歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第452号


カテゴリー: 2017年08月20日
*******************平成29年8月20日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第452号
            連動ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/ 
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こんにちは、吉之助です。

東京は天候不順が続いています。こういう時は体調管理に気を遣いますが、
みなさま、お身体ご自愛ください。

現在興行中の歌舞伎座納涼歌舞伎では、野田秀樹氏の「野田版 桜の森の満
開の下」が話題になっていますが、吉之助も近日舞台を見て、観劇随想を書
く予定にしていますので、お楽しみにしてください。

さて、まずひとつお知らせです。来たる10月に神奈川大学の生涯学習講座
で、「源氏物語と歌舞伎」というテーマで吉之助がお話しをすることになり
ました。受講申し込みは、神奈川大学のサイトから、9月1日から受付が始
まります。詳しくは下の記事をご覧ください。よろしければお申し込みくだ
さい。


ーーー<お知らせ>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○お知らせ:神奈川大学 生涯学習・エクステンション講座で
吉之助が「源氏物語」と歌舞伎についてお話をいたします。

『源氏物語』と日本の伝統文化 2回講座

2017年10月11日(水)(第1回)
     10月25日(水)(第2回)
     それぞれ13:00~14:30

場所:神奈川大学 KUポートスクエア(みなとみらい線みなとみらい駅)

詳細については神奈川大学の募集要項をご覧いただきまして
お申し込みください。よろしくお願いします。

http://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/2069/

(上のリンクから、講座の紹介ページに直接入れます。
 なお申込みは9月1日からとなっております。)

1)吉之助が、神奈川大学 生涯学習講座に登場し、「源氏物語」と歌舞伎
についてお話をすることになりました。

2)今回の、講座名「『源氏物語』と日本の伝統文化」は、2回講座です。

第1回目(10月11日)は、源氏物語研究がご専門の、宇留田初美先生の
担当で、「源氏物語」に登場する舞楽についてのお話をしてくださいます。
「源氏物語」のなかで光源氏が舞楽・青海波(せいがいは)の舞を舞う場面
は、物語のなかでも特に印象的なものです。

第2回目(10月25日)を吉之助が担当して、歌舞伎になった「源氏物語」
ということでお話をいたします。

3)「源氏物語」はどこでも人気で、読解の講座は多いですが、「源氏物語」
に関連した伝統芸能についての講座となるとあまりないように思います。そ
の点でもちょっと変わった切り口から「源氏物語」を楽しめるのではないか
と思っています。

4)ご存じの通り、「源氏物語」からの直接的な劇化は、昭和26年3月歌
舞伎座の、舟橋聖一脚色の「源氏物語」、あの「花の海老さま」・十一代目
団十郎の光源氏による上演が初めてのことでした。だから歌舞伎と「源氏物
語」は、あまり縁が深いとは言えないわけです。江戸時代の戯作者の感性は、
「源氏物語」を上手く劇化することが出来ませんでした。むしろ「源氏物語」
のパロディである、柳亭種彦の「偐紫田舎源氏」(にせむらさきいなかげん
じ)との関連から読まねばなりませんが、それもこれもそれなりの理由があ
ってのことなのです。いつもとちょっと違う視点から、「源氏物語」を眺め
てみるのも、興味深いことではないでしょうか。

5)受講料・その他詳細については、神奈川大学の生涯学習講座をご覧いた
だきまして、神奈川大学のサイトからお申込みをお願いいたします。

神奈川大学の生涯学習講座(トップページ)
この場合は「源氏物語」と入れて検索してください。

6)なお来年からは、神奈川大学の生涯学習講座で吉之助の連続講座を持つ
べく、現在準備中です。ご期待ください。



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○お知らせ:吉之助3冊目の書籍本が出ました。。

お手にとってご覧いただき、是非お買い求めください。

「武智鉄二・山本吉之助編 歌舞伎素人講釈」

すべて「武智全集」未収録の論考です。吉之助が解説を付しました。
伝統とは何か、古典とは何かを考えるのに、最適な入門書です。

アルファベータブックスより全国有名書店にて発売中
価格:2,916円(税込み)

アマゾンへは下記から購入できます。
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4865980377/hnzk-22


ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○芸道小説としての「春琴抄」~谷崎潤一郎・「春琴抄」論 第2回

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4)日本の芸道

佐助が密かに三味線の稽古をしていたことが周囲に知れて、やがて佐助は師
弟の関係となって、春琴から三味線を教えてもらえるようになりました。春
琴の親としては盲目で気むずかしやの娘の退屈が紛れてくれば傍の者が助か
る、云わば学校ごっこのような遊戯のお相手を奉公人の佐助にあてがったく
らいのつもりでした。しかし、二三年後には教える方も教えられる方も次第
に遊戯の域を脱して真剣になって行きま す。春琴の教え方は 非常に厳しく、
「あかんかかん、弾けるまで夜通しかかたかて遣りや」と佐助を激しく叱咤
し、時には「阿呆、何で覚えられんねん」と罵りながら撥で頭を殴り、佐助
がしくしく泣き出すこともしばしばであったと云います。

ここが谷崎文学でよく云われる男のマゾヒズム、師匠春琴に隷属することに
喜びを覚える佐助の被虐趣味とされている箇所です が、これをマゾヒズム
と断じてしまうのは、まだまだ早計です。「春琴抄」の語り手である「私」
は、そこのところの筆致は客観的に抑えて、芸の修行の場面においてはこう
いう 光景がしばしばあったんだということを語り始めます。

『昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を
加えることがあったのは人のよく知る通りである本年〔昭和八年〕二月十二
日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小
倉敬二君が書いている記事を見るに、摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫
の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていたそれは師匠豊沢団七から「い
つになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるというまた文楽座
の人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある玉次郎若かりし頃
「阿波の鳴門」で彼の師匠の大名人吉田玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い
玉次郎がその人形の足を使った、その時キット極まるべき十郎兵衛の足がい
かにしても師匠玉造の気に入るように使えない「阿呆め」というなり立廻り
に使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消
えずにいるのである。しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために
十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。彼はそ
の血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくる
み白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝し
た「この人形の折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも
知れない」としばしば泣いて人に語った。』(谷崎潤一郎:「春琴抄」)

折口信夫は、傍目からは人格否定にさえ見えかねない、体罰を伴った、厳し
い師弟関係というのは、通過儀礼の意味合いがあったとしています。通過儀
礼というのは、人類学者のアーノルド・ファン・ゲネップが提唱した概念で、
人生の節目に訪れる危機を安全に通過するための儀式のことを言います。そ
の身に降りかかった試練・窮地をしのぐことができれば、その人物にふさわ
しい新しい身分や社会的役割が与えられるとするのです。通過儀礼は、人生
の新しい段階に入るために古いものを捨て去る(あるいは否定する)ことが
必要であるという意味を象徴的に提示しています。

言うまでもなく貴種流離譚は、折口学の重要な概念です。貴種流離譚では、
主人公は自分の資質と努力によって、自らに降りかかった試練・窮地をどう
にかしのぐことができるのです。自分の資質と努力ということが大事な点で、
結局、そこに彼が「高貴な者」であることの証があるのです。それゆえ彼は
最初から選ばれるべき人物なのであって、選ばれるために彼は「試練」を与
えられるとも云えます。

『最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本の師弟関
係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで
敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしてい
るかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。(中略)子供または
弟子の能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。それに耐えられ
なければ死んでしまえという位の厳しさでした。』(折口信夫:座談会「日
本文化の流れ」・昭和24年12月)

日本の師弟関係には、そのような伝統的な素地があったのです。弟子は師匠
に罵倒され、時に暴力を受けたとしても、ヒイヒイ泣きながら師匠の後を必
死で付いて行ったものなのです。もちろん当時でも人格否定のような理不尽
な折檻が良かろうはずがなかったと思いますが、だからこそ敢えて弟子に辛
く当たるということがあったのかも知れません。ですからそのような折檻に
耐えるということは、弟子のなかに師匠に対する尊敬の念という以上のもの、
はるか先の芸の高みへの憧れ、そこへ少しでも近づきたいとする強い思いが
なければ、決して出来るものではないでしょう。

春琴に対する佐助の隷属的な献身も、その発端をまず伝統的な日本の師弟関
係において読み込んでおく必要があります。そのために谷崎は「春琴抄」の
なかに、日本の芸道論のような話を挿入しているのです。佐助の場合は、師
弟に対する尊敬、芸への憧れが、いつしか倒錯して男女の愛情と重なってし
まうのでややこしいですが、しかし、それでも佐助は師匠と弟子の絶対の関
係を、最後の最後まで断固として守り抜くのです。佐助は、師匠を仰ぎ見る
姿勢を死ぬまで崩しません。事実上の夫婦関係になっても、春琴も、師匠と
弟子の関係をなし崩しにすることを決して許しません。

ここは大事なことなので指摘しておきたいですが、巷間多くの「春琴抄」
論が、春琴と佐助の関係を、大店のいとはん(お嬢様)と奉公人の関係で読
んでいるようですねえ。確かに「春琴抄」は、「盲目物語」や「お国と五平」
に描かれているのと同じ、身分違いの恋ということですが、春琴と佐助は、
芸のうえでの師匠と弟子という関係において身分違いなのです。その証拠に、
佐助は春琴を「お師匠様」と呼んでいます。鵙屋が格式を重んじる大坂の旧
家だとしても、佐助の家も田舎で代々薬屋を営んでおり、商売の修業のため
に鵙屋が預かっていたわけで、いわば同業者の町人同士です。鵙屋が主筋で
あるというに過ぎません。その点においては、乗り越えられない身分違いと
いうわけではありません。春琴と佐助の関係は、芸のうえでの師匠と弟子の
関係で読まなければ、「春琴抄」のなかに正しい構図を見い出せなくなりま
す。


5)豊沢団平という時代

さらに語り手である「私」は、二代目豊沢団平と三代目大隅太夫の 師弟の
逸話を挙げます。団平は、明治の三名人のひとりと云われる三味線弾きです。
ちなみに明治の三名人とは、歌舞伎の九代目市川團十郎、浄瑠璃の常磐津林
中、そして三味線の団平の三人のことです。江戸時代に芸を磨き、江戸の雰
囲気を明治に伝えた名人たちです。団平は明治17年(1884)に大隅の
相三味線となり、厳しい稽古を付けて大隅を名人に育て上げました。これが
晩年の団平の最後の仕事でした。

『先代大隅太夫は修業時代には一見牛のように鈍重で「のろま」と呼ばれて
いたが彼の師匠は有名な豊沢団平俗に「大団平」と云われる近代の三味線の
巨匠であったある時蒸し暑い真夏の夜にこの大隅が師匠の家で木下蔭挟合戦
の「壬生村」を稽古してもらっていると「守り袋は遺品ぞと」というくだり
がどうしても巧く語れない遣り直し遣り直して何遍繰り返してもよいと云っ
てくれない師匠団平は蚊帳を吊って中に這入って聴いている大隅は蚊に血を
吸われつつ百遍、二百遍、三百遍と際限もなく繰り返しているうちに早や夏
の夜の明け易くあたりが白み初めて来て師匠もいつかくたびれたのであろう
寝入ってしまったようであるそれでも「よし」と云ってくれないうちはと
「のろま」の特色を発揮してどこまでも一生懸命根気よく遣り直し遣り直し
て語っているとやがて「出来た」と蚊帳の中から団平の声、寝入ったように
見えた師匠はまんじりともせずに聴いていてくれたのである』(谷崎潤一郎
:「春琴抄」)

杉山其日庵の「浄瑠璃素人講釈」には、団平と大隅の芸の厳しい修行の逸話
がいくつも出て来ます。最も有名なものは、団平が最初に大隅を稽古した時
の「傾城反魂香・吃又」の逸話です。「ここに土佐の末弟、浮世又平(うき
よまたへい)重起(しげおき)といふ絵かきあり。」の文句で、「末弟」の
発声が団平の気に入らず、 大隅は朝から晩まで「ここに土佐の末弟」ばかり
言わされましたが、団平は三味線を構えたばかりで、とうとう「トン」の撥
をおとさず、団平いわく、「大隅よ、お前の語るのを聴くと、どうも下手に
なった気がして、どうも打たれぬ。お前が天性芸が上手なので、私がこうま
で弾けぬのではないかとも思って、今思案をしているところじゃ」と云われ
て、大隅は廊下の板張りに身を突っ伏して、大泣きに泣いたということです。
其日庵は、大隅の思い出話をする時は、いつも目に涙を浮かべていたそうで
す。

ところで「春琴抄」のなかに、団平の名前がもう一箇所出て来る場面があり
ます。吉之助は、谷崎が「春琴抄」をもっともらしい話に仕立てる為だけに
団平を登場させて、春琴の芸のことを語らせたと思わないのです。日本の芸
道の歴史のなかで重要な役割を担う団平が、ここで再び登場することは、
重い意味があることだと考えます。

『作者の知っている老芸人に青年の頃彼女の三絃をしばしば聴いたという者
があるもっともこの人は浄るりの三味線弾きで流儀は自ら違うけれども近年
地唄の三味線で春琴のごとき微妙の音を弄するものを他に聴いたことがない
と云うまた団平が若い頃にかつて春琴の演奏を聞き、あわれこの人男子と生
れて太棹を弾きたらんには天晴れの名人たらんものをと嘆じたという団平の
意太棹は三絃芸術の極致にしてしかも男子にあらざればついに奥義を究むる
能わずたまたま春琴の天稟をもって女子に生れたのを惜しんだのであろうか、
そもそもまた春琴の三絃が男性的であったのに感じたのであろうか。前掲の
老芸人の話では春琴の三味線を蔭で聞いていると音締が冴えていて男が弾い
ているように思えた音色も単に美しいのみではなくて変化に富み時には沈痛
な深みのある音を出したといういかさま女子には珍しい妙手であったらし
い。』(谷崎潤一郎:「春琴抄」)

ちなみに団平は生年が文政11年(1828)で、没年が明治31年
(1898)。大隅の生年が安政元年(1854)で、没年が大正2年
(1913)です。このことは「春琴抄」での春琴と佐助の生没年と一致は
しませんが、おおまかなところで、ほぼ同時代なのです。しかし、決定的に
違うところもあります。元治元年(1865)3月に、春琴は就寝中に何者
かに襲われて、顔に大火傷を負い、同年5月頃、佐助は自ら両目に針を刺し
て失明しました。つまり「春琴抄」では、春琴と佐助の二人の世界の時計は
元治2年で止まり、佐助のなかでずっと江戸のまま生き続けるのです。その
後、死が訪れるのが、春琴は明治19年、佐助は明治40年ということなの
です。

一方、世の中は江戸から明治、大正・昭和と変転し、社会も世相も価値観も
どんどん変わって行きます。先に書いた通り、変わって行くこと自体は悪い
ことではないのです。それはそのようなものの性質として在るものであるの
ですから、そういうものが変わらないとすれば、そのことの方がむしろ悪い
かも知れません。 ここで変わりゆく日本の芸の世界の流れをざっと考えてみ
ることにします。

明治の三名人の没年は、それぞれ団平が明治31年(1898)、団十郎が
明治36年(1903)、林中が明治39年(1906)です。このことが
示すものは、明治維新(慶応三年・1867)によって世の中は江戸時代が
終わって明治時代に移るのですが、それは政治体制上の区切りに過ぎないの
であって、江戸の芸がそこで終わったわけではないという当たり前のことで
す。明治期の前半には、江戸時代に生まれた芸人たちが、江戸の雰囲気を濃
厚に残した芸を、まだまだ見せてくれていました。しかし、明治も三十年を
過ぎて来ると、名人たちが次々と高齢になって亡くなって行きます。明治の
三名人とは、江戸文化の最後の輝きを放って散った芸人たちの象徴的存在で
した。

明治36年(1903)、五代目菊五郎が亡くなって、すぐさま息子の丑之
助が六代目菊五郎を襲名することになりました。その披露口上において、九
代目団十郎は「自分と故人(五代目菊五郎)が最後の江戸っ子である」と観
客に語りかけました。この後 間もなく九代目団十郎は亡くなりました。この
時、民衆が受けた精神的衝撃は、想像できないほど大きなものでした。伊原
敏郎(青々園)は、その時のことを次のように書いています。

『「団菊が死んでは今までのような芸は見られぬから、絶対に芝居へ行くこ
とをよしにしよう」、そういう人が私の知っている範囲だけでも随分あった。
またそれほどには思い詰めなくても「(国劇の最高府である)歌舞伎座はこ
れから先どうなるだろう」、それが大方の人の頭に浮かぶ問題であった。』
(伊原敏郎:「団菊以後」)

いくら名優とは言え、ひとりの歌舞伎役者の死を「歌舞伎はもう終わりだ」
というほど人々が思いつめたというのは尋常ではありません。このことの意
味は、明治36年に歌舞伎は、完全に江戸から切り離され、同時代劇ではな
くなったということです。以後の伝統性能の世界は、観念的に江戸から切り
離された、故郷を失った芸となったのです。

六代目菊五郎など残された若い芸人たちは、明治になってから生まれた人た
ちでした。彼らにとって江戸とは既に「失われた時代」です。彼らと江戸を
つなぎとめるものは、彼らが覚えている先達の名人芸の記憶のなかにありま
す。先達がやった通りにやってみることが、 兎に角江戸とつながることに
なる。そこから彼らの芸が始まるのです。芸の有り様が、そのようになって
しまいました。これは仕方のないことです。歳月が経つにつれて代変わりし
て、芸の有り様が少しづつ変わって行くのは、当たり前のことなのです。そ
れでも彼らは、先達の名人芸の記憶をとっかかりに「失われた時代」との繋
がりを何とか取り戻そうと、必死で努力してきました。それが明治末から大
正の芸の有り様なのです。

このことは次元は違えども、明治末期から大正期に生きる日本の民衆にとっ
ても、まったく同じ状況だったのです。江戸から切り離されて鎖国が終わり、
チョンマゲがなくなり帯刀がなくなり、海外から様々な文化・思想が流入し、
日本は世界情勢に否応なく翻弄されて、それは仕方のないことであったので
すが、民衆にとって江戸は「失われた時代」となったのです。江戸から明治
への変化が民衆に与えた衝撃は強烈なものでした(当時の知識層がどれほど
苦しんだかは、夏目漱石や森鴎外などの作品を読めば知れることです)が、
その衝撃が引き起こす症状は民衆の心にすぐに現れるわけではありません。
それがロス感覚、或いは鬱感覚としてジワジワと民衆の心に表れ始めるのは、
もう少し遅れて明治末期から大正期ということになります。

「春琴抄」の主人公春琴は三味線の名手ですから、谷崎は団平をその世界の
芸の至高の存在として、小説中に登場させているのです。その団平が明治
31年に亡くなります。「春琴抄」では春琴が明治19年に亡くなりますか
ら、そこに12年の違いがありますが、谷崎は春琴の死に団平の死と同じ意
味合いを持たせていることは明らかなのです。それは我々は江戸という故郷
(この場合の「江戸」は「日本の伝統」と同義に考えて良い)から精神的に
切り離されたという思いです。そのなかで時間の流れを止めてまったく変わ
らず守り続けているのが弟子である佐助で、対照的にゆっくりと流れ変わり
続けているのが、語り手である「私」つまり谷崎その人と、或いは読者とい
うことになるでしょうか。


(この稿つづく)


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