KISARAGI

KISARAGI vol.938


カテゴリー: 2017年11月12日
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K I S A R A G I vol.938                              2017/11/12
                                             編集/発行:みやこたまち
                         E-mail:tamachim@yahoo.co.jp
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通信欄:突如としていつもの冬
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今週のお話

◆ "古典へのいざない" [708]
   伽婢子《おとぎぼうこ》[17] 竜宮の棟上げ [7]
   作者 たまさん


◆ 大学ノート狂詩曲 宇祖田都子の話
   第ニ回 ゼロハリバートンのスーツケース 2     
     作者 宇祖田都子

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古典へのいざない [708]

  伽婢子《おとぎぼうこ》[17] 竜宮の棟上げ [7]                  作者:たまさん

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 阿祇奈《あきな》は辞退することもできず、筆に墨を含ませてしたためた。

    ※

 天と地の間にあるもので最も大きいのは青海原である。生きものたちは特
に龍神《わたつみ》を敬うが、これは世をあまねく潤している功績に基づく。
その恩恵に感謝を述べるのは当然のことであり、集まって香を焚き、灯火を
掲げて祈る。
 飛龍は聖人を見抜く目に長け、この者を用いることで思い掛けない業績を
残す。
 本日、新たに玉の御殿を構え、照り輝く精巧な装飾をしつらえた。水晶・
珊瑚の柱を立て、琥珀・硬玉《こうぎょく》の梁《はり》を組んだ。玉の簾
《すだれ》を巻き上げれば山の雲が青く映え、玉の戸を開けば洞《ほら》の
霞《かすみ》が白く巡る。
 天は高く地は厚く、南の海八千里を鎮め、雨を従え風を調え、北の渚《な
ぎさ》五百淵《ふち》を治める。空の上から泉の底に至るまで民の望みを叶
え、姿を表し身を隠して天帝の仁を助ける。その威光は古今に渡り、その偉
徳は河原の小石に及ぶ。黒亀や赤鯉が踊って祝い、木霊《こだま》や山彦
《やまびこ》が集まって喜ぶ。
 ここに歌を一首作り、彫り飾った梁の上に掲げる。

  扶桑海淵落瑶宮 水族駢テン(※)承徳化  (※足偏に眞)
  万籟唱和慶賛歌 若神河伯朝宗駕

 (日本国の海底で玉のような宮殿が落成し、
  水に生きるものたちが連なって徳化に従う。
  風の音が喜び称える歌を唱和し、
  海神や河神が拝謁にやって来る)

  おさまれるみちぞしるけき竜《たつ》の宮の
  世はひさかたのつきじとをしる

 (龍宮城への道が整備されていると知り、
  いつまでも尽きない場所だと分かりました)

 伏して願わくは、棟上《むねあ》げの後、百の幸いが共に訪れ、千の喜び
があまねくやって来て、玉の宮殿は安らかで穏やかに、大海原は平穏に治ま
り、天空の月日に等しく永遠にあらんことを。

(続く)
                                  ★

 主人公は龍神に頼まれて、上棟式の祝辞を書きました。
 なお、文中で「飛龍」に関する下りがやや浮いている感じがしますが、中
国の易経に関するもので、作者がオリジナル「剪燈新話《せんとうしんわ》」
から持ってくる際に残してしまったのだと思われます。
 続きは次回にお届けします。それではまた。 

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 趣味で読んでいる古典文学の現代語訳と参考文献を主に掲載しています

「山猫屋本舗」http://yamanekoya.net/
 写真日記を綴っています

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大学ノート狂詩曲 -宇祖田都子のはなし

第ニ回 ゼロハリバートンのスーツケース 2
                           作者:宇祖田都子
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 「並木さん。もうしわけありません。エレベーター故障中なんです」
 私は、並木さんに声をおかけしました。
 毎日13時ごろおみえになるこの紳士は、並木喜寿郎さんとおっしゃる方で、私がこ
の図書館のお手伝いを始めるずっとずっと以前から、ほぼ毎日この時間にお越しになり、
閉館の18時まで、二階の自習室でずっと調べ物をなさっています。
 これまで並木さんは、二階に上がるまえには必ずカウンターにお寄りになり、調べ物
に必要な資料のメモを担当者にお見せになって、私たちがその調べ物に適していると考
える書籍をお渡ししていました。どういった資料かというと、その傾向はおどろくほど
バラティーに富んでいて、特定のジャンルというわけではありません。
 この地域の民俗誌であったり、ルネサンス期の西洋美術に関するものであったり、古
代錬金術、エジプト文明期における世界の気候変更に関するものであったり、パンダの
生態、鉄腕アトムの21世紀工学的考察についてとか、介護保険の実務、ざくろ石の写真
集や、華厳経のなるべく古い注釈書とか。とにかく、広範囲で、その都度私たち職員は、
頭をつきあわせて思いつく限りの検索語で蔵書検索をかけるのです。
 不思議なもので、どんな特殊な内容であっても、それなりに資料価値がありそうな書
籍は必ず見つかりました。私はそのたびに、図書館の存在意義や、その図書を探し当て
る楽しさや、死蔵されているであろう知識からの沈黙の抗議などを、感じていました。
 職員のなかには、この並木さんのご依頼を「面倒くさい」と感じている方もいたよう
ですが、私にとっては、とても楽しい一時でしたし、常に、ジェントルマンとして振舞
う並木さんの、物静かな態度や、丁寧な物腰を、一度たりとも不快に感じたことはあり
ませんでした。
 今日も、千鳥格子のハンチングを浅くかぶって、身体にぴったりしたツイードのス
リーピースに、品のよい光沢を放つ紫のネクタイに同系色のポケットチーフを少し覗か
せていて、とてもお洒落です。
 ただ、普段と違っていたのは、普段お持ちになっているヴィトンのアタッシュケース
ではなく、その何倍も大きく、武骨な、ゼロハリバートンのスーツケースを左手で引っ
張っていらしたことでした。右手にはいつものように、樫の木のステッキをお持ちに
なっています。

 「そうでしたか。それでは階段で参りましょう」
 並木さんは、エレベーターにむけて踏み出しかけた脚をとめ、すぐ脇にある階段に正
対しました。
 「本日は、なにかお調べになられますか?」
 私がそう尋ねると、並木さんは「いや」と首を横に振りました。
 「今日はね、調べ物はないです。すこし人を待とうと思います」
 並木さんが、図書館で調べ物をしない、というのは、私が知る限り始めてのことでした。
そして並木さんがこの図書館で人に会うというのもまた、私の知る限りは初めてだったの
です。
 「お待ちあわせなんですね」
 と私が訪ねると、並木さんはすこし表情を暗くしました。
 「いや、そういうわけではないが……」
 私は、そういう並木さんの顔を始めてみました。そして、そのとき初めて、私は並木さ
んが現実に生きていて、この図書館の外でもずっと生きてこられて、さまざまな経験を、
それこそ私が経験してきた何倍もの経験を、その身体に刻み込んでこられてのだというこ
とに気付かされたような気がしました。
 「では、自習室へ?」
 「はい。あなたすまないが、このカバンもってくださいますか?」
 「もちろんです」
 私は並木さんから、スーツケースのとってを預かりました。カーペット上を転がすだけ
ならば、ひじょうに軽いのですが、階段を上がるとなると、このスーツケースはなかなか
重たいものでした。
 
 一体、何が詰まっているのかしら?

 私は、その武骨でありながらも洗練されたスーツケースを引っ張り上げながら、その中
に詰まっているものを、並木さんの人生に重ね合わせていました。並木さんの人生を少し
だけお手伝いできる、ということを嬉しく感じました。

 221Bのブースの前で並木さんにスーツケースをかえしました。並木さんは、ハンチ
ングととり、上着を丁寧に裏返しにたたんでイスの背にかけました。
 「どうもありがとう。そしてもうひとつお願いしていいですか?」
 「もちろんです」
 私は並木さんが、ゆっくりとイスに腰掛け、背筋をまっすぐに伸ばされるのを見ながら、
言葉を待ちました。

 「手藻蔓空也さんが見えたら、私がここにいることを、伝えていただきたい」

 一瞬「えっ?」っといいそうになる言葉をぐっと飲み込んで、私は 分りました。お伝
えします。と返事をして、並木さんの傍らを離れました。(20171112)

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