歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第454号


カテゴリー: 2017年09月04日
*******************平成29年9月4日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第454号
            連動ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/ 
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こんにちは、吉之助です。

本号は、「春琴抄」論の続きがまだ途中ですので、中休みで、サイトの雑談
に乗せた「刺青奇偶」(8月歌舞伎座)での観劇随想をお届けします。

なお8月歌舞伎座の「野田版 桜の森の満開の下」については観劇随想を
サイトに連載を始めましたが、こちらは長いものになる予定なので、ゆっく
りペースで進めます。いずれメルマガでお届けするつもりですが、サイトの
方をご覧ください。

10月に予定の、神奈川大学での講座「源氏物語と日本の伝統文化」に
ついては、受講受付が始まりましたので、興味おありの方は、是非ご参加
下さい。下記のお知らせをご覧ください。


ーーー<お知らせ>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○お知らせ:神奈川大学 生涯学習・エクステンション講座で
吉之助が「源氏物語」と歌舞伎についてお話をいたします。

『源氏物語』と日本の伝統文化 2回講座

2017年10月11日(水)(第1回)
     10月25日(水)(第2回)
     それぞれ13:00~14:30

場所:神奈川大学 KUポートスクエア(みなとみらい線みなとみらい駅)

詳細については神奈川大学の募集要項をご覧いただきまして
お申し込みください。よろしくお願いします。

http://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/2069/

(上のリンクから、講座の紹介ページに直接入れます。
 9月1日からと受付が始まっています。)

1)吉之助が、神奈川大学 生涯学習講座に登場し、「源氏物語」と歌舞伎
についてお話をすることになりました。

2)今回の、講座名「『源氏物語』と日本の伝統文化」は、2回講座です。

第1回目(10月11日)は、源氏物語研究がご専門の、宇留田初美先生の
担当で、「源氏物語」に登場する舞楽についてのお話をしてくださいます。
「源氏物語」のなかで光源氏が舞楽・青海波(せいがいは)の舞を舞う場面
は、物語のなかでも特に印象的なものです。

第2回目(10月25日)を吉之助が担当して、歌舞伎になった「源氏物語」
ということでお話をいたします。

3)「源氏物語」はどこでも人気で、読解の講座は多いですが、「源氏物語」
に関連した伝統芸能についての講座となるとあまりないように思います。そ
の点でもちょっと変わった切り口から「源氏物語」を楽しめるのではないか
と思っています。

4)ご存じの通り、「源氏物語」からの直接的な劇化は、昭和26年3月歌
舞伎座の、舟橋聖一脚色の「源氏物語」、あの「花の海老さま」・十一代目
団十郎の光源氏による上演が初めてのことでした。だから歌舞伎と「源氏物
語」は、あまり縁が深いとは言えないわけです。江戸時代の戯作者の感性は、
「源氏物語」を上手く劇化することが出来ませんでした。むしろ「源氏物語」
のパロディである、柳亭種彦の「偐紫田舎源氏」(にせむらさきいなかげん
じ)との関連から読まねばなりませんが、それもこれもそれなりの理由があ
ってのことなのです。いつもとちょっと違う視点から、「源氏物語」を眺め
てみるのも、興味深いことではないでしょうか。

5)受講料・その他詳細については、神奈川大学の生涯学習講座をご覧いた
だきまして、神奈川大学のサイトからお申込みをお願いいたします。

神奈川大学の生涯学習講座(トップページ)
この場合は「源氏物語」と入れて検索してください。

6)なお来年からは、神奈川大学の生涯学習講座で吉之助の連続講座を持つ
べく、現在準備中です。ご期待ください。



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○お知らせ:吉之助3冊目の書籍本が出ました。。

お手にとってご覧いただき、是非お買い求めください。

「武智鉄二・山本吉之助編 歌舞伎素人講釈」

すべて「武智全集」未収録の論考です。吉之助が解説を付しました。
伝統とは何か、古典とは何かを考えるのに、最適な入門書です。

アルファベータブックスより全国有名書店にて発売中
価格:2,916円(税込み)

アマゾンへは下記から購入できます。
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4865980377/hnzk-22


ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○長谷川伸の夢のなかの「あの女」

平成29年8月歌舞伎座:「刺青奇偶」
市川中車(半太郎)、中村七之助(お仲)

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○平成29年8月歌舞伎座:「刺青奇偶」・その1

長谷川伸の「刺青奇偶」は、昭和7年(1932)6月歌舞伎座での初演。
配役は、六代目菊五郎の半太郎、五代目福助のお仲、十五代目羽左衛門の政
五郎
でした。

作者長谷川によれば半太郎にはモデルがあって、明治の頃に実在した三下博
徒の坊主竹五郎、略して坊主竹と云う人であったそうです。この人は五代目
菊五郎の弟子である尾上蟹十郎(二代目)の知人で、蟹十郎から聞いた話を
六代目菊五郎が何かの折に長谷川に話して、長谷川がメモっていたネタだそ
うです。それに拠れば、坊主竹の女房の前身は新吉原の遊女で、亭主の博打
好きに散々の苦労をして、病気になって余命がないと知るや、亭主に頼んで
その二の腕にサイコロを刺青し、私の死んだあとでこれを見て遺言だと思っ
ておくれと云って死んだ。坊主竹は女房の遺言を気に掛けず博打を続けてい
ましたが、博打をすると二の腕のサイコロが痛むので、着物のうえからサイ
コロをそっと叩いて「もうこれっきりだ」と云って博打をしていたそうです。
これは長谷川の「材料ぶくろ」(昭和31年出版)のなかに出て来る話です。

それと「材料ぶくろ」には出て来きませんが、長谷川はアメリカ映画の「紐
育の波止場」から「刺青奇偶」のヒントを得たことが明らかです。長谷川は
映画好きで、アイデアを映画から取り入れることがしばしばあったようです。
映画監督の稲垣浩がこんな思い出話をしています。

『戦後のある日先生に、アメリカ映画の「シェーン」は「沓掛時次郎」の焼
き直しではないですかと話したことがあった。先生の答えは「あれは上手に
作ってあるね」だった。抗議してはどうですかと言ったら、「なあにこっち
も「紐育の波止場」にヒントを得て「刺青奇偶」を作ったのだからお会いコ
さ」と笑い飛ばされた。」(稲垣浩:「長谷川先生に学ぶ」・長谷川伸全集
月報9)

「紐育の波止場」(The Docks of New York)は1928年に制作されたアメ
リカ映画(ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督)で、サイレント映画の名
作とされているそうです。翌年・昭和4年 に日本でも公開されて話題になり
ました。七つの海を股にかけてきた蒸気船の火夫のビルが、男に捨てられ絶
望から海に身を投げた娼婦のメイを救ったことから愛に目覚める ・・という
筋書です。(Youtubeで映像を見ることが出来ます。)長谷川は、「紐育の
波止場」から身投げした見知らぬ女を男が助けて愛に目覚めるという発端を
拝借し、これに六代目菊五郎から聞いた坊主竹の逸話を 絡めて、「刺青奇
偶」に仕立てたわけです。

従来の芝居だと話を因縁仕立てにしてしまうところですが、「刺青奇偶」は
男と女の愛の発端を偶然の出会いにしたところが新鮮で、外国映画からヒン
トを得たというのは、なるほどそこが新歌舞伎らしいところなのだな・・と
思います。半太郎もお仲も、その前身に暗い蔭を引きずっています 。その辺
は匂わせていますが詳しくは描かず、「観客のみなさま、どうぞお察しくだ
さい」という感じで済ませています。大詰・幕切れもそうで、吉之助は初め
て「刺青奇偶」を見た時はこの場で終わるのが尻切れトンボの印象がして、
この後に半太郎がお仲の 枕元に駆けつける場が続くのをカットしたのかなと
思いましたが、実は長谷川の台本がこうなっているのです。その後の展開は
察してくれというわけです。 そこに余韻が出て来る。そこらが長谷川のテン
ポアップの工夫でありましょうか。

ところで長谷川は「刺青奇偶」の女主人公お仲に思い入れがあったようで、
こんなことも書いています。

『自分の書いた戯曲のなかの、「あの男」を夢に見ることはないが、「あの
女」を時に、それこそ実に思いもかけず夢に見ることがある。例外なくそれ
はいつも、黙って立ち姿をみせる、ただそれだけを夢に見るのである。その
後の二、三日は気にかかるが、いつか又忘れて日がたち月がたつのが例であ
る。(中略)「書いた戯曲のあの女」で、「ふと夢に見る」のは二人だけ、
「沓掛時次郎」のお絹と、「刺青奇偶」のお仲だけである。』
(長谷川伸:「材料ぶくろ」)

「刺青奇偶」初演の稽古の時、六代目菊五郎が長谷川の傍に行き、「この女
の性根が俺には分からねえ」と言ったそうです。長谷川は「君と僕とでは通
って来た人生の街道が違うからそうなのだ。僕はこうした女を友達に持つよ
うな過去があったのだから、僕には分かるんだがなあ」と言いました。菊五
郎が承服しない顔つきだったので、さらに「この女は、坊主竹とかの女房で
はなくて、僕の過去の中にいた女がモデルなのだけどね・・」と言ったそう
です。菊五郎は黙っていたけれど、「私の説を肯定してくれたとは思ってい
ない」と長谷川は書いています。


○平成29年8月歌舞伎座:「刺青奇偶」・その2

今回(平成29年8月歌舞伎座)の舞台は玉三郎演出ですが、確かに七之助
のお仲 は玉三郎によく似て声もそっくりに聞こえます。しかし、序幕の台
詞の調子は語調が強くて、捨て鉢で嫌味な感じがちょっと します。そこが
今後の改善点と思いますが、もう少し情を深くお願いしたいですね。長谷川
伸が夢のなかで見たお仲は、どんな女だったのかなあということを考えてみ
たいですねえ。例外なくそれはいつも、黙って立ち姿をみせる、その昔、そ
うした女を友達に多く持っていたこともあり、歳月を経ても心のどこかに忘
れかねるものがあるのだろうと長谷川は書いています。友達ってどの程度ま
での女友達だったのかなあ。幸せ薄そうな寂しい印象がしますが、どこか人
恋しいところがあって、「あの女、今はどうしているか、幸せに暮らしてい
るだろうか」とふと気に掛る女ということでしょうかね。

ところで「刺青奇偶」は映画タネのせいか、展開が早くて、ちょっと余白が
多い感じがしなくもありません。気になるのは、お仲と一緒になって幸せを
得たはずの半太郎はやくざ稼業から足を洗ったのに何故博打を止められずに
来たのか、半太郎の心の闇があまり描かれていない点です。 半太郎を探し
回っている両親が出て来るけれども、いまいち心に絡んでこない気がするん
ですよねえ。吉之助には 、ちょっとそこが本作の弱みに思えます。長谷川の
主人公はどれも愛する女を幸せにしてやりたい気持ちは人一倍強いのだけど、
自分は女の愛情を受けるに値しない駄目な野郎だという引け目がこれまた人
一倍 強い、それで女の幸せにふさわしくない自分をずっと責め続けていま
す。ですからこれでやっと二人の幸せが来そうな場面になると、男は女に気
づかれないように静かに身を引くというパターンが多いようです。半太郎も
このパターンに乗っているので、作者はあまり説明を加える必要を感じなか
ったのかも知れませんが、いずれにせよ半太郎のコンプレックスと云うか 暗
い陰と云うか、台本に不足しているそういうところは、役の雰囲気で補って
もらいたいものです。そうでないと、二の腕に諫言のサイコロを刺青しても
らったのに、その瀕死の女房を置いて、再び賭場に出掛ける希求性が見えて
来ない。単に金が要り様だという理由なら、全然反省してないモデルの坊主
竹と何ら変わりありません。これでは芝居が陳腐に見えて来ます。諫言のサ
イコロを裏切ることが女房を裏切ることだと覚悟のうえでの勝負なのです。
中車の半太郎は全体として演技がサラッと乾いた感触で、人物の暗い陰が見
えてこない。何だかいい人になってしまっています。その辺に研究の余地あ
りというところです。もう少し演技の間を深く取ってみれば良いのじゃなか
ろうか。

中車はたいぶ歌舞伎に慣れ て来た感じはしますが、サラサラと滑らかにしゃ
べっただけでは、まだ新歌舞伎の様式になって来ません。常夜燈脇でお仲を
突き倒して言う「見損なうな、何でえ。・・・たったひとつのサイコロの
丁目半目が野郎と阿魔なら・・・」以下の啖呵の長台詞は大事な台詞で、こ
こが駄目なら序幕の半太郎は生きてこないのですが、中車は 勢い付けてる
つもりでしょうが、台詞がまくれてしまっています。もっと言葉ひとつひと
つを明確にしゃべることです。それで台詞にリズムが付いてきます。無闇に
早くしゃべろうとせず、言葉ひとつひとつを明確にしゃべれる適切な速度で
しゃべることです。これで演技の間の取り方もだいぶ違ってくるでしょう。


本号に関連するサイトの記事
「暗闇の丑松」の幕切れについて
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/butai38.htm


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