歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第455号


カテゴリー: 2017年09月13日
*******************平成29年9月13日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第455号
            連動ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/ 
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こんにちは、吉之助です。

ゆっくりペースで進んでいた「芸道小説としての春琴抄」論考が、やっと完結
しましたので、本号は、その第4回(完結編)をお届けします。巷での「春琴
抄」論は春琴と佐助のサドマゾ関連で読んでいる評論が多いですが、まあそれ
はそれとしまして、芸道論の視点から読む「春琴抄」論は、この小説の新しい
切り口を見せたものだと思います。

ところでサイトでは、8月歌舞伎座での「野田版・桜の森の満開の下」論を
これもゆっくりペースで展開しています。いずれメルマガでお届けする予定
ですが、早く読みたい方は、サイトの記事をご覧ください。

10月に神奈川大学で、吉之助が「源氏物語」と歌舞伎についてお話をいた
します。ご興味おありの方は、是非ご参加ください。


ーーー<お知らせ>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○お知らせ:神奈川大学 生涯学習・エクステンション講座で
吉之助が「源氏物語」と歌舞伎についてお話をいたします。

『源氏物語』と日本の伝統文化 2回講座

2017年10月11日(水)(第1回)
     10月25日(水)(第2回)
     それぞれ13:00~14:30

場所:神奈川大学 KUポートスクエア(みなとみらい線みなとみらい駅)

詳細については神奈川大学の募集要項をご覧いただきまして
お申し込みください。よろしくお願いします。

http://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/2069/

(上のリンクから、講座の紹介ページに直接入れます。
 9月1日からと受付が始まっています。)

1)吉之助が、神奈川大学 生涯学習講座に登場し、「源氏物語」と歌舞伎
についてお話をすることになりました。

2)今回の、講座名「『源氏物語』と日本の伝統文化」は、2回講座です。

第1回目(10月11日)は、源氏物語研究がご専門の、宇留田初美先生の
担当で、「源氏物語」に登場する舞楽についてのお話をしてくださいます。
「源氏物語」のなかで光源氏が舞楽・青海波(せいがいは)の舞を舞う場面
は、物語のなかでも特に印象的なものです。

第2回目(10月25日)を吉之助が担当して、歌舞伎になった「源氏物語」
ということでお話をいたします。

3)「源氏物語」はどこでも人気で、読解の講座は多いですが、「源氏物語」
に関連した伝統芸能についての講座となるとあまりないように思います。そ
の点でもちょっと変わった切り口から「源氏物語」を楽しめるのではないか
と思っています。

4)ご存じの通り、「源氏物語」からの直接的な劇化は、昭和26年3月歌
舞伎座の、舟橋聖一脚色の「源氏物語」、あの「花の海老さま」・十一代目
団十郎の光源氏による上演が初めてのことでした。だから歌舞伎と「源氏物
語」は、あまり縁が深いとは言えないわけです。江戸時代の戯作者の感性は、
「源氏物語」を上手く劇化することが出来ませんでした。むしろ「源氏物語」
のパロディである、柳亭種彦の「偐紫田舎源氏」(にせむらさきいなかげん
じ)との関連から読まねばなりませんが、それもこれもそれなりの理由があ
ってのことなのです。いつもとちょっと違う視点から、「源氏物語」を眺め
てみるのも、興味深いことではないでしょうか。

5)受講料・その他詳細については、神奈川大学の生涯学習講座をご覧いた
だきまして、神奈川大学のサイトからお申込みをお願いいたします。

神奈川大学の生涯学習講座(トップページ)
http://www.ku-portsquare.jp/
この場合は「源氏物語」と入れて検索してください。


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○お知らせ:吉之助3冊目の書籍本が出ました。。

お手にとってご覧いただき、是非お買い求めください。

「武智鉄二・山本吉之助編 歌舞伎素人講釈」

すべて「武智全集」未収録の論考です。吉之助が解説を付しました。
伝統とは何か、古典とは何かを考えるのに、最適な入門書です。

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価格:2,916円(税込み)

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ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


○芸道小説としての「春琴抄」    第4回


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8)春琴の写真

谷崎は「鵙屋春琴伝」だけでなく、さらに春琴が若い頃に撮ったという写真
まで持ち出して来ます。もちろん谷崎の創作です。春琴は美しい女性だった
ようですが、古ぼけた写真は読者におぼろげな印象しか与えることができま
せん。しかし、写真に残された春琴の像(イメージ)がぼんやりしているこ
とが、却って 読者の想像を掻き立てます。

『今日伝わっている春琴女が三十七歳の時の写真というものを見るのに、輪
郭の整った瓜実顔に、一つ一つ可愛い指で摘まみ上げたような小柄な今にも
消えてなくなりそうな柔かな目鼻がついている。何分にも明治初年か慶応頃
の撮影であるからところどころに星が出たりして遠い昔の記憶のごとくうす
れているのでそのためにそう見えるのでもあろうが、その朦朧とした写真で
は大阪の富裕な町家の婦人らしい気品を認められる以外に、うつくしいけれ
どもこれという個性の閃めきがなく印象の稀薄な感じがする。年恰好も三十
七歳といえばそうも見えまた二十七八歳のようにも見えなくはない。この時
の春琴女はすでに両眼の明を失ってから二十有余年の後であるけれども盲目
というよりは眼をつぶっているという風に見える。』 (谷崎潤一郎:「春琴
抄」)

「私」にとって、写真に写っている春琴の顔がどんなだったかは、どうでも
良いことです。それを説明するために「私」が写真を持ち出したのではあり
ません。彼女が確かにその時代を生きていたことを、読者が納得してくれれ
ばそれで良いのです。あくまで真実は、検校(後の佐助)の記憶のなかにあ
ります。

『聞くところによると春琴女の写真は後にも先にもこれ一枚しかないのであ
るという彼女が幼少の頃はまだ写真術が輸入されておらずまたこの写真を撮
った同じ年に偶然ある災難が起りそれより後は決して写真などを写さなかっ
たはずであるから、われわれはこの朦朧たる一枚の映像をたよりに彼女の風
貌を想見するより仕方がない。読者は上述の説明を読んでどういう風な面立
ちを浮かべられたか恐らく物足りないぼんやりしたものを心に描かれたであ
ろうが、仮りに実際の写真を見られても格別これ以上にはっきり分るという
ことはなかろうあるいは写真の方が読者の空想されるものよりもっとぼやけ
ているでもあろう。考えてみると彼女がこの写真をうつした年すなわち春琴
女が三十七歳のおりに検校もまた盲人になったのであって、検校がこの世で
最後に見た彼女の姿はこの映像に近いものであったかと思われる。すると晩
年の検校が記憶の中に存していた彼女の姿もこの程度にぼやけたものではな
かったであろうか。それとも次第にうすれ去る記憶を空想で補って行くうち
にこれとは全然異なった一人の別な貴い女人を作り上げていたであろうか』
 (谷崎潤一郎:「春琴抄」)

文中に「この写真を撮った同じ年に偶然ある災難が起り」とあるのは、元治
2年(1865)3月に就寝中に何者かに襲われ、春琴は顔に大火傷を負っ
たことを指しています。ちなみにその2年後が明治維新です。小説成立の現
在、昭和8年(1933)から見れば、もう70年近く前のことです。だか
ら読者は春琴の美しさを想像するしかありませんが、情報量の少ない古ぼけ
た写真からそれを読み取ることは無理です。読者は写真から失われた過去と
向き合うことしか出来ません。

生の一瞬は、現れてすぐに消えてしまうものです。失われた時を取り戻した
り、とどめることができたらと云うことは、誰しも思うことですが、そんな
ことができるのでしょうか。しかし、写真というものは、 不完全な情報で
はあっても、失われるはずの時を 切り取って凍結保存してくれるものです。
現在の鮮明なカラー写真から人はもはやそんなことを考えたりしないと思い
ますが、写真技術が発明されてしばらく(20世紀初頭まで)は、当時の人
々は写真というものの不思議さをしばしば思ったものでした。ベルクソンは
「物質と記憶」のなかで、過去というものは消え去ってしまうのではなく
、人々の記憶のなかにそれ自体が存在し、保存され、生きていると書きま
した。しかし、記憶のなかに沈んでしまった過去を呼び覚ますには、何かし
らのきっかけが必要です。 それがきっかけで、失われていた過去が生き生
きと蘇って来る場合があります。例えばプルーストの「失われた時を求めて」
のなかで、主人公マルソーが紅茶に浸したマドレーヌを口にして、子供時代
の思い出を生き生きとよみがえらせた、あの不思議な瞬間です。写真とはま
さにそのようなもので、その時、写真は象徴(シーニュ)となって、見る人
に何かのきっかけを与えます。(さほど違わない時期に発明された録音技術
についても、同様な意味を持つことを付け加えます。) 次のバルトの文章を
ご覧ください。


『写真は過去を思い出させるものではない。写真が私に及ぼす効果は(時間
や距離によって)消滅したものを復元することではなく、私が現に見ている
ものが確実に存在したということを保証してくれる点にある。写真はつねに
私を驚かす。(中略)写真は何か復活と関係があるのだ。写真については、
ビザンチン人がトリノの聖骸布にしみこんでいるキリストの像について言っ
たことを、そのまま繰り返すことができるのではなかろうか。つまり、それ
は「人為に拠るものでない」と。』(ロラン・バルト:「明るい部屋~写真
についての覚書」)

実は写真でこのようなことを考えるのは、20世紀初頭に生きた芸術家たち
の特有の現象でした。プルースト然り、谷崎もまた然りです。谷崎が小説中
に春琴 の写真を持ち出したのは、誣い物語の真実味を増す為の小道具として
提出したわけではなく、実はもっと深い意図があってのことなのです。読者
のなかで、春琴が生きた時代(もっと正確に云うならば春琴が美しかった時
代、眼をつぶした佐助のなかで凍結されてしまった時代です)を外在化させ
るためです。「私」にとっても読者にとっても、春琴が生きた時代は自分が
生まれる以前のことです。だから実体験としての記憶はないわけです。個人
としてみればその通りですが、しかし、民衆というレベルになれば記憶は連
続したものとなります。春琴が生きた時代は、民衆の記憶のどこかにそれ自
体が存在し、保存され、生きているものです。民衆レベルにおいて谷崎は春
琴の写真を持ち出し、春琴が生きた時代と対峙することを読者に求めます。
象徴(シーニュ)としての写真は、読者に何かを呼び起こすきっかけを与え
るでしょう。それが何を呼び起こすは分かりませんが、兎に角、何かのきっ
かけにはなるのです。

ところで、本稿は「春琴抄」を芸道小説として読むのが目的ですから、例え
ば春琴の写真を、浄瑠璃の風、或歌舞伎の型に置き換えてみても良いのです。
上記に引用したバルトの文章の「写真」を「歌舞伎の型」に置き換えて読ん
でみてください。

『歌舞伎の型は過去を思い出させるものではない。歌舞伎の型が私に及ぼす
効果は(時間や距離によって)消滅したものを復元することではなく、私が
現に見ているものが確実に存在したということを保証してくれる点にある。
歌舞伎の型はつねに私を驚かす。(中略)歌舞伎の型は何か復活と関係があ
るのだ。型については、ビザンチン人がトリノの聖骸布にしみこんでいるキ
リストの像について言ったことを、そのまま繰り返すことができるのではな
かろうか。つまり、それは「人為に拠るものでない」と。』

伝統演劇というものは、常に過去と向き合い、過去から高められるものです。
我々は目の前の舞台しか見ていないようですが、実は過去の芸の集積を眺め
ているのです。だからこそ伝統演劇と云うのです。 現代演劇ならば、そのよ
うな見方は要求されません。歌舞伎の型あるいは様式を意識することは、失
われた過去と対峙することです。例えば「熊谷陣屋」を見るならば、その型
を創始した九代目団十郎が生きた時代と対峙することにな ります。我々は目
の前の舞台を見ながらも、九代目団十郎が生きた時代から何かを呼び起こさ
れ、高められます。さらに宝暦元年(1751)人形浄瑠璃初演からの「熊
谷陣屋」の芸の集積を重層的に見ることになるのです。 実はそれが我々が本
当に見たかったものです。これが伝統演劇を見る時の基本的な心構えと云う
べきですが、実はこのような見方は歌舞伎に置いては江戸時代にはなかった
もので した。それは明治36年(1903)の団十郎の死以降に出来たもの
です。 いろいろな概念・価値観の転換が、20世紀初頭に同時多発的に起き
たのです。ですから「春琴抄」で谷崎が春琴の写真を持ち出したのは、まっ
たく二十世紀初頭の芸術思潮のうえに乗ったものであることが、これで分か
ると思います。


9) 春琴の写真・続き

前章では19世紀に発明されてその時代の芸術家の世界観に多大の影響を与
えた2つの技術(写真と録音)のことに触れましたが、20世紀初頭になる
と映画(活動写真)が登場してきます。映画はたんに動く写真(動画)とい
うだけではなく、巨大資本が広く庶民に安価に演劇的な娯楽を提供するもの
でした。これに作家が感化されないはずはなく、谷崎も当時視覚芸術の先端
であった映画に大きな興味を持っていました。谷崎は大正9年に設立された
大正活映株式会社の脚本部顧問となり、4本の映画製作に係りました。大正
期の谷崎は小説より戯曲の方を活発に書いた感がありますが、それは映画へ
の興味が下敷きにありました。そのせいか自作の映画化には批評眼が厳しか
ったようで、昭和10年に「春琴抄」が松竹蒲田で映画化(島津保次郎監督)
された時、「映画になった「春琴抄」には自分はほとんどのぞみをかけてい
ない、出来上がったものを見るつもりもない」と書いています。しかし、谷
崎は最後にこんなことも書いています。

『もし自分であれ(「春琴抄」)を映画化するとすれば、目を突いて盲目に
なってしまってからの佐助を通じて、春琴を幻想の世界にうつくしく描き、
それを現実の世界とを交錯させて話をすすめて行くようにすれば、実際にそ
ういうものがうまくつくれるかどうかは自分にも分からないが、成功すれば、
きっと面白いものが出来あがるのではなかと思っている。』(谷崎潤一郎・
「映画への感想~「春琴抄」映画化に際して」・昭和10年4月)

吉之助がこの文章に重要なヒントがあると考えるのは、谷崎が自分ならば映
画「春琴抄」を目を突いて盲目になってからの佐助を通じて描くと書いたこ
とです。極端に云えば、佐助が盲目になる前のことは、谷崎にとってそう大
事ではないのです。佐助が盲目になってからの方が大事なのです。普通に考
えると、あの美しかった春琴の顔が火傷で見るに耐えられないものとなり、
それを見たくないから佐助 は自らの目を突く、その佐助の心理の動きに「春
琴抄」のドラマがあるとそうなりそうなものです。しかし、谷崎はそう考え
ないのです。小説であると過去現在・幻想と現実を交錯させることは、筋が
錯綜してしまって、手法的になかなか困難です。映画ではそこのところを比
較的容易に乗り越えられるかも知れません。しかし、大衆受けしない難解な
表現主義的な映画になりそうな感じもしますが。

谷崎が映画で佐助の過去現在・幻想と現実を交錯させたいと云うのは、物事
の裏表を対比させたいという意図ではありません。それは過去現在・幻想と
現実をそれぞれ或る種の軽さ(軽やか)を以て、等価に混在させたいという
ことです。これについては別稿「雑談:伝統芸能の動的な見方について」で
谷崎の発想について考察しましたから、そちらをご覧ください。このような
谷崎の発想の軽やかさは、20世紀初頭の世界的な芸術思潮から来るもので
す。

ところで元治2年に撮影された春琴の古ぼけた写真のことに戻りますが、こ
の写真が象徴するものは、かつて確かに存在したが今はもう消えてしまった
あの時代です。同年に佐助は自らの目を突き盲目となって、その時代を自ら
の脳裏のなかに凍結してしまいました。凍結されてしまったものは、美しか
った春琴の顔だけではなく、その時代に纏わる記憶のすべてです。佐助のな
かで、元治2年のまま時間は止まっています。バルトは、写真は過去を思い
出させるものではなく、消滅したものを復元することでもなく、「私」が現
に見ているものが確実に存在したということを保証してくれると言いました。
写真を見た時 、「私」は凍結された時代と現在との差異、時が経つなかで否
応なく変化していくものを意識させられます。この時、「私」は凍結された
時代から「眼差しされている」のです。

『師弟の差別に隔てられていた心と心とが始めてひしと抱き合い一つに流れ
て行くのを感じた少年の頃押入れの中の暗黒世界で三味線の稽古をした時の
記憶が蘇生って来たがそれとは全然心持が違ったおよそ大概な盲人は光の方
向感だけは持っている故に盲人の視野はほの明るいもので暗黒世界ではない
のである佐助は今こそ外界の眼を失った代りに内界の眼が開けたのを知り
ああこれが本当にお師匠様の住んでいらっしゃる世界なのだこれでようよう
お師匠様と同じ世界に住むことが出来たと思った』(谷崎潤一郎:
「春琴抄」)

ここに「内界の眼」と云う言葉が出て来ます。佐助は盲目となることで、目
明きの時に到達できなかった内界の眼を得ることが出来ました。内界の眼と
いうのは、どういうことでしょうか。盲目となった佐助は、ひたすらに春琴
との二人だけの世界に閉じこもり、時間が止まったその世界だけ見ていたと
いうことでしょうか。美しかった春琴の思い出を内界の眼でそれ以上のもの
に高めたと、ただそれだけのことでしょうか。まあ確かにそのような見方も
できる(小説はその読み方を否定しない)と思いますが、20世紀初頭に生
きた芸術家たちが感じた写真の意味を考えるならば、もう少し別の見方が出
来るだろうと思います。

書き手である「私」は、佐助から自分が眼差しされていることを強く意識し
たに違いありません。すなわち盲人となった佐助その人が、写真そのものな
のです。凍結された時間のなかで、佐助は生きているのではなく、「在る」
のです。佐助その人が眼差しとなって、佐助の在り方と「私」の在り方との
差異を意識させています。そう考えると、「春琴抄」末尾で「私」が異様に
強い口調で読者に迫ることも分かる気がしてきます。「私」は佐助からそう
言うようにせかされているのかも知れません。

『察する所二十一年も孤独で生きていた間に在りし日の春琴とは全く違った
春琴を作り上げいよいよ鮮かにその姿を見ていたであろう佐助が自ら眼を突
いた話を天竜寺の峩山和尚(がさんおしょう)が聞いて、転瞬(てんしゅん)
の間に内外(ないげ)を断じ醜を美に回した禅機(ぜんき)を賞し達人の所
為に庶幾(ちかし)しと云ったと云うが読者諸賢(しょけん)は首肯(しゅ
こう)せらるるや否や』(谷崎潤一郎:「春琴抄」 末尾)

余談になりますが、別稿「雑談:伝統芸能の動的な見方について」で、谷崎
の発想の軽やかさとは谷崎の感性の健康さであると吉之助が書いたことに触
れておきます。谷崎は熱気や勢いで小説を書くのではなく、職人が工芸品を
仕上げるが如くに客観的に醒めた態度で小説を書くのです。 このような谷
崎の真摯な態度が、しばしば、傍から見るととても滑稽かつ奇妙な形で現れ
ます。谷崎夫人松子の回想「倚松庵の夢」のなかで、「春琴抄」執筆当時の
谷崎が自分のことを「じゅんいち」と名乗り、松子を「ごりょうにんはん」
と呼んで、まるで封建的な主従関係の如くに振舞ったこと が回想されていま
す。食事は夫人と一緒にとらず、自ら雑巾がけなどを買って出て、夫人に習
字をしたり琴を弾いたり、優雅な御寮人様として振舞うことを要求しました。

『四方山の話に何げなく応じていると、卒然に畏まって「お慕い申しており
ます」と、思い決したきっぱりした言葉が耳に飛び込んできた。私は驚きの
余り言葉も出ず絶句していると、眦(まなじり)は屹(きっ)と緊し、沈痛
な響きを帯びた掠(かす)れた声で「どのような犠牲を払っても貴女様を仕
合せに致します」と聞こえたようであった。』(谷崎松子:「倚松庵の夢」)

『御寮人様へ御願いがあるのでございますが、今日より召し使いにして頂き
ますしるしに、御寮人様より改めて奉公人らしい名前を付けて頂きたいので
ございます、「潤一」と申す文字は奉公人らしうござりませぬ故「順市」か
「順吉」ではいかがでござりましょうか。従順に御勤めをいたしますことを
忘れませぬように「順」の字をつけて頂きましたらどうでござりましょう。』
(谷崎松子:「倚松庵の夢」)

これらの挿話が示すところは、日常での谷崎の変態的気質が小説に反映して
いるのではなく、これはまったくその逆で、小説の方が谷崎の行動に影響を
与えているのです。なぜならば作者谷崎が佐助から眼差しされており、谷崎
がそのことを強く感じているからそうなるのです。これは遊戯(ごっこ)な
のですが、本人がそれを遊戯と意識しているかどうかさえ分かりません。執
筆中の谷崎のなかで、幻想と現実が軽やかさを以て等価に混在しています。
佐助から強く眼差しされればされるほど、谷崎の行動はおかしくなって行き
ます。もし小説が別の展開をしたならば、谷崎の行動も変わっていたに違い
ありません。 


10) 眼差しが教えてくれるもの

自分が他者から「眼差し」されていると意識した時、人は思わず姿勢をしゃ
きっと正してしまうところがあると思います。眼差しは、どこか倫理的な効
果を帯びています。例えばその昔、「みさを(操)」という語は、神様に
「この私を見てくれ」と言うという意味に使われたそうです。昔の貞操観念
は神様に対するもので、人間に対するものではありませんでした。神に対し
て自分が清い(あるいは正しい)ということを示そうと する気持ちを失っ
てしまうならば、それは不信仰だということです。

六代目菊五郎は観客が団体さんだったりするとやる気をなくして、踊りの手
を抜いたりすることがよくありました。これに対して七代目三津五郎の方は、
どんな時でも手を抜かずにきっちり踊りました。その理由を息子(八代目)
に問われて、七代目三津五郎は、こう答えたそうです。

『六代目はお客を相手にしてるからそうなるんだろ。あたしゃね、死んだ人
に見てもらっているんだ よ。うちの親父、堀越のおじさん、成駒屋のおじ
さん、寺島のおじさん、この人たちが後ろで見ていると思ったら怠けるなん
てできませんよ。』(武智鉄二:「芸十夜」第二夜に出てくる七代目三津五
郎の言葉)

七代目三津五郎は、芸の神様の眼差しを感じていたのです。これも芸の神様
に対する信心不信心という話になると思います。しかし、六代目菊五郎も、
舞台を投げるのは褒められたことではないですが、九代目団十郎とか五代
目菊五郎と云われれば、間違いなくしゃきっとしたはずです。六代目菊五郎
が偉大な伝統芸能者になったということは、彼もまた眼差しの意識を持って
いたに違いありません。

『御霊様に祈願をかけ朝夕拝んでおりました効があって有難や望みが叶い今
朝起きましたらこの通り両眼が潰れておりました定めし神様も私の志を憐れ
み願いを聞き届けて下すったのでござりましょうお師匠様お師匠様私にはお
師匠様のお変りなされたお姿は見えませぬ今も見えておりますのは三十年
来眼の底に沁みついたあのなつかしいお顔ばかりでござります』(谷崎潤一
郎:「春琴抄」)

自ら目を潰して盲目となった佐助が、その事実を師匠春琴に話す場面です。
これを佐助のマゾヒズムの歓びだと云う人もいます。耽美的な倒錯の歓びだ
という人もいると思います。これは利己主義的で狂信的な歓びに過ぎないと
断じる方もいるでしょう。まあ読み方は人それぞれのことです。しかし、佐
助と春琴の関係を男と女の線で見ることをしばし止めてこれを読むならば、
佐助の言葉から、師匠の芸に対する、ピュアで清らかな尊敬の念が浮かび上
がって来るでしょう。これは大隅太夫が亡き団平に対して言った言葉だと読
んでも、おかしくないくらいです。

『眼が潰れると眼あきの時に見えなかったいろいろのものが見えてくる(中
略)取り分け自分はお師匠様の三味線の妙音を、失明の後に始めて味到した
いつもお師匠様は斯道の天才であられると口では云っていたもののようやく
その真価が分り自分の技倆の未熟さに比べて余りにも懸隔があり過ぎるのに
驚き今までそれを悟らなかったのは何と云うもったいないことかと自分の愚
かさが省みられたされば自分は神様から眼あきにしてやると云われてもお断
りしたであろうお師匠様も自分も盲目なればこそ眼あきの知らない幸福を味
えたのだと。』(谷崎潤一郎:「春琴抄」)

内界の眼を得ることで、思考を邪魔する雑多な要素を排除し対象と真っ直ぐ
に対することができるようになると、対象の輪郭がより明確に見えてきます。
佐助は、目明きの時に分らなかった師匠の芸の真価がようやく分かって、自
分の芸の未熟さと今までそれを悟らなかった自分の愚かさに思い至ります。
眼差しの倫理的効果とはそれです。 対象から眼差しされた者は思わず姿勢
をしゃきっと正して、「この私を見てくれ」という倫理的な気分になるもの
なのです。

ここでもう一度確認しておくと、「春琴抄」のなかで「私」が感じている佐
助の眼差しの正体は、元治2年(1865)の、春琴と佐助が生きたあの時
代、春琴が美しかったあの時代、あの時代の雰囲気など、あの時代に纏わる
記憶のすべてです。

『私は、おりから夕日が墓石の表にあかあかと照っているその丘の上にたた
ずんで脚下にひろがる大大阪市の景観を眺めた。 (中略)そして現在では
煤煙で痛めつけられた木の葉や草の葉に生色がなく埃まびれに立ち枯れた大
木が殺風景な感じを与えるがこれらの墓が建てられた当時はもっと鬱蒼とし
ていたであろうし今も市内の墓地としてはまずこの辺が一番閑静で見晴らし
のよい場所であろう。奇しき因縁に纏われた二人の師弟は夕靄の底に大ビル
ディングが数知れず屹立する東洋一の工業都市を見下しながら、永久にここ
に眠っているのである。それにしても今日の大阪は検校が在りし日の俤をと
どめぬまでに変ってしまったがこの二つの墓石のみは今も浅からぬ師弟の契
りを語り合っているように見える。(中略)私は春琴女の墓前に跪いて恭し
く礼をした後検校の墓石に手をかけてその石の頭を愛撫しながら夕日が大市
街のかなたに沈んでしまうまで丘の上に低徊していた。』(谷崎潤一郎:
「春琴抄」)

「私」は春琴と佐助の墓石が夕日に照らされるのを眺めながら、春琴と佐助
が生きた「あの時代」からの眼差しと対しているのです。さらに「私」を介
して、読者は 、「あの時代」からの眼差しに対することになります。対比さ
れているのは、時の流れのなかで否応なく変質してしまうものと、変わらず
在り続けるものとの違いです。この時、読者は「あの時代」からの眼差しを
受けて、思わず姿勢をしゃきっと正してしまうでしょう。だからと云って、
変わらずに在り続けるものが正しいわけではありません。時の流れのなかで
変質してしまうことがいけないことでもありません。しかし、眼差しは、ど
こか人をしゃきっとさせる不思議な力を持っているのです。

谷崎が「春琴抄」を執筆した昭和7~8年は、日本が満州事変(昭和6年
9月)に突入し、太平洋戦争へと戦乱が拡大していく予兆がひたひたと押し
寄せて来た時期でした。このような不安の 時代に谷崎は目をつぶって、ひた
すら過去の記憶に閉じこもり、「春琴抄」を書きあげました。 当時、このよ
うな谷崎の態度は、日本回帰と呼ばれました。太平洋戦争へのめりこんでい
く当時の時局にとっても、それは都合のよいキャッチ・フレーズでした。し
かし、谷崎の真意は別のところにあったと思いますねえ。

「陰翳礼賛」(昭和10年)は谷崎の日本回帰を表明した代表的評論とされ
ますが、作家篠田一士は「その後、谷崎文学に親しむにつれ、日本への回帰
といった、軽薄な殺し文句は上っ面もいいところ、作者の真意を損なうこと
甚だしいものと確信するに至ったのである」として、次のように書いています。

『作者は日本の生活様式だけを尊しとし、これを守りつづけるべしとは一言
も口にしていないのである。伝統的な生活様式のなかに、どんな知恵、どん
な美が見出されるにしても、それらは日一日と、くずおれ、消え去りつつあ
ることを、なににもまして、レアリストの谷崎潤一郎が知らないはずはない。
ただ彼は、そうして滅びゆくものを嘆く抒情には無縁で、むしろ滅びゆくも
のをいとおしみながらも、滅びゆくものは滅びるままにするしか仕方あるま
い、それより来るべき新しき事態に対して、われわれ日本人はどのように対
峙し、これに適応すべきかを明快に解き明かしたのが、「陰翳礼賛」の逆説
的な真意なのである。』(篠田一士:岩波文庫「谷崎潤一郎随筆集」解説)

谷崎は混乱と不安の時代に意識的に背を向けて、過去の記憶のなかに閉じこ
もりました。しかし、それは日本回帰というような単純な伝統賛美ではなか
ったのです。「春琴抄」のなかで谷崎は、変わらず在り続けるもの だけが美
しいと云っているわけではありません。時の流れのなかで変質してしまうこ
とが醜悪だと云っているわけでもありません。滅びゆくものは滅びるままに
するしか仕方がない。それよりも来るべき新しき事態に対して、我々 日本人
はしゃきっとした正しい姿勢を保ち続けていられるかということです。過去
からの眼差しは、現在の自分の姿勢が正しいか、現在の自分の立ち位置がブ
レていないかを教えてくれるものとしてあるのです。このため過去からの眼
差しを、レアリストとしての谷崎は 必要としたと云うことなのです。「春琴
抄」の春琴と佐助からの眼差しが我々に教えてくれるものは、そういうもの
です。

本号に関連するサイトの記事
雑談:伝統芸能の動的な見方について
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