みください。よろしくお願いします。

http://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/2069/

(上のリンクから、講座の紹介ページに直接入れます。
 申し込み期間は、いちおう9月27日が締切りとなってます。)

1)吉之助が、神奈川大学 生涯学習講座に登場し、「源氏物語」と歌舞伎
についてお話をすることになりました。

2)今回の、講座名「『源氏物語』と日本の伝統文化」は、2回講座です。

第1回目(10月11日)は、源氏物語研究がご専門の、宇留田初美先生の
担当で、「源氏物語」に登場する舞楽についてのお話をしてくださいます。
「源氏物語」のなかで光源氏が舞楽・青海波(せいがいは)の舞を舞う場面
は、物語のなかでも特に印象的なものです。

第2回目(10月25日)を吉之助が担当して、歌舞伎になった「源氏物語」
ということでお話をいたします。

3)「源氏物語」はどこでも人気で、読解の講座は多いですが、「源氏物語」
に関連した伝統芸能についての講座となるとあまりないように思います。そ
の点でもちょっと変わった切り口から「源氏物語」を楽しめるのではないか
と思っています。

4)ご存じの通り、「源氏物語」からの直接的な劇化は、昭和26年3月歌
舞伎座の、舟橋聖一脚色の「源氏物語」、あの「花の海老さま」・十一代目
団十郎の光源氏による上演が初めてのことでした。だから歌舞伎と「源氏物
語」は、あまり縁が深いとは言えないわけです。江戸時代の戯作者の感性は、
「源氏物語」を上手く劇化することが出来ませんでした。むしろ「源氏物語」
のパロディである、柳亭種彦の「偐紫田舎源氏」(にせむらさきいなかげん
じ)との関連から読まねばなりませんが、それもこれもそれなりの理由があ
ってのことなのです。いつもとちょっと違う視点から、「源氏物語」を眺め
てみるのも、興味深いことではないでしょうか。

5)受講料・その他詳細については、神奈川大学の生涯学習講座をご覧いた
だきまして、神奈川大学のサイトからお申込みをお願いいたします。

神奈川大学の生涯学習講座(トップページ)
http://www.ku-portsquare.jp/
この場合は「源氏物語」と入れて検索してください。


ーーー<広告>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○お知らせ:吉之助3冊目の書籍本が出ました。。

お手にとってご覧いただき、是非お買い求めください。

「武智鉄二・山本吉之助編 歌舞伎素人講釈」

すべて「武智全集」未収録の論考です。吉之助が解説を付しました。
伝統とは何か、古典とは何かを考えるのに、最適な入門書です。

アルファベータブックスより全国有名書店にて発売中
価格:2,916円(税込み)

アマゾンへは下記から購入できます。
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4865980377/hnzk-22


ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


○時代錯誤桜幻影(ときあやまりてさくらのまぼろし)
          ~「野田版・桜の森の満開の下」論  第1回

平成29年8月歌舞伎座:「野田版・桜の森の満開の下」
中村勘九郎(耳男)、中村七之助(夜長姫)、市川染五郎(オオアマ)他


--------------------------------------------------------------------


1)野田歌舞伎のなかの「大衆」について

吉之助は野田秀樹とは同世代なので、その活躍はもちろんリアルタイムで耳
にしています。しかし、吉之助は野田演劇には疎くて、生で見たのは歌舞伎
座で上演されたものだけであることを記しておきます。吉之助の野田演劇に
ついての知識はそんな程度ですから、歌舞伎批評をやる者の戯言と思って、
まあお気楽にお読みください。

これまで見た野田歌舞伎三作品に疑問があるとすれば、それは主人公の心情
が大衆と重なっていないことであろうと吉之助は考えています。研ぎ辰も鼠
小僧も愛陀姫も、トリックスターの如く立ち回って大衆(あるいは世論)を
翻弄し、これを味方に付けようとします。大衆は気まぐれで、その時の気分
で行きあたりばったりの、無責任な反応を示します。大衆の気まぐれな反応
は、その時々の彼らの正直な反応ではあるのです。しかし、大衆の言動や行
動には、一貫性がありません。そして、この点が大事なところですが、大衆
のそのような反応は、最初は研ぎ辰など主人公が仕掛けて引き出したかのよ
うに見えてますが、実はそうではなかったことがだんだん分かってきます。
予想できない大衆の反応に、今度は主人公の方が振り回されて行きます。事
態はさらに捻じれ、よじれて行きます。こうして、結局、主人公は大衆から
も飽きられて、見捨てられます。十八代目勘三郎が初演した三作品に関して
は、すべてこの共通したパターンなのです。

野田歌舞伎三作品に関しては、主人公は、大衆と対立していると云わないま
でも、大衆の枠外にあります。主人公の心情は大衆と重なっていないと吉之
助は思います。研ぎ辰が「生きてえ、死にたくねえ・・」と言っても、それ
は観客と共有できるものになって来ません。だってそこに至るまで観客は大
衆の視点に立って研ぎ辰のドタバタ振りを笑って見ていたのですから。確か
に観客は最後の場面で研ぎ辰に同情するでしょう。これで観客は免責にされ
ていますが、主人公にとって最後まで大衆は他者です。ところで野田は、
「野田版歌舞伎」のあとがきのなかで、こんなことを書いていますねえ。

『「歌舞伎は大衆のものである」の問題は、そんなところにはない。卑怯な
言い方かもしれないが、それは「魂」の問題だと思う。(中略) 歌舞伎が
扱う「魂」は、大衆の「魂」であるべきだと思う。金や色恋に迷い、大きな
力に弱く、小さなことにおどおどし、人を嫉妬し、人を憎み、人を騙し裏切
り、そして 後悔し、それでも生きる「魂」である。悟りなど到底求めてい
ない「魂」である。』(野田秀樹:「野田版歌舞伎」・あとがき)

野田の言わんとすることは分かるけれども、野田は自分のスタイルにぴった
り合った歌舞伎観をまだ掴んでいないと感じます。「こんなの歌舞伎じゃな
い」と云われそうな予感に身構えたところが文章に感じられます。吉之助は
「野田版愛陀姫」初演当時の観劇随想に次のように書きました。

『出版されたばかりの「野田版歌舞伎」(新潮社)の「あとがき」で野田氏
が「歌舞伎が大衆のものであるかということは・卑怯な言い方かも知れない
が・大衆の魂があるかどうかという問題である」という趣旨のことを書いて
います。(中略)これは大事な点ですが、大衆は「魂」なんて用語は使わな
いのですよ。「魂」という用語には建前が入っています。それは「ええカッ
コしい」の言葉です。「魂」というのは武士が使う言葉です。それは体制側
の言葉なのです。大衆はやむにやまれぬその思いとか、引くに引かれぬその
辛さとか、思い切っても思い切られぬ切なさよとか、そう言うのです。「歌
舞伎素人講釈」ではそれらを「心情」と呼んでいます。もうひとつ、大衆と
言って焦点をボカしてしまわないで、個人の思いの強さをもっと前面に出す
ことですかね。個人の思いを集団の思いとして書くことです。野田氏が「歌
舞伎には個人の熱い心情がある」と書けるようになった時に野田版歌舞伎は
ホントの歌舞伎になることでしょう。』 (山本吉之助:「分裂した他者~野
田版・愛陀姫」)

「大衆」は、野田演劇の重要なキーワードだと思います。しかし、主人公の
心情が大衆と重なっていないのに、「歌舞伎の扱う魂は、大衆の魂であるべ
きだ」という理屈がどうして突然出て来るのでしょうか。これは不可解なこ
とです。「歌舞伎は大衆のもの」と云ってしまえば、反論の余地ないだろと
いう感じがしますねえ。野田自身も「卑怯な言い方かも知れないが」と書い
ていますから、論理の強引さを薄々感じてはいるのでしょう。そこをもう少
し突き詰めてもらいたいのです。

吉之助は、歌舞伎は個人の熱い心情のドラマであると定義しています。「歌
舞伎素人講釈」では、これを「かぶき的心情」と呼んでいます。それはあく
まで個人の心情ですが、それが徹底して個人的であることで、却って普遍性
を帯びて来るのです。そして観客ひとりひとりが共有できるものとなる。こ
れが歌舞伎の作劇手法なのです。

例えば「曽根崎心中」で「頼もしだてが身のひしで、騙されさんしたものな
れども、証拠なければ理も立たず、この上は、徳さまも死なねばならぬ。し
ななるが死ぬる覚悟が聞きたい、オオ、そのはずそのはず、いつまでも生き
ても同じこと、死んで恥をすすがいでは」とお初が叫ぶのは、まったくお初
個人の心情です。しかも本来大阪町人の共感を呼ぶはずがない遊女風情がそ
んなことを言うのです。ところが、そんな個人的な心情が、当時の大阪町人
の心情に火を付け、心中ブームになり、「恋の手本」とまで呼ばれることに
なりました。さらに時代を隔てた現代の観客までもどうして感動させること
になるのか、そこのところを考える必要があります。それは個人の熱い心情
が、普遍性を獲得しているからです。お初個人の心情が、観客ひとりひとり
の心情と重なるからです。

要するに観客が「研ぎ辰、可哀想・・」と云って涙するだけではそれは同情
であって、研ぎ辰にとって観客はまだまだ他者なのです。研ぎ辰の最後を見
て仇討の理不尽さに観客が懐疑を抱き、ちょっとだけでも憤りを感じるなら
ば、その時、主人公の心情が観客に届いたと云える。その時初めて 同情が
共感に変わります。ですから野田がホントの歌舞伎を書こうと云うならば、
個人の思いの強さをもっと前面に出すこと、集団の思いを個人のなかに託す
ることです。ただし吉之助は、野田にそれが出来ないとは思っていません。
手法さえ会得すれば、野田は歌舞伎を書けると吉之助は思っているのです。
例えば「オイル」での富士の次の台詞です。

『電話の向こうで人が溶けてあたしの耳に声が残った。石段に腰をかけてい
た人が溶けて、その石の上にその人の声だけが残ったように、あたしの耳に
声が残った。電話の向こうで十万人の人間が溶けて、十万人の声があたしの
耳に残った。残った声は幻?・・・このオイルが幻だというのなら、それで
もいいの。幻のオイルを補給して、どうしても幻の零戦を飛ばしてやる。ヤ
マト、もう一度教えて。復讐は愚かなこと?たった一日で何十万の人間が殺
された。その恨みは簡単に消えるものなの?一ヶ月しかたっていないのよ、
あれから。どうしてガムをかめるの?コーラを飲めるの?ハンバーガーを食
べられるの?この恨みにも時効があるの?人は何時か忘れてしまうの?原爆
を落とされた日のことを。』(野田秀樹:「オイル」・富士の台詞・
初演2003年4月)

「オイル」は復讐史観であるという批判を野田はかなり浴びたそうです。野
田は対談のなかで、サリン事件で息子を亡くしたお母さんが「オイル」を見
て、「よく書いてくれた、偉い人は綺麗なことしか言わないが、自分はそう
したい (復讐したい)」とアンケートに書いてきたと語っています。野田は、
「それ(復讐)は我々の意図するところではない、けれど僕には知性に対す
る信頼がまだあるし、あのお母さんは自分を抑える力をきっと持っているん
です」と語っています。これはまったくその通りなのです。富士の台詞は、
特異的に偏った個人的な心情であるからこそ、大衆と共有できる心情になり
得るはずです。このような心情からの台詞が書けるならば、野田氏は歌舞伎
が書けると吉之助は思うのです。しかし、これまでの野田歌舞伎三作品で結
局そうならなかったのは、大衆の扱い方に問題があるせいだと吉之助は考え
ています。野田演劇では余計な尾ヒレが多過ぎであるので焦点ブレして 、最
後に主題が浮かび上がってこないせいです。尾ヒレの多過ぎが野田演劇のフ
ォルムだということは分かっています。恐らく野田はシャイなのでしょう。
けれども 「オイル」で復讐を踏みとどまる知性へのメッセージを明確に送る
ことは、劇中で復讐を炊きつけてみた作家の責務でもありましょう。だから
芝居ではエンディングがとても大事なものになって来ます。途中が駄目でも、
エンディングが良ければチャラに出来る、芝居にはそういうものがたくさん
ありますね。

*野田秀樹:「野田秀樹 赤鬼の挑戦」~鴻英良との対談・「復讐へと向か
わないための知性」

そこで今回(平成29年8月歌舞伎座)での「野田版・桜の森の満開の下」
のことです。本作は昭和64年(1989)2月・日本青年館に於ける劇団
夢の遊眠社公演 で初演されたもので、表題は「贋作・桜の森の満開の下」
でした。「贋作」 は「がんさく」ではなくて、「にせさく」と読むんだそ
うな。本作は数ある野田作品のなかでも傑作の評価が高いもので、実際、観
客動員も飛びぬけて高かった作品です。故・勘三郎とは、いつか本作を歌舞
伎座で上演したいと話し合っていたと聞きます。今回は、それをふたりの遺
児が上演するという訳です。今回の「野田版・桜の森の満開の下」 上演に
当たり、野田は台詞を七五調にするなど、脚本に若干の改訂を施したようで
す(この件については後で触れることにします)が、吉之助の関心は、主人
公(耳男)の心情が大衆と重なって来るかどうかです。そこで、まずこの点
を検証して行きたいと思います


2)ヒダの顔

まず野田秀樹の「贋作・桜の森の満開の下」ですが、原作は坂口安吾の小説
「桜の森の満開の下」(昭和22年5月)及び「夜長姫と耳男」
(昭和27年6月)を原作としています。さらに前者に対する関連評論とし
て「文学のふるさと」(昭和16年7月)、後者に対する関連評論として
「安吾新日本地理~飛騨・高山の抹殺」(昭和26年9月)及び「飛騨の顔」
(同じく昭和26年9月)を踏まえておかねばなりません。

「贋作・桜の森の満開の下」は、芝居の筋の流れとしては「夜長姫と耳男」
から採っています。発端と結末を「桜の森の満開の下」から採っています
。さらに安吾の日本古代国家の成立過程に関する歴史的推理を取り入れて、
原作とはまったく異なる筋に大胆に仕立てています。ここがあらかじめタ
イトルに「贋作」を冠としていることの理由があるでしょう。「贋作」と
称するのは原作の冒涜だという非難に対して先手を打った申し訳であり、
自らの意図に沿って作品を大胆にアレンジ しようという宣言だと思います。
「にせさく」と読ませるのは、敢えて安っぽさを擬態しようということで
しょう。

そこで本稿では、吉之助は大衆の心情という視点から、野田秀樹の「贋作・
桜の森の満開の下」を分析しようと云うわけです。原作である安吾の「桜
の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」は、安吾の傑作として特に名高い二
作品です。どちらも観念的な寓話で、主人公 (前者は盗賊、後者では耳男)
の個人的な心情に迫ったものですが、そこに大衆の要素を見出すことは出
来ません。野田の芝居のなかの大衆の要素は、「安吾新日本地理~飛騨・高
山の抹殺」から来ます。野田秀樹は、評論に出て来る「ヒダのタクミ(飛
騨の匠)」を、小説「夜長姫と耳男」の耳男(ミミオ)に結び付けて芝居
に仕立てています。耳男はもともとは師匠を殺してヒダのタクミを偽った
者でした。(ただし原作に 師匠を殺す筋はありません。)しかし、耳男は
夜長姫とのやり取りのなかで、だんだん木像を作り上げることを真剣に考
えるようになります。この耳男が大衆の要素を最終的に背負うと当たりを
付けたうえで、まず「飛騨・高山の抹殺」のことを考えます。(なお安吾
は、ヒダのタクミと カタカナで書いています。)

安吾は自らを「タンテイ(探偵)」と称し、「安吾史談」など大胆な歴史
推理を披露した評論・エッセイをたくさん書きました。「安吾新日本地理」
でも、各地のルポをしながら歴史談義へしばしば深入りしました。これら
は後年の、作家を起用して旅の紀行文を書かせる雑誌の企画、例えば司馬
遼太郎の「街道を行く」シリーズなどの先駆けとなったものです。特に
「飛騨・高山の抹殺」の安吾の歴史談義は熱いものです。その筆致は旅行
エッセイの範疇から大きく逸脱し、吉之助はもしかしたら今読んでいるこ
の文章は「安吾新日本地理」ではなくて「安吾史談」だったか知らん? 間
違えたかな?と思って、読みながら本の表紙を確認し直したことが何度も
ありま した。それほど飛騨・高山に関する安吾の入れ込み様は熱いのです。

「飛騨・高山の抹殺」において、安吾は、日本書紀に見える日本武尊兄弟、
忍熊王兄弟や両面スクナなどの「兄弟神話」には、実は原型があったとし
ます。原型となった史実とは、いわゆる壬申の乱で、本来は日本の正式な
首長を継ぐべき高貴な人(天智天皇の息子である大友皇子)が、天智天皇
の弟である大海人皇子(後の天武天皇)に殺されたことであると推理 しま
す。兄弟神話は、このような肉親間の争いが歴史のなかではしばしばあっ
たことで、大したことではないとするために作られたと云うのです。現天
皇家は実はヒダ王朝の出身であった。つまり日本はヒダから始まった。壬
申の乱の戦闘は、日本書紀にあるように美濃や近江で行われたものではな
く、実はヒダで行われた、この事実を隠蔽するために、ヒダは歴史から消
し去られたと安吾は推理します。

安吾の推論については吉之助はびっくりで、「ああそうですかあ、そんな
ことも考えられるかもですねえ・・・」ということくらいしか言えないの
で、本稿で真偽を論じるつもりはありません。歴史学 の専門家の間では 
安吾の推理はどう評価をされているのでしょうかねえ。しかし、現在でも
歴史ファンには安吾の歴史推理は興味をそそるものであり続けています。
やはり飛騨・高山には何かがあるのかも知れません。それにしても「飛騨・
高山の抹殺」は、ほとんど日本古代史疑という感じに終始する異様な読み
物です。最後に他店の悪口を盛んに云って自分の店の安物を売りつけよう
とする土産物屋のルポ的な文章がちょっと出て笑えるくらいです。これじ
ゃあ「新日本地理」 ではないじゃないかと云いたいほどです。安吾は、ヒ
ダのタクミについて次のように書いています。

『ヒダのタクミには名前がない。タクミはヒダのあたり前の商売のせいか、
米やナスをつくる百姓が作者としての名を必要としないように名を必要と
しないらしい。かかる本質的な職人が名人になると、怖しい。濁りも曇り
もありません。その心境にも曇りなくムダな饒舌がなく、そして、その心
境と同じように技術が円熟して、まことにどこにもチリをとめないという
のがヒダの名人の作です。それが国分寺の薬師と観音ですよ。アア美しい、
と云えば、それで尽きてしまうぐらい、カゲリと多くの観念とが洗い去ら
れているのです。』(坂口安吾:「安吾新日本地理~飛騨・高山の抹殺」
(昭和26年9月)

同じ時期に書かれた評論「飛騨の顔」は、「飛騨・高山の抹殺」とまった
く同じ題材を扱っており、補足し合う関係にあります。ここからもヒダの
タクミの部分を挙げておきます。

『作者の名が考えられないということは、芸術を生む母胎としてはこの上
もない清浄な母胎でしょう。彼らは自分の仕事に不満か満足のいずれかを
味いつつ作り捨てていった。その出来栄えに自ら満足することが生きがい
であった。こういう境地から名工が生れ育った場合、その作品は「一ツの
チリすらもとどめない」ものになるでしょう。ヒダには現にそういう作品
があるのです。そして作者に名がない如く、その作品の存在すらも殆ど知
られておりません。作者の名が必要でない如く、その作品が世に知られて、
国宝になる、というような考えを起す気風がヒダにはなかった。名匠たち
はわが村や町の必要に応じて寺を作ったり仏像を作ったり細工物を彫った
りして必要をみたしてきた。必要に応じて作られたものが、今も昔ながら
にその必要の役を果しているだけのことで、それがその必要以上の世間的
な折紙をもとめるような考えが、作者同様に土地の人の気風にもなかった
のである。』(坂口安吾:「飛騨の顔」・(昭和26年9月)

安吾の言う大事な点は、ヒダのタクミは卓越した技術を持った工芸者(職
人)ですが、芸術家ではないということです。芸術家は名前を持っており、
名誉があります。歴史に名前が残ります。ヒダのタクミは、そういうもの
を決して求めません。だからその心境に曇りがなく濁りがない。名人の澄
みきった心境は、ただ作品をつくって自ら満足すれば、それで十分こと足
りるのです。そして名前を残さず、消えていきます。このような安吾の
「ヒダのタクミ」観は、「日本文化私観」(昭和18年12月)での、下
記の文章と底流において相通じるものがあります。これは、戦中戦後も変
わらぬ、安吾の一貫した美学で した。つまり実質こそ大事だということ
です。

『見たところのスマートだけでは、真に美なる物とはなり得ない。すべて
は、実質の問題だ。美しさのための美しさは素直でなく、結局、本当の物
ではないのである。要するに、空虚なのだ。そうして、空虚なものは、そ
の真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずるところ、有って
も無くても構わない代物である。法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に
困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい。(中
略)我々の生活が健康である限り、西洋風の安直なバラックを模倣して得
々としても、我々の文化は健康だ。我々の伝統も健康だ。必要ならば公園
をひっくり返して菜園にせよ。それが真に必要ならば、必ずそこにも真の
美が生れる。そこに真実の生活があるからだ。そうして、真に生活する限
り、猿真似を羞ることはないのである。それが真実の生活である限り、猿
真似にも、独創と同一の優越があるのである。』(坂口安吾・「日本文化
私観」・昭和18年12月)

ここまで書くと安吾の「ヒダのタクミ」論は、ヒダのタクミは名声を求め
ない、心境に曇りがなく濁りもない、美しさのための美しさを求めない、
だからその作品は実質を持っており、その美の真実によって人の心を打つ
という結論になると思います。しかし、安吾の言いたいことは、これで終
わりでないはずです。まだ大事な考察が抜け落ちています。

安吾がホントに問題にしたいことは、どうしてヒダのタクミはそのような
澄みきった心境に至ったか、その歴史的背景は何か?ということに違いあ
りません。「飛騨・高山の抹殺」は、どのような理由で飛騨・高山が日本
の史書から消し去られたかという推理が大半を占めます 。それら歴史推理
がすべて安吾の「ヒダのタクミ」観へ流れ込むはずです。これで「飛騨
・高山の抹殺」が「新日本地理」の一編になるはずです。しかし、ヒダの
歴史がヒダのタクミへどういう風につながるか、そこのところをを安吾は
評論のなかではっきり書いていないのです。なぜ書かなかったか?と云う
と、文章を読めばそれは当然分かると思ったので書かなかったのかも知れ
ませんが、そこのところが何度読み返しても分かりにくい。

しかし、吉之助に何となく見えてきたことは、ヒダのタクミとは、最初か
ら名声を求めない澄み切った精神を持った工芸者たちであったわけではな
いということです。その裏に長い苦難の歴史があったのです。ヒダのタク
ミは、権力によって名声を受ける権利を剥奪された工芸者たちであった。
権力から芸術家の名誉を剥奪された、歴史から消 し去られた工芸者たち
であった。当初は彼らにもいろんな葛藤や憤懣があったに違いない。しか
し、彼らはこれに耐え、言いたいことのすべてを呑み込んだ。そして黙々
と仕事を続けました。そうして長い時が過ぎて、いつの頃か、どうして自
分たちが名声も得ることなく、芸術家と呼ばれないか、その歴史的背景さ
え忘れてしまいました。いつの間にか、ヒダのタクミは名声を求めないこ
とが当然だと思うようになったのです。「ヒダの顔」に刻み付けられたも
のは、ヒダの民のそのような苦難の歴史です。これが安吾の言いたいこと
だと思います。


3)ヒダの顔・続き

歴史から意識的に背を向けた姿勢を取る、それがヒダの人々であると、安
吾は考えました。それは日本書記 が飛騨・高山を抹殺したことから始ま
ったと安吾は推測しました。だから安吾が印象的だとする「ヒダの顔」と
は、歴史の一切を剥奪された顔、そしていつの頃からか それは歴史から意
識的に背を向けた顔となったということです。 これで安吾の「ヒダのタク
ミ」 観が、民衆(大衆)にやっとたどり着きました。これが野田の「贋作
・桜の森の満開の下」を大衆の視点で分析するための鍵となると、吉之助
は目論んでいるのですがね。

飛騨・高山を旅して「なるほど。そうか。ヒダの顔というものが、たしか、
どこかで見かけた顔だと思っていたが、仁王様の顔も、ヒダの顔じゃな
いか」、「至るところに仏像がいらア」と安吾は感嘆します。({飛騨の
顔」)安吾はヒダらしい特徴の顔は、男の顔ならば仁王様や赤鬼青鬼の像、
女の顔ならば奈良の古い仏像などに見えると云います。

『ヒダ特有らしい顔、ヒダのタクミの顔は今も多少残っています。どんな
顔かというと、仁王様や赤鬼青鬼や、女の顔の場合だとナラのミヤコの古
い仏像がそうだ。自分たちの顔が仁王や仏像の原形なのさ。仁王様がスゲ
笠なんかかぶって歩いているのに何人も会ったよ。二ツの目の上やホッペ
タにゴツゴツとコブのある顔だ。女の場合にもそうでもあるが、脂肪によ
ってコブとコブの谷間が平らになると、まんまるい仏像の顔になる。今で
もヒダの名もない寺の名もない仏像に、勿論その存在は誰にも知られてい
ませんから国宝などではないが、それは驚くべき名作がありますよ。探せ
ば諸方の名もないところに、いくらでも在るのかも知れませんが、そっち
の方を見て歩くヒマがありませんでした。』(坂口安吾:「安吾新日本地
理~飛騨・高山の抹殺」(昭和26年9月)

ヒダのルポルタージュのなかで、安吾は「ナマ身のタクミに会うことなど
考えずに、その名作のみを味わうのがヒダのタクミの本質に沿うことであ
ろう」と書 いています。口数が少なく、飾り気がなく、決して本心を語ろ
うとしない 頑固なヒダのタクミの気風を感じます。しかし、一方で、聞き
苦しいほど他店の悪口を散々言って細工物を売り込もうとする土産物屋の
娘のことを面白おかしく書いてもいます。この辺りの軽妙さの影に隠れて
安吾が考えることは、実は深いのです。ヒダの顔のなかに、ヒダの歴史が
深く刻み込まれていると安吾は感じたのです。

『タクミの名作の口数の全くないのには似ざること甚大であるが、これも
タクミの気質の一ツではあろうと私は思った。タクミの中にもヘタなタク
ミがタクサンいるし、名人の数にくらべてヘタなタクミの数が多いのも当
り前の話であろう。ヘタなタクミの気質の一ツとして、やたらに他人の作
品にケチをつけたがる気質があるのはフシギではない。(中略)この国(ヒ
ダ)だけが一風変ってガンコな歴史を残している。庶流の大和朝廷をうけ
いれずにかなりの期間ただヒダ一国のみがガンコに抗争して以来、明治の
梅村事件に至るまで、何かにつけて妙にガンコな抗争運動をシバシバ起し
ているのである。その気風はやや異常であるし独特でもあり、それも一途
なタクミの気質でもあるらしくもあるし、あのヒダの顔に結びつくもので
あるかも知れない。それはヒダ王朝の系統と別な、南方的なガンコな鼻ッ
柱を感じさせる。そう感じるのは私の思いすごしであろうか。』(坂口安
吾:「飛騨の顔」・(昭和26年9月)

ところで小説「夜長姫と耳男」は、耳男の個人的な心情を独白形式で淡々
と綴っています。耳男の彫った化け物像を疫病退散の呪いに拝みに多く村
人たちが祠を訪れ、耳男は名人ともてはやされる場面が出て来ますが、こ
こではまだ耳男と大衆は重 なってはいないし、対立もしていません。小説
にはヒダの抹殺の記述はまったくなく、吉之助はこれまでこの小説にヒダ
の抹殺の歴史を意識したことはなかったのです。小説に(安吾が考えると
ころの)ヒダの歴史を意識的に絡めないようにして、工芸者(職人)が持
つ芸術意欲の葛藤の方に焦点を置いたよう です。小説に大衆の要素を読む
ことはできないと思います。

吉之助は小説「夜長姫と耳男」に評論「飛騨・高山の抹殺」 と絡めて読む
ことを野田の作品から教えられたので、今回はその手法で安吾の小説を読
み直してみて、色んなことを考えました。これはなかなかスリリングな知
的お楽しみでした。この点について野田に感謝をしたいと思います。吉之
助が安吾の「ヒダのタクミ」観にこだわるのは、野田が「贋作・桜の森の
満開の下」 のなかで、安吾の原作「夜長姫と耳男」及び「飛騨・高山の抹
殺」を綯い交ぜにして、「大衆」 のテーゼをひねり出すならば、それはヒ
ダのタクミに関連する安吾の歴史考察から来るに違いないと考えるからで
す。つまり耳男が飛騨の抹殺の歴史をどのように背負うかなのです。まあ
「 にせさく」を称していることだから、ある程度は劇作者がやりたいよう
に書くことは許されるとしても、野田が安吾をどのように理解したか、そ
こであぶり出されることになるでしょう。 


(この稿つづく)


--------------------------------------------------------------------- 
○メルマガ「歌舞伎素人講釈」 不定期発行 
○発行人:吉之助 http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/ 
このメールマガジンは、下記のシステムを利用して発行しています。登録の
解除・変更は下記にてお願いします。 
 「まぐまぐ」 
http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000057141) 
○ご感想・ご要望などは、下記にお寄せください。 
kabuskm@mail.goo.ne.jp 
--------------------------------------------------------------

歌舞伎素人講釈

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2017/12/17
部数 647部

このメルマガを購読する

ついでに読みたい

歌舞伎素人講釈

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2017/12/17
部数 647部

このメルマガを購読する

今週のおすすめ!メルマガ3選

川島和正の日刊インターネットビジネスニュース
■読者数32万部超、日本一の個人メルマガ(まぐまぐ総合ランキング調べ) ■9年連続で年収1億円以上になり、70か国以上を旅行して、 190平方メートルの豪邸に住んで、スーパーカーに乗れるようになり、 さらに、著書は、日本を代表する超有名人2人に帯を書いてもらい、 累計50万部のベストセラーとなった、現在香港在住の川島和正が、 最新のビジネスノウハウ、自己啓発ノウハウ、健康ノウハウ、恋愛ノウハウ さらに「今チェックしておくべき情報リスト」などを配信中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

ダメおやじの全財産をかけた崖っぷちFX通信
【1日に数万人が熟読する人気FXブログのメルマガ版】 相場歴30年以上のダメおやじがFXノウハウを大公開! 毎朝配信!毎日の経済指標情報や攻略法を無料で解説しています。 ●損切りがうまくできない、利食いが浅い ●ポジポジ病(ポジションを不要に持ってしまう) ●コツコツドカーン(小さく勝っても大きく負ける) ●エントリータイミングわからない ●メンタル面が弱い このようなお悩みがあれば購読してみてください。 FX初心者から経験者まで、FXの悩みをこのメルマガで解消します。 期間限定でメルマガ内で数万円相当分のFX情報商材をプレゼント中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

僕は『絶対倒産する』と言われたOWNDAYSの社長になった。
売上20億,負債14億,赤字2億『絶対倒産する』と言われ、メガネ業界内ではただの質の悪い安売りチェーンと馬鹿にされ続けていたOWNDAYS(オンデーズ)を30歳の時に買収し社長に就任。その後、10年間で奇跡のV字回復を遂げて、売上150億,世界10カ国に進出するまで・・、みたいな巷によくある再生物語。半分ノンフィクション。半分はフィクション。いつまで、どこまで書き続けるかはまだ未定です。 https://www.owndays.com Twitter:https://twitter.com/shuji7771 blog:https://ameblo.jp/shuji7777/
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

今週のおすすめ!メルマガ3選

石渡浩の不動産投資を本業に―保証人無しでも融資を受け自己資金にレバレッジをかけて家賃年1億円越えを―
大学院修了時に資本金990万円で作った投資不動産保有会社の石渡住宅サービスを9年後の2016年に上場企業フィンテックグローバル子会社ベターライフサポートホールディングス等に約5億円で売却(株式譲渡)して上場会社連結子会社にして石渡住宅サービス(現商号:ベターライフプロパティ)名誉会長に就任した石渡浩が,自己資金数千万円規模の一般投資家さんを主対象に,銀行融資を活用してアパート経営を成功させ不動産賃貸業を本業にするためのノウハウを伝授します. 主著:『たった4年! 学生大家から純資産6億円を築いた私の投資法- 借りて増やす技術-』ソフトバンククリエイティブ(2012)
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

首都圏不動産インサイドニュース
不動産業者がゼッタイ言わない最新の業界ウラ事情をリアルタイムで暴露します!!不動産投資で儲けよう!と意気込んでいるあなた。家族を守り夢を叶える手堅い不動産投資ですが数億円の借金を負う100%自己責任の事業。海千山千の業者相手に知識武装は万全ですか?「まかせっぱなし」は命取りです。かく言う私も業者ですが、不動産に携わる者として不幸な投資家さんをゼロにしたい。本気です。業界経験13年のプロとして真実だけをお伝えします。業者と対等な立場で戦ってください。決して損はさせません。村上しゅんすけ
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

サラリーマンで年収1000万円を目指せ。
高卒、派遣社員という負け組から、外資系IT企業の部長になった男の、成功法則を全て公開します。誰にでも、どんな状況、状態からでも自分の力で人生を変えるための情報と知性を発信しています。人生を意のままにするには、脳みそとこころの両方が進化しなければなりません。そんな進化とは何か?をお届けする四コママンガ付きメルマガです。2014年から3年連続でまぐまぐ大賞部門賞を受賞しました 学歴やバックグラウンドに拘わらず、人生を思いのままに生きるために必要な考え方が書かれた、「良書リスト」も希望者に差し上げています。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

アーカイブ

他のメルマガを読む

ウィークリーランキング