[本]のメルマガ

[本]のメルマガ vol.643


カテゴリー: 2017年04月25日
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□■[本]のメルマガ【vol.643】17年4月25日発行 
               [「風評被害」ではなく「実害」だ 号]
 http://honmaga.net/ 
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□■     創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4540名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
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★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→イタリアの焼肉事情

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→営農普及員という仕事

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→デジタル感情の生徒が増えてる?

★「はてな?現代美術編」 koko
→政治と現代アートの関係とは

★「岩のドームの郵便学」内藤陽介
→
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★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『国旗で知る国際情勢』
ティム・マーシャル著 田口未和訳

四六判 326ページ 本体2200円+税 ISBN:9784562053971

「旗」で世界を知る。ベストセラー『恐怖の地政学』の著者が、「旗」に表現
されたさまざまな意味…国民性や価値観、歴史と地政学的条件を紹介していく。
そしてなぜ私たちは「旗」にこれほど愛着を覚えるのかを明らかにする。
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■トピックス
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■トピックス募集中です!
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■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
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第79回 焼肉のレストランがなかった理由

かたや米国と北朝鮮との軍事的緊張、かたや欧州連合(EU)の存続に影響を
及ぼすフランスの大統領選と、ここのところとても“心穏やか”といえる状態
ではなかった。

まだ渦中にあって、いずれも予想の域を出ない状況が続いているが、フランス
大統領選の第1回投票の結果は出た。

それについてイタリアの政権にある民主党(PD)が出したコメントは、欧州
連合を擁護するマクロン氏が決戦で選ばれるのを予想するというもの。

決戦でマクロン氏に対向する国民戦線(FN)のル・ペン氏の躍進について、
こういう解釈がある。フランスでは右翼の国民戦線は否定すべき過去の枠組み
の象徴でもあった。そんな過去への対し方をぶちこわし、テロなどの不安要素
が高まっている対外政策を変えたいとフランス国民が望んでいる表われだとい
うのだ。

冷や冷やする世界情勢がもたらしたのか、例年よりも気温は低く、セントラル
ヒーティングのマンションでは暖房がすでに止まっているので、家の中の寒さ
に閉口している。日差しを浴びればじりじりと暑く、日陰になると冬という、
暮らしにくさだ。

さて、どこかに何か面白いニュースはないかと探したら、どうしてかモテモテ
の日本食が目についた。

ミラノにteppanyakiとyakinikuのレストランTokyo Grillがオープンしたという
のを知って、隔世の感がある。これは言い過ぎではない。

鉄板焼きや焼肉というのは、お客のテーブルに火元がないと不可能な料理。イ
タリアでは客の座るテーブルにガスを引くなど考えられず、許可が下りない時
代が続いていたから。

和食レストランは1980年代でも、その味に不満はあっても大都市に数件、日本
人経営と思われる店があったが焼肉なんてとんでもない。

とくに日本の商社員が多く駐在し、おもな日本人滞在者だったミラノにはエン
ドウという名の和食店があって仕事があったときに何度か行ったことがある。
ミラノ暮らしの友だちによると、そこは別の店の名前もつけた店名で今でも営
業しているとのことだ。

自宅で和食を食べるのもそう難しくはなくなったのに、その友だちはお昼のメ
ニューに絶品の海鮮重箱があって、夜はラーメンだけになるという行きつけの
レストランがあるとか。どの店でも日本人の経営するところに行くらしい。

その友だちも鉄板焼きや焼肉のTokyo Grillは知らなかった。ここはしかも、ト
リノ出身の人がアジアで料理遍歴の末に和食で出店するのを決めたそうで、場
所がミラノのブレラ美術館の隣というのがすごい。

目指すのは新しいアジアという、いまだかつてイタリアにもヨーロッパにもな
かったコンセプトと、サイトを見るかぎりなかなか本格的な構えだ。

昨年にミラノで開催されたEXPO展示会で食関連の業者や出向機関の通訳をした
この友だちによれば、EXPOのおかげで肉類と酒類が解禁されたことが大きいと
いう。それまではドイツやフランスを経て、割高な価格で輸入されていた。

Tokyo Grillでも旨みの和牛や豊富な酒のセレクトを売りにしている。しかし、
銀行マンなどの従来のエリート客層を考えていないらしい。メニューの価格帯
はランチの11ユーロから始まり、ディナーの上ランクは群馬県の旨み和牛に、
取りそろえた清酒や蒸留酒などで200ユーロと幅がある。

出店の難しさはテーブルの真ん中に据えるグリルの火の許可や、職人芸の木製
の食器の許可(食品に適合するという欧州連合仕様を東京の会社を通して取得)
だったという。

オーダーはテーブルでiPadで写真を見ながら行われ、万一ベジタリアンの人に
はお刺身や野菜料理もある。

オープン前のテストの3週間にはSNSを見てやってきた日本人のお客が多かっ
たというのも想像できる。お客のコスパの満足度も高いそうで、舌鼓をうって
満足したお客には和牛肉や清酒や調味料の販売もするという商売人のオーナー、
理にもかなっている商法だ。

和食の値段というのは、魚が生で新鮮だというだけではなくて、今や生の肉を
すぐに焼いて口にできる速さにあるのだと記事は締めている。こういうのを日
本の“ソフトパワー”というらしい...。

ご興味のある方は、イタリア語ですが詳細はこちら:
http://www.ilsole24ore.com/art/food/2017-04-21/tokyo-grill-sbarca-
brera-vero-teppanyaki-103518.shtml?uuid=AEhlv78

◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。創刊10年を越えたメ
ルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部門で2007年メルマガ・
オブ・ ザ ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中:
http://www.melma.com/backnumber_86333/


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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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日本農業普及学会編著 『聞く力、つなぐ力』 農文協 2200円+税

 普及指導員という仕事があることを、恥ずかしながらこの本を読むまで私は
知りませんでした。農業技術や経営の様々な事柄について農家の相談に応じる
ことがその職責ですが、普及指導員のなかにさえ果たしてこの仕事は必要なの
かという悩みをもつ人も少なくはなかったようです。しかし普及指導員たちは
被災地の農村で大きな役割を果たします。農家の人たちは、それまで同じ目線
で働いてきた普及指導員たちを信頼し、苦しい胸のうちを打ち明けます。普及
指導員たちは、それを聴くことによって農家の人たちを支えたのです。

 普及指導員たちもまた被災者です。被災者が被災者を支える。これは大変な
ことです。生活の復旧と職場の復旧と被災者支援を同時にこなさなければなら
ないのですから。津波による塩害だけではなく、福島第一原発事故による放射
能汚染の問題が生じたことも、普及指導員たちが抱える困難を一層大きなもの
にしていきました。日本農業普及学会は、震災直後における被災地の普及指導
員に対する詳細な聴き取りを行っています。本書においては、その記録をジャー
ナリスト、学者、現役の農民ら4人の識者が読み解いています。

 営農の再開の見通しのつかない農家は当然苛立っています。その怒りが何の
罪もない普及指導員に向います。それで農家の人たちの気がすむならと普及指
導員たちは、黙ってそれに耐えます。普及指導員たちは、自分たちには話を聞
くことしかできないという無力感にさいなまれますが、話をするなかで農家の
人たちが新たな方向性を見出し、立ちあがっていった姿が聴き取りからは浮か
び上がっています。まったく未経験の放射能汚染対策に対しても普及指導員た
ちは、農家と協働してきめ細かい対処法を編み出していきました。

 聴き取りの記録を読んで普及指導員たちが「風評被害」ということばを遣っ
ていることに違和感を覚えました。これに対して社会学者の山下祐介が的確な
コメントを施しています。被災地が被っているのは「風評被害」ではなく「実
害」だ。福島の農作物が放射能に汚染されていなくても、それを食べるリスク
を避けたいと思うのも正常な心理である。そのことは普及指導員たちも分かっ
ている。だが「実害」と認めてしまえば、福島の農業は存続できなくなってし
まう。だから普及指導員たちも「風評被害」と呼ばざるを得ない。

 普及指導員たちは「聞く力」によって農家の人たちとつながり、彼らを力づ
けていきました。普及指導員たちも相互のつながりを保ち、情報を共有するこ
とによって、ストレスを解消していっただけではなく、様々な知恵を生み出し、
農家に授けていったのです。農業が経済価値に基づく「産業」ではなく、その
土地で生きていくための「生業」であるという宇根豊のことばには重く響くも
のがありました。そして山下の言うように、東北の地での「生業」の存続のた
めにも、廃炉を安全確実に進めていくことが必要不可欠なのです。

◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「ジェラシーが支配する国」高文研

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■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
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今回は「教えるのは難しい」の話

毎年毎年、大学も専門学校も春に新入生が入ってくる。人数的には最盛期に比
べるとずいぶん少なくなっているがそれでも「マンガをやりたい!」と思って
いる学生がいる事はありがたい話だ。

ただ最近「どんな風に教えたら良いの?」と悩んでしまうのが「気持ちが分か
らない」学生への対応策。

「こんな時、主人公はどんな風に思う?」と問いかけるもしばらく答えが返っ
てこない。待っていると「何も感じていないと思います」と。いやいや…殺人
鬼に両親を殺されて自らが殺人鬼になる、と言う筋立てで主人公は何も考えて
ないって…

作者が分からんモノを読者が分かりようがないだろう、と思うのだがとにかく
そんな学生が年々増えているのだ。本人に感情が無いわけではもちろんない。
ガラスのハートを持ち、簡単に傷ついて粉々になるようなので「繊細な感情」
は持っているはずだ。

なのになぜ「自作品のキャラクターの気持ち」が分からないのだろう?キャラ
クター設定では事細かに語っているのになぜお話の中にいるキャラクターの感
情が想像出来ないのか?

もしかして感情がデジタル表示されている?

人の感情、心情は白黒に揺れる過程で無段階のグレーゾーンを行き来している
と思うのだが、そのグレーをストーリー中で考えるまたは感じるのがどうもう
まく行っていないようなのだ。自身は些細な出来事で気持ちがゆらぐのを知っ
ているはずなのに。

お話と言うのは登場人物たちの感情が流れを産んで、流れがまた感情を産んで…
そうしてストーリーはつながって行く。元々少女漫画(志望)出身の私なのでこ
の「グレーを上手く描ける」事を学生に求めてしまうのだが学生の方は派手で
カッコ良くて病んでるモノが描きたいようなんだなぁ。

自分の感情には超がつくほど敏感なくせに他人の感情には無頓着なため簡単に
友人を傷つける発言をしてしまう。

そんな学生に心のひだを教えるにはどうしたものだか。結構長く講師生活して
いる割にはこう言う大切な部分の教え方が判らず毎春新入生が入ってくる度「
何か良い方法はないか?」と探り探りし、夏明けぐらいに「まあ、楽しんで描
いて貰えば良いか」となってしまう。

どんな漫画を描きたいですか?の問いかけに「バトル漫画」と答えられて「バ
トルはシーンでテーマじゃない」と答えていたのだが、最近は「じゃあカッコ
イイバトルを描こうか」と言っている。

先生稼業を長く続けたツケか?春は反省と妥協が行き来するグレーな季節だ。

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html
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■はてな?現代美術編 koko
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第76回 『現代美術を観に行こう、そして考えてみよう!』


今年は現代美術に慣れ親しむのに最高の年です。というのもヨーロッパで開催
される大きなアートイベントが重なっているからなんです。

その3つとは、
1.dOCUMENTA14(ドクメンタ14)
2.ヴェネチア・ビエンナーレ
3.ミュンスター彫刻プロジェクト

それらについては下記の記事を読んでください。

□Artbeat記事(日本語)
http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2017/01/documenta_venice
_muenster_2017.html

というわけでテロの脅威さえ恐れなければ、楽しい旅行プランが立てれそうな
今年のヨーロッパ。

そういえば、本日はフランス大統領選の日です。
どうなるんだろう、今後のヨーロッパは。。。(それについては最後に)

そんな中、ドクメンタ14のテーマはまさに不安定なヨーロッパを反映した内容
です。普段はドイツのカッセルで5年に1度、100日間行われるのですが、今年は
ギリシャのアテネとドイツカッセルでの2会場開催となりました。
そのこころは、、、、

≪Learning from Athens≫
とってもポリティカルなテーマです。
分断されたヨーロッパをテーマに4月8日からアテネで100日間、その後カッセル
で夏の間開催されます。

もともとナチスの退廃芸術から当時の現代美術(今で言うピカソのような近代美
術)を救い出す意図ではじめられたわけで、とてもポリティカルな成り立ちなの
です。

当時特に話題を呼んだ第2回ではヨーゼフ・ボイスが紹介されました。その頃
としてはかなりの前衛アートでした。ちなみに第1回は1955年、その後5年毎
に開催され、今年は14回目です。

今回の2会場開催にあたっては、当初失敗するのではないかとの憶測も飛んだ
ようです。その理由の一つは、ギリシャ経済危機の責任者であるドイツがその
資金を出すこと。

つまり中央ヨーロッパがローカルヨーロッパへお金を分配するシステム自体は
なんら変わらないという点。そして中央ヨーロッパの人間がアレコレとアテネ
での開催内容に口出しをすることは、まるでEU経済格差の様相をそのままおろ
してきたようであると感じている人たちがいるのです。

アテネのことはアテネで決めさせてほしい。アテネの現地事務所の言い分はわ
かる気がします。それぞれの立場からヨーロッパの南北分断について考えるよ
い機会であることは確かです。

その結果がどうなるのかはまだわかりません。
メディアの報道が楽しみです。


最後に、フランス大統領選挙はルペン候補とマクロン候補が勝ち上がりました。
二大政党の敗退です。社会党候補のハモン氏の敗退決定後の演説をテレビで聞
きながら、完全に崩壊していく左翼リベラルのことを思いつつ、同時に10年前
(だったと思いますが)初めてフランス国民党代表パパルペン(元々国民戦線は父
親であるルペン氏が長く代表だったのです)が、大統領一次選を勝ち上がって誇
らしげにインタビューに答えていた映像が頭に浮かびました。

ほぼ感動して目がウルウル状態だったのです。毎回下位に甘んじていた彼にとっ
てそれは永年の夢でした。今、娘は二次選に進むのは当然で、ましては一位で
通過しそうな勢いです。今日、一位ではなかったことで支援者は意気消沈気味
でさえあります。歴史ってこうやって創られていくのかしら……でも個人的に
はマクロンに勝ってほしいです。どんな困難があれども私はユーロ信奉者なも
んで。

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

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■岩のドームの郵便学50 内藤陽介
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リンケージ論

 1990年8月、イラク軍がクウェイトに侵攻し、瞬時にして同国を軍事占領し
た。イラクのサッダーム・フサイン政権がクウェイトに侵攻した理由は概ね、
以下のようにまとめることができる。

 まず、現在のイラク国家の国境線は第一次大戦の戦勝国であるイギリスの意
図に沿って定められたものだが、その過程で、現在のクウェイト国家を形成し
ている部分は、イラク領に編入されるべき旧オスマン帝国時代のバスラ州から
分割された。歴代のイラク政権が「歴史的に見てクウェイトはイラクの一部で
ある」と主張してきたそもそもの根拠はここにある。

 また、1988年の停戦に至るまで8年間にも及んだ対イラン戦争は、かつては
石油収入によりアラブ世界でも有数の金満国家であったイラク経済に壊滅的な
打撃を与え、戦後復興には湾岸諸国からの資金援助が不可欠な状況にあった。
じっさい、湾岸諸国を革命イランの脅威から守ったと自負しているイラクには、
湾岸諸国が戦後復興に協力するのは当然だとの認識があった。しかし、湾岸諸
国の反応は冷たかった。

 特に、クウェイトは、対イラン戦争中にイラクが借り入れた資金(金額的に
は諸説あるが、300-600億ドルといわれている)の全額返済免除や新規融資など、
イラク側の要求をことごとく一蹴していたため、イラクは反感を募らせていた。

 さらに、イラクが戦後復興のための資金源として期待していた原油の価格は、
イラン・イラク戦争のはじまった1980年に35ドル台(1バレルあたり。以下同
様)で取引されていたが、同戦争の終結時には10ドル台に低迷、さらに、イラ
ク軍のクウェイト侵攻直前の1990年4-5月には6ドル前後にまで急落していた。

原油価格が1ドル上下するだけで、年収が10億ドル上下するといわれるイラク
にとって、原油価格の急落はまさに死活問題であった。このため、イラクは原
油価格維持のために産油国による生産調整を主張したが、クウェイトとアラブ
首長国連邦はOPEC(石油輸出国機構)の定めた国別生産割当量を無視して
増産を行い、価格破壊を続けていた。しかも、そのクウェイトは、かねてから
イラクが領有権を主張しているルマイラ油田からも石油を採掘(イラク側の認
識では盗掘)していた。

 こうして、イラクとクウェイトの関係が極端に悪化する中で、1990年7月31
日、サウジアラビアが両国代表をジェッダに招き、話し合いによる解決を求め
たが、交渉は決裂。さらに、イラクが駐在米国大使に対して武力行使を含む問
題の当事者間解決を示唆したところ、米国大使は「アラブ諸国同士の紛争には
関心がない」と述べ、これを黙認するかのような反応をイラク側に示した。

 以上のような要素にくわえ、野心的なイラク大統領、サッダーム・フサイン
の領土欲や「アラブの盟主」の座をねらう名誉欲などが絡み合い、1990年8月
2日、イラク軍はついにクウェイト侵攻に踏み切ったのである。

 さて、1990年8月のイラク軍のクウェイト侵攻は、ただちに国際社会から“
暴挙”として激しく指弾され、ブッシュ(父)米政権は、ただちに国家緊急事
態を宣言。米国内のイラク資産を凍結し、イラク産原油の輸入を停止するとと
もに、インド洋の米空母をペルシア湾に急派した。

 さらに、イラク軍の侵攻がサウジアラビアに波及することをおそれた米国は、
8月7日、第82空挺師団と戦闘機2個中隊などをサウジアラビアに派遣。英国
もこれに同調してサウジアラビアに派兵する。

 これに対して、イラク側は強気の姿勢を崩さず、イラクとクウェイトに駐在
していた欧米人や日本人を人質とし、米軍の撤退を要求したが、この人質作戦
はフサイン政権に対する国際社会の態度をいっそう硬化させる結果をもたらし
た。

 イラクの暴挙を避難したのは、なにも欧米諸国や日本のみではなかった。ア
ラブの連帯という大義名分に照らしてみても、隣国を武力によって併呑しよう
とするイラクの行為は非常識なものとみなされ、イラクの直接的な脅威にさら
された湾岸産油諸国はもちろん、エジプトもイラク軍のクウェイトからの撤兵
を要求する。

 これに対して、8月6日、PLO議長のアラファトはバグダードを訪問。これを
受けて、国際的な孤立を深めていたフセインは、「イラクのクウェイトからの
撤退は、イスラエルのパレスチナからの撤退と同時に解決すべき問題である」
とする“リンケージ論”を展開した。

 フセインの政治的キャリアを振り返ってみると、湾岸危機の発生まで、彼は
パレスチナ問題に対して積極的に関与していたわけではなく、リンケージ論も、
もともとはアラブ世界の理解を得るための起死回生の方便に過ぎなかったとみ
てよい。しかし、リンケージ論は、フセインの動機やキャリアとは無関係に、
パレスチナ問題を抱えて閉塞感の蔓延するアラブ世界に大きなインパクトを与
えることになった。

 一方、フセインと会談したアラファトは、リンケージ論に理解を示し、イラ
クを支持する姿勢を示している。

 アラファトの判断は、多国籍軍の攻撃を受けたイラク軍が瞬時にして崩壊し
たことで、結果的に重大な誤りとなり、PLOに深刻なダメージをもたらした。

しかし、1990年8月の時点では、PLOがイラク支持は荒唐無稽なものとはいえな
かった。1989年秋、ベルリンの壁の崩壊を機に、東欧共産主義諸国が相次いで
崩壊し、冷静下の反米=反イスラエルという文脈でPLOを支援していた国々は消
滅。

PLOにとって、残り少なくなった重要な支援国の一つがイラクだったのである。
したがって、イスラエルの攻撃によりレバノンから追い落とされ、パレスチナ
のインティファーダ闘争からも置き去りにされていたPLOにとって、当時の政治
的な文脈において、イラクと敵対することは極めて困難だったといえる。

 その後、8月25日、国連安保理は米国提出の対イラク制裁のための「限定武
力行使」決議案を採択。さらに11月29日には、国際社会の圧力に対して譲歩の
姿勢を見せないイラクに対して、国連安保理は翌1991年1月15日までにイラク
がクウェイトから撤兵せず、人質も解放しなければ、あらゆる手段をとるとの
決議を採択。クウェイト情勢は一気に緊迫の度を増すことになった。

 結局、イラクは1990年12月6日に全人質の解放に応じたものの、1991年1月
15日の期限までにクウェイトから撤兵しなかったため、1月17日、米英をはじ
め、サウジアラビア、エジプト、シリアなどのアラブ諸国を含む28カ国からな
る多国籍軍がクウェイトならびにイラクの軍事・通信施設に対していっせいに
空爆を開始した。いわゆる「砂漠の嵐」作戦である。

 多国籍軍の攻撃に対してイラクはイスラエルやサウジアラビアにスカッド・
ミサイルを打ち込んだが、さしたる効果は得られなかった。特に、イラク軍の
クウェイト進駐はイスラエルによるパレスチナ支配と本質的にはなんら変わる
ものではないとの主張のもと、イラクはイスラエルを何とかして戦争に引きず
り込もうとしたが、イスラエルは報復を自重。イラク側の意図は完全に空振り
に終った。

 結局、多国籍軍の圧倒的な攻撃の前にイラク側はほとんど抵抗らしい抵抗も
できぬまま惨敗。空爆開始から約1ヵ月後の1991年2月24日、米軍中心の多国
籍軍が地上攻撃を開始すると、3日後の同月27日、クウェイトは奪回され、イ
ラク政府指導部はクウェイト併合無効の国連決議を受け入れた。

 こうして、湾岸戦争(の戦闘)そのものは多国籍軍の圧勝に終わったが、そ
のことは、かえってリンケージ論に対するアラブの一般国民の支持・同情を集
める結果となった。

 すなわち、米国をはじめとする国際社会は、イラク軍のクウェイト撤退を求
める安保理決議の無条件履行を迫り、それを拒否したイラクに対して武力を行
使したことで湾岸戦争が勃発。停戦後も、“国際社会”はイラクに対する経済
制裁を継続した。

 ところが、1967年に勃発した第三次中東戦争の停戦に際して、国連はイスラ
エル軍の全占領地からの撤退を求める停戦決議を採択したものの、これを無視
してヨルダン川西岸とガザの占領地に居座りつづけるイスラエルに対して、国
際社会は、武力行使はおろか、経済制裁すら課しておらず、何ら有効な策を講
じていないではない。

 おなじ国連決議に従わないという行為に対して、何故、こうまで扱いが違う
のか--アラブ世界が欧米、特にイスラエルの庇護者である米国の“二重基準
”に対して抱く不信感が、リンケージ論とその支持者の基本的な心情であった。

 もちろん、「他人が犯罪を行ったからといって自分も犯罪を行っても構わな
いということにはならないはずだ」と彼らのロジック論破することはたやすい。
しかし、“二重基準”に対する感情的な反発は、それが感情的なものであるが
ゆえに、論理的に説得することが難しいのも事実であろう。

 実際、エジプトをはじめとするアラブ諸国では、政府が現実的な国益を判断
して米国に追随したのに対して、国民感情としてはフセインを英雄視するとい
う現象が、1990年代のアラブ世界では各地で観察された。そして、そうした国
外の支持が、湾岸戦争以降、フセインの国際的な基盤の一つともなってきたこ
とは否定できない。

 こうした文脈に沿って、リンケージ論は国家のメディアである切手上におい
ても展開されることになる。たとえば、

http://blog-imgs-23.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20080121082136.jpg

は、2001年8月、“湾岸戦争勝利10周年”を記念して発行されたもので、イラ
ク国旗をつきたてられた星条旗と、それをひきちぎるタカ(イラクを象徴して
いる)が描くことで、米国に対するイラクの「勝利」が表現されている。湾岸
戦争でイラクの勝利というのは、我々の目からすると奇異に感じられるが、イ
ラク側のロジックでは、米国がフセイン政権を転覆できなかったことをもって、
イラクは戦争に負けなかった、すなわち、“勝利”したということになるのだ
ろう。

 切手の左側には、リンケージ論を反映して、イスラエルによる不法なエルサ
レム占領に対する抗議の象徴として“岩のドーム”もしっかりと描かれている。
また、タカの背後には、アラブ世界を示す地図のシルエットが描かれており、
「同邦」であるアラブ世界は、国際社会の不当な二重基準と戦ったイラクと団
結すべきとの寓意を読み取ることもできる。

 いずれにせよ、こうした切手が日常的に郵便物に用いられ、流通していくこ
とで、イラクのみならず、それを手にしたアラブ世界の人々の間で、米国と“
国際社会”に対する不満や怒り、失望などが再生産されることになったのであ
る。

1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。主
な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本郵
趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『
切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川選
書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作『
リオデジャネイロ歴史紀行』えにし書房 電子書籍で「切手と戦争 もうひと
つの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川oneテーマ21などがある。



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■編集後記
小谷先生紹介の本にある、営農普及指導員。この職業はなかなか大変な割に評
価されることがあまりないというか、農業界以外ではまず知られていないだろ
う。

私の周囲にも、ブランド力のなかった某作物の産地をブランド化するために無
農薬化を推し進め、成功した営農指導員がいる。10年がかりの仕事だったそう
な。

こう書くと、それは有名な葉っぱビジネスみたいなものかと読者は思うかも知
れないが、そんな感じだ。

この人がすごいのは、では他の産地の別の作物ならどうするかと聞いた時に無
農薬によるブランド化は選ばなかったことだ。「この産地のこの作物を自分が
やるとしたら無農薬は選ばない。××の方がいいと思う」

ベストのやり方は何なのか考える時に、自分の成功体験に縛られない。なかな
かできることではない。

小谷先生は地味な本だとおっしゃってたが、確かに地味かも知れない。しかし
知られていない世界に光を当てる、本当にいい本を見つけられたものだと思う。

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日本株投資家「坂本彰」公式メールマガジン
サラリーマン時代に始めた株式投資から株で勝つための独自ルールを作り上げる。2009年10月、130万円だった株式資産は2015年に5000万円を突破。定期預金などを合わせた資産は1億円に。 平成24年より投資顧問業(助言)を取得。現在、著者自身が実践してきた株で成功するための投資ノウハウや有望株情報を会員向けに提供しているかたわら、ブログやコラム等の執筆活動も行う。 メールマガジン「日本株投資家 坂本彰 公式メールマガジン」は2014年まぐまぐマネー大賞を受賞。読者数2万人。雑誌等のメディア掲載歴多数。 2016年12月1日『「小売お宝株」だけで1億円儲ける法』が日本実業出版社より発売!
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WEBマーケティングを学ぶためのメールマガジン
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