歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第473号


カテゴリー: 2018年04月08日
*******************平成30年4月8日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第473号
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こんにちは、吉之助です。

吉之助の街は本日が桜まつりなんですが、もうすっかり葉桜です。

さて、本号は、前号に引き続き、昭和46年6月国立劇場での「心中天網島」
通し上演の、観劇随想の後半部分です。作品論としてもいい感じに仕上がり
ました。


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ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

原作準拠による「天網島」~二代目鴈治郎の「心中天網島」通し (後編)

昭和49年6月国立劇場:「心中天網島」

二代目中村鴈治郎(紙屋治兵衛)、
二代目中村扇雀(紀の国屋小春)、
十三代目片岡仁左衛門(粉屋孫右衛門)、
五代目片岡我童(治兵衛女房おさん)、山口廣一監修

*役者名は当時の名前に拠っています。

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4) 風に揺らるるなり瓢

今回改めて「天網島」を上・中・下巻を通して眺めてみると、歌舞伎で改作
の「河庄」(上の巻)・「時雨の炬燵」(中の巻)を見取り狂言として出す
場合には、幕に完結性を持たさねばならぬわけですから、現状のような段取
りにならざるを得ない理由が何となく納得できる気がします。言い換えれば
近松の「天網島」の上の巻・中の巻は本来未解決な部分を残したものであっ
て、どちらも単独では完結しないということなのです。上・中・下の三つが
揃ってこそ「天網島」は完結するように出来ているのです。「天網島」は実
説を基にしているのですから、心中の結末は最初から「在るべき結末」です。
在るべき結末に納めるべく、筋は静かに流れて 行きます。観客の心を沈静
するように道行の調べが流れて行きます。そこから古典的な趣きが醸し出さ
れます。

ここでフト思うのですが、際物に対する観客の興味は恐らく「どういう理由
で彼らはそういうこと(心中)になったの?」という素朴な疑問にあると思
います。 そこがしっかり出来ていないと芝居に出来ぬわけですから、近松も
観客のそのような下世話な興味に応えるようにはしていますが、多分、近松
はそういうことにあまり興味はないのだろうと吉之助は思います。近松の興
味はただひとつ、人の生の「あはれなるさま」を描くことです。そのことが
「天網島」を上中下を通して吉之助が感じることです 。

例えば近松最初の世話物である「曽根崎心中」は、お初徳兵衛の二人が心中
して「恋の手本となりにける」で詞章が締められて、男女の愛がそのまま普
遍的な高みへ達するカタルシスがそこにあります。一方、「天網島」の小春
治兵衛の心中には、このような愛の勝利と云う印象がありません。これはひ
とつには、治兵衛が独身の徳兵衛と違って妻帯者の子持ちであるせいです。
三角関係でもおさんが悪妻ならば観客も治兵衛に多少の入れ込み ・同情が
出来るかも知れませんが、おさんはまったく出来た女房です。この点でも治
兵衛に対する 共感は得られにくく、心中のカタルシスが弱まらざるを得ま
せん。或いは二つの作品の時代の違い、「曽根崎」(元禄16年・
1703)から「天の網島」(享保5年・1720)への世相の変化 も考
慮に入れるべきかも知れません。享保期にはお上は既に心中ブームに神経
を尖らせていました。

しかし、「曽根崎」でもよく読めば、近松の興味はどういう理由で二人はそ
ういうことになったかというところにはなく、やはり人の生の「あはれなる
さま」を描くことにあったと思います。「曽根崎」の核心がそこにあったと
云うことは、同時代の儒学者荻生徂徠が近松の「曽根崎」道行の詞章を絶賛
したことで明らかです。結局、近松が腕によりをかけて書いた箇所は、「曽
根崎」でも「天網島」でも、道行なのです。しかし、近松は死の瞬間を甘美
に描くこととを決してしません。冷徹なリアリズムの眼差しと受け取れるか
も知れませんが、その背後に近松の涙が感じられます。これこそ近松が描く
「もののあはれ」なのです。

本稿で取り上げる昭和49年(1974)6月国立劇場での「心中天網島」
通しも、上演の意義は、下巻を大和屋の場までで終わらせず、道行「名残の
橋尽くし」に少々カットがあるにしても、兎も角も詞章通り治兵衛が大長寺
境内の水門の口で縊死する場面までを描き切ったことにあります。多分、歌
舞伎でここまで演じた例は、後にも先にもこの時だけだったと思います。昭
和57年5月・「近松座」第1回公演で四代目坂田藤十郎(当時は二代目扇
雀)が「心中天網島」通しを行った時(これも原作準拠上演を標榜した上演
でありましたが)には 、治兵衛は小春の死骸を見ながら脇で首括る縄を持っ
てたたずむところで幕としたので、治兵衛が縊死する場面まではやらなかっ
たのです。縊死の場面を視覚化することは、役者にとってイメージ的に気が
悪いことであり、これを見る観客にとっても辛いことなのですが、これを試
みた二代目鴈治郎の意欲には敬意を表したいと思います。映像でこれを見た
吉之助にも、大きな衝撃がありました。この場面の浄瑠璃の詞章を引きます。

「頭北面西右脇臥に羽織うち被(き)せ、死骸をつくろひ。泣いてつきせぬ
名残の袂(たもと)。見捨てて抱(かかへ)をたぎり寄せ。首に輪奈(わな)
を引掛くる。寺の念仏も切回向。有縁無縁乃至法界。平等の声を限りに樋
(ひ)の上より、一蓮托生、待む阿弥陀仏と、踏みはづし、しばし苦しむ、
なり瓢(ひさご)、風に揺らるるごとくにて、次第に絶ゆる呼吸の道、息せ
き止むる樋の口に、この世の縁は切れ果てたり。朝出の漁夫が網の目に、見
つけて、死んだ、ヤレ死んだ、出合え出合えと声々に、言い広めたる物語。
直(すぐ)に成仏得脱の、誓ひのあみ島心中と、目ごとに、涙をかけにけ
る。』

「なり瓢(ひさご)、風に揺らるるごとくにて」とは、水門の樋に首括った
治兵衛の遺体が風に揺られてぶらぶらしている様を表しています。対象を突
き放した何とも冷徹な言い回しです。どこか虚無的で皮肉な味わいさえ感じ
させます。もしかしたら近松はここで作品の古典的収束を破壊することを意
識したかも知れません。人生の実相を直視せよと近松は言うのです。確かに
治兵衛は小春の死骸を見ながら脇で首括る縄を持ってたたずんで幕になる方
が、芝居の終わり方としては無難なところです。歌舞伎で役者が縊死を演じ
るよりは、文楽で人形が縊死を見せて脇で太夫が語る方が、情景がいくらか
客観的に見えて、救われるところがあるかも知れません。役者が演じると、
救いようのなさが観客に視覚的に突き刺さります。漁夫が「死んだ、ヤレ死
んだ、出合え出合え」と叫ぶのも、あまり同情がない冷めた感じです。しか
し、心中は当事者には何かしら意味がある行為であったとしても、他人には
その本当のところは分かりようがないのです。近松が言いたいのは、ただ
「そんな人生もあったのだ」ということだけです。このような境地にまで行
き着かねばならなかった近松というのはただただ凄い作家であったなあと思
うばかりです。鴈治郎の挑戦のおかげで、「天網島」のそのような厳しいと
ころが見えた気がしました。


5) 治兵衛の性根

治兵衛はまったく優柔不断な男です。商才はないようだし、上の巻・中の巻
でも状況に動かされて右へ行ったり左へ行ったりしているだけで、能動的に
動くところがありません。小春やおさんから見てこんな治兵衛のどこが魅力
なのか、やっぱり面が良いだけなのか、しようもないところに惚れてしまう
のかと思ってしまいます。

しかし、吉之助が考えるには、女たちが治兵衛を愛するのは、多分、治兵衛
が「優しい」というところにあるのだろうと思うのです。治兵衛は「ものの
あはれ」を感じることができる男なのです。もののあはれをあまりに強く感
じてしまうので、そこで治兵衛は決断することが出来ず、ハタッと立ち止ま
ってしまうのです。治兵衛は動かないのではなく、動けないのです。感情の
量が多すぎて、動きが取れないのです。動けないところに、治兵衛の溢れ出
る二人の女への愛があります。そこが女たちから見ると、たまらなく愛おし
いのだろうと思います。

それにしても「天網島」詞章をドラマ的に一瞥すると、役を演じる時の取っ
掛かり、ここをこう演れば役を表現できるという手掛かりになる箇所が、治
兵衛の場合、少ないようです。だからと云って治兵衛がただ風情だけで見せ
る役だということにしてしまうと、これもまた難しいことになりそうです。

例えば小春がおさんの義理を云って「私をここで殺して、あなたは別の場所
で死んでくれ」と頼む場面、治兵衛は「愚痴なことばかり。おさんは舅に取
り返され、暇とやれば他人と他人、離別の女に何の義理」」と答え、脇差と
って髪を切り、「これ見や、小春、この髪のあるうちは、紙屋治兵衛という
おさんが夫、髪切ったれば出家の身、(中略)おさんという女房なければ、
おぬしが立つる義理もなし」と言います。

治兵衛がこう云うのは、おさんへの義理のことを小春に忘れさせるため・気
を楽にさせるための、治兵衛の小春への優しさである・或いは方便であろう
と読む方が居るかも知れません。もしそうならば、治兵衛はおさんに対して
随分と薄情です。 これではおさんに対して不義理になってしまいます。です
から、そういうことは絶対にないのです。治兵衛は小春とはまったく別の場
所で首を括って死んだのですから、おさんへの義理は治兵衛の心のなかに間
違いなくあったのです。治兵衛の真意は、この後の文章を見れば分かります。

(原文)『浮き世を逃れし、尼法師。夫婦の義理とは、俗の昔。とてものこ
とにさつぱりと死場も変えて、山と川。(中略)最後は同じ時ながら、捨身
の品も所も変えて、おさんに立ち抜く心の道。』

(吉之助の現代語訳)『(髪を切ったうえからは)お互い、浮世をのがれた
尼と法師のようなもの。夫婦の義理は、俗人であった昔のことだ。ともかく
さっぱりと死に場所を、山と川に、別々にしよう。(中略)死ぬ 時は同じで
も、死ぬ方法も場所も別々とする、これでおさんに人しての道を貫き通すこ
とにしよう。』

上記文章の「夫婦」は、おさん治兵衛とか小春治兵衛とか、特定の夫婦のこ
とを指すものではありません。「夫婦」という世間一般の概念のことを云っ
ているのです。浮世を離れた尼と法師になったからには、 自分たちには世間
の「夫婦」という概念はもはや存在しない。と云うことは、二十九枚も起請
文を交わして「未来は夫婦」と言っていた二人の約束ももうないということ
なのです。後の詞章で治兵衛は起請文のことも言っています。起請文を交わ
したことで殺した鳥は何羽であろうか、今は烏の鳴き声が報い報いと聞こえ
るぞと言っています。 ここに心中して来世は小春と夫婦になろうという甘い
響きはまったく聞こえません。こうして、おさん治兵衛(夫婦関係)とか小
春治兵衛(愛人関係)とかいう俗世間の関係は消滅し、代わりに小春・治兵
衛という別箇の人間がそれぞれ立つことになる。そしてそれぞれがおさんの
ことを思いながら死のう。それが人としての道を貫き通すことになる。もし
来世において小春と 一緒になれるならば、それは死によってすべてが清算さ
れたことを御仏が認めてくれた後でのことです。今この時点においては、そ
のことは考えない。ここで展開される近松の論理は、とても明快 です。 
(おさんは舅に実家へ戻されてここにはいないけれども、小春治兵衛の死は
気分的に三人心中に近いものです。谷崎潤一郎は「天網島」の深層を読んで、
このシュチュエーションを自作の「卍」のなかに取り込んでいるのです。小
説の最後のひねりが、谷崎の手腕です。本論第3章をご覧ください。)

優柔不断で何も出来なくてズルズルと状況を悪くしてしまった治兵衛は、最
後の最後に、見事に一人で責任を取ったのです。「もののあはれ」に裏打ち
された、内面の強さを治兵衛は最後に見せたということです。

別稿「和事芸の多面性」で触れましたが、和事の「やつし」の本質は主人公
が落ちぶれた身分の落差・哀れさにあるのではなく、「現在の自分は本来自
分があるべき状況を正しく生きていない、自分は仮そめの人生をやむなく生
きており、本当の自分は違うところにある」という思いにあるのです。裏返
せば、そのような思いのなかに、実は治兵衛の内面の強さがあるのです。で
すから「天網島」を下の巻から読み直して、治兵衛の性根を組立てた方が良
いのかも知れません。最後に縊死する場面で治兵衛の内面に潜む、そのよう
な思いを抉り出すことで、そもそも治兵衛が出来た女房を置いて小春と馴れ
初めたのか、その背景(そのことを近松は浄瑠璃では描いていません)を想
像することが出来るのです


6) 「天網島」原作準拠上演

今回の舞台映像(昭和49年6月国立劇場・「心中天網島」)ですが、ここ
まで述べた通り、現行歌舞伎ではもはや上演がされない下の巻(曽根崎大和
屋~道行「名残りの橋尽くし」~網島大長寺)を取り上げたことは、とても
意義があることでした。一方上の巻(現行歌舞伎では「河庄」に相当)、中
の巻(現行歌舞伎では「時雨の炬燵」に相当)については、大筋のところ現
行歌舞伎とさほど変わらない印象を受けました。せっかくの機会であったの
に、これは残念なことでした。

例えば上の巻「曽根崎河内屋」では、冒頭に曽根崎の往来を行く人々を登場
させて色街の喧騒の雰囲気を出しています。これは悪くないです。 もっと
騒がしくてもいいくらいです。「魂抜けてどぼとぼ」で二代目鴈治郎の治兵
衛が登場する場面では花道で按摩と交錯するのが面白く、治兵衛も「河庄」
ほどに 物思いのムードに浸りきっていないところが新しいかも知れません。
そんなところでこの後に期待を持たせてくれますが、上の巻については台本
が「河庄」とさして相違があるわけではありません。芝居が進んでみると、
結局、従来歌舞伎の「河庄」の段取りを原作準拠の台本に合わせてちょこっ
と調整してみたに過ぎないことが露わになってしまいます。台本の違いから
来る微妙な相違に留まっており、従来の「河庄」の、ナヨナヨと軟弱な和事
の治兵衛の性根の決定的な見直しまでには至っていません。このことは監修
の山口廣一が責を負うべきことですが、従来歌舞伎の手順に慣れてしまった
役者にはやはり難しかったかも知れませんね。

それでも鴈治郎にはこれまでと違う治兵衛を創ろうと云う意識が少なからず
見えますが、従来歌舞伎の手順に慣れてしまっているということならば、十
三代目仁左衛門の孫右衛門や二代目扇雀の小春 の方が、鴈治郎以上にそう
いう感じなのは、ちょっと困ったことだと思います。上方陣で脇を固めたは
ずなのに、型物的な重さが終始つきまとうのは、そのせいです。仁左衛門の
孫右衛門は武士の客を騙って小春と会っているわけですが、頭巾を取って治
兵衛に正体を明かすまで、重い時代の武士の性根で通しています。しかし、
原作準拠ということならば、 これはもう少し工夫が欲しい。本来が粉屋の商
人が武士の客を騙って店に来ている、真面目な性分だから色事に慣れていな
いと云う、孫右衛門の居心地の悪さをもっと強く出した方が良いのではない
か。それが世話物の滑稽というところに通じるはずです。

例えば治兵衛が「(小春を)思い切ったる証拠、これ見よ」と二十九枚の起
請文を取り出し、「兄じゃ人、あいつが方の我らが起請、数改めて受け取っ
て、こなたの方で火にくべてくだされ」と云われたら、孫右衛門は「何ィ、 
起請文が二十九枚?そりゃまったく呆れたことじゃ」くらいの驚いた反応を
見せて良いのです。起請文なんぞは一枚書けば十分なのです。それが二十九
枚もあるということは、治兵衛が「小春、お前、わてのこと好きか、そんな
ら起請お書き」というじゃれあいを二十九回やっていたと言われても仕方が
ないことで、いくら本人たちが真剣だと主張しようが、傍から見ればまとも
ではないのです。これは滑稽なことで、ここは観客が笑うべき場面なのです。
孫右衛門は、実直 でまともな、当時の観客にとって等身大の、大坂商人で
あるからこそ、それが分かる。仁左衛門の孫右衛門には、そのような大坂の
観客目線に立っている感じはないですね。その辺の工夫がもう少しあれば、
「曽根崎河内屋」の感触が随分変わると思うのですが。

従来の「河庄」の小春ならばそれなりかも知れませんが、扇雀の小春も重い。 
「愛しい治兵衛と別れるならばいっそ死んでしまいたい」という気持ちはそ
れなりに出ていますが、その気持ちを写実の手法で出して欲しいわけです。
それでないと世話物になりません。幕切れの三人が引っ張りで決まる段取り
は従来の「河庄」とまったく同じ段取りで、いかにも義太夫狂言らしい型物
的な印象 であるのも、気に入りません。世話物の観点から見れば、こうい
う「決まった感覚」はまったく時代物の処理であることは歴然 です。そこ
がクリティカル版としての原作準拠上演の勘所となるはずなのですが。

例えば初代鴈治郎には大正14年6月・中座で「河庄」の治兵衛を演じた映
像が数分の断片で遺っていますが、幕切れで治兵衛は羽織を頭から被って床
に突っ伏してしまうのです。これは現行の幕切れとまったく異なるものです。
現行の「河庄」の型はどういう経過で今のようになったのですかねえ、それ
は良く分かりませんが、どうやら初代鴈治郎は毎回どこか段取りを変えて演
じていたようなのです。後年、二代目鴈治郎はこの映像を見て「この型は僕
にはとても出来ない」と頭を抱えたそうです。これと同じでなくても、全然
別のやり方で結構ですが、幕切れの段取りについては何か工夫が必要であっ
たと思います。絵面の感覚を破壊することで、世話の写実感覚が得られるの
です。この幕切れでは原作準拠の旗印が泣くというものです。

中の巻「天満御前町紙屋内」が、上の巻の重めの感覚と比べるといくらか世
話の感触がするのは、この場の原作準拠の台本が現行の「時雨の炬燵」との
相違の程度が大きいことが幸いしています。五代目我童のおさんはそれに助
けられてはいますが、これも演技が現行と変わらず、ちょっと控えめに過ぎ
ます。おさんは出来過ぎた女房なのですから(恐らく治兵衛はそれが負担に
なったのでしょう)、もう少し能動的に利発なところを見せた方が良いです。
そうしないと「それなればいとしや小春は死にやるぞや」からの転換が効い
て来ません。

このように上の巻・中の巻については現行歌舞伎をベースに原作準拠の台本
との段取りの差異を調整してみたに過ぎず、山口廣一の監修は名前ばかりと
云うべきですが、下の巻の上演については、いくら評価してもし過ぎること
はない成果を挙げたと云えます。従来の「河庄」・「時雨の炬燵」を残すこ
とももちろん大事なことですが、例え回数は少なくとも、たまには「天網島」
原作準拠上演を上演してみることは、近松を再評価するということで大変に
意義があることだと思います。近松の 見方が変わると思います。



*本号に関連するサイトの記事
鬼が棲むか蛇が棲むか~谷崎潤一郎:「卍」論
http://kabukisk.com/dentoh70.htm
和事芸の起源~「廓文章・吉田屋」
http://kabukisk.com/sakuhin92.htm

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