[本]のメルマガ

[本]のメルマガ vol.652


カテゴリー: 2017年07月25日
■□------------------------------------------------------------------
□■[本]のメルマガ【vol.652】17年7月25日発行 
                  [まさか彼が郵便局員 号]
 http://honmaga.net/ 
■□------------------------------------------------------------------
□■     創刊は1999年5月10日、現在の読者数は4491名です。
■□ 「まぐまぐ」で、殿堂入りメールマガジンのひとつに選ばれました。
□■------------------------------------------------------------------

★トピックス
→募集中です

★「甘くて苦いイタリア」 雨宮紀子
→現代のサボナローラは、アレなのか?

★「今月のこの一冊」 小谷敏
→アメリカの大学はなぜ学力重視で選抜しないのか

★「ちょっとそこを詰めていただけませんか」 竜巻竜次
→学生を笑えなくなった先生

★「はてな?現代美術編」 koko
→アートの値切り方

★「岩のドームの郵便学」内藤陽介
→湾岸戦争後、サダムの宣伝政策
----------------------------------------------------------------------
★PR★ 原 書 房 最新刊 ★ http://harashobo.co.jp

『プーチンの国:ある地方都市に暮らす人々の記録』
              アン・ギャレルズ著 築地誠子訳
四六判 本体2,500円+税 ISBN:9784562054190

プーチン以後、庶民の生活はいかに変貌したか。あえてモスクワを避け地方都
市を20年間定点観測。一般住民は勿論、ムスリム、LGBT、兵士、人権活動
家他にも取材、ロシアの「今」を人々の暮らしから描いた女性特派員の労作。
----------------------------------------------------------------------
■トピックス
----------------------------------------------------------------------

■トピックス募集中です!
----------------------------------------------------------------------
■Italia dolce e amara: 甘くて苦いイタリア / 雨宮紀子
----------------------------------------------------------------------
第82回 自転車泥棒今昔物語

イタリアの自転車泥棒が日本でも話題になったのは第二次大戦後に、『自転車
泥棒』というイタリア映画がネオリアリズムとして好評だったから。でも、こ
の映画を知っている人は、今やイタリアでも多くはないと思う。

現代の自転車泥棒は、トスカーナでは犯罪ビジネスになっているらしい。戦後
すぐの生活上の深刻な自転車泥棒と違い、もっぱら高価なレーサー用を盗んで
稼ぐためか、薬物依存者によるドラッグ購入や生きるための食べものを調達す
る窃盗だという。

久しぶりに読んだ紙のフィレンツェの新聞によると、ビジネス化しているのは
値段が6000ユーロ(約78万円)くらいはするピナレロなどのレーサー用自転車
の窃盗で、オンラインで1500ユーロ(約20万円)で売れるので家の中でさえ盗
まれると落語みたいなイタリア的表現だ。

サイクリングのフェイスブックも犯罪によく活用されているらしい。出発地や
到着地を知り、数千ユーロもする自転車の夜間の置き場所を推理するのに、有
益な情報を提供するとか。盗みたいバイクをマークして夜間に手に入れるのは
こうしたプロには〈注文〉みたいなことらしい。残念ながら盗まれた自転車を
ネットで発見できても、警察が介入できないことが多いという。

この記事でショックをうけたのは、もう一つのおもに薬物依存者による窃盗の
方だ。手入れが良くても毀れたクズのようでも、車輪やサドルがなくても、だ
いたい15から20ユーロ(約2000から2600円)で非EU圏の不法滞在者に即座に売
れるという事情だ。これがいちばん警察が関わらずリスクがないのは想像でき
る。

ということは、私が2ヶ月前に電動自転車のサドルを盗まれたのはこのタイプの
窃盗だったのか。

ここ10年以上は完全なペイパードライバーになってしまった私は、図書館やあ
まり遠くない友だちの家に行くのにもっぱら電動自転車を使っている。自転車
がよく盗難にあうのは知っているし、ましてや絶対に狙われる率が高いのが電
動自転車であることはわかっているが。

その日、午後の住宅街の広めの通りで、電柱と自転車の本体を一本の太いチェー
ンでつなぎ、前輪と本体をもう一本のチェーンでつないで、ほぼこれで問題は
ないはずだった。駐輪した時間は3時間をちょっと越えるくらいだった。

同じ通りに面した友だちの家でおしゃべりの間も、いつも自転車への心配は心
をかすめる。話し終わってビクビクしながら駐輪した所へ戻るのだが、今回も
たしかに自転車はあったが、どうも印象がちがう。よく見るとサドルがない。
そこにはぽっかり穴がみえた。

自転車は盗まれずにすんだがこれでは乗れないので、からかわれたような気が
してさらに腹が立つた。車輪はおろかサドルでさえ換金できる物はいただいて
いくという人には、これが生きる手段ならとこちらが自衛するしかない。
車で迎えに来てもらっても自転車は積めないことがわかっているから、45分も
かけて押しながら歩いて帰宅した。

さてさて、今度は自転車に乗って盗むという事件がひんぱんに起こっていると
いう。自転車でやってきた男の二人組がぼんやり歩いている高齢者の首にかかっ
ている金鎖などを引きちぎっていくというのだ。被害者はただ盗られるだけな
らいいほうで、場合によっては首筋に傷を負ったり、転倒する人もいる。
盗品を売れる市場が確立しているのだから、高齢者には自衛するという荒野が
ますます広がるばかりで、これも他人事ではない。

ところで、[本]のメルマガ の今年2月25日号vol.637に「いまさら侵入といっ
たって。」のタイトルで、偽造ブランドの製品が中国から大量にイタリアに輸
送されて不法の売り手のセネガル人グループが路上で売るルートについて書い
た。

今年の半年間に押収した偽造品は去年に比べて40%も増加したそうだ。
その押収品の山が、なんとフィレンツェ中心街の観光のメッカで市庁舎のある
シニョリーア広場に、うずたかく積まれたというのには呆気にとられた。
バッグからサングラス、Wi-Fiヘッドホンまで総数8万点の山だが、これでも2ヶ
月ごとに押収された量の五分の一でしかないと記事にある。偽造だけでなく、
製造許可のない製品、中には使用すれば健康を害するものも。
ルネサンス時代にサボナローラ修道士が焚刑にあった広場であり、虚栄の贅沢
品を焼却した場所だから、まるで押収品を焚刑に処する光景にみえてしまう...。

偽造品の山の写真:
http://firenze.repubblica.it/cronaca/2017/07/20/news/la_montagna_dei_
falsi_in_piazza_signoria_boom_di_sequestri_a_firenze-171238055/#
gallery-slider=171238392

観光客は「これがアート?」とびっくりし、商店主たちは市長(ブルーの上着)
はこれほどの偽造品を押収したと手柄を見せたかったのか、そんなことより、
やるべきことは偽造品や不法売り手の一掃だろうと正論を繰り返している。
やっと逮捕者は処罰されるだけでなく、正規の滞在許可書があっても追放令が
下ると厳しい措置がされるようだが。



◎雨宮紀子(Gatta Italiana)
イタリア・フィレンツェ在住。著書に『天才力 三巨匠と激動のルネサンス (
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ)』(世界文化社)、『メディ
チ家 ルネサンス・美の遺産を旅する』(世界文化社)。創刊10年を越えたメ
ルマガ「イタリア猫の小言と夢」は、melmaの地域情報部門で2007年メルマガ・
オブ・ ザ ・イヤー受賞。ほぼ隔週で発行中:
http://www.melma.com/backnumber_86333/

----------------------------------------------------------------------
■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
----------------------------------------------------------------------
アキ・ロバーツ 竹内洋 『アメリカの大学の裏側―世界最高水準は危機にあ
るのか』朝日新書 820円

日本の初等中等教育は世界的にも高く評価されています。ところが大学だけは
全然だめ。グローバル化の時代を迎え、日本の大学を「どげんかせんといかん」
とばかりに、様々な改革が進められてきました。シラバス。法科大学院、大学
院生のティーチング・アシスタント…。改革のモデルとされたのが、「世界最
高水準」にあるアメリカの大学でした。しかし、アメリカの大学も多くの問題
を抱えています。本書では、教育社会学者竹内洋の娘で、アメリカの大学で教
えるアキ・ロバーツが、その「裏側」について生々しく語っています。

 日本の大学入試の選抜方式は学力に偏している。アメリカのような全人格を
評価する(ホリスティック)入試を行うべきだ。そうした方向で大学入試改革
が議論されています。しかしホリスティック入試は学力優秀なユダヤ教徒やカ
トリックの子弟からWASP(ホワイト、アングロサクソン、プロテスタント)の
子どもたちを守るために生まれたもの。不平等な選抜を正当化するために創ら
れた制度です。大学教授と文化を共有する裕福な階級の子弟に有利な方式であ
るとして、アメリカでも強い批判に晒されていると著者は言います。

 アメリカの大学の学費は驚くほど高い。州立大学の学費は日本の私大のそれ
を上回り、私立名門校に至っては日本の私大の数倍の学費をとります。巨大な
財力をもつアイビーリーグ等の名門校は、大幅な学費の減免と給付型の奨学金
によって、豊かな階層の若き俊英を惹きつけている。一流大学の卒業生には豊
かな生活を送る将来が約束されています。貧困層の若者たちは、高額の学生ロー
ンを借りて無名大学に進み経済的にプアな人生を送る。アメリカの大学は社会
階層を固定化し、格差を増幅する装置として機能しているのです。

 少子化時代のアメリカでは、大学間で子どもの奪い合いが生じています。大
学は学生をお客様扱いする。アメリカの「ゆとり世代」である「ミレニアル世
代」は、甘やかされて育った人たち。権利意識が強く大学に法外な要求をつき
つけます。それに大学が応えて施設は贅沢になるばかり。学生たちは、ホテル
のような優雅な寮に住み毎日ディナーを食べます。それが授業料を押し上げる
一因となっている。「パワハラ」の誹りを恐れて学生たちへの教授陣の指導と
評価は甘くなるばかり。何のための大学なのかと言いたくもなります。

ティニュア(終身在職権)に守られて、仕事をしないで高給を食んでいる老人
を「枯れ木教授」とアメリカでは呼ぶそうです。身につまされるではありませ
んか。日本の大学も、アメリカほどではないにせよ、いまや世知辛い業績主義
に支配され、忙しくなっています。仕事のできない老人など迷惑で仕方がない。
若い先生方は、還暦を過ぎた私のことを「枯れ木」と呼び、早く消えてくれと
願っていることでしょう。「枯れ木」の私が朽ち果てるのが先か。少子化の中
で日本の大学が消え去るのが先か。戦々恐々の日々を送っています。


◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「ジェラシーが支配する国」高文研

----------------------------------------------------------------------
■ちょっとそこを詰めていただけませんか 竜巻竜次
----------------------------------------------------------------------
今回は「際限」の話

ずいぶん前に学生が「それ程重要じゃないコマ」の「印刷されたら豆粒のよう
なサイズ」の「同じ箇所」を延々とデジタルでペン入れをしてる話をした(はず
)。そして私も今、訳あって仕方なくデジタルを触っているのだが…これが…。

同じ様な状態に陥ってしまって四苦八苦している。

もちろん不慣れと言う問題は有るのだがそれ以上に問題なのは「拡大したら見
えてしまう」事。
「え?見えた方がいいじゃない」
御もっとも。私も最初は「お、拡大したら良く見える。老眼でどこにペンを入
れた良いのか分からなくなった年寄りには大助かり」と思った。

でも「良く見えない」って事はそれ程「見る必要がない」って事。なのに出来
るものだからガンガン拡大してしまう。アナログだと少々狂おうがはみ出そう
が「ま、いっか。これぐらいなら」と妥協して次に進む事が出来たのに「見え
てしまっている」ため何度も修正するはめになる。
で、原稿サイズに戻して見ると…

「いらんやん…こんな小さなとこ、誰もみいひんやん…締め切り迫ってるのに…
時間返せよ、自分」嗚呼、学生を笑えない。

作風にもよるだろうが私の読者は私にそれ程の絵のクオリティーを求めている
訳ではないし(自分で言うな)自身もそれに重きを置いていないのに「見えてし
まう」ために際限なく延々作業を繰り返してしまう。

「際限」を辞書で調べると「きり」と言う言葉も出てきた。そう、きりの良い
ところでカタをつけよう、の「きり」だ。
この「きり」がつかないため、あの学生は延々豆粒の様なコマの、豆粒の様な
手の、豆粒の様な爪を描いていたのか。やっと理解出来た。理解は出来たが…

宮谷一彦先生のマンガ原画が絵のクオリティーを追求するため一般的には1,2倍
なのを1,5倍で描いてられてるのを見て凄いなあと思った。宮谷先生ですら150
%なのに何を私ごときが200%300
%で描いてるんだ?そんな時間が有るならちゃっちゃとメルマガの原稿を書けよ!
自分!

◎竜巻竜次
マンガ家 自称、たぶん♀。関西のクリエーターコミュニティ、オルカ通信の
メンバーとしても活躍中。この連載も、呑んだ勢いで引き受けてしまった模様
http://www.mmjp.or.jp/orca/tatumaki/tatumaki.html

----------------------------------------------------------------------
■はてな?現代美術編 koko
----------------------------------------------------------------------
第78回 『コレクターの一つの姿―― ハーブ&ドロシー』

このメルマガで扱ってきたコレクターとは全く違ったタイプのコレクター夫婦
のドキュメンタリー映画をご存知ですか。監督は佐々木芽生さん、そして主役
はアメリカニューヨークの郵便局員と図書館司書夫婦で、二人揃って身長
150cmほどのミニミニカップルです。

最初の『HERB&DOROTHY ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』は2008年
にハンプトン国際映画祭でドキュメンタリー映画賞を受賞し、2本目の『ハーブ
アンドドロシー ふたりからの贈りもの』は2013年に日本で公開されました。

実際に映画館で公開されたころは見損ねてしまったこの2本を最近DVDでまとめ
て鑑賞。感動してしまいました。

何に?

二人の純粋なアートへの想いに、です。

□映画『HERB&DOROTHY ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』公式サイ
ト
http://www.herbanddorothy.com/jp/story.html

□映画『ハーブアンドドロシー ふたりからの贈りもの』公式サイト
http://www.herbanddorothy.com/jp/

□『HERB&DOROTHY ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』予告編動画
https://www.youtube.com/watch?v=tAAk9ZDC84A

□映画『ハーブアンドドロシー ふたりからの贈りもの』予告編動画
https://www.youtube.com/watch?v=SRngBcUESTg

まだ海のものとも山のものともわからぬ若いアーティストの作品を気に入るな
りずっとコレクションし続けた二人の結婚生活はちょっと病的でもあります。

アーティストのアトリエを訪れ、彼らの作品をじっと見つめる旦那さんハーブ
の真剣な眼差しはちょっとした学者以上のものがあり、まさか彼が郵便局員だっ
たなんて思えません。

1LDKの彼らのアパートに詰め込まれた数千点の作品とその資料は、ぶれること
なく好きなものを買い続けた彼らの人生そのものです。生涯、購入作品を売る
ことなく、ワシントンナショナルギャラリーに1500点ほどを寄贈。

残りは全米50州から一つずつ寄贈先を選び、各50作品(50x50=2500点)を寄
贈されました。このドキュメンタリーは彼ら自身と、彼らと深い交流をもつアー
ティスト、そして作品の関係を通じて、純粋なコレクターの情熱を映像に収め
たものです。

奥さんの司書としてのお給料で生活をして、旦那さんのサラリーでアート作品
を収集をする生活。

ニューヨークという世界で最高の情報発信基地にあるギャラリーをくまなく巡
り、自分の審美眼にかなった作品をかなりの安値で購入し続けました。値切る
ときのセリフは「この作品は絶対に売らない、美術館に寄贈するから」だった
みたいです。

アーティストとしても美術館に作品が入るのは名誉ですからノーとは言えなかっ
たのでしょうね。結果として膨大なミニマル&コンセプチュアルアートのアー
カイブとコレクションを作り上げたわけです。

二人のコレクターとしてのぶれない姿勢がたまらく素敵です。普通はこんだけ
有名なアーティストの作品があれば売っちゃいそうなんですけどね。たぶん郵
便局員のお給料で買える値段は数万円単位ですから、作品によっては数万円が
数百万円になっているはずです。

アーティストは 例えばソル・ルウィット、クリスト&ジャンヌ=クロード、
リチャード・タトル、リンダ・ベングリス、マンゴールド夫妻など、村上隆の
作品もコレクションに含まれてます。

金持の世界的コレクターは数多く存在しますが、彼らのような庶民コレクター
は21世紀では不可能に近いでしょう。唯一無二の存在かも。

金に走る現代アート業界に少しやすらぎをもたらしてくれました。このような
純粋な彼らに集まる人たちも純粋にならざるを得ないですよね。

あんな夫婦もいるんだと思うと嬉しくなる今日でした。

Vogels(ヴォーゲル)ご夫妻に感謝です。

でもあのアパート、よく火事に遭わなかったなぁ。

彼らはラッキーな夫婦でもあります。

無事に美術館へ寄贈されて本当によかった、と安堵するkokoです。

◎koko
円とユーロとドルの間で翻弄されるアートセールコーディネーター。
まぐまぐメルマガ「Sacres Francais!映画と美術とパリジャンと」。
http://www.mag2.com/m/0000191817.html(現在休刊中)

----------------------------------------------------------------------
■岩のドームの郵便学53 内藤陽介
----------------------------------------------------------------------
サッダームとサラディン
 1990年代後半、パレスチナ自治政府は、岩のドームの切手をほとんど発行し
なかった。これは、彼らが自らの存在をアピールするため、彼らの支配地域に
あるベツレヘム、ガザ、ヘブロン等を題材とした切手を発行することを優先す
るとともに、イスラエルとの関係に配慮して、イスラエル実効支配下の東エル
サレムにある岩のドームを切手の題材として取り上げるのを自粛していたため
である。

 これに対して、この時期、岩のドームをしばしば切手に取り上げていたのが、
イラクであった。

 湾岸戦争後間もない時期のイラクは、戦争による打撃に加え、国連の経済封
鎖(クウェイト侵攻から4日後の1990年8月6日に安保理で採択されたもので、
この時点では、イラク国内の非人道的行為の停止を含む全ての停戦決議の履行
がない限り、イラクに対するいっさいの輸出入が禁止されていた)によって、
経済的にどん底の状態にあった。

 しかし、1995年頃から、イラクをめぐる国際世論の風向きは徐々に変わり始
める。国連によるイラクへの経済制裁に対して、イラクのみならず、諸外国か
ら不満の声が高まっていったためである。

 そもそも、湾岸戦争の直前、食糧自給率が3割程度しかなかったイラクに対
して、食糧を含む輸出入を禁ずることに対しては、経済制裁が開始された当初
から、人道上の理由で反対する声が欧米でも少なくなかった。また、潜在的な
域内大国であるイラクとの経済関係を遮断することは周辺諸国にとって多大な
経済的犠牲を強いることになった。

さらに、産油国イラクとの交易再開を求める声は、湾岸戦争の終戦から3年以
上経過すると、西側諸国の間でも無視できないものとなっていたし、戦争被害
に対する補償や国連自身のイラクでの活動に必要な資金をまかなうためにも、
イラクに一定の石油を輸出させ、その代金を活用すべきだという案は国連にとっ
ても魅力的なものであった。

 その結果、1995年4月、半年間に20億ドルを越えない範囲での石油輸出を許
可し、食糧・医薬品などの人道物資の輸入を認めるという国連安保理決議986号
が採択された。当初、イラク側は、経済制裁の完全解除を求めて同決議を拒絶
したが、1996年に入ってこれを受諾し、同年12月から原油の輸出を再開した。

 こうした国際世論の風向きの変化を察知し、イラクは国家のメディアである
切手上でも経済制裁の非人道性を強く訴えるようになっていく。

 その後、イラクは、ロシア、フランス、中国を味方につけて国連との交渉を
有利に進めていく。その結果、イラクに対する経済制裁は次第に有名無実化し、
石油輸出の上限が廃止された一九九九年以降、イラクは実質的に国際経済への
復帰に成功した。

 こうした情況の好転に伴い、イラク国内ではサッダーム・フセインの権威と
求心力も急速に回復し、サッダームに対する個人崇拝を国民に浸透させるため
のプロパガンダ切手も盛んに発行されるようになった。

 こうした中で、1998年2月に発行された

http://blog-imgs-108.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/201707241928499f5.jpg 

は、その典型的な1枚である。


 この切手は、岩のドームを背景に、サラーフッディーン(サラディン)とサッ
ダームを並べて描くもので、サッダームを“現代のサラディン”になぞらえよ
うとするイラクのプロパガンダ政策に沿ったものである。

 サッダームはイラク北部、ティクリート出身だが、この地は、十字軍と戦い、
エルサレムを奪還した英雄、サラディンの出身地でもある。このため、リンケー
ジ論を展開するようになったサッダームは「パレスチナ問題の解決を訴えて二
重基準と戦う自分は、現代のサラディンである」との自己演出を展開し、

http://blog-imgs-23.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20080121082136.jpg

のような切手も発行したのだが、サッダームを“現代のサラディン”とする言
説には、パレスチナ問題とは別に、クルド人問題を意識したものでもあった。
 クルド人は、トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等にまたが
るイラン系の民族集団で、人口は2500-3000万人。独自の国家を持たない民族集
団としては世界最大である。このうち、イラク国内のクルド人に関しては、バ
アス党政権下の1970年、自治区が設置されていた。

 ところが、イラン・イラク戦争中の1985年から1988年にかけて、イラク東部
のサルダシュトやハラブジャなどでは、主としてクルド系住民がイラン側に協
力したとして、サッダーム政権はマスタードガス、サリン、VXガスなどの化学
兵器をクルド人自治区で使用し、多くの住民を殺害。こうしたこともあって、
1991年に湾岸戦争が勃発すると、クルド人はイラク政府に対して武装蜂起した。

 その後、イラクに進攻した多国籍軍はイラク北部の北緯36度以北に飛行禁止
空域を設けてクルド人を保護。これにより、イラク北東部のアルビール県、ド
ホーク県、スレイマニヤ県、ハラブジャ県の四県にまたがる“クルディスタン
地域”が設定され、クルド人は自治権を獲得し、1992年には反体制派の大同団
結集会も行われた。そして、それに伴い、自治区独自の旗が制定され、独自の
通貨と切手も発行されている。[

 ところが、クルディスタン地域の自治区内では、二大政党であるクルド民主
党とクルド愛国同盟の対立が激しく、1994年以降、大規模な戦闘が発生し、ク
ルディスタン地域は事実上の分裂状態になった。このうち、クルド愛国同盟が
反バアス党を優先してイランの支援を受けたことに対抗し、クルド民主党はイ
ラク中央政府と結託。1996年8月には、イラク中央政府の支援を受けたクルド
民主党が対立勢力を放逐し、クルディスタン地域は再びバアス体制に取り込ま
れることになった。

 上述のサッダームとサラディンの切手は、こうした経緯を経て、1998年に発
行されたものだが、クルド人の血統であるサラディンとサッダームを並べるこ
とで、サッダーム=クルド人を含めたイラク国家の国父というイメージを演出
しようとした意図を読み取ることができる。

 さらに、2000年2月には、同様の文脈で、ヒッティーンの戦いの勝利を題材
とした記念切手が発行された。その中には、岩のドームを背に礼拝するサッダー
ムの姿が取り上げた切手

http://blog-imgs-108.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20170724193929031.jpg

も含まれている。なお、当初、この切手は1999年に発行の予定だったようで、
切手には“1999”の年号が入っているが、実際の切手発行は2000年にまでずれ
込んだ。

 切手の印刷が大きくずれていることとあわせて、徐々に安定を取り戻しつつ
あったとはいえ、湾岸戦争の傷跡が癒えず、いまだ混乱が続いていた当時のイ
ラクの状況を反映しているようでなかなか興味深い。


1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。日本文芸家協会会員。
フジインターナショナルミント株式会社・顧問。切手等の郵便資料から国家や
地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。
主な著書に、戦後記念切手の読む事典<解説・戦後記念切手>シリーズ(日本
郵趣出版、全7巻+別冊1)、『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、
『切手と戦争』(新潮新書)、『皇室切手』(平凡社)、『満洲切手』(角川
選書)、『大統領になりそこなった男たち』(中公新書ラクレ)など。最新作
『リオデジャネイロ歴史紀行』えにし書房 電子書籍で「切手と戦争 もうひ
とつの昭和戦史」「年賀状の戦後史」角川oneテーマ21などがある。
----------------------------------------------------------------------

■広告募集のお知らせ:当メルマガは現在4491名の読者の皆さんに配信してお
り、広告は随時募集中です。詳細はメールにて編集同人までお尋ね下さい。

----------------------------------------------------------------------
■編集後記
実は一昨日、大きく足を切った。即急患で病院行って縫合してもらったのだが、
縫合と言ってもホチキスで留められた(笑)今は医療用のホチキスがあるらし
い。専門用語でスキンステープラーと言うそうだ。

この手の怪我の場合「何針縫った」という言い方で大きさを表現することが多
いが、今は「何回ホチキスで留めた」が正確な言い方になるようである。ちな
みに11回ホチキスで留められた。
「抜糸」はどのようにするのか、謎である・・・いずれわかるけど。
====================================================
■ 電子メールマガジン「[本]のメルマガ 」(毎月5・15・25日発行)
■ 発行:[本]のメルマガ発行委員会
■ 掲載されたコンテンツを小会の許可無く転載することはご遠慮ください。
■ copyrightはそれぞれの記事の記者が有します。
■ ご意見・ご質問は25日号編集同人「朝日山」まで
メールアドレス asahi_yama@nifty.com
(あっとまーくは、全角ですので半角にしてください)
■ バックナンバーurl http://back.honmaga.net/
■ このメルマガは『まぐまぐ』を通じて発行しています。
■ メールマガジンidナンバー:13315
■ 購読・解除・変更手続きは http://www.mag2.com/ より行えます。
====================================================
◎[本]のメルマガ
のバックナンバー・配信停止はこちら
⇒ http://archive.mag2.com/0000013315/index.html 

[本]のメルマガ

RSSを登録する
発行周期 月3回(5日、15日、25日)
最新号 2017/07/25
部数 4,490部

このメルマガを購読する

ついでに読みたい

[本]のメルマガ

RSSを登録する
発行周期 月3回(5日、15日、25日)
最新号 2017/07/25
部数 4,490部

このメルマガを購読する

今週のおすすめ!メルマガ3選

川島和正の日刊インターネットビジネスニュース
■読者数32万部超、日本一の個人メルマガ(まぐまぐ総合ランキング調べ) ■9年連続で年収1億円以上になり、70か国以上を旅行して、 190平方メートルの豪邸に住んで、スーパーカーに乗れるようになり、 さらに、著書は、日本を代表する超有名人2人に帯を書いてもらい、 累計50万部のベストセラーとなった、現在香港在住の川島和正が、 最新のビジネスノウハウ、自己啓発ノウハウ、健康ノウハウ、恋愛ノウハウ さらに「今チェックしておくべき情報リスト」などを配信中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

3連単3頭ボックスで超簡単に万馬券をゲットする競馬プロジェクト
◆読者6000人突破!まぐまぐ殿堂入り!! 圧倒的に少ない買い目で馬券を的中させます。 指定した《3頭》をボックスで買うだけで・・・ 昨年は9万馬券&7万馬券が当たりました。 一昨年にはなんと10万馬券も的中させています! 馬券は3頭をボックスで買うだけなので 誰がやっても買い目は同じ。 女性でもOK、競馬初心者でもOK 資金が少ない人でもOKです。 しかし、買い目が少ないので 当たればガツンと儲かります! こんな競馬予想は他にありません! ☆彡メルマガ広告主様大歓迎です☆彡
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

生きる意味は仏教に学びなさい
仏教メルマガ読者数日本一。今この瞬間に幸せを感じ、後悔のない人生にする方法とは?なぜどんなにお金があっても幸せになれないのか。むなしい人生になってしまう原因とは?あなたの人生を背後で支配する運命の法則と99%の人が自覚なく不幸を引き寄せている6つの行いとは…?仏教史上初のウェブ通信講座を開設、仏教の歴史を変え続ける中村僚が、葬式法事仏教となった現代日本の仏教界では失われた本当の仏教の秘密を公開。発行者サイトでも隠された仏教の秘密を無料プレゼント中。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

今週のおすすめ!メルマガ3選

「竹中亮祐」×「長倉顕太」 海外で自由な生活をしながら1億稼ぐ方法
20代で国内外で5社経営している実業家・投資家、著者であり、シンガポール在住の竹中亮祐と、東京とサンフランシスコの間でデュアルライフを送っていおり、手掛けた書籍は1100万部以上のパブリッシャー長倉顕太の2人が海外にいながら1億稼ぐための最新のビジネスノウハウを配信中!
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

生きる意味は仏教に学びなさい
仏教メルマガ読者数日本一。今この瞬間に幸せを感じ、後悔のない人生にする方法とは?なぜどんなにお金があっても幸せになれないのか。むなしい人生になってしまう原因とは?あなたの人生を背後で支配する運命の法則と99%の人が自覚なく不幸を引き寄せている6つの行いとは…?仏教史上初のウェブ通信講座を開設、仏教の歴史を変え続ける中村僚が、葬式法事仏教となった現代日本の仏教界では失われた本当の仏教の秘密を公開。発行者サイトでも隠された仏教の秘密を無料プレゼント中。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

日本株投資家「坂本彰」公式メールマガジン
サラリーマン時代に始めた株式投資から株で勝つための独自ルールを作り上げる。2009年10月、130万円だった株式資産は2017年に7000万円を突破。定期預金などを合わせた資産は1億2000万円に。 平成24年より投資助言・代理業を取得。現在、著者自身が実践してきた株で成功するための投資ノウハウや有望株情報を会員向けに提供しているかたわら、ブログやコラム等の執筆活動も行う。 2014年まぐまぐマネー大賞を受賞。読者数2万人。雑誌等のメディア掲載歴多数。 主な著書に『10万円から始める高配当株投資術』(あさ出版)『「小売お宝株」だけで1億円儲ける法』(日本実業出版社)
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

他のメルマガを読む

ウィークリーランキング