歌舞伎素人講釈

サンプル誌


********************平成13年1月28日発行***
                             ◎
     メルマガ「歌舞伎素人講釈」      創刊号     ◎

  ◎     連動ホームページ: http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/
 ◎
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吉之助(きちのすけ)でございます。この度は私の拙いメルマガを申し込んで
いただきまして有難うございます。歌舞伎などの伝承芸能を題材に「日本のこ
ころ・伝統・芸のこころ」を考える、というコンセプトのもとに、少しでもお
役に立てるメルマガにしたいと思います。末永くお付き合いください。

2月4日創刊の予定でしたが、長くお待ちいただくのも申し訳なく、発行を
1週間早めてお届けいたします。

本メルマガは同名のホームページと連動しております。本メルマガでは仰々し
い長い論文は避けまして、私の「思案中のこと」を中心にお届けいたします。
これはいわば「未定稿」であり、その後に加筆・修正された後、ホームページ
に収納されるものであります。ホームページの更新もメルマガでお知らせしま
す。

-----<今回の話題>----------------------------------------------------

「歌舞伎と三島由紀夫」〜近代能楽集「卒塔婆小町」をめぐって
           (ついに成就されなかったことへの詩情と憧憬)

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1)蜷川幸雄演出の「卒塔婆小町」

メルマガ「歌舞伎素人講釈」の創刊号に「三島とは?」と思われるかも知れま
せん。が、もちろん歌舞伎と伝統に関する視点での話題ですのでご安心下さい。
じつは「三島由紀夫の歌舞伎観」という文を書いたばかり(ホームページでご
覧いただけます)で、この天才についてはまだ十分論じられていないことが多
く、また三島が時代に突きつけた問いにまだ我々は答えを見出していないとも
感じるのです。

ご承知の通り昨年11月15日は三島由紀夫没後30年に当たりました。この文
もそれがきっかけで書いたものですが、調べてみると歌舞伎と三島由紀夫との
絆は思った以上に強いもので、歌舞伎こそ「三島文学のふるさと」と言っても
よいように思いました。もちろん歌舞伎への失望が三島の死と直接つながるも
のではありません。しかし三島が筋肉化し武道化していく過程と三島の歌舞伎
観はパラレルな変化を見せており、三島の内的変化をそこから推察することも
可能なように思われました。

ところで渡辺保先生が「新潮」の三島没後30年臨時増刊に「小町とルネ」と
いう文章を書いておられます。それによれば、昭和52年7月に国立小劇場で
「近代能楽集」が集中上演された時に、蜷川幸雄氏が「卒塔婆小町」を演出し
たのですが、この時に渡辺先生は蜷川氏に「この作品が面白くないからやめた
ほうがいい」と忠告したのだそうです。ところが舞台をみたら平幹二郎の小町
が予想を越えて実に素晴らしく驚嘆させられたと書いておられました。この舞
台は平幹二郎が初の女役に挑戦ということで話題の舞台でした。(平が「メデ
イア」に挑戦するのはその1年後だったと思います。この日の公演のもうひと
つの話題は坂東玉三郎のこれも初役の「斑女」でしたが、これは別の機会に。)

この日の舞台をじつは私は蜷川氏の隣の席で見ました。と言っても私は蜷川氏
と知り合いではないので偶然でしたが。私は当日券で入ったのですがたまたま
左の席が空いていて、そこに蜷川氏が「この席空いてますか」と言ってきたの
でした。「はい、空いてます」と答えた、それだけの関係です。しかし稽古中
に怒鳴りまくり灰皿を投げつけるという伝説のある蜷川氏ですが、自分が力を
出し切った仕事を見る時の演出家はこうなのかなと思いましたけど、ホントに
他人の作品を見るような感じで淡々とご覧でした。自分の演出した舞台を見て
カリカリする感じは隣にいてもまったく感じられませんでした。

さてその「卒塔婆小町」(昭和27年)ですが、大柄でごつい体つきの、どう見
ても老婆には見えない平幹二郎の小町はもちろん歌舞伎の女形のような技術を
持っているわけではありません。むしろ持っていないことを逆手にとり平は実
に骨太で豪胆な小町像を作り上げました。滑稽でグロテスクだという言い方も
できるかも知れません。

劇後半では舞台が幻想の鹿鳴館に変わり、詩人は深草少将になり皺だらけの老
婆を美しい小町だという幻想のなかで「美しい」と叫んで死にます。平の小町
は「美しくない」姿で詩人の幻覚が単なる幻覚に過ぎないことを観客にみせつ
けます。この二人はかつて前世はホントは少将と小町であったのではないか、
などとは想わせないのです。幻想は虚構に過ぎず現実を何も変えもしないこと
を教えてくれます。この「卒塔婆小町」の舞台では「奇跡」は起きないのです。

2)成就されなかったことへの美学

三島がここで鹿鳴館での舞踏会を設定したことは注目されます。もちろん三島
が文学座のために書いた「鹿鳴館」(昭和31年)との関連です。この芝居の
フィナーレで影山伯爵が「鹿鳴館、この欺瞞が日本人をだんだん賢くするのだ
・・・隠すのだ、だぶらかすのだ、外国人たちを、世界中を・・・でも、私は
この踊りをずっと踊っていくつもりだよ。」と言います。明治という時代の鹿
鳴館の舞踏会とは、日本人が日本を捨てて西洋人になりきろうとした欺瞞の踊
り、虚構のダンスでした。ここでも日本人が西洋人に変身する「奇跡」は起こ
らなかったのです。三島は明治という時代の一面を正確に見ていたと思います。
これはいわゆる「司馬史観」とはまた別の見方ですね。

この「近代能楽集」については、特に能に通じている人にはその舞台が謡曲の
世界を伝えていないと感じられるらしく、必ずしも高い評価がされていないよ
うに思います。しかし私は思いますがこれは思い違いで、三島は謡曲を現代風
俗に置き換えようとしたのではなく、三島は謡曲を本歌取りして現代劇を作ろ
うとしたように思います。それでも「斑女」のラストシーンのように謡曲の世
界を感じさせるようなものもありますが、これら一連の「近代能楽集」は三島
の手になると悲しいかなどうしても歌舞伎的にならざるを得なかったように思
われるのです。三島は「芝居を書いている時に、観客席にいる自分を感じてい
る」と言っています。それは歌舞伎を観ている少年時代の三島自身であったか
も知れません。結果的には謡曲のモティーフを現代風俗で戯画化したような、
あえて俗悪な要素でくるめたような作品になったのでした。つまり三島は謡曲
を歌舞伎の手法を用いて書き直したということだと思います。

もし小町を玉三郎が演じていたとしたら、欺瞞の舞踏会は「奇跡の舞踏会」に
なったことでしょう。玉三郎なら、変身へのチャンネルの切り替えを鮮やかに
やってのけただろうと思います。老婆は美しい小町に変化し、前世に結ばれる
ことのなかった深草少将と小町がこの世で再び巡り会い、そしてまた結ばれな
かったという悲劇になっていたのではないでしょうか。それも美しくて魅力的
なのですが・・・。しかし、平の美しくない小町は歌舞伎の女形の手法を使わ
ず、逆に「先祖返り的に」能の女形のような骨太な感触を感じさせたのでした。
つまり平の小町はこの作品がたしかに「近代能」であることを、もしかしたら
作者三島自身も予想もしなかったような形で示して見せたことになります。

三島は「古今集と新古今集」(昭和42年)において、古今集の真名序にある
有名な一節「力をも入れずして天地を動かし」を、文学と行動を結びつける理
念として挙げています。そして三島は言います。あの太平洋戦争末期に神風が
ついに吹かなかった、あの時(特攻隊など)人間としての至上の精華を示した
にもかかわらず神風は吹かなかった、それなら行動と言葉とはついに同じこと
だったのではないか、力をつくして天地が動かせなかったなら、「力をも入れ
ずして天地を動かし」という詩の宣言の方がむしろ天地を動かす力を持つので
ないか。「この時から私の心の中で、特攻隊は一篇の詩と化した。行動ではな
くて言葉になったのだ。」

この文章は三島の最後についての秘密に触れるものだと思いますが、ここでは
深入りしないことにします。また、この文章にはなぜ三島が鹿鳴館に惹かれる
のかという、三島の美学の秘密も隠されています。それは鹿鳴館が「日本人が
西洋人になり切ろう」として結局果せなかったということに関係すると思いま
す。成就されなかったことに対して、あれほど願望されたにもかかわらず成就
されなかったからこそ三島は詩を感じ、また力を感じているのでしょう。想い
を鼓の音に込めつつ果せずに消えていく老人の霊(「綾の鼓」)、恋人を待ち
つづけついにはその顔さえ忘れ、それでもなおひたすら待ちつづける狂女花子
(「斑女」)、輪廻を越えて憧れを持ちつづけ、ついに成就されることのない
詩人の恋(「卒塔婆小町」)。

(参考文献)

渡辺保:「小町とルネ」〜「新潮」平成12年11月臨時増刊「三島由紀夫没
後30年」特集号

この時の「卒塔婆小町」・「斑女」の公演は、新潮カセット・ライブラリーで
録音を聞く事ができます。

* * * * * * * * * * * * *

ところで三島は時間にうるさかったそうで、約束の時間に5分遅れると待たな
いで帰ってしまったそうです。そう言えば最後の時も「あと30分待とう」と
言ってましたが結局待たなかったのです。「待ちの美学」は作品の中だけなの
かななどと思ったりして・・・(?)。

九代目沢村宗十郎が亡くなりました。三島は祖父七代目のその古風な芸を愛し
ました。九代目もまた「くさやのような不思議な歌舞伎の魅力」を感じさせて
くれる貴重な役者でありましたが。合掌。

次回をお楽しみに。次号は2月4日にお届けします。

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