歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第474号


カテゴリー: 2018年04月25日
*******************平成30年4月25日発行****
      ◎ 
                          ◎  
    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第474号
                       
                       連動ホームページ: http://kabukisk.com
               ◎  
       ◎ 
***********************************

こんにちは、吉之助です。

本号でお届けするのは、今月(4月)歌舞伎座での、「西郷と勝」の観劇
随想です。このお芝居は、明治150年記念ということで、真山青果の
「江戸城総攻」三部作から、西郷隆盛と勝麟太郎の、江戸城明け渡しに
関する、有名な会見に関連する場面をピックアップして再構成したもの
です。なお史実での西郷と勝の会見は2日に渡って行われ、緊迫したやり
取りがあったと思われます。青果自身も記していますが、戯曲ではこの
会見を一日にまとめ、細かいことは二人の肚に収めて終わる形になって
いるのは、これはもちろん芝居の上でのことです。


ーーー<お知らせ>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

サイト「歌舞伎素人講釈」のアドレスが変わりました。

新しいサイトアドレスは、http://kabukisk.com で、既にご覧いただけます。
ブックマークの変更をお願いいたします・


ーーー<お知らせ>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

神奈川大学 生涯学習・エクステンション講座で
吉之助が歌舞伎についてお話をいたします。

歌舞伎への招待~市川団十郎家の芸 全7回講座
いよいよ5月連休明けから始まります。

http://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/2165/


ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○西郷と慶喜~指導者の揺れる内面

平成30年4月歌舞伎座:「江戸城総攻」~「西郷と勝」

四代目尾上松緑(西郷隆盛)、二代目中村錦之助(勝麟太郎)、
三代目坂東亀蔵(中村半次郎)、九代目坂東彦三郎(山岡鉄太郎)

--------------------------------------------------------------------

1)青果劇の主人公の揺れる内面

今月(平成30年4月)歌舞伎座では、「明治150年記念」ということで、
「西郷と勝」という芝居が上演されました。これは真山青果の「江戸城総
攻」三部作から有名な西郷吉之助(隆盛)と勝麟太郎(海舟)による江戸
城明け渡しの会見に関する場面、第1部「江戸城総攻」から第2場「麹町
半蔵門を望むお堀端」、第3部「将軍江戸を去る」から序幕「江戸薩摩屋
敷」を抜き出して、松竹文芸室が これを再構成して読み切りの芝居に仕立
てたものです。

ところで真山青果と云うと、大石内蔵助とか東郷元帥とか、歴史上の偉人
の芝居ばかり 書いているイメージが世間にあるやに思います。「江戸城総
攻」 も、西郷・勝を始め、山岡鉄舟・徳川慶喜と偉人傑物のオンパレード
です。しかし、その一方で青果はやくざ者とか社会や世間の枠からはみ出
して屈折した感情を抱きながら生きている名もない庶民を描いた 芝居も、
実はたくさん書いています。「青果は偉人とやくざ者を同じ視点で眺めて
いた」と云うと、これは確かにそうには違いないが、これはもう少し深く
考えてみなければなりません。青果が人間のどんな側面に興味を持って芝
居を書こうとしたのかを考えないと、却って誤解を生じることになります。
吉之助の云いたいことはこうです。誰でもその人なりに、例えその人のレ
ベルであったとしても、誰でも「在りたい理想の自分」の実現を求めて生
きているわけです。しかし、 個人を取り巻く様々な状況からその実現が
困難に直面することはしばしばです。だから「 在りたい自分」の完成を求
めつつも、自分がその域に到達できないことの、口惜しさや、自分に対す
る惨めさや哀しさ、或いは周囲に対する怒りや歯がゆさがあり、そこにそ
の人間の葛藤とか、感情の揺れ動きが出てくるのです。青果はそのような
人間の有様(ありさま)に興味があるのです。そういうところに偉人傑物
とか名もない庶民の区別があろうはずがありません。

例えば「元禄忠臣蔵」を内蔵助という傑物がただ初一念を以て、脇目も振
らず一心に、仇討ちの目的完遂へ向けて行動したドラマであると考えると、
誤解を生じます。そうではなくて、内蔵助の心のなかは「ああでもない・
こうでもない」と絶えず揺れています。自分のなかで妄想・雑念が湧き上
がって、「これがベストだ」という解答が見い出せない。内蔵助は 常に
考え込んでいます。決断することが恐ろしくて、内蔵助は なかなかそこ
に踏み切れません。決断した後でも、「自分の判断はこれで正しかっただ
ろうか、自分は間違っていなかっただろうか」と内蔵助はずっと 自問自
答を繰り返しています。「大石最後の一日」のなかで内蔵助は、次のよう
に言っています。

『神仏の冥加によって運良くも仕遂げたと思う外はござりません。たとえ
初一念がいかに強く鋭くとも、この冥加なくては所詮本望は遂げ得られま
せぬ。われわれが今日義士となり義人となるも、決してわれわれ自身の働
きのみとは存知られませぬ。ひと口に言えば仕合わせよく、運が良かった、
それが天祐でござります。武士冥利でござります。』
 (真山青果:「大石最後の一日」)
 
内蔵助のこの謙虚さがあるからこそ、「この初一念があったから自分はこ
こまでやってこれた」という述懐が絞り出されてくるのです。それは実に
冷や汗ものであった。まったく危ない橋を渡って来たものだ、そういう気
持ちから「初一念」と云う言葉が出て来るのです。(詳しくは別稿「内蔵
助の初一念とは何か」を参照ください。)だから青果は「元禄忠臣蔵」の
なかで内蔵助と 云う傑出した人物を描いたということではなく、ともす
れば初一念がぐらついて挫けそうになる内蔵助、ともすれば誤った判断を
下してしまいそうになる内蔵助 、そのためどうにも動きが取れない内蔵
助を描いていることになります。それが「元禄忠臣蔵」のドラマなのです。
舞台の内蔵助はそんな弱い人物に見えないじゃないかって?もしそう見え
たならば赤穂浅野家中の者たちが内蔵助に付いていくはずがないでしょう。
だから内蔵助はそう云う人間的な弱さを見せることが決して許されないの
です。そう云う弱さをグッと胸のなかに押し殺して外に出しませんが、実
は内蔵助の内面は激しく揺れているのです。


2)西郷の内面、慶喜の内面

「将軍江戸を去る」(通常は序幕「江戸薩摩屋敷」を省き、第2幕第1場
・上野黒門前の場からの上演のみ)について巷の劇評では、「元将軍・徳
川慶喜は謹慎していたが、度重なる官軍の横暴と賊軍呼ばわりに肚を据え
かね錯乱して、幕府内の主戦論者の意見に傾いていた、しかし山岡の決死
の説得により遂に慶喜は自分の誤りに気が付いて江戸を去った」云々と書
かれることが多いようです。しかし、実は慶喜が朝廷に対して弓 を引く
行動に出ることなど決してあり得ないのです。この点は別稿「慶喜の心情
~真山青果の歴史認識」で書きましたからそちらをお読みいただきたいで
すが、水戸家出身である慶喜のアイデンティティが「勤王」にあるからで
す。例え幕府を潰してでも勤王を貫くことが義務付けられた身であるので
す。だからこそ慶喜は自分が朝敵呼ばわりされて相応の扱いをされないこ
とが、身がわなわな震えるほど耐えられません。薩長の連中に対して怒り
をぶつけたくなる。謹慎の「初一念」が揺らぎそうになるのです。それで
慶喜は動きが取れなくなって、江戸から退く決断を先送りにしてしまいま
す。ここで大事なことは慶喜の「初一念」が揺らぐということは、即、慶
喜が主戦論に傾いたと云うことではないということです。慶喜は江戸を退
く踏ん切りが付かないだけです。周囲の者たちは血気盛んで、慶喜の些細
な様子や言動を材料に、慶喜の真意を裏読みしようとする輩ばかりです。
そういう連中が開戦だ開戦だと囃し立てます。これでは滅多に動かれませ
ん。

ではなぜ慶喜は踏ん切りが付かないのでしょうか。それは朝廷を背後に錦
の御旗を振りかざし横暴を極める官軍が、慶喜の目に圧倒的な存在に見え
ているからです。慶喜の目には、それが実際以上に、悪意的に凶暴に威圧
的に見えています。これを具体的にひとりの人物にイメージを集約するな
らば、それは西郷吉之助です。慶喜には西郷という人物が底知れぬ闇・底
知れぬ悪意に見えています。西郷という人物が、慶喜に朝敵の汚名を着せ
て殺し、江戸の街を焼き尽くし、代々徳川家が築きあげてきたものを全否
定してしまおうとしている。錦の御旗を振りかざしているけれども、それ
は表だけのことでそんな綺麗なものではなく、実は関ヶ原以来の外様大名
の怨念を晴らさんとする私怨 であると、慶喜は西郷に対して感じています。
もちろんこれは慶喜が心のなかで作り上げた幻影に過ぎないのですが、西
郷の圧倒的な幻影を前に慶喜は動くことが出来ず、それでも必死で自らの
「初一念」を呼び起こそうとしています。

「西郷と勝」を論じる前に、今回の舞台に乗らなかった「将軍江戸を去る」
後半の慶喜のことを述べましたが、実はこの慶喜の心情をそっくり裏返し
たのが、序幕「江戸薩摩屋敷」の西郷吉之助なのです。「将軍江戸を去る」
初演は昭和9年1月東京劇場で、この時、二代目左団次が西郷と慶喜の二役
を演じました。二役を兼ねることで左団次にかかる負担は相当なものだっ
たはずです。歌舞伎では二役兼ねることはよくあることですが、本作は新
歌舞伎、ほとんど近代劇です。このような近代劇で西郷と慶喜という最重
要の二役を左団次が兼ねるということは、そこに暗喩(シーニュ)つまり
演劇的必然を読まねばならぬのは、当然のことです。西郷と慶喜は、官軍
と賊軍、勝者と敗者という立場ではありますが、実はまったく同じような
心理状況に置かれており、同じようなことで葛藤しています。西郷と慶喜
の二人は、まったくコインの表と裏と云うべきなのです。これは序幕「江
戸薩摩屋敷」での西郷の台詞を見れば明らかです。

『江戸城を屠(ほふ)り、慶喜さんを殺そうとしたのは、決して官軍が強
いために威張ったのじゃごわはん。正直に云えば、官軍は弱すぎました。
蛇を畏れる臆病者に限って、毒をなさぬ青大将でも、見かければ殺さずに
は安心がなりもはん。(中略)臆病者が、青大将を殺す、その心持ちと弱
さは、認めてもらはにゃなりもはん。』

『大総督が駿河に陣取って暫く動かなかったのは、その五六里の間の進軍
が、どうにも恐ろしくてなりもはんかつためでごわす。(中略)江戸城を
救い、慶喜さんを助けるのは、誰のためでもなか、官軍のためでごわす、
吉之助のためでごわす』

慶喜が幻影に怯えていたのに対し、西郷の怯えはもっと現実的なものでし
た。官軍の実力は大したものではなく、新政府のプランさえまだ出来てい
ない。錦の御旗という絶対的な切り札を持ってはいても、西郷はまだ慶喜
の影に、幕府の影に怯えています。 いつか負けるのじゃあるまいかという
恐怖に西郷は怯えています。そして恐ろしい決断(慶喜を殺す・江戸を焼
き払う)をしようとしている自分に対しても、西郷は怯えています。官軍
大総督府参謀筆頭である自分の決断次第で、事はどちらにでも動かせます。
官軍の行方も、日本国の行方も、すべて西郷一人にかかっています。誰も
が息を詰めて西郷の顔色を窺い、西郷の命令を待っています。西郷は誰に
も相談出来ず、ただひとり自問自答を繰り返すだけです。


3)指導者の苦悩

「将軍江戸を去る」で西郷と慶喜をコインの表と裏に描くことで、青果は
何を訴えたかったのか考えなければなりません。それは指導者たる者は、
一時の激情に駆られて判断を誤ってはならない、多くの民の生活をもその
判断に巻き込むことになるのであるから、その選択肢は誤っていないか、
もっと良い選択肢は他にないか、何度も自問自答を繰り返し、決断は呻吟
の果てに捻り出されねばならぬものだということです。西郷も慶喜も、決
断することの 怖さを心底分かっている指導者でした。決断した後も「この
判断で良かったか」、ずっと悩み続けるのです。 西郷も慶喜も政治を私
(わたくし)することが決してない指導者でした。敵対する陣営の指導者
が、西郷と慶喜であったからこそ日本が二つに分かれて内戦することは避
けられたのです。 それが青果が二人をコインの表と裏にして描いたことで
す。ちなみにこの「将軍江戸を去る」が初演された昭和9年前後というの
は、満州事変から日本が戦争の泥沼に入って行くまさにその最中に当たり
ます。この時代によくこんな芝居が書けたものだと思います。この時期に
青果は「この芝居は明治維新の偉人傑物を描いた 昔のお話です」と云う顔
をして、しれっとして自分の信じるところを書いたのです。これを舞台にか
けた二代目左団次も凄い役者だと思いませんか。

そこで昭和9年1月東京劇場で「将軍江戸を去る」を初演した二代目左団次
が西郷と慶喜の二役をどのように演じ分けたか、このことを想像してみな
ければなりません。戦後の「将軍江戸を去る」上演は、ほとんど序幕「江
戸薩摩屋敷」を省いて後半の慶喜の部分だけ上演したもので、たまに「江
戸薩摩屋敷」を含めて上演した場合でも西郷と慶喜は二人の役者で分けて
演じたものでした。戦後での慶喜役者と云うと三代目寿海とか十四代目勘
弥になるだろうと思いますが、彼らが演じた西郷はとても想像出来ません。
西郷と慶喜の二役を兼ねるのは至難なことなのです。

明治維新の偉人は時代が近いので写真も遺っているし人物の印象が鮮明に
残っているから、これ以前の歴史上の人物を演じるのとは違った役作りの
苦労があると思います。とりわけ西郷の場合、民衆の心のなかにしっかり
或る特別な「西郷どん」の印象があります。勝が引く坂本竜馬の言として
「西郷と云う奴は底の分からん男だ、小さく叩けば小さく響き、大きく叩
けば大きく響き、馬鹿なら大馬鹿、利巧なら大利巧だ」という評言が芝居
のなかにも出て来ます。ぬぼーっとして捉えどころがない人物の大きさ、
底が分からんようでいてすべてを呑み込む包容力、そんな大きなイメージ
が民衆の心のなかにどっかり座っています。他の維新の偉人たちにはそう
いうところはありません。西郷という人物 は特別の存在なのです。したが
って大久保一蔵(利通)でも桂小五郎(木戸孝允)でも役者はある程度自
分のキャラで役作りが自由に出来ますが、西郷だけは愚鈍の如くぼーっと
したスケールの人物の大きさが出せないと「西郷どん」にならないという
ことなのです。そこが西郷を演じる役者が辛いところです。
 
まず二代目左団次の様式である真山青果の芝居では、急き立てる二拍子のリ
ズムがとても大事で、これがなければ「青果劇」でないと言っても良いほど
です。(これについては別稿「左団次劇の様式」で詳しく触れたので、そち
らをご参照ください。)急き立てる二拍子のリズムとは、自分の胸をなか
にある熱い心情を吐き出さずにはおれない、その心情において相手の気持ち
を変えずにはおかないという切迫したリズムなのです。原則的には速めの
テンポ感覚です。青果の芝居では、このリズムが全体を支配しており、登場
人物の誰もが熱く語ります。(昨今の新歌舞伎の舞台では、熱く語るという
ことを、大声で怒鳴ることと混同している風がありますが、これではいけま
せんね。)そこで「元禄忠臣蔵」の内蔵助を考えてみれば、内蔵助は沈着冷
静な指導者であるから、急き立てる心情を胸に秘めてこれを決して表に出す
ことはしないので、二拍子は決して急くことはなく(つまりあまり速めのテ
ンポにしない)、じっくり足元を踏みしめるように確実な遅めの二拍子を取
ることになります。内蔵助は生半可なことで取り乱すことはないのですが、
時に溢れ出る心情を押さえきれないことがあります(と云うよりも実は内心
にある感情の揺れが他の人物よりもずっと大きいのが内蔵助なのです)。こ
の時、内蔵助から激情がパッと迸( ほとばし)る、そこが内蔵助の見せ場に
なります。「将軍江戸を去る」の慶喜も、急き立てる二拍子のリズム処理は
、内蔵助と同様の行き方で良いと思います。

西郷も基本は同じと考えて良いです(青果は左団次の役として西郷と慶喜を
書いているのですから)が、西郷の場合は役作りがちょっと難しい。衣装や
外見で西郷と慶喜と役を仕分けるのには限界がありますから、口調ではっき
り人物を仕分けないと「西郷どん」になりません。まず周囲の役者とはまっ
たく異なる超然とした台詞のテンポの遅さが要求されるでしょう。これで底
知れぬ器量の大きさを表現するわけですが、二拍子のリズムがないのではな
い。むしろそれだからこそ二拍子のリズムをしっかり踏む必要があります。
西郷は最終的に周囲を自分のペースに巻き込まねばならぬわけです。超然と
した遅さのなかに、牛歩のように遅いけれど確実な二拍子のリズムがあるの
です。(つまり裏返せば、西郷は西郷なりのペースで急いているわけです。)
これがないと左団次劇ではない、青果劇ではないと云うことになる。これが
出来ないと「西郷どん」にならないのです。


4)西郷と云う人物

「江戸薩摩屋敷」で西郷は往来の鰯売の喧嘩が気になって仕方がありません。
中村半次郎からも「西郷先生、おまんさア全体、馬鹿でごわすか」と呆れら
れます。明日にはいよいよ官軍が江戸城を総攻撃と云う天下大事の時に、詰
まらぬ市井の鰯売五十文の損得争いが何のことかと思うのは、無理からぬこ
とです。しかし、最後に西郷はそこから総攻撃中止という大事の結論を引き
出してしまいます。この西郷の論理をどこか滑稽な屁理屈に感じる方は少な
くないと思いますが、これが西郷の思考回路だということが分からないと、
「将軍江戸を去る」全体が分からぬことになります。そのヒントは「西郷と
云う奴は底の分からん男だ、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく
響き、馬鹿なら大馬鹿、利巧なら大利巧だ」と云う、竜馬の評言にあります。

西郷という大鐘は、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。鰯
売五十文の損得争いは、たかが市井の小さな出来事ですから、こういう小事
には西郷という鐘は強さに応じて小さい音で響きます。しかし、鐘の振動は
西郷のなかで持続し、唸りを上げて反響を繰り返しながら次第に増幅して行
きます。鐘はやがて大きな音を響かせ始めるのです。西郷という人物のなか
では、小事は大事に通じ、大事もまた小事に通じる。どんなものからも、こ
の世の道理・真理が引き出せるのです。

西郷は勝に世間話をするなかで、進軍の道中で富士を見た話、品川御殿山か
ら江戸の街を眺めた話、鰯売の話など取りとめなくダラダラと続けます。こ
れはいつもの青果劇の議論の応酬のような台詞とはちょっと趣きが異なるみ
たいだと云う点はとても大事なところで、これは或る結論(総攻撃中止)を
引き出すために筋道立ててしゃべっているのではなく、西郷は話題を替えつ
つ最初から最後まで同じことを繰り返し語っているのです。「俺たち官軍が
今しようとしていることは、どれほど恐ろしいことか」という自問自答を牛
が反芻(はんすう)するが如くに繰り返しているのです。

「江戸城総攻撃は都合によりて取りやめ」と聞いて最初は「そら受け取れも
はん」と反抗した中村が、これに続く西郷の長々の世間話を聞いた後には何
の抗弁もせず、「西郷先生、では御命令のごつ、明日の進撃を中止いたしま
す」とすんなり納得して去るのは、中村が西郷の傍にいてその思考回路をよ
く承知しているからに他なりません。

『わしが目的通り、明日進軍ラッパを吹かせたら、この鰯売のように、明日
の戦争も知らず、政治も知らず、国家の大勢現状も知らず、ただ五十文の損
得と妻子自分等の生活のことを知る以外に何もない無辜(むこ)の良民何十
萬何百萬と・・殺さなければなりません。先生、実に戦争ほど残酷なものは
ごわせんなア・・。』

西郷という大鐘は、小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く。と
云うことは、西郷が市井の小事を語る時、その音は小さく響かなければなり
ません。だから「先生、実に戦争ほど残酷なものはごわせんなア」という台
詞は、大きい声で張り上げてはならぬ台詞です。この台詞は西郷が足を地に
着けた生活感覚からつかんだ真理に違いないですが、同時にホントにたった
それだけの小事に過ぎません。だからこの台詞は低くボソッと言われなけれ
ばなりません。ただし西郷なりの切迫感を以て。それでこそ「西郷ドン」の
述懐が心に浸みます。

余談ですが、現行の「将軍江戸を去る」(第二場:上野山黒門前以降の慶喜
の件のみを上演する)上演台本では、上述の西郷の台詞がアレンジされて山
岡鉄太郎の台詞として付け加えられて、鉄太郎が「上様、実に戦争ほど残酷
なものはござりません」と大声張り上げて観客が拍手する聞かせ場になって
います。この部分は鉄太郎が慶喜に「勤王」を説く弁舌の流れにそぐわない
奇異な印象がありますが、実はこの鉄太郎の台詞は青果全集所収の台本(初
稿)にないものです。誰が何時頃こういう改変をしたのか分かりません(青果
本人ではないと思います)が、まさに取って付けた台詞であったわけです。
これは元に戻した方が良いように思われますね。


5)青果劇の様式

今回(平成30年4月歌舞伎座)での「西郷と勝」は「将軍江戸を去る」の
前半のみで、芝居としては半端なところがあるわけですが、これを半端に終
わらせず芝居に収束感を与える為には、長い世間話の最後に西郷がふと漏ら
す述懐に余韻を持たせることです。西郷は次のように言います。

『ただねえ勝先生、今お話する通り、負軍(まけいくさ)の官軍は、不思議
にも一歩づつ勝ちもした。勝つべきはずの幕府軍は、不思議にも一歩づつ負
け申した。この一事は、日本国民として、お互いに考へんならんことでごわ
すなア、勝先生』

この時、西郷の脳裏に慶喜が浮かんだことでしょう。勝は「そうです。(ハ
ラハラと落涙して)天佑われにあり」と応えます。天佑とは、天の恵み、天
の助けのこと。負軍のはずが勝ってしまった官軍の指導者に西郷が在り、勝
つべきはずだったのに負けた幕府軍の指導者に慶喜が在り、日本の将来を決
めるこの大事な時に勝者と敗者に 、天がこのような配剤をなされたことは、
真に不思議であるなあと云うのです。これが「将軍江戸を去る」前半のみな
らず、「江戸城総攻」三部作の最重要の台詞です。もちろん次の「上野大慈
院」でもまだまだドラマが控えてはいますけれど、大勢(歴史の流れ)は決
まっています。西郷の決断を受ける形で(それは西郷・勝の会談の約半月後
のことになりますが)慶喜が腹を決めて江戸を去ることになります。

さて平成30年4月歌舞伎座の「西郷と勝」のことですが、西郷と云う人物
の底知れぬ大きさを出すには、周囲とまったく異なる超然とした台詞のテン
ポの遅さが必要になりますが、逆に云えば周囲の役者 が気忙しい早めの二
拍子のテンポを取ることが大事になります。二拍子のテンポが青果劇の様式
であることは言うまでもない(別稿「左団次劇の様式」を参照)ですが、な
にしろ明日は江戸城総攻撃の大号令が出るという時ですから、異常な緊張と
興奮が 場を支配しているに違いない。それが気忙しいリズムに出るのです。
ところが、舞台を見ると勝も中村も醒めているのか、みんなおとなしいです
なあ。それは青果劇の様式が取れていない(気忙しい感覚が表出できていな
い)からです。これでは西郷どんが引き立たんではおまへんか。

松緑の西郷は、長い独白をダレずに持たせてなかなか頑張りました。しかし、
如何せんやや軽量級で、西郷どんの大きさの表出までは致し方ないところで
す。見掛けのことではなく、台詞のことです。初演の二代目左団次の慶喜と
西郷の描き分けの勘所も、台詞であったと思います。大事なことは、しっか
りと地を踏みしめるが如く悠揚迫らざる二拍子のテンポでしゃべることです。
息を保つのが大変になるかも知れませんが、言うまでもなく速度は周囲とは
異なれども西郷は西郷なりに急いており、その着実な足取りによって西郷は
確実に事をなすのです。

もうひとつ大事なことは、台詞の音量もあまり変化させずに維持する方が良
い。松緑が演じる西郷はいくつか台詞を声高にする場面があります。まず中
村が江戸市中で彰義隊士と私闘となったことを注意する件、勝に江戸城引き
渡しに関し三点を確認する件、、もうひとつは総攻撃中止の命を中村が「受
け取れもはん」と拒否したのを一喝する件です。これらの場面で大声になる
のはまあ気持ちは分からぬことはないし、長台詞のアクセントになっている
かも知れませんが、ここで 声高になると権力で頭から押さえつける感じにな
り、西郷どんらしくない。特に勝に江戸城引き渡しに関し三点を確認する件
で大声を出すのは、敗者に対し高圧的に出る印象とな ってよろしくありませ
ん。「戦争ほど残酷なものはごわせんなあ」を大声で張るのも、表面的に響
いてよろしくない。ここが聴かせ所だと思うでしょうが、前章で述べた通り、
こういう台詞をこそ低くボソッと言われなければなりません。そ うするこ
とで真実味が出せる。そこに西郷どんの飾らぬ人柄が現れるのです。台詞で
工夫すべきところは語調、心持ちテンポを速めるとか、語尾を強めに押さえ
て調子をクリアに出すとか、そう云う工夫が出来れば、西郷どんの大きさが
出せると思います。


*本号に関連するサイトの記事

内蔵助の初一念とは何か
http://kabukisk.com/sakuhin79.htm
慶喜の心情~真山青果の歴史認識
http://kabukisk.com/butai135.htm
左団次劇の様式
http://kabukisk.com/geitohito23.htm



--------------------------------------------------------------------- 
○メルマガ「歌舞伎素人講釈」 不定期発行 
○発行人:吉之助  http://kabukisk.com
このメールマガジンは、下記のシステムを利用して発行しています。登録の
解除・変更は下記にてお願いします。 
 「まぐまぐ」 
http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000057141) 
○ご感想・ご要望などは、下記にお寄せください。 
kabuskm@mail.goo.ne.jp 
--------------------------------------------------------------

歌舞伎素人講釈

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2018/04/25
部数 635部

このメルマガを購読する

ついでに読みたい

歌舞伎素人講釈

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2018/04/25
部数 635部

このメルマガを購読する

今週のおすすめ!メルマガ3選

川島和正の日刊インターネットビジネスニュース
■読者数32万部超、日本一の個人メルマガ(まぐまぐ総合ランキング調べ) ■9年連続で年収1億円以上になり、70か国以上を旅行して、 190平方メートルの豪邸に住んで、スーパーカーに乗れるようになり、 さらに、著書は、日本を代表する超有名人2人に帯を書いてもらい、 累計50万部のベストセラーとなった、現在香港在住の川島和正が、 最新のビジネスノウハウ、自己啓発ノウハウ、健康ノウハウ、恋愛ノウハウ さらに「今チェックしておくべき情報リスト」などを配信中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

●人生を変える方法【人生をよりよくしたい人必見!誰にでもできる方法を組み合わせました。】
■「人生(自分)の何かを変えたい!」と思ってる方、まずは最初の1分から始めましょう!今日は残っている人生の一番初めの日です。今、「人生を変える方法」を知ることで、一番長くこの方法を使っていくことができます。コーチングで15年間実践を続けてきている方法なので、自信をもってお勧めできます。「人生を良くしたい!」と思うのは人として当然のこと。でも、忙しい生活の中で人生(自分)を変えることって諦めてしまいがちですよね。誰かに変える方法を教えて欲しいけど、その方法を知っている人は少ない。だからこそ・・・。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

ポンポコ先生のライタースクール
『大富豪のおじいさんの教え』(ナナブックス)『一瞬で心をつかむ77の文章テクニック』(高橋書店)『うまいと言われる文章の書き方』(日本実業出版)などでおなじみの作家&スピリチュアル・ヒーラーの高橋フミアキ(ポンポコ先生)が、原稿用紙5枚程度のおもしろい小説を書くためのツボとコツを教えます。小説以外にもスピリチュアルな考え方や、言葉で人を癒す方法なども伝授。「このメルマガで元気をもらってます」「高橋先生はものの本質を教えてくださいます」と読者からの声もいっぱい!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

今週のおすすめ!メルマガ3選

水戸市のサラリーマン大家さん
総発行部数15万部。購読者日本一の不動産メルマガ。 2017年8月現在9200人以上の投資家さんとお会いしてきました。 年間取引額300億円以上、累計取引額1000億以上の不動産会社社長が、不動産投資について真剣に書いています。 今ならメルマガ内で10万円相当の「不動産投資大百科」を無料配布中。 メルマガ登録で非公開の物件情報も入ってきます。 不動産仲介業 宅地建物取引業免許 国土交通大臣(1)第8944号
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

副業ペラサイト量産で月100万稼ぐ♪さぼてんのサイトアフィリ秘メルマガ☆
サイトアフィリエイトに役立つ情報を発信! 月100万を稼ぐアフィリエイターさぼてんがサイトアフィリを実践し、その状況を実況中継しながら、アフィリエイトに役立つ情報・テクニックをお伝えするメルマガ。 普通のサラリーマンとして働きながら、副業として1日2時間の作業で月100万を効率的に稼ぐ秘密とは? アフィリエイトに挑戦したい初心者の方からの質問メール大歓迎。 丁寧に回答します♪
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

システマティックな「ま、いっか」家事術
食べるのは大好きだけど、作るのは超苦手。棚拭きとアイロンがけが何より嫌い。 そんな家事オンチだった私がソレナリに家事をこなせるようになったワケ。 家事全体を見渡して、最小の手間で最大のリターンを得る、具体的なシステムをお知らせするメールマガジンです。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

アーカイブ

他のメルマガを読む

ウィークリーランキング